
サッカーパパ・ママが必ずぶつかる“2つの壁”専門家が解説。移籍はNG? 負けず嫌いに育てる方法は?
息子をプロサッカー選手に育て上げ、現在は千葉県市川市に専用グラウンドを持つサッカークラブ・FC市川GUNNERSの代表を務める幸野健一。「サッカーコンサルタント」という肩書を持ち、全国のサッカーパパ・ママから多くの相談を受ける立場でもある幸野のもとには、日々どのような苦悩の告白が寄せられ、どのようにアドバイスを送っているのか? そこから見えてきたのは日本サッカーが抱える課題そのものと、その課題に対する解決の糸口だった。
(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真提供=FC市川GUNNERS)
一家族の意見でクラブの方針が変わる可能性は低い
――幸野さんはこれまで多くのサッカーパパ・ママから子どものサッカーに関する相談を受けられています。一番多く相談を受けるのはどういった内容ですか?
幸野:相談を受けるのは本当に多種多様な内容ですが、大きく2つに分けられるかもしれません。一つは対クラブ、対指導者の問題。パワハラ的な指導で悩んでいるケースは本当に多いですし、子どもが干されて全然試合に出られないで悩んでいることも多いです。
――そのような相談を受けた際はどういったアドバイスをされるのですか?
幸野:移籍を勧めることが多いですね。選手側の何かしらの努力で解決できることであればいいのですが、クラブ側が抱える問題なのであればもう出ていくしかないわけです。普段から当たり前のようにパワハラ的な言動をしていたり、サッカーの本質を理解できていない指導者は何か指摘してすぐ改心するものでもないと思います。もちろん言って改善する可能性があるのであれば言うべきだと思いますが、一家族の意見でクラブの方針が変わる可能性は低い。レギュラーの親とそうじゃない子の親との温度差などもあり、親御さんの総意としてクラブ側に何かを伝えることもなかなか難しかったりします。それなら移籍すればいい。
強いと評価されているチームが日本サッカーの進化を妨げている
――チームを移籍することに対してネガティブな印象を持つ人も多いと思います。
幸野:日本って本当に移籍が少ないんですよ。どうしても一つの所にとどまってやりきることが美徳とされる風潮があるので。さらにはクラブ側の保身のため、プレーヤーズファーストではなく、クラブファーストな考え方になってしまっている現状もあります。場合によっては移籍をした選手や家族が裏切り者的なニュアンスにされてしまうこともあります。これは今後、早急に変えていかなければいけない問題です。
例えばJリーグをイメージしてください。J3で大活躍した選手はJ1にチャレンジし、J1でなかなか試合に出られない選手は出場機会を求めてJ2に移籍しますよね。もちろんクラブの体制や指導者に問題がある場合、選手は自らの意思で他のチームへ移っていきます。これが本来サッカーにおいて正しいシステムであり、育成年代であってもそれは同じはずです。
―― 一方、育成年代では目の前の試合に勝つことを優先して厳しい指導で選手を指示通りに動かそうとするチームがどうしても強くなり、強いから人も集まるという構図も多いように感じます。
幸野:まさにそうですね。そういった本来は子どもたち自身が自分で考えて、判断してプレーすべきサッカーの本質の部分をおざなりにしているチームが多いこと、さらに強いチームとして評価を受けていることは大きな問題であり、日本サッカーの進化を妨げていると感じます。
ディフェンスを例に挙げるとわかりやすいと思います。ヨーロッパでは小さな子どもでもとにかく積極的に相手が持っているボールを奪いにいきます。何度失敗しても指導者はそのチャレンジを褒め続けます。それを繰り返すことで、子どもたちは自分の判断でボールを奪いにいくことに対して躊躇がなくなり、飛び込む間合いを体で覚え、ボールにつま先だけでも触れられれば相手の攻撃を止められることを知るわけです。一方日本では、ボールを奪いにいって簡単にかわされたディフェンダーを指導者が怒鳴りつけるというシーンをよく目にします。そうすると子どもはとにかくミスをしないように、ディレイ(ボールを奪いにいかず相手を遅らせるためのプレー)で仲間の戻りを待つようになります。この育成環境の違いがそのまま子どもの価値観まで変えてしまうわけです。
サッカーにおいてのみならず、子どもたちの将来において、どちらが良いのか。この問題も、指導者だけでなく、サッカー少年少女の保護者の皆さんも含めて、みんなで考えて、議論していかなければいけない問題だと思います。
「お父さんが行けって言ったんじゃん!」大事なのは子どもの“選択権”
――所属するチームや指導に疑問を感じ、親としては移籍をさせたほうがいいのではないかと考えても、子ども自身が「チームメートと離れたくない」「強いチームにいたい」「新しいチームにいくのは不安」などの理由で、移籍を嫌がるという話もよく耳にします。
幸野:そのような親御さんからの相談もとても多いです。いま所属しているチームに明らかに悪い部分があって、親としてはより良いと判断しているチームが別にあるのであれば、徹底的に子どもと話し合うべきです。例えば、高圧的な指導を行うチームがあって、そのなかでは子どもの自主性が育まれないと考えているのであれば、「U-12の年代にとって大切なのは目先の試合の結果ではなく、長い目で見たときに、こっちのチームのほうが成長できるという環境だと思うよ」と、論理的に何度もお子さんに説明するべきです。
――そもそも子ども自身はいまのチームしか知らないことも多く、しっかりと説明してあげないとわからないことも多いですよね。
幸野:子どもの「友達と別れたくない」という気持ちももちろんわかります。けれどわれわれ大人は、例えば親の転勤で、あるいは中学、高校と進学していくなかで、新しい環境でも2、3日したらすぐに友達ができて、結果としてその後も付き合う仲間の数が増えたという経験をしてきているわけですから。そういう経験を子どもに伝えて理解してもらうのは親の役目だと思います。
――親の経験を交えながら、子どもの不安に対して的確なアドバイスを伝えてあげることは大切ですね。
幸野:ただし、一番大事なのは子どもの選択権です。親は通える距離の他チームの情報などの材料を整理して子どもに伝える。その上で「このチームでやる」という最後の決断は絶対に子ども自身にさせるべきです。この部分を親が決めてしまうと、「お父さんが行けって言ったんじゃん!」というエクスキューズにつながります。すべてが完璧なチームなんてありません。どのチームに行っても良い所、悪い所があります。さらに新しいチームに移籍した場合、誰も知らないマイナスの環境からのスタートになるわけです。だからこそ子ども自身が、「自分で選んだのだから頑張らなければ!」と思えることは非常に大事です。
子どもはどうやったら負けず嫌いに育つのか?
――クラブに対する問題とともに、サッカー少年少女の保護者から多く相談を受けるもう一つの内容とはどういったものですか?
幸野:もう一つは、自身の子どもに対する不満です。パッションが足りないとか、試合中にプレーが消極的だったりとか、トレーニングを見ているとイライラするとか。なかでも「どうやったら負けず嫌いに育ちますか?」という質問は本当に多いです。
――多くの保護者がそうなってくれたらと願っていることだと思います。そのような相談を受けた場合、どのようにアドバイスするのですか?
幸野:子どもを一瞬で負けず嫌いにする魔法の言葉なんてありません。ただ、「日々の生活のなかで親御さん自身が何事にも一生懸命に取り組む姿をお子さんに見せていますか?」という問いかけはします。例えばちょっとしたゲームを親子でするにしても親が負けてはダメなんです。私も息子の志有人(※1)が子どもの頃、例えば一緒にオセロをするとしても一度も負けませんでした。必ず最後は志有人が泣きながらオセロ盤をひっくり返して終わるんです。妻からは「どれだけ大人気ないの…」といつも呆れられていました(笑)。
※1:プロサッカー選手の幸野志有人。16歳でFC東京とプロ契約。その後も数々のJクラブを渡り歩き、Jリーグ通算130試合以上に出場。その後、2020年より海外移籍にも挑戦。
――子どもがかわいそうだからと、わざと負けてあげるわけではないのですね。
幸野:もともと私自身が負けず嫌いで、わざと負けるという選択肢なんてなかったので。そうすると、意識的に私が負けず嫌いに育てようとしたわけではないのですが、自然と子どもが負けず嫌いに育っていました。でもやっぱり親自身が何事も決しておろそかにしないで、パッションを持って一つ一つのことを精一杯ベストを尽くして取り組む。そしてその姿勢を子どもに見せ続ける。そういった毎日の積み重ねのなかにしか、子どもを負けず嫌いにする方法はないと思っています。
「見にいくとイライラするから」親自身が逃げているのでは…
――親子間でのちょっとしたゲームでも勝ち負けを真剣に競う。そうした毎日の心がけはスポーツにおいても生きてくると思います。
幸野:結局スポーツって勝負事ですから。勝った負けたで一喜一憂できる要素ができるだけ日常のなかにたくさんあったほうがいいわけです。とはいえプロセスを大事にするという視点も忘れてはいけません。
――何事も勝ったか負けたか、良かったか悪かったかで判断してしまいがちです。
幸野:例えばテストの結果が悪かったからと叱るのではなく、そこに至るまでの過程を親は見てあげてほしいです。ちゃんと一生懸命努力した結果が良い点数ではなかったのであれば、「このまま頑張れば絶対にいつか良い点数が取れるよ」と褒めてあげてください。忙しいからとプロセスを見ず、結果だけで判断してはダメなんです。
――サッカーの試合結果にも当てはまる話ですね。
幸野:もちろんこれはサッカーにおいても同じです。試合のみならず、子どもの練習などもできる限り見にいって、監督や他の子どもたちとどのようなコミュニケーションを取っているのか、どのような練習に対して楽しそうに積極的に取り組んでいるのか、観察してあげてください。「サッカーはわからないから」「見にいくとイライラするから」と言って親自身が逃げているのでは、子どもだけに努力を求めて、親は努力をしていないのと同じです。そういった親の態度を子どもは敏感に感じています。何事も親は自分自身に矢印を向けて、子どもに背中を見せないといけません。子育てとは、そういうものではないかなと私は考えています。
<了>
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[PROFILE]
幸野健一(こうの・けんいち)
1961年9月25日生まれ、東京都出身。FC市川GUNNERS代表。市川SC GM。プレミアリーグU-11実行委員長。サッカーコンサルタント。育成を中心にサッカーに関わる課題解決をはかるサッカーコンサルタントとして活動し、各種サッカーメディアにおいても対談・コラム等を担当。2014年に千葉県市川市に設立されたアーセナルサッカースクール市川の代表に就任。2019年よりFC市川GUNNERSにチーム名が変更される。2020年に千葉県リーグに所属する市川SCとFC市川GUNNERSが業務提携し、市川SCのGMに就任。また、小学5年生が年間を通してプレーする日本最大の私設リーグ「プレミアリーグU-11」の実行委員長として、日本中にリーグ戦文化が根づく活動をライフワークとしている。
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