日本格闘技の歴史的偉業目前も、注目度は「青木vs秋山」以下? 秋元皓貴・若松佑弥の偽らざる胸中
3月26日に開催されるONE Championshipの10周年記念大会「ONE X」では、ONEバンタム級キックボクシング2位の秋元皓貴と、ONEフライ級2位の若松佑弥の世界タイトルマッチが組まれ、一夜にして日本人の世界チャンピオンが2人も誕生する偉業が実現する可能性がある。一方、日本では「青木真也vs秋山成勲」というカードのほうが大きく扱われている現実もある。秋元と若松はこの状況をどう受け止めているのか。自分たちのカードの扱いへの率直な思いから両選手の野心、そしてONEで自身が表現したいこととは?
(インタビュー・構成=篠幸彦、写真提供=ONE Championship)
青木さんや秋山さんにプロモーションしてもらい、そこをかっさらう
3月26日に開催される「ONE X」で、秋元皓貴と若松佑弥は世界王者のタイトルを懸けた一戦に挑む。
日本人2人のタイトル戦というビッグマッチがある一方で、日本では「青木真也vs秋山成勲」のカードのほうがメインであるかのように大きく扱われている。今大会はONE初のPPV形式での生放送が実施されるということもあり、知名度抜群で世間からの注目度も高い2人のカードが大きく打ち出されるのは当然なのかもしれない。
ただ、当の本人たちはこれをどう受け止めているのか。3月2日に行われた同大会の記者会見で、そのことに記者から触れられる一幕もあった。
秋元はONEデビュー2戦目でジョセフ・ラシリに敗れ、その後4連勝で王者カピタン・ペッティンディーとのタイトルマッチまでたどり着いた。秋元が勝てば、ONEのスーパーシリーズ(立ち技)では日本人初の王者となる。
そんな一戦に臨む秋元にとって今回のカードの扱いは、率直にどう感じているのだろうか。
「しょうがないかなと思う部分もあります。2人ともテレビで格闘技がバンバンやっている時代から活躍してきたレジェンドで、日本での知名度は本当に高いですからね。2人と比べれば、僕も若松くんもまだそんなに知られていない。でも2人でタイトルを取って、そこをひっくり返してやりたいと思います」
今回のタイトル戦をきっかけに、日本での知名度を上げたいという野心はある。ただ、それは単に有名になりたいというものではないという。
「正直、ただ有名になりたいという思いはそれほどないです。でも格闘家として知ってもらいたいという思いはあります。KOこそないですけど、試合自体は面白いものを見せられているという自信はあるので、見てもらえれば応援してくれる方が増えてくれると思っています。だからまず見てほしい。青木さんや秋山さんが今大会をプロモーションしてくれて、僕がそこをかっさらっていければいいと思っています」
今回のようなONEのプロモーションのスタイルに、秋元自身はマッチしていると感じているのだろうか。
「ONEのスタイルとマッチできているのかなと(疑問に)思うことはありますね。インスタグラムなどSNSで人気のある選手を使いたがる傾向があるのは見ていてすごく思うんですよ。でも僕はSNSとかがすごく苦手で、ほとんどやらないというか。やったほうがいいとは思いながらもSNSの更新はずっと奥さんがやってくれているんですよ」
今やSNSを活用して自ら発信することでファンを獲得していくのが当たり前の時代である。それがわかっていながら苦手な選手はいる。秋元もまさにそのタイプだ。
「空手家としての昔からの教えというか、試合に勝ったあとに派手にガッツポーズしたり、パフォーマンスしたりというのも苦手なんですよね。本当はそういうことも必要なのはわかっているんですけど、昔から染みついているものもあってなかなかできていないですね」
自分がバンタム級のベルトの価値を上げてみせる
秋元はプロモーション下手やSNSが苦手なことを認めながら、今後もそれがうまくなることはないだろうと自認している。その上で自分にできることは、強さを突き詰めることしかないのだという。
「僕には強さしかない。きっと、どれだけ求められても自分がSNSとかをバンバンやることはないと思います。だから僕は強さを突き詰めて、ケージのなかで表現して有名になりたい。強さだけで認められたいと思っているんです」
小手先の派手さや人気ではなく、強さを極めていくことで、ひっくり返したいと思っているのだ。
「人それぞれだと思うんですよ。SNS上でふっかけて試合を組んでもらうこともたくさんあるし、それはその人の持ち味の一つだと思います。僕はそういうことができないし、やるつもりもない。僕はむしろそういう選手を強さでねじ伏せたほうがかっこいいと思っているんです」
強さを極めるという意味では、ベルトは強さの一つの象徴である。秋元はベルトへのこだわりはそれほど持っていないというが、強さの証明として今回のベルトにはどんな価値があるのだろうか。
「世の中にはあまり価値のないベルトもたくさん出回っているんですよ。だからベルトというものへの執着はないんです。ただ、ONEのベルトにはすごく価値があると思っています。ベルトは誰に勝って、誰から取ったものか。そこにブランド価値があって、ベルトを持ったらそれをどれだけ価値のあるものにできるかが大事だと思っています」
ONEにはそれだけ価値のある選手がいて、そこで強さを極めることでそのベルトにはより大きな価値をつけることができるのだという。
「ONEにはこれからどんどん他団体からも良い選手が流れてくると思っています。その選手を一人一人倒していって、自分がONEの(キックボクシング)バンタム級チャンピオンというものの価値を上げていきたいと思っています」
秋元はベルトをただ取るだけではなく、自分の強さによってそのベルトの価値をより高めていきたいという野心がある。そのために、王者カピタンからベルトを奪うことができるのか、刮目(かつもく)すべき一戦だ。
「格闘技界とかどうでもいい」自分がベルトを取ることにのみ集中
若松は昨年12月のフー・ヨン戦で判定勝利。5連勝を飾って、王者アドリアーノ・モラエスとベルトを懸けた一戦を迎えることになった。若くしてエースと期待される若松にとっては、ついにたどり着いたタイトルマッチとなる。
記者会見で記者から「青木vs秋山」のカードのほうが扱いが大きいことに対する思いを聞かれたとき、若松は「日本ではエンタメ要素しか見ない。でも僕は本物の格闘家を見せたいだけ。有名になりたいんじゃなくて、最強になりたい」と答えた。
扱いの大小は気にしないという若松に改めて、あのときの言葉の真意を聞いた。
「僕はまだベルトを巻いた景色を見たことがないので、まずはそこにいかないといけない。その前に遊ぶというわけじゃないけど、それ以外のことに気を取られるわけにはいかないと思っているんですよ。別にベルトを取ったからといって人気が出ないかもしれないし、今の状況はなにも変わっていないかもしれない。でもチャンピオンベルトという世界に一つしかないものを取りにいきたい。そのためにはそんな余計なことに気を取られたくないんです」
若松がそこまで雑念を排除することに強い意識が向いているのには理由があった。
「僕が格闘技を始めたのって、純粋に最強になりたい。その強さを純粋に手に入れたいという思いでした。でもONEで負けてきた試合は、それ以外のことに気を取られていたと思うんですよ。自分で大丈夫なのかとか、盛り上げるためになにかしなくちゃとか、お金を稼ぐためにはどうしたらいいとか。そういう変な不安や雑念があったことで、試合に集中し切れていなかったと思います」
今回は念願のタイトルマッチである。ベルトのためには、これまで負けた試合のように少しの雑念もあってはならない。それが、若松の意識をより極端なものにしていた。
「今回は極端な話、(3月)26日のケージのなかでの25分だけ仕事をすればいい。他はもうなにもしないで、そこだけに標準を合わせればいいという気持ちでいるんですよ。人気とか、そんなことは微塵(みじん)も考えていなくて、とにかくベルトを巻いた自分が見たい。それだけです。盛り上げたいとか、そんなこと一切考えていないし、格闘技界とかどうでもいいと思ってる。自分がベルトを取ること以外は二の次ですね」
チャンピオンになるためのシナリオはもうでき上がっている
そんな並々ならぬベルトへの執着心を見せる若松にとって、アドリアーノ・モラエスというチャンピオンからベルトを奪うことに大きな意味がある。
「僕はもとからモラエスを倒したかったんです。デビュー戦でダニー・キンガッドに負けて、2戦目でDJ(デメトリアス・ジョンソン)に負けて。モラエスはその2人に勝っている。だからモラエスに勝てば、その2つの負けもチャラにできる。ONEの10周年という記念大会で、自分がチャンピオンになるためのシナリオはもうでき上がっているんですよ」
2戦目のDJ戦に負けてから若松は5連勝してタイトルマッチの権利を手にした。しかし、あの敗戦が若松には呪縛のようにまとわり続けているという。
「あの敗戦で自分に幻滅したんですよね。強くてもいいところで勝てない。やっぱり俺ってその程度の人間なんだなっていうのが、ずっとまとわりついているんですよ。だからそのあとに試合にいくら勝っても満足させてくれないし、調子に乗らせてもくれない。次もしモラエスに勝ってベルトを手にできれば、それを払いのけて次のステップにいけると思うんですよね」
その敗戦から3年。試練はたくさんあった。それを乗り越えてきた若松は、ベルトへの強烈な執着心とともに、かつてないほどの落ち着きがあるという。
「DJ戦はやっぱり自信が足りなかった。そのせいで浮足立っていたんです。でも今回はもうなにが起こっても大丈夫という気持ちで落ち着いているんですよ。もしなにか事故にあってケガをしてもそのなかでなんとかして勝つし、風邪をひいたとしてもどうにかしてベストコンディションに持っていける自信がある。コロナで試合が流れたときはどうしようもないけど、それすら受け入れられるくらいの気持ちでいますよ」
それはまるで悟りを開いたかのような精神状態に思えた。
「もう試合に向けて淡々と過ごしているだけです。日常のなかにただ試合があって、試合が終わればまた日常に戻っていく。そんな気持ちですね。もういつでも倒すと思ったら倒せるし、やってやると思ったらいつでもスイッチが入る。それは自分が持って生まれた才能だと思います。今はそれを(3月)26日のゴングが鳴る瞬間まで温めている感じです」
タイトル戦に向けて自信と落ち着きを見せているが、しかしそれはまだ決して確立されたものではない。
「やっぱりちょっといいイメージをしちゃうと浮足立ってしまいそうな自分がいるんですよ。だから平常心を心がけていますね。どれだけ空回りそうな自分を抑えるか。それができるか、できないかの戦いなんですよ。5分5ラウンドなので、いき過ぎると絶対にもたない。いかに我慢して、じりじりとしのぎ合えるか。我慢して集中するのは難しいことなんですけど、今はそれができるかという不安と戦っています」
記者会見でモラエスは「自分がなぜチャンピオンなのか見せてやる」と、若松がまだ手にしていないものに対する自信について語った。
「自分がモラエスの立場でもそこが一番の強みになると思いますよ。モラエスも32歳で、宇宙人でもない限り、爆発的に打撃や寝技が強くなるなんてことはない。でもメンタルの部分は年を重ねるごとに強くなっていくと思います。彼はこれまで何度もチャンピオンになっているし、やっぱりそこのアドバンテージは向こうにある。それは十分わかっています」
そのアドバンテージに対して、若松がなにも持っていないわけではない。
「僕には挑戦者としてのハングリー精神がある。最強になりたいという気持ち、ベルトがほしいという思いは絶対に僕のほうが強いという自信がありますよ」
ケージのなかでチャンピオンの自信と若松のハングリー精神がどう交わるのか見ものである。そして、最後に一つ聞いてみた。「青木真也vs秋山成勲には興味あります?」。
「正直、まったく興味ないですね(笑)」
<了>
【前編】格闘技界に「新しい時代」到来! 日本待望の“真”の世界王者へ、若松佑弥・秋元皓貴の意外な本音
因縁などない? 青木真也vs秋山成勲、14年越し“最凶”対決。違い過ぎる生き様、互いを嫌う理由
【過去連載】「もう自分の事なんてどうでもよくなった」。子供が産まれて変化した、パパ格闘家・若松佑弥&秋元皓貴の生き方
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