「やりたい事のために周りに迷惑を掛けていいのか」車いすラグビー池透暢が葛藤した夢の道程
「信じ抜けば、夢は叶う」というメッセージをテーマに大きな注目を集めている12月25日公開の『映画 えんとつ町のプペル』。さまざまな時代背景から、夢を持つこと、そしてその夢を叶えることが簡単ではなくなっている今、REAL SPORTSではこのメッセージに共感し、「夢を持ち、夢を叶えるために、自分の道を信じて、努力し続ける」アスリートたちの姿や信念を伝えるコラボ企画をスタートする。
今回はその第4弾。東京パラリンピックにおいて「最も金メダルに近い団体競技」として注目を集めている車いすラグビー日本代表のキャプテンの池透暢(40歳)だ。
19歳の時に交通事故に遭い、左足を切断、左手にまひを負った。その後、車いすバスケットボールでロンドンパラリンピックを目指したものの代表から落選。2012年、32歳の時に車いすラグビーに転向し、2016年のリオデジャネイロパラリンピックで日本史上初の銅メダル、2018年の世界選手権では前回大会王者オーストラリアを破って念願の金メダルを獲得した。常に「チャレンジ」を続けてきた軌跡を振り返りながら、「東京パラリンピックの金メダルは揺るぎない目標」と公言する男の信念を聞いた。
(インタビュー・構成=久下真以子、写真=浦正弘)
2年半の入院生活を経て…自分の夢を見つけ出したある方法とは
――池選手は19歳の時に事故に遭い、障がいを負いました。その前から何か夢や目標などはあったのでしょうか?
池:中学の時は野球をしていたので、単純に“野球選手になりたい”みたいなものはあったんですけど、中学で早々に野球をやめてしまい、目標を持つということ、夢を持つことの大事さとかいうものがよく分からず育ってきたような気がします。振り返ると、明確に夢を持つというよりは、好きなものにいろいろ触れながら自由に生きてきたと思いますね。大学の時、自分の将来について考えたときに、何になりたいとか思い浮かばなくて……。これをやってみたい、チャレンジしたいと強く思うものがまったくなくて、すごく悩んでいた時期はあります。実家が庭のデザインの会社をやっていたんですけど、家業を継ぐことを頭に置きつつも、プロボクサーになってみたいと思ったこともありましたね。そんな矢先の事故でした。
――2年半の入院生活を経て、車いすバスケットボールを始めました。
池:同じ事故で亡くなった友人のために生きるという思いで人生をリスタートして、車いすバスケも始めたんですけど、当初は自分の夢をどうやって見つければいいか悩んでいましたね。
――最初はどんな道を歩むか探っていたのですね。パラリンピックが夢になったきっかけは何だったのでしょうか?
池:ある宇宙飛行関係の方の講演を聞きに行って質問をする機会がありました。「どうやって夢や目標を見つけたらいいんですか?」って聞いたら、「やりたいこと、興味のあること、自分の心の中にあるものを全部書き出してみるといいです」ってアドバイスをいただいて。だから、「何かに挑戦したい」「スポーツをしたい」「仕事を頑張ってお金持ちになりたい」「友情をいつまでも大切にしたい」って、思いつく限り30個くらいノートに書いてみたんです。
――ノートに書き出すと、自分に対する発見ができそうですね!
池:その中で、特に自分が強く興味を持つものに大きく太く強く丸印をつけていって、そうしたら自身の気持ちと向き合えて、自分の頭の中、心の中を理解できて、整理できましたね。“自分にこれはできるんだろうか”といった可能性のことは考えず、まずは進んでみようと。“まだ芽は出てないけれど本気で進んでみよう”と思ったことが、車いすバスケでパラリンピックを目指すというきっかけの一つになりました。
自分のやりたいことのために周りに迷惑を掛けていいのか…仕事と競技のはざまで葛藤
――「パラリンピック出場」という目標を持つようになって、周囲には公言したのでしょうか?
池:そんなに強く公言はしなかったですし、聞かれれば答えるという感じでしたね。まだ胸を張って言える自信もなかったですし、事故に遭ってハンディキャップを負った自分がそうした目標を持っているということを語る機会もなく。そこを達成するまでやりたいという思いは持っていましたけど、強化合宿に呼ばれるようになるまでは、“認めてもらえないのではないか”という感覚でした。
――“認めてもらえない”というのは?
池:“周りの人にとって自己満足と思われているんじゃないか”という心境でした。例えば、その日終わらせないといけない仕事があってもいったん抜けて練習に行き、また会社に戻って夜遅くまで仕事をして。そういう中で選考合宿に呼ばれるようになった時も、合宿までほとんどトレーニングできないといった状況が何度か続いていましたね。合宿から帰ってきたらまた仕事が溜まっているし、周りの同僚が自分のいない間にカバーしてくれていたりと迷惑を掛けている状況でした。自分のやりたいことのために周りに迷惑を掛けていていいのかということも常に頭にあって、すごく申し訳なくて、苦しい思いもありました。土佐弁でいう「また、おらんが(=また、居ないね)」って冗談半分でよく言われていましたけど、そうやって支えてもらって、その分結果で残さないと、と奮い立たされていましたね。
――周囲の反応が変わってきたのは、いつ頃からですか。
池:車いすラグビーに競技を変更し、メディアに取り上げてもらう機会が増えたり、パラリンピックの出場が決まった時ですかね。“本当にその夢に向かっているんだ”ということを周りが実感してくれたことで、応援の声が増えてきたように思います。普段はなかなか口に出さなかった自分の心の内をインタビューで話していくうちに、周囲の理解も深まったのかもしれません。周りへの感謝を伝える機会をもらって、本当によかったです。
自分の夢や目標を周囲から反対されたり、見失ったらどうすればいい?
――読者の皆さんの中には、夢や目標を周りに話したときに「そんなの無理だよ」「失敗するよ」と反対されたり否定されるケースって少なからずあると思います。池選手ならどんなアドバイスをしますか?
池:まずは、「反対されたら嫌な気持ちになるよね」と共感すると思いますね。でも、「その目標を叶えたときにみんなどんな顔をすると思う?」って思い浮かべてもらうかな。誰もが達成できることじゃないかもしれないけど、それを公言した勇気はすごいし、達成したらもっとすごいし、そのときのみんなの顔を見たら、「君が一番気持ちいいと思うよ」って勇気づけると思います。
――共感した上で、成功体験を想像するわけですね。池選手の息子さんも、今サッカーに打ち込んでいるんですよね。
池:子どもってやりたいことだらけなので、いろんなものに触れるチャンスをつくったり、“どうなりたいのか?”を考えさせる言葉は息子には多く問い掛けてきましたね。何か一つのことに対して成功体験をさせてあげたいとは常に考えています。成功とは努力を伴う結果なので、その努力が伴うように仕掛けているつもりですね。努力を続けていれば、たとえ結果がついてこなくても立ち戻れる場所があるじゃないですか。だから親子でそういったことを時々会話するようにしています。残念ながら息子は聞いてないと思います(笑)。
――中学に入ってからはサッカーで上を目指すために親元を離れて暮らしていますよね。「県外に行きたい」と言われた時は何て答えたんですか?
池:「すごいやん」と言いましたね。近道なんてないかもしれないけど、その道を選択することは正しいと思うし、チャレンジすることは大切。お父さんも寂しいけどそれはお互い同じで、越えていかないと夢は達成できないよねと答えました。
――コロナ禍にあって、自分の夢を見つけること、自分の目標に向かって進んでいくことも簡単なことではなくなっているように思いますが、池選手はそういうときにどうしますか?
池:目標って、どこかで必ずなくなるものだと思います。達成してなくなる場合もあるし、物理的に無理になることだって、目標に届かなかったということももちろんある。そこでまた目標を失うんですが、そんなときにも常に自分が何かに触れている状況をつくっていればまた新しい目標を見つけ出せたり、これまでは個人の目標だったのが、一緒に携わっている仲間たちと共に達成する目標に変わったりとか、そういうことは生きていく中でいっぱいあると思います。自分から何かに触れにいったり、新しいことにもチャレンジしていけば、そこで目標に出会えることもあるだろうし、そこでまた失敗があったとしても、そこから学べるのが素晴らしいものですよね。
目標に対して直線で最短距離で目指していてもなかなか到達できないことの方が多くて、でもちょっとした回り道で成長することって多くあるなということは感じます。最短距離で生きているときって、全てのことがだいたいうまくいっていて邁進しているというか、逆にいうとそこしか見えていないので、実はいろんなことを学べていなかったりもする。うまくいかないときがあったり、回り道とか失敗があるからいろいろ学んだり経験したり、いろんなものへの予測とか対応力がついたり、そういう成長が自分の中にもあったなと感じますね。
――池選手は目の前の目標をクリアしていって、アップデートしてきたように思います。
池:小さなことでもなんでもいいから、どんどんチャレンジをして興味のあるものに触れるということを繰り返すことで、定期的に“目標”に出会えますし、そうすることで自分が進んでいけるのではないかと思います。きっと自分が持っている大きな目標、人生最大の目標と思えるようなことで今はチャレンジの日々ですが、いつかまたポカンと空くタイミングもきっと来るんじゃないかと思いますね。
オリンピック・パラリンピックの開催を願うことすら許されない。それでも…
――今、オリンピック・パラリンピックを目指す全ての選手にとって、「東京大会の延期」という試練が降りかかっています。その状況下でメダルを目指すことの意義についてどう考えていますか。
池:本当に世の中が大変な状況で、開催を願うことすら許されないんじゃないかという思いもあります。そうなってくるとアスリートの存在価値や存在意義って何なんだろうという不安もあります。それでも、自分たちは何のために頑張ってきて何のために進んでいるかと考えたときに、もちろん皆さんに求められて成し遂げることも大切ですが、「主体的に」達成することも忘れないでいたいなと思うんです。
――皆さんの支えももちろん大切ですが、自分たちのやってきたことをひたむきにコート上で表現するということですね。
池:もしオリンピック・パラリンピックを開催するとなったとき、国民の皆さんがどう受け止めてくれるかは分かりませんが、それでも暗い雰囲気を吹き飛ばしてくれるくらい喜びを与えてくれたよねってなったらうれしいし、それをできるのは自分たちだけなので。今は世の中が大変な状況で、思うようにできないことが多いのですが、それは誰もが同じで、それでも今自分ができることをやって結果を残すというのがすごく大事なことだなと思うので、それを達成したい。最高の結果を残す“渋いやつら”になりたいですね。
――池選手の今の夢、目標は何ですか?
池:来年2月のフィットネスチェック(体力測定)で全種目において最高の記録を出すということを公言しています。本来であれば今年8月に行われていて、過去最高の自分だったと言えたのですが、それを超えたいなと。「(来年になって)去年開催されていればよかったのに」という思いはしたくないし、常に未来の自分が過去の自分を超えていたいんです。
――成功というのは、人からどう見られるかという「相対評価」ではなく、自分が達成できたかどうかという「絶対評価」なんだなと感じさせられました。
池:80歳くらいになったときに、「自分の人生は本当に最高だったな」と言いたい。今が“自分史上最高”のことを成し遂げられるタイミングかもしれないし、そういう意味ではパラリンピックはかけがえのない目標です。まだあと40年ありますけど、後悔のないように一日一日を精いっぱい歩んでいきたいですね。
<了>
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PROFILE
池透暢(いけ・ゆきのぶ)
1980年生まれ、高知県出身。Freedom所属。19歳の時、友人と一緒に乗っていた車が交通事故に遭い、左足を切断、左手にまひを負う。2年半の入院生活で手術は40回にも及んだ。その後車いすバスケットボールを始め、2012年に車いすラグビーに転向。2014年より日本代表キャプテンを務める。2016年リオデジャネイロパラリンピックで銅メダル、2018年世界選手権で日本初の金メダルを獲得。東京パラリンピックでの金メダル獲得を目標に掲げる。
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