喜友名諒、空手・形の絶対王者 優勝が当たり前の重圧乗り越え「自分を超えて進化」続ける理由
「どの大会でもいつも優勝して当たり前といわれている」。世界大会の優勝回数でギネス記録を持ち、「空手」発祥の地といわれる地元・沖縄“初の金メダリスト”誕生の期待を一心に背負う男・喜友名諒(きゆな・りょう)。東京五輪で初めて採用された空手「形」男子代表の絶対的な優勝候補として、その大いなる一歩を踏み出す。
(文=布施鋼治)
「空手の日」を定めるほど沖縄にとって特別な格闘技
今大会惜しくもメダルには届かなかったものの4位入賞となった重量挙げの糸数陽一、今季39試合連続無失点のプロ野球記録を樹立した平良海馬、県出身者としては初の8mジャンパーとなった走り幅跳びの津波響樹、レスリング・グレコローマンスタイル77kg級の屋比久翔平……。今回、沖縄出身のアスリートが東京五輪に過去最高の10人が出場。
そもそも沖縄はスポーツが盛んな土地柄。老若男女を問わずバスケットボールが盛んで、B.LEAGUE所属のプロバスケットボールチーム『琉球ゴールデンキングス』も活動中。“ハンド王国”といわれるほどハンドボール人気も高い。そうした中、人気スポーツの中でも別格というべき位置づけの格闘技がある。沖縄発祥の武道・空手だ。
空手の歴史には諸説があるが、琉球王国の士族が教養として学んだ護身術がそのルーツといわれている。この護身術は「手」と呼ばれる沖縄武術となり、その後中国武術と融合し現在の空手の原型になったといわれている。現在空手は県の義務教育の中に取り入れられているので、県内の学校に通った経験のある子ならば、空手を一度はやったことがある。
当然空手の道場数も多く、場所によっては一本の通りに複数の道場が林立しているケースも。空手は、沖縄の日常生活の中に根付いた武道なのだ。ほかの武道で、こうしたケースは聞いたことがない。
極めつけは沖縄県が2005年以降10月25日を「空手の日」と定めていることか。なぜこの日になったかといえば、「唐手」などさまざまな表記があった空手を1936年10月25日に「空手」に統一した記念日であるからだ。空手の日がある週の日曜日には、沖縄一の繁華街として知られる国際通りを中心に国内外から集まった空手家たちが一斉演武を行うなど、沖縄は空手に関したイベント一色に染まる。
細かいルールを知らなくても楽しめる喜友名の“ド迫力”
そうした中、“もっともメダルに近い男”として県民から熱い眼差しを注がれているオリンピアンがいる。東京五輪で初めて採用された空手の「形」の男子代表である喜友名諒だ。
現在は世界空手道選手権大会3連覇、アジア空手道選手権大会4連覇、全日本空手道選手権大会9連覇と破竹の快進撃を続けている。世界ランキングに直結する重要な国際大会『KARATE 1プレミアリーグ』での優勝回数は2020年1月24日の時点で19回を記録し、ギネス世界記録として認定された。2020年のプレミアリーグ・パリ大会で審判の一人は喜友名の演武に史上初めて10点満点をつけた。
喜友名の形の特徴は、見る者を喜友名ワールドに引きずり込むド迫力に尽きる。巷では「空手の判定基準は難しい」という声も聞くが、喜友名のパフォーマンスは細かいルールを知らなくても十分楽しめる。もっと正確にいえば、圧倒されるといったほうがいい。
形は対戦相手に囲まれたシチュエーションを想定した上で、対戦相手を次々と倒していく芸術的な闘いだ。それぞれの形には「アーナンダイ」「オーハン」などの名称があり、選手は演武に入る前その形の名を叫ばないといけない。判定は7人の審判によるポイント判定が採用されている。審判が採点するのは技の正確さ、力強さ、スピード、リズム、バランスなど。空手に神秘性や芸術性を求める海外では形の人気が高い。
喜友名の活動の拠点は沖縄。稽古は1年を通じて休みなし。365日、毎日稽古を続けているという。一昨年12月に那覇市の道場で取材したとき、喜友名は言った。
「完全な休みというのはない。先生(佐久本嗣男・劉衛流龍鳳会会長)が出張で県外や海外に行かれている時でも自分たちだけで動いてやっています」
「どの大会でもいつも優勝して当たり前といわれている」
巷の「金は確実」という声はプレッシャーになっていないかと聞くと、喜友名は「あまりプレッシャーにはなっていない」と答えた。
「どの大会でもいつも優勝して当たり前といわれている。(確かに)最初はそういう中で勝てないというきつい時期もあったけど、現在は常に自分を超えて進化していけるような形を求めてやっています」
そんな喜友名にも試練は訪れた。昨年12月下旬、新型コロナウイルスに感染していることが発覚したのだ。全日本選手権に出場して大会新記録となる9連覇を達成した直後の出来事だった。今年1月8日、稽古に復帰した喜友名は「自覚と責任を持って行動していきたい」と語っている。
7月27日には地元の道場で開かれた激励会に出席した喜友名は「空手家としては未熟だが、今自分の持っている力、これまでの経験をすべて出してオリンピックの舞台では満点で優勝します、応援よろしくお願いします」とスピーチした。
県民の大きな期待を背に、喜友名はうちなんちゅ初の金メダリストとなるか。
<了>
なぜ喜友名諒、清水希容は圧倒的に強いのか? 元世界女王に訊く、金メダルへの道筋と課題
高谷惣亮、レスリング界の隠れた革命児 “+12キロ”階級上げ、一人5役で献身した弟と誓う金メダル
「日本の柔道はボコボコ、フランスはユルユル」溝口紀子が語る、日仏の全く異なる育成環境
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
沖縄、金沢、広島…魅力的なスタジアム・アリーナが続々完成。新展開に専門家も目を見張る「民間活力導入」とは?
2024.04.26Technology -
なぜ横浜F・マリノスは「10人でも強い」のか? ACL決勝進出を手繰り寄せた、豊富な経験値と一体感
2024.04.26Opinion -
ラグビー姫野和樹が味わう苦境「各々違う方向へ努力してもチームは機能しない」。リーグワン4強の共通点とは?
2024.04.26Opinion -
バレー・髙橋藍が挑む世界最高峰での偉業。日本代表指揮官も最大級評価する、トップレベルでの経験と急成長
2024.04.25Career -
子供の野球チーム選びに「正解」はあるのか? メジャーリーガーの少年時代に見る“最適の環境”とは
2024.04.24Opinion -
子育て中に始めてラグビー歴20年。「50代、60代も参加し続けられるように」グラスルーツの“エンジョイラグビー”とは?
2024.04.23Career -
シャビ・アロンソは降格圏クラブに何を植え付けたのか? 脆いチームを無敗優勝に導いた、レバークーゼン躍進の理由
2024.04.19Training -
堂安律、復調支えたシュトライヒ監督との物語と迎える終焉。「機能するかはわからなかったが、試してみようと思った」
2024.04.17Training -
8年ぶりのW杯予選に挑む“全く文脈の違う代表チーム”フットサル日本代表「Fリーグや下部組織の組織力を証明したい」
2024.04.17Opinion -
育成型クラブが求める選手の基準は? 将来性ある子供達を集め、プロに育て上げる大宮アカデミーの育成方法
2024.04.16Training -
ハンドボール、母、仕事。3足のわらじを履く高木エレナが伝えたい“続ける”ために大切なこと
2024.04.16Career -
14歳から本場ヨーロッパを転戦。女性初のフォーミュラカーレーサー、野田Jujuの急成長を支えた家族の絆
2024.04.15Education
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
バレー・髙橋藍が挑む世界最高峰での偉業。日本代表指揮官も最大級評価する、トップレベルでの経験と急成長
2024.04.25Career -
子育て中に始めてラグビー歴20年。「50代、60代も参加し続けられるように」グラスルーツの“エンジョイラグビー”とは?
2024.04.23Career -
ハンドボール、母、仕事。3足のわらじを履く高木エレナが伝えたい“続ける”ために大切なこと
2024.04.16Career -
遠藤航がリヴァプールで不可欠な存在になるまで。恩師が導いた2つのターニングポイントと原点
2024.04.11Career -
福田師王、高卒即ドイツ挑戦の現在地。「相手に触られないポジションで頭を使って攻略できたら」
2024.04.03Career -
なぜ欧州サッカーの舞台で日本人主将が求められるのか? 酒井高徳、長谷部誠、遠藤航が体現する新時代のリーダー像
2024.03.12Career -
大学卒業後に女子選手の競技者数が激減。Wリーグ・吉田亜沙美が2度の引退で気づいたこと「今しかできないことを大切に」
2024.03.08Career -
2度の引退を経て再び代表へ。Wリーグ・吉田亜沙美が伝えたい「続けること」の意味「体が壊れるまで現役で競技を」
2024.03.08Career -
リーグ最年長40歳・長谷部誠はいまなお健在。今季初先発で痛感する「自分が出場した試合でチームが勝つこと」の重要性
2024.03.05Career -
歴代GK最多666試合出場。南雄太が振り返るサッカー人生「29歳と30歳の2年間が一番上達できた」
2024.03.05Career -
高校卒業後に女子競技者が激減するのはなぜか? 女子Fリーグ・新井敦子が語る「Keep Playing」に必要な社会の変化
2024.03.04Career -
“屈辱のベンチスタート”から宇佐美貴史が決めた同点弾。ガンバ愛をエネルギーに変えて「もう一度、ポジションを奪いにいく」
2024.03.01Career