侍ジャパンの驚異的な“勝負強さ”、3つの理由とは? 賛否両論のメンバー選考に起用法も

Opinion
2021.08.07

7日、野球日本代表・侍ジャパンは、悲願の金メダルを懸けてアメリカと対戦する。ここまで無傷の4連勝。試合終盤までもつれた接戦をものにする“勝負強さ”が目立つ。この10年はむしろ、国際大会での“勝負弱さ”の方が見られていた。2013年、2017年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、2015年のプレミア12はいずれも試合終盤に競り負けたことで大会を去った。なぜ今の侍ジャパンは“勝負強い”のか? 3つの理由を挙げる。

(文=花田雪、写真=Getty Images)

悲願の金メダルに王手をかけた侍ジャパン。勝負強さの理由を探る

侍ジャパンが、「悲願」へ王手をかけた。

開催中の東京五輪・野球競技で日本代表=侍ジャパンはオープニングラウンド2試合(ドミニカ共和国戦、メキシコ戦)、ノックアウトステージ第2ラウンド(アメリカ戦)、そして準決勝(韓国戦)と無傷の4連勝。8月7日、19時から横浜スタジアムで行われる決勝戦でアメリカを下せば、野球が正式競技として採用された1992年バルセロナ五輪以降では初の金メダル獲得が確定する。

MLB(メジャーリーグベースボール)がメジャー選手派遣を認めていないオリンピックにおいて、全選手をNPB(日本プロ野球)所属で固め、さらには自国開催となる侍ジャパンは、大会前から金メダル獲得を至上命題とされた。しかし、過去の国際大会もそうだったように、短期決戦のオリンピックでは必ずしも「前評判」が結果と比例するわけではない。

決勝戦までのプロセスを振り返ってみても、どちらに転んでもおかしくない試合の連続だった。楽な試合など、一つもなかったはずだ。

一方、逆の見方をすれば、そんな痺れる試合を結果として一つも落とさず、4連勝の最短ルートで決勝までたどり着いたともいえる。東京五輪での侍ジャパンは、試合終盤の勝負どころでことごとく相手を上回り、勝利を手にしてきた。

過去のオリンピックや直近2大会のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、どちらかというと終盤での競り合いに敗れ、優勝を逃してきた印象が強いが、少なくとも今回は過去に類を見ない「勝負強さ」が際立つ。

その理由は、どこにあるのか。
結果論にすぎないことは重々承知の上で、あらためて「無敗での決勝進出の要因」を探ってみたいと思う。

侍ジャパン勝負強さの理由①:発表当初は賛否両論の渦巻いた選手選考と起用法

まずは「メンバー選考」と、その「起用法」だ。

6月16日、稲葉篤紀監督が発表した東京五輪出場の内定選手24人には当初、賛否両論が渦巻いた。というか、どちらかといえば「否」の意見が多かっただろう。

否定派の主な理由は「今季のコンディションや結果ではなく、過去の実績を重視し過ぎている」という一言に尽きる。

投手では菅野智之(巨人)、田中将大(楽天)、大野雄大(中日)、山﨑康晃(DeNA)、野手では坂本勇人(巨人)、會澤翼(広島)など、過去の代表実績こそあるが今季はコンディション不良やけがの影響で「万全」とはいえない選手が何人もメンバーに名を連ねた。

一方で、宮城大弥(オリックス)、佐藤輝明(阪神)といった今季、リーグで結果を残したフレッシュ選手の選出は少なかった。

彼らが3月の1次ロースター登録の時点でメンバーから漏れていた可能性も十分あるが、それでも今回のメンバー選考が「今季の調子よりも過去の実績を重視した」のは、誰の目にも明らかだった。

筆者自身も、発表されたメンバーを見た時、一抹の不安を感じた者の一人だ。

特に稲葉監督が会見で「先発で期待」と明言した田中将大、菅野智之、大野雄大の3投手は、今季のコンディションが決して良いとはいえなかった。実際、メンバー発表後には菅野、さらには中川皓太(巨人)、會澤の計3選手がコンディション不良を理由に代表選出を辞退。東京五輪出場の24枠を巡っては発表後も混乱が見られた。

「三本柱」構想は早々に崩れるも…潔い前言撤回で勝利にこだわる

ただ、迎えた東京五輪本番。稲葉監督は選考における混乱を、むしろプラスに転換したように思える選手起用を見せている。

顕著なのが「先発投手」だ。

菅野の辞退により、早々に「三本柱」の想定が崩れたが、大事な開幕戦では田中でも大野でもなく、今季パ・リーグで投手三冠の山本由伸(オリックス)を起用。稲葉監督は代表発表時こそ「先発、リリーフ両方ができる」と起用法を明言しなかったが、この開幕投手指名からは事実上、山本を「先発の軸」として登用していく強い意志を感じた。

事実、山本は初戦から中6日空けた準決勝・韓国戦でも先発登板。2登板・2先発でしっかりと試合をつくり、勝利に貢献している。

第2戦に先発起用した森下暢仁(広島)もそうだ。彼も代表発表時には起用法を明言されることはなく、当初は先発5~6番手と考えられていたが、オープニングラウンドの1位突破が懸かる試合で先発に抜てき。さらに、中6日で迎える決勝戦での先発登板も予告されている。

逆に発表時に「先発」を明言されていた大野はノックアウトステージ第2ラウンドで1イニングに登板したのみ。この試合で決勝でも対戦するアメリカを相手に1回無失点と好投したが、少なくとも当初のもくろみとは大きく異なる起用法になっている。

田中に関しても大野と同じくノックアウトステージ第2ラウンドのアメリカ戦に先発し、4回途中3失点で降板。日程を考えると決勝戦での登板の可能性は限りなく低く、東京五輪は「1試合登板」のみで終わる公算が高い。

菅野、田中、大野という当初予定していた「先発3投手」の起用法については、発表時のコメントだけを抜き出すと潔いまでの前言撤回ぶり。ただし、短期決戦、国際舞台では時に、この「前言撤回」ができるかどうかが大きなカギを握る。実力もあり、自らが起用を明言した選手に対して、「やはり使わない」と決断するのは難しい。菅野の辞退というキッカケがあったとはいえ、稲葉監督はオリンピックで結果を残すために自らの言葉を撤回してチームを勝利へと導いている。

甲斐、山田の初球を捉えた決勝打。打線は「実績重視」がハマる

先発投手についてはフレキシブルな起用を見せる一方で、打線は当初の「実績重視」がバチっとハマった印象だ。

開幕のドミニカ戦の坂本、ノックアウトステージ第2ラウンド・アメリカ戦の甲斐拓也(ソフトバンク)、準決勝・韓国戦の山田哲人(ヤクルト)と、ここまで試合終盤にサヨナラ打、決勝打を放った選手は皆、稲葉監督が就任以降、一貫して代表に招集してきた選手たちだ。

特に甲斐、山田の放った決勝打はともに初球を捉えてのもの。オリンピックという大舞台の終盤戦、勝負を左右する打席で初球を思いきり振り抜けるのは、技術よりもメンタル面の影響が大きい。過去に大舞台を経験しているからこそ、緊迫した場面でも自身の打撃を完遂できたといえるかもしれない。

侍ジャパン勝負強さの理由②:どのチームより強い「1勝」に対する執念

また、今大会の侍ジャパンの野球を見ると、どの国よりも顕著なのが「1勝」に対する執念の強さだ。

その象徴が、今大会たびたび見せている「バント」だろう。開幕のドミニカ戦の9回裏には甲斐がセーフティースクイズ、ノックアウトステージのアメリカ戦ではタイブレークの延長10回裏に代打・栗原陵矢(ソフトバンク)が初球を送りバント。ともに、サヨナラ打につながる貴重なバントを決めている。

国際試合、さらにいえば稲葉監督が「一人でも多くの子どもが野球に興味を持ち、バットやボールを手に取ってくれれば」と語る東京五輪という舞台における、「1点を奪いにいく戦術」の是非は別として、日本がどの国よりも勝ちにこだわり、「無敗での金メダル」を目指していることは、これまでの戦いぶりを見ても明らかだ。

目の前の1勝をつかむために、最善(と考える)策を打つ。大会を通じて、稲葉監督の思いにはブレがない。だからこそ、選手もそれに応えることができる。

侍ジャパン勝負強さの理由③:最年少・村上の立ち居振る舞いに見る“空気感” 

そして最後に一つ。無敗で決勝まで勝ち上がったその背景には、「チームの雰囲気づくり」がある。

稲葉監督は2019年に初優勝を飾ったプレミア12に続き、東京五輪でもチームにキャプテンを置いていない。この方策は特に現代の野球界、現役の野球選手たちにはフィットしているように思える。

もちろん、田中、坂本、菊池涼介(広島)など、実質的なリーダーは存在する。ただし、肩書きを与えることで特定の選手に余計な負担を与えず、なおかつ、若い選手もチームになじみやすくなる。

野球界はどちらかというと年功序列の「序列」が強い世界だ。アマチュアの世界から上意下達が浸透している。

一方、近年はそういった風潮が少しずつ緩和されているのも事実だ。

そんな中、今大会で目を引くのが代表最年少・村上宗隆(ヤクルト)の存在感だ。準決勝まで本塁打こそないが打率.308としっかり結果を残しているが、それ以上に目立つのがグラウンド、ベンチでの立ち居振る舞い。

守備中は時折マウンドに向かい、投手に声を掛け、ベンチでは決勝打を放った選手やホームインした選手を、満面の笑みで出迎える。

少なくとも「最年少」だからと委縮している姿は、みじんも感じさせない。

スポーツに限らず、年少者が自分の存在感をアピールでき、意思表示できる集団は強い。

キャプテン不在の狙いがそこにあるかは臆測にすぎないが、少なくとも侍ジャパンの雰囲気づくりに、実績のある中堅選手と、村上を筆頭にした若手の存在があるのは間違いないだろう。

アメリカには一度勝利しているも…、不安要素はただ一つ

決勝の相手は、一度勝利しているアメリカ。

勝利のカギを握るのはおそらく、投手交代のタイミングになるだろう。前述した通り、先発投手はフレキシブルな起用がハマり、野手陣の雰囲気はすこぶる良い。アメリカの投手陣の顔触れを見ても、今の日本打線を完璧に抑え込める投手はおそらくいない。

となると、問題は投手陣がどれだけ失点を抑えることができるかにかかってくる。

ここまでの戦いを見て唯一、不安要素を挙げるとすればこの「投手交代」になる。

先発投手の代え時については、大会を通じてワンテンポ遅い印象を受けるのは間違いない。また、後を受けるリリーフ投手も好不調の差がはっきりしている。

ただし、その判断材料はここまでの4試合である程度、出そろってもいる。

もちろん、ここまで好調だからといって、決勝戦当日も調子を維持できているかは、投げてみないと分からない。そのあたりの見極めが少しでも遅れると、致命傷になりかねないのが国際試合、オリンピックという舞台だ。

例えば、追加招集の伊藤大海(日本ハム)はここまで素晴らしい投球を見せているが、当然ながら侍ジャパントップチームでの実績は皆無。

千賀滉大(ソフトバンク)はノックアウトステージのアメリカ戦で2回を5奪三振と圧巻の投球を見せ、個人的には「第二先発」的な役割も期待しているが、故障明けで状態が不透明なのが気がかりだ。

森下が何回まで投げられるかは分からないが、その「代え時」と「誰に代えるか」は戦局を大きく左右する。

開幕から4連勝、無敗での金メダル獲得へ「マジック1」とした侍ジャパン。

ここまで挙げた「決勝進出の要因」が結果論にすぎないのは確かだが、願わくば決勝戦後、再び「金メダル獲得の要因」を結果論として語らせてほしい。

野球競技は、次回2024年パリ五輪からは再び除外され、今後復活を果たすかも不透明だ。

金メダル獲得の最後のチャンスになるかもしれない大一番は、間もなく運命のプレイボールを迎える。

<了>

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