中村俊輔が本音で明かす、コロナ禍の先行き見えぬ現況と、「降格無し」の特例措置
新型コロナウイルスの影響で、公式戦を中断しているJリーグ。J1は5月9日再開を目指しているが、酒井高徳(ヴィッセル神戸)の感染が明らかになり、いまだ予断の許さぬ状況となっている。こうした先行きの見えない現況と、「降格を無し」とする特例のレギュレーションを、選手はどのように見ているのだろうか? プロ24年目、中村俊輔の本音とは――?
(文・撮影=藤江直人、写真=Getty Images)
横浜FCと名古屋グランパスがトレーニングマッチを実施した想い
豊田スタジアムで実戦に臨むのは、24年目を迎えたプロサッカー人生で7度目になる。横浜F・マリノスで4度。日本代表とジュビロ磐田でそれぞれ1度。そして、昨夏に加入した横浜FCの一員として初めてピッチに立った中村俊輔の視界に、見たことのない光景が飛び込んできた。
過去6試合の平均で2万7000人あまりのファン・サポーターが詰めかけてきた、最大で約4万5000人を収容できるスタンドには誰一人としていない。新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるうなかで、名古屋グランパスとの間で組まれた3月28日のトレーニングマッチは無観客の状態で行われた。
当初設定されていた4月3日の公式戦再開を見据えて、2月下旬から中断されてきた間に積み重ねてきた練習の成果を試す場としてグランパスとのトレーニングマッチが組まれた。しかし、3月25日の臨時実行委員会でJリーグは再開目標を再び変更し、J1は5月9日が新たに掲げられた。
一方で東京都の小池百合子知事に呼応する形で、神奈川県の黒岩祐治知事も3月最終週の土曜日および日曜日における不要不急の外出を控えるように要請。東京に本拠地を置くFC東京や東京ヴェルディ、FC町田ゼルビアが予定していた練習やトレーニングマッチを次々と休止していた。
横浜FCにもグランパス戦をキャンセルする選択肢があった。しかし、公式戦の再延期を決めた臨時実行委員会後に、DAZN(ダ・ゾーン)がトレーニングマッチのライブ配信を申し入れてきたことで状況が一変した。27日に発表されたリリースで、横浜FCはこんな言葉を綴っている。
「プロ野球界でも選手が新型コロナウイルスに感染したことが判明し、政治レベルでも外出自粛要請が発令されるなど、日々、新型コロナウイルスに対して緊張感が高まっています。横浜FCでは今回の名古屋グランパスとのトレーニングマッチを、単なるチーム強化のための試合ではなく、すべてのサッカーファンに勇気と元気を与えるもの、加えて今後リーグが再開するにあたって、試合運営のベースになるような試合にしたいと考えています」(原文ママ)
「サッカーをしている状況か」という声があることは承知の上で
国内外でサッカーのほとんどが中断を余儀なくされている非常事態下で、もともとは一般に対して非公開とする予定だったトレーニングマッチを、サッカーを待ち焦がれているファン・サポーターに届けることでグランパスと合意に達した。もちろん俊輔も、試合開催を意気に感じた一人だった。
「非常に難しい時期だし、いろいろな声があると思うけど、こういう状況のなかでも試合をすることができて、それをファン・サポーターの皆さんに見てもらえたことは本当によかったと思う。練習試合というか親善試合という形でしたけど、DAZNさんをはじめとして、動いてくれているさまざまな方々へ、チームのみんなも感謝の気持ちを抱きながらプレーしていたと思う」
いろいろな声とは、要は「サッカーをしている状況なのか」に集約される、両クラブに対する批判や非難に他ならない。それでも、同日にIAIスタジアム日本平で行われた、清水エスパルスとジュビロの練習試合もDAZNで配信されたように、サッカーを取り戻していく努力に少しでも協力したい。
新型コロナウイルスへの感染予防対策として、各クラブはうがい手洗いやマスクの着用などを選手たちに要望している。毎日の定点における検温、せきや倦怠感、咽頭痛、食欲低下の有無などの健康チェックも然り。検温では37.5度が2日続けば、クラブへ迅速に届け出ることも義務づけられた。
いずれも日本野球機構(NPB)との共同で設立した新型コロナウイルス対策連絡会議で招いた、東北医科薬科大学の賀来満夫特任教授(感染症学)を座長とする専門家チームから提言された対策だった。そして、幸いにもグランパス、横浜FCのなかで異変を訴えた選手は出ていなかった。
横浜FCは感染予防へ万全を期すために、通常は新幹線を使う豊田スタジアムまでの移動方法を、片道約3時間半を要するバスへと変更。駅や新幹線内などの人混みを避けるためで、遠征に帯同させる選手も18人に限定することで、バスの車内で前後左右に間隔を取って座れる状況を整えた。
加えて、トレーニングマッチでは異例となる前泊を実施。金曜日の練習後に横浜を出発することで、神奈川県内でも不要不急の外出を控える要望が出されていた土曜日を避けた。過去に経験のない、まさに厳戒態勢と形容してもいい予防対策の数々を、41歳のベテランも当然と受け止めていた。
「手洗いやうがいとか、こういう状況のなかでも本当にいろいろなケアをしながら、それでもあまり過剰になりすぎないように。一番はやっぱり外出を控えることかな」
予断を許さない状況も、今できることをやる
横浜市保土ケ谷区内にある練習拠点、LEOCトレーニングセンターで日々行われる練習で汗を流す以外は、自宅で最愛の家族と一緒に過ごす時間に充ててきた。2004年2月に結婚した夫人との間に、4男1女の子宝に恵まれた俊輔は、子煩悩なイクメンとしても知られている。
その練習もJリーグが最初に公式戦を中断させた2月25日から、横浜FCはすべてを非公開練習に変更。メディアの取材も原則として禁止とするなど、選手たちが外部と接触する機会を極力遠ざけてきた。そうした状況で2度にわたって公式戦再開が延期された。今後も予断を許さない状況は、選手たちにとってポジティブに映っているのか。あるいはネガティブな要素なのか。
「一番はクラブ(に集中)というか、まずはそこですね。まだまだですけど、いまは形をつくっているので、それに集中できたらと思います。なので、全然そっちですね」
補足すれば、そっちとは言うまでもなくポジティブを指している。前例のない事態の真っただ中にいるからこそ、努めて前を向く。そして、刹那にベストを尽くす作業を積み重ねていく。グランパスとのトレーニングマッチは、非公開練習でトライしてきたJ1仕様の新戦法を試す絶好の機会だった。
「1週間ぐらい前からやってきた守備のこととか、あとはビルドアップのところを試すことができた。よかった部分とそうではない部分とが浮き彫りになって、試合そのものは負けたけど、チームも選手たちも前を向くことのできる、いい試合だったんじゃないかと思っています」
俊輔が振り返ったように、トレーニングマッチは前半開始早々に、清水エスパルスから期限付き移籍で加入したキーパー六反勇治を起点に細かいパスをつないでいく矢先でボールを奪われ、川崎フロンターレから移籍したグランパスMF阿部浩之に決められた失点を取り返せないまま0-1で敗れた。
「ただ、ビルドアップそのものはよかった。逆によくなかったというか、質を高めていかないといけないのは、もうちょっと攻撃に迫力を持たせること。奪ったボールを、自分を含めてすぐに失ってしまっていたので。両サイドに速い選手や、いいボールを蹴れる選手がいるので、守ってから彼らを使って速攻に移るところの質を高めるところと、あとはやっぱりシュート数が極点に少ないところかな」
無観客試合ゆえのメリットも十分に感じることができた。響いてくるのはボールを蹴る際の無機質な音と、選手同士がコンタクトするときの痛々しい音。そして、メインスタンドの3階に常設されている記者席まで聞こえてくる、試合中に選手同士が発しているさまざまな声だった。
「本番さながらの雰囲気のなかで選手同士の声も使えるというのは、すごくよかったと思っている。連携の部分とかいろいろなところで、今日だけでレベルが少し上がったと思うので。豊田スタジアムを借りて、こうやって(試合を)やっていただいたことは本当にありがたかった」
「降格無し」の特例措置で決まったクラブ史上初の残留。中村が思うこと
中断している間にはクラブの歴史上で初めてとなるJ1残留が、予期せぬ形で決まった。3月19日に開催された臨時実行委員会で、J2およびJ3を含めて、今シーズンはカテゴリー間において「昇格あり、降格なし」という、異例にも映るレギュレーションのもとで開催されることが決まったからだ。
今後も予断を許さない状況が続くことを踏まえたときに、例えばホームやアウェーでの連戦が相当数続くクラブや、あるいは選手から感染者が出た影響で戦力がダウンするクラブが考えられる。実際、3月30日には発熱や嗅覚異常を訴えたヴィッセル神戸の元日本代表DF酒井高徳がPCR検査を受け、Jリーガーとして初めて陽性反応が検出されたことが公表されている。
クラブ間で不公平が生じかねないからこそ、最大のリスクとなる「降格」をJ1およびJ2が開幕節を戦い終えただけの状況で排除した。昨シーズンの途中から横浜FCを率いる下平隆宏監督は来シーズンもJ1で戦えることを喜びながらも、デメリットになりかねない部分を挙げることも忘れなかった。
「本来は厳しいリーグのなかで、残留へ向けてプレーしていく。そこで気持ちが緩むということはないと思いますけど、緊張感がなくならないように注意していかなければいけない。なので、シーズンを始動させたときに掲げた10位以内に入る目標は、降格がなくなったからといっても変わりません」
降格がないからと来シーズンを見据えて戦うこと、要は若手中心に切り替えて戦うこともないと指揮官は明言した。ならば、選手たちは変則レギュレーションをどのように受け止めているのか。53歳のFW三浦知良に次ぐ年長選手の俊輔は「あまり気にしないかな」とこう続ける。
「何も感じないというか、あまり考えないタイプなので。自分のレベルを落とさない、ということしかしか考えていないんですけど、それでも(降格がないことで)やっぱり通常とは違う戦い方とか、いろいろな状況が出てくるはずだし、それでも対応しながらいいプレーをしていくのがプロだと思っているので、臨機応変にやっていきたいですね」
再開後に見たい、J1最年長ゴールと“黄金の”左足によるFK
ここまで記した一連の言葉は、実はテレビ電話越しにやり取りされた質疑応答のなかで俊輔が発したものだった。グランパスとのトレーニングマッチ後はこれまで通りにミックスゾーンを設けて、選手との距離を2mほど空けてメディアによるぶら下がり取材を実施する予定だった。
しかし、試合前日に公表された、阪神タイガースの藤浪晋太郎投手ら3選手の新型コロナウイルス感染が状況を一変させた。濃厚接触となりかねない状況をあらかじめ取り除くために、ロッカー近くの別室とプレスルームとを2台のパソコンでつなぐ形が急きょ採用された。
「充電がないみたいなので、終わります!」
初めて経験する方法に最初は戸惑い、パソコン画面の向こう側から「何これ、どうなってんの?」と驚きの声を響かせた俊輔だったが、慣れてきて顔なじみのメディアから質問されると、ジョーク交じりに取材を打ち切ると言って周囲を笑わせた。そして、最後にはこんな言葉も付け加えている。
「いいと思いますよ。普段もこれ(テレビ電話)でお願いします。楽でしょ、とっても」
昨夏の加入後はボランチで出場してきたが、初めて経験するJ2の戦いで最終的には2位に食い込み、勝ち取ったJ1の戦いでは日本代表でも主戦場としてきたトップ下に戻って勝負をかける。グランパス戦ではチームキャプテンを託されて先発し、後半途中までプレーした。
「若い選手やJ1の経験がある選手があまりいないなかで、こういう(トレーニングマッチの)機会を使ってだんだん慣れていけばいいけど、やっぱり本番はもっと違うと思うので。J1の壁というものに当たったら当たったで、それをどのように乗り越えていくか、というところまで考えていかないと」
グランパス戦の先発陣では、ボランチを大卒ルーキーの瀬古樹と23歳の手塚康平が担い、攻撃の鍵を握るサイドハーフは左に18歳の斉藤光毅を、右には大卒2年目の中山克広をそれぞれ配置。1トップには昨シーズンに京都サンガF.C.で17ゴールをあげた、22歳の一美和成が指名されている。
若い選手たちに静かな口調で檄を飛ばした俊輔だが、一つだけ忘れられていることがある。カズのJ1歴代最年長ゴールが注目されているなかで、6月に42歳になる俊輔が先にゴールを決めれば、その時点で神様ジーコ(当時・鹿島アントラーズ)が持つ41歳3カ月12日の最年長記録を更新する。
そして、新型コロナウイルス禍にもたらされるあらゆる状況を常にポジティブに受け止めているベテランは、いつしか「黄金の」という枕詞がつけられた左足にJ1最多記録となる24個ものゴールを生み出してきた、一撃必殺の高精度を誇る直接フリーキックがいまもなお搭載されている。
<了>
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