【開幕特集】ベテラン頼みだった時代の終焉 J1定着に挑む横浜FCの「若手が躍動し、練者が華を添える」新たなステージ
2月26日に開幕する2021シーズンの明治安田生命J1リーグ。クラブ史上初めて日本のトップリーグでの2年目を迎える横浜FCは、充実した陣容がそろい期待を胸に開幕戦を待ち望む。昨季ベテランと若手の融合、そして下平隆宏監督の目指すサッカーが浸透し始めたチームは今季どのような化学反応を見せるのか? 横浜FCがたどってきた「ベテラン頼み」の歴史と、次なるステージに突入する今季の陣容をひも解く。
(文=二本木昭、写真=Getty Images)
各ポジションに穴のない的確な補強を敢行
オフに十数人の選手が入れ替わった横浜FC。退団した者の多くは、なかなか思うような結果を出せなかったFW陣とあまり出場機会のなかった選手たち。今シーズンに向けての補強は、超目玉といえるタレントの加入はなかったものの、バックアッパーを含めてすべてのポジションで穴のない的確なものとなった。
例えば昨季の右サイドバックは、レギュラーを務めるマギーニョが故障離脱すると、ボランチが本職の瀬古樹がその穴を埋めざるを得なかった。今季、その右サイドバックにはマギーニョの期限付き移籍延長が決定。加えて浦和レッズから岩武克弥を獲得した。岩武は浦和入団時は大卒ナンバーワン・サイドバックとして鳴り物入りで加わり、昨季はJ1・11試合に出場している逸材。さらに、同じポジションにJ2水戸ホーリーホックで主力として活躍し4得点をあげた前嶋洋太をレンタルバック。以上のように、すべてのポジションで2〜3人のレギュラークラスをそろえることができた。
また選手が一新されたFW陣だが、昨季は一美和成(現・ガンバ大阪)が4得点、斉藤光毅(現・ロンメルSK)、瀬沼優司(現・ツエーゲン金沢)、皆川佑介(現・ベガルタ仙台)が3得点と皆がそれなりにゴールを記録したが、絶対的なエースが不在でそれが15位にとどまる一因となった。一美と皆川には前線でのポストプレーにも期待が寄せられたが、一美は試合による好不調の波が激しく安定せず、皆川に至ってはほとんどボールが収まらない。チーム内得点王がルーキーイヤーのMF松尾佑介の7得点という状況では、FWの顔ぶれがガラリと変わるのもいたしかたないだろう。個人的には、献身的なプレーでチームを鼓舞する瀬沼には残ってほしかったが。ポストプレーが巧みでブラジル代表歴も持つクレーベ、チームのFW登録では最年少25歳のジャーメイン良ら新加入選手たちの爆発に期待したい。
「ベテランと若手の融合」の歴史
今シーズンに限らず、横浜FCといえばカズ(三浦知良)、中村俊輔、伊野波雅彦といった抜群の実績とネームバリューを誇るベテランが集うチームとして知られる。一方で近年は、松尾や斉藤光毅らイキのいい若手が台頭してきている。ここからは、こうした「ベテランと若手の融合」という視点から、ここ数年の横浜FCのチーム編成について述べていきたい。
2018年以前の横浜FCは、ベテランを主力に据えるクラブだった。近年ではイバやカルフィン・ヨン・ア・ピン、さらにさかのぼれば松下年宏、髙地系治などがチームの攻守の柱となってきた。クラブ初のJ1昇格を果たした2007年前後まで振り返れば、カズや山口素弘、小村徳男といった当時すでに35歳を超えるベテランが主軸としてフル回転していた。
潮目が変わったのは、13年ぶり2度目のJ1昇格を決めた2019シーズンのJ2リーグ戦終盤からだろうか。キャリア1~3年の若手を主力として起用し、若手が育っていないポジションに助っ人のようにベテラン選手を配置する傾向が強くなってきた。その背景には、袴田裕太郎や松尾、瀬古といった有力な大卒選手が横浜FCでプレーすることを選ぶようになってきたこと、齋藤功佑や斉藤光毅、安永玲央などトップチームでも活躍できるアカデミー出身の選手が増えてきたことなどが挙げられる。主力を任せるに値する若手選手の頭数がそろってきたのだ。
思い起こせば隔世の感があるのが2017年のJ2リーグ。この年は、一時は首位に立つなどJ1昇格が現実味を帯びていたのだが、36節で攻撃の核であるイバと守備の要のカルフィン・ヨン・ア・ピンの2人が同時に負傷退場し、一月ほどの戦線離脱を余儀なくされるとチームは大失速し10位でフィニッシュすることとなった。いかにこのベテラン2人にチームが依存していたかを物語る結果といえる。一方で今年J1を戦うチームは、仮にレギュラークラスのベテランが複数戦列を離れたとしても、急ブレーキがかかるとは考えにくい。今、クラブはかつてのベテラン頼みから脱却し、若手を中心にJ1を勝ち抜いていくという次のステージに突入したのである。
存在感が際立つ今季の“リーダー候補”瀬古樹
期待が膨らむ若手選手の中で、存在感が際立つのが瀬古だ。昨シーズンは大卒1年目ながら主力の一人としてJ1リーグ戦でクラブ最長の出場時間を記録。加入当初は危機察知能力に優れ、相手の攻撃の芽を摘む守備的なボランチと思われたが、相手を背負った場面でのボールロストや横パスをかっさらわれるシーンがほぼ見られないなど確かな足元の技術も見せた。
安定した守備力と足元の技術のみならず、相手がパスを切る間合いで寄せてきたと見るや緩急の差で一気に抜き去り、そこへ慌ててカバーにきた2人目の選手を重心の逆をついて交わすなど、派手なフェイントはなくともドリブルでボールを持ち運ぶスキルも披露し、攻撃面でもチームに貢献。
昨季の開幕戦でヴィッセル神戸相手に決めたJ1初ゴールも、チームとして守備的な戦いを強いられる中、ボランチの位置から上がって行ってクロスのこぼれ球を抜け目なく捉え、ふかすことなく確実に押し込んだ素晴らしいゴールだった。主軸としての自覚も芽生えているようで、今季は在籍2年目にしてリーダーシップを発揮する意欲を示している点も頼もしい。
もう一人、伊野波、カルフィン・ヨン・ア・ピン、田代真一らベテランがひしめくセンターバック陣において、若手の注目選手として挙げられるのが中塩大貴だ。昨季はJ2ヴァンフォーレ甲府で大卒デビューし、22試合に出場。まだ体の線が細く対人プレーやヘディングでの迫力に欠ける面はあるが、左足からの長短のパスを織り交ぜたビルドアップの能力は、下平隆宏監督の目指すサッカーにハマるはず。ベテラン勢に替わってDFラインの顔になることが期待される。
有力な“エース候補”渡邉千真。もう一人期待するベテランは…
新加入のベテラン勢の中では、有力なエース候補として渡邉千真を推したい。昨季はガンバ大阪で6得点にとどまったが、スーパーサブとしての起用が多かったことなどが主な原因。ここぞという場面での決定力は健在で、FWの主軸となり出場時間が延びればゴールの上積みも期待できるはず。今年35歳になるこの男が二桁ゴールを達成すれば、チームの目標であるトップ10も見えてくるだろう。
前線で確実にボールキープする技術にも衰えはなく、昨年の横浜FCではあまり見られなかったFWのポストプレーから2列目以下の選手が中央突破を図るといった、新たな攻撃の形をもたらすことも期待できる。
もう一人、ケガさえ完治すれば間違いなくチーム力アップに貢献するのが高橋秀人だろう。1次キャンプは故障で別メニューだったが、確かな技術と戦術眼、ボランチとセンターバックを高いレベルでこなすユーティリティ性、さらにはチームをまとめるリーダーシップも大きな魅力だ。
これから、クラブ史上初となる2年目のJ1での戦いが始まる。下平監督の続投により、攻守で主導権を握ることを志向し、かつ、ゴールキック時も自陣ペナルティエリア深くからのビルドアップにこだわるオフェンス重視のパスサッカーを標榜することだろう。ただ昨シーズンはJ2降格がないレギュレーションの中で、多少負けが込んでもリスクを負った攻撃サッカーを貫くことができた。
昨年とは打って変わって4チームがJ2に降格する今季においては、スタートダッシュがカギとなる。序盤戦で思うように勝点が得られず、選手に迷いが生じて前線に飛び出せないといった事態は回避したいもの。そのために必要な陣容は整ったはずだ。
<了>
※この記事は、2021シーズンの開幕を告げる「DAZN Jリーグ推進委員会」の連動企画としてお届けする特別企画です。
【開幕特集】「もう一度花を咲かせたい」中村俊輔のヒーロー像とは? 再び「10」を背負い復活を期す1年へ
中村俊輔、“引退”も考えた昨季から揺れ続けた想いと、横浜FCで過ごす至福の「今」
J1で最も成功しているのはどのクラブ? 26項目から算出した格付けランキング!
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion -
大型移籍連発のラグビー・リーグワン。懸かる期待と抱える課題、現場が求める改革案とは?
2024.10.22Opinion -
日本卓球女子に見えてきた世界一の座。50年ぶりの中国撃破、張本美和が見せた「落ち着き」と「勝負強さ」
2024.10.15Opinion -
高知ユナイテッドSCは「Jなし県」を悲願の舞台に導けるか? 「サッカー不毛の地」高知県に起きた大きな変化
2024.10.04Opinion -
なぜ日本人は凱旋門賞を愛するのか? 日本調教馬シンエンペラーの挑戦、その可能性とドラマ性
2024.10.04Opinion -
デ・ゼルビが起こした革新と新規軸。ペップが「唯一のもの」と絶賛し、三笘薫を飛躍させた新時代のサッカースタイルを紐解く
2024.10.02Opinion -
男子バレー、パリ五輪・イタリア戦の真相。日本代表コーチ伊藤健士が語る激闘「もしも最後、石川が後衛にいれば」
2024.09.27Opinion -
なぜ躍進を続けてきた日本男子バレーはパリ五輪で苦しんだのか? 日本代表を10年間支えてきた代表コーチの証言
2024.09.27Opinion