寺田明日香「もう一度陸上を好きになれた」理由 スタートラインでこみ上げた“ある感情”とは?

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2021.12.04

スポーツ界・アスリートのリアルな声を届けるラジオ番組「REAL SPORTS」。元プロ野球選手の五十嵐亮太とスポーツキャスターの秋山真凜がパーソナリティーを務め、ゲストのリアルな声を深堀りしていく。今回はWebメディア「REAL SPORTS」の岩本義弘編集長が今一番気になるアスリートやスポーツ関係者にインタビューする「岩本がキニナル」のゲストに、女子100mハードル日本記録保持者の寺田明日香選手が登場。一度は陸上を引退し、結婚、大学進学、出産、ラグビーへの挑戦など紆余曲折を経て、陸上にカムバック。3度の日本記録更新、日本人女子21年ぶりの五輪100mハードル準決勝進出など、大きな挫折からいかにしてこれだけの進化を遂げたのかに迫る。

(構成=篠幸彦)

23歳での競技引退 女性アスリートならではの悩み

岩本:寺田選手は今や陸上界の顔となる存在ですが、23歳で一度競技を引退されています。まずはその理由から教えてください。

寺田:20歳頃に女性特有の身体の変化で、何を摂取しても太ってしまって、水を飲んでも太るくらいでした。身体も思うように動かなくなってきて、自分の変化に対応できなくなってきたんです。

岩本:女性ならではの悩みですね。

寺田:それを周りに相談できず、自分で解決しようと思い悩んだ結果、身体に物が入ることに罪悪感を覚えるようになり、摂食障害になり始めました。アスリートだから食べなければいけないけど、食べたくないという思いのギャップにつらくなってしまったんですね。

五十嵐:食べないとパフォーマンスへの影響も大きいので、そのギャップは本当につらそうですね。

寺田:体重の変動が大きくて貧血になったり、疲労骨折をしたり、生理も止まってしまって、女性アスリートが気をつけなければいけないことをすべて経験しました。全然走れなくなって、こんな状態なのであれば新しい道を見つけて進んだほうがいいのではと思って引退しました。

岩本:その決断は簡単ではないですよね。

寺田:好きで始めた陸上競技ですけど、納得する結果も出せず、思うようにいかないということであれば切り替えたほうがいいんじゃないかと、その時は考えていました。

ラグビー選手への転向で目指したオリンピック出場

岩本:その後、結婚、大学進学、出産を経験された後に、競技者としての復帰を果たしたわけですが、まさかの7人制ラグビーへの転向でした。なぜラグビーだったのでしょう?

寺田:2013年に陸上をやめる時に、ラグビー関係者の方からお声がけをいただいていたんです。リオデジャネイロ五輪で7人制ラグビーが正式種目になることが決まって、いろんな競技からラグビーへ転向する選手を募っている時期でした。ただ、その頃は選手をするのが嫌で、お断りさせていただきました。

岩本:選手として続けられなくて引退したわけですから当然ですよね。

寺田:数年経って、大学を卒業して社会人として働いて、子育てをしてきました。そうした生活を送る中で、人から必要としてもらえることはお互いにやりがいがあるし、良いことだと思えるようになったんですね。そのタイミングで「オリンピックを目指そう」と、ラグビー関係者の方からもう一度声をかけていただけたんです。

岩本:ラグビー関係者も諦めていなかったんですね。

寺田:競技をやめてから「オリンピックを目指そう」と言ってもらえる人はなかなかいないと思えるようになり、チャレンジしないよりチャレンジしたほうがいいと思ったんです。それでまったく経験のないラグビーに転向しました。

陸上競技への復帰 もう一度陸上を好きになれた理由

岩本:もう一度陸上に戻ろうと思ったきっかけはなんだったんですか?

寺田:ラグビーの日本代表練習生として帯同していた時に、ケガで半年くらい離脱したんです。そこから復帰後に、自分が思っていたよりも動けなかったんですね。チームの理解とか、ラグビーの細かいルールとかも含めて、東京五輪で活躍できるレベルではないと感じました。

岩本:ケガからの復帰は簡単なことではないし、ましてや経験のないラグビーですからね。

寺田:ラグビーは陸上競技と違って長期の合宿をして、その中から代表選手をセレクションするんですね。陸上ならポッと良い記録が出れば選ばれることはあるんですけど、ラグビーはいきなり上手になったからといって選んでもらえるわけではないんです。このままずるずるとラグビーをやっていても東京五輪には出られないと思った時に、自分がこれから何をすべきかをすごく考えるようになりました。

岩本:そこから陸上へと思いが切り替わったんですか?

寺田:ラグビーという競技を自分の中で分解して、何が好きなのかを考えたんですね。そこで“走る”ということがやっぱり好きなんだなと思えたんです。一度嫌いになった陸上競技をもう一度好きという状態から始められるのは、昔の自分の思いもそこで回収できるんじゃないかと思ったんですよね。それでもう一度陸上に戻ろうと思いました。

五十嵐:そこで気持ちの整理ができて、陸上への嫌な思いは一切なく復帰できたんですか?

寺田:いえ、不安ばかりでした。遅い時の残像しかないですし、周りから何を言われるかわからないじゃないですか。だからすごく怖かったです。

岩本:2019年に陸上界に戻って、100mハードルで日本タイ記録を含めて、4回更新されているんですよね。

秋山:ブランクだけではなく、お母さんになってからというのもすごいですよね。

五十嵐:旦那さんの理解やサポートというのも大きいと思いますけど、大変なことはたくさんあったんでしょうね。

寺田:大変なことは多いと思うんですけど、そのぶんモチベーションにもなります。家族と一緒に取り組むことで、主人も娘も当事者として関わってくれるので、そこはすごく良かったと思います。

ラグビーを通して陸上選手として進化できた要因

岩本:ラグビーという競技を通じて学んだことや陸上選手として成長できた部分はありますか?

寺田:一つは気持ちの面が大きいですね。ラグビーは人が向かってくるし、こっちも向かっていかなければいけないし、すごく痛いんですよね。でもハードルはそこに止まっているものなので怖いと思うことがなくなって、よりチャレンジができるようになりました。

岩本:向かっていくことは同じでも人とハードルではまったく違いますよね。

寺田:もう一つは人とのコミュニケーションを学びました。ラグビーは自分の弱いところを周りに助けてもらえるし、自分の得意なところで誰かを助けられるんです。そこはすごく素敵なことで、効率的だと思いました。自分の弱いところを他の人に見せられるようになったのは大きいと思います。

岩本:以前はそれができなかったことが、つらくなってしまった要因の一つでしたよね。

寺田:そうですね。それとフィジカルの部分では、ウェイトトレーニングの経験が大きいです。筋肉だけで10kg増やさなければいけない大変さを経験して、陸上でもそれくらいやらないと世界には通用しないと思うようになりました。

五十嵐:日本だと未だにウェイトトレーニングに悲観的な人もいますよね。陸上だけやっていたらウェイトトレーニングをそんなにやらなかったと思います?

寺田:そうですね。特に日本では女子選手は筋肉がついて重くなると走れなくなるんじゃないかと思う選手が多いので、私もそうだったと思います。

東京五輪のスタートラインでこみ上げた思い

五十嵐:東京五輪の準決勝直後のインタビューで「スタートの時に楽しくいこうと思っていたけどいろんなことが蘇ってちょっとウルッとした」と言っていましたよね。あの瞬間に何を思い出していたのかが気になります。

寺田:オリンピック出場は小さい頃からの夢だったんです。1度目の陸上選手の頃はそれがかなわなくて、もう出ることは絶対にないと諦めました。今度はラグビー選手として、もう一回目指せるかもしれないと思ったけどやっぱりダメでした。

岩本:2度の挫折を味わったということですね。

寺田:それで陸上に戻った時に「オリンピックにいけなくてもいいから陸上が好きという気持ちを大事にしていこう」という思いが強くありました。結果として夢だったオリンピック出場がかなって、以前の自分のつらかった思いを東京五輪で回収できたというのは、自分の中では大きかったんですよね。

五十嵐:本当にいろんなことを経験して、ようやくたどり着いたスタートラインだったわけですよね。

寺田:スタートラインに立った時に、スタンドにはオリンピックのシンボルが至るところに飾ってあって、観客はいなかったですけど「ここはオリンピックの舞台なんだ」と思えたんです。その時に家族やスタッフ、いろんな人の顔が出てきて……そういう経験は初めてでした。「これがオリンピックなんだ」と思った瞬間でしたね。

岩本:レース後のインタビューの時にすごく晴れやかな笑顔だったのがとても印象的でした。

寺田:インタビューでは娘のことを聞かれたり、絶対に泣かされると思っていたので、泣くまいと笑顔でいたんですけど、やっぱりウルウルきてしまいましたね(笑)。

五十嵐:そういう思いもありながらインタビューではすごく冷静にレースのことを振り返っていて、僕はすごく感動しました。

現役のトップ選手だから価値がある後輩支援活動

岩本:オリンピック後の取り組みについても聞かせてください。

寺田:今、競技生活以外で後輩支援のための活動をしています。私をサポートしてくれている“チームあすか”のスタッフと一緒に高校生、大学生を教えるイベントとか、プログラムをつくっています。そこから派生する形でトークン型のクラウドファンディングを始めて、私のファンの方々と一緒にプログラムをつくったり、新たなファンコミュニティをつくったりということをやっています。

秋山:チームあすかでの学生に向けたイベントは面白そうですね。どういった取り組みになるんですか?

寺田:日本は部活動というのがまだまだ主流で、たくさんの生徒・学生に対して先生やコーチが一人で見ていることが多いんですよね。チームあすかは、私を速くするという目標の下に、陸上コーチやウェイトトレーニングのコーチ、栄養士、メディカルトレーナーなど、いろんな方が私を取り囲むようにコミュニティをつくって支えてくれているんです。その横のつながりを下の世代にどう落とし込めるかというのを独自に模索してやっています。

岩本:引退後にやると徐々に忘れられてしまうこともありますけど、寺田さんのように現役バリバリの時にやることにすごく価値があると思います。

寺田:現役のトップ選手の動きを見て学んでもらうことが大事で、それは私が現役のうちでしかできないことなんですよね。

五十嵐:先日、小笠原諸島へ野球教室に行ったんですよ。子どもに教えることで、逆に教わることがあったり、発見することもありますよね。

寺田:私の感覚をアウトプットする場でもあるんですよね。私の言葉を子どもたちがどう受け取るかわからなくて、私と同じ感覚を感じてもらうためにはどういう言葉選びが必要なのかをすごく考えるんですよ。自分のことも客観的に見られるようになるので、良い機会になっていますね。

秋山:今後も現役選手としてはもちろん、後輩支援の活動など幅広い活躍を楽しみに応援しています。

<了>

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パーソナリティー:五十嵐亮太、秋山真凜
2019年にスタートしたWebメディア「REAL SPORTS」がInterFMとタッグを組み、ラジオ番組をスタート。
Webメディアと同様にスポーツ界やアスリートのリアルを発信することをコンセプトとし、ラジオならではのより生身の温度を感じられる“声”によってさらなるリアルをリスナーへ届ける。
放送から1週間は、radikoにアーカイブされるため、タイムフリー機能を使ってスマホやPCからも聴取可能だ。
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