アスリートはプライベートの問題でどこまで罰を受けるべきか? 米国の事例を基に考える

Opinion
2022.10.04

アスリートが競技場で輝きを見せるとき、人々は何物にも代え難い勇気と感動をもらう。“本業”である競技で結果を出すため、想像もつかないほどの努力を日々重ねる。同時に、アスリートには人々の“模範”であることが求められる。近年その傾向はさらに強まっているといえるだろう。メディアでプライベートに関する問題が報じられ、SNSでは批判が巻き起こり、所属チームやリーグに対して出場停止などの処罰を求める声も上がる。アスリートは“本業”ではないプライベートの問題でどこまで罰を受けるべきなのだろうか――? 米国スポーツの事例を基に、あらためて考えてみたい。

(文=谷口輝世子、写真=Getty Images)

「同意の上の不倫に、第三者がとやかく言うことではない」米国の見方

日本では、芸能人からアスリートまで、有名人の不倫スキャンダルへの視線は厳しい。芸能人の場合であれば、番組を降板し仕事を失ったりする。

アメリカでも、日本と同様に誰と誰が付き合っているとか、不倫しているといった情報の需要はあり、そういったものを掲載したゴシップ雑誌はある。しかし、有名人が不倫したことだけを理由に仕事を失う事例はあまり見かけない。1990年代後半にはビル・クリントン大統領(当時)の不倫が発覚し、弾劾裁判にまで至った。ただし、この時も、不倫そのものよりも、証拠隠滅、不倫を否定したことが偽証罪にあたるという理由だった。同意の上の不倫ならば、第三者がとやかく言うことではないという見方が強いようだ。

プライベートといえども性的暴行・ハラスメント・DVには厳しい罰則

しかし、性的暴行、ハラスメント、カップルや夫婦間のドメスティック・バイオレンス(以下DV)は、同意の上での不倫とはまったく別である。プロアスリートのDVといえば、ボルティモア・レイブンズ(NFL)の優れたランニングバック(RB)だったレイ・ライスの事件が思い出される。ライスは2014年に当時の婚約者で後に妻となった女性をエレベーター内で殴って失神状態に陥らせた。NFLは当時の内規に基づき、ルイスを2試合の出場停止処分とした。

NFLは1997年に専門家の強い要望を受け、選手のDVを罰する規則を作り、2000年に入ると、刑事告発がない場合でも、選手やコーチ、スタッフらに罰則を科す内容に変更した。しかし、この規則の適用が始まった2000年から14年までの間の罰則は軽く、1試合出場停止や実質上の処分がないものもあったという。前述したライスに対してもこの規則によって2試合の出場停止処分を科したのだ。

しかし、その後ライスのエレベーター内の暴行映像が流出。殴ったり失神した婚約者を引きずったりする生々しい様子が記録されており、ファンや当時のバラク・オバマ大統領もライスを批判。批判の矛先は、2試合の出場停止という軽い処分を科したNFLにも向けられた。ロジャー・グッデル コミッショナーは一転して無期限停止処分、レイブンズはライスを解雇した。

プロスポーツは競技を見せるだけでなく、ファンがいて成立する人気商売でもある

しかし、ライスは1つのDVに対して2回処分を科されたとして、不服申し立てをした。判事は、ライスが最初にリーグに対して嘘をついたわけではないことを挙げ、2回目の無期限出場停止処分は不適当と判断した。本来は規則に準じて一貫性のある罰則を科さなければいけないのに、NFL側がそれをしなかったことも、処分取り消しの理由となった。この処分解除によってライスは他チームと契約できる状況になった。本人はもちろん、復帰を望むファンの声も少なくなかったが、どのNFLチームと契約することもなく、2018年に引退を表明。ルール上では契約可能を勝ち取ったが、現実的には永久追放処分とそれほど変わらなかったといえるかもしれない。

一連の経緯で、ライスだけでなく、NFLにも悪いイメージがついてしまった。そこで、NFLはより厳しい規則に作り替えることにした。DVを防ぐことはもちろんだが、批判を抑え、NFLのイメージを守ろうとしたのだ。プロスポーツは高いレベルの競技を見せることによってファンを引きつけているが、観戦者がいることによって成立する人気商売だ。スポンサーやファンが離れることを防がなければならない。

サイ・ヤング賞バウアーに2年の出場停止処分。刑事告訴は受けていないという声もあるが…

NFLが選手のDVなどに厳しい内規を設けたことは、他のプロスポーツにも波及した。2015年8月にはMLBが選手会と共に、DV・性的暴行・児童虐待のポリシーに関して合意に達したと発表した。疑いのあるときは、コミッショナーオフィス側が調査を行い、このポリシーに基づいて、適切な懲罰を決定する。その一方で、選手側はこの決定に対して不服申し立てできるとした。

2020年のサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)を獲得したトレバー・バウアーは2021年に性的暴行で女性側から訴えられた。刑事告訴は見送られたが、MLBはこのポリシーに基づいて、2年間の出場停止処分を科した。バウアーはこの処分に不服申し立てをしている。31歳の右腕にとって、2年間の出場停止処分は選手生命にも大きく影響する。SNS上には、この処分は重すぎるから再考すべきだという声は少なくない。しかしMLBは、刑事告訴を受けていないという理由でバウアーへの処分を軽くするのではなく、MLBの規則に基づいて厳しい処分を下した。毅然とした機構の姿勢を対外的にアピールしているともいえる。

やや話はそれるが、アメリカのプロスポーツは人種差別にはとても厳しく、絶対に許さない姿勢をとっている。ロサンゼルス・クリッパーズ(NBA)のドナルド・スターリング オーナー(当時)が黒人を差別する会話をしていたことが分かった。NBAはすぐにオーナーを永久追放処分とした。この人種差別発言には選手たちからの抗議があり、当時のオバマ大統領も遺憾を表す声明を出した。妥当な処分であると筆者は思う。そうでなければ、NBAの存在そのものが危うくなったのではないだろうか。

コロナ禍の感染対策違反は? 罰の重さがフェアかどうかの論戦も

では、アメリカのプロスポーツにおける新型コロナウイルスの感染対策違反はどうだっただろうか。2020年夏は、選手やスタッフがほぼ毎日のように検査をしながら、外部からの人との接触を完全に断ち切ったり厳重な感染対策をした上で、各リーグが試合を再開した。とはいっても、感染対策規則を守り切れないことがあった。

例えば、2020年秋にはNFLのチームがマスクを着用していなかったことが分かり、チームに2万5000ドルの、マスクをしていなかったコーチ2人には10万ドルの罰金が科せられた。この時は、プロスポーツの開催自体に厳しい視線が向けられていた時期でもある。テレビのコメンテーターは、事前に守るべき感染対策規則は周知されているとし、この厳しい罰則によって、リーグ側は他の選手、コーチ、スタッフらにも感染対策を徹底するべきというメッセージを送ったと解説した。

また、アメリカにも「マスク警察」のようなものはあり、スポーツの観戦者やファン、テレビに映る選手やコーチがマスクをしていない、マスクの着用が正しくないと指摘し、SNS上で拡散するケースもあった。

2021-22シーズンのNFLでは、グリーンベイ・パッカーズのクォーターバック(QB)、アーロン・ロジャースに規則違反があったとして、リーグは1万4650万ドルの罰金を科した。このアーロン・ロジャースへの処罰が発表された同じ時期に、ユニホームをパンツにタックしていないという違反を2回した選手が1万5000ドル以上の罰金を科されたのだ。なぜ、ロジャースへの罰金が、ユニホームをパンツに入れなかったという違反の罰金よりも少ないのかと、リーグの判断をやゆする書き込みが多数あった。また、選手にペナルティが科されたとき、その選手が所属するチームのファンとそれ以外のチームのファンの間で、罰の重さがフェアかどうかの論戦が起こっていたようだ。

米国は規則を作って問題発生に備え、日本は世間の反応を見るなどあいまいさも

ここまで、過去の事件やスキャンダルを振り返ってきた通り、アメリカのプロスポーツでも、刑事告訴されず、有罪とされなかった事件でも、リーグの調査と判断で処罰を科すことがある。これらが妥当な対応かどうかは、事前に選手会との合意に基づいた規則を設けているかどうかが大きなポイントだろう。

規則を設けたのは誰なのか。誰がどのように調査をし、罰則を科す権限を持つのか。もし罰則を科された選手やスタッフに不満がある場合には、不服申し立てをすることを認めているか。アメリカでは、世論やファンの反応を見ていきあたりばったりで処罰を決めたり、罰則の軽重を決めたりすることは難しい。選手もファンも、手続きが公正か、公平かには敏感だ。

NFLがライスの暴行ビデオ流出時に処分を永久追放に変更したが、1つの違反行為を2度罰することはできないし、処罰に一貫性がないとして、異議申し立てをしたライス側が勝っている。アメリカのプロスポーツでは世間の風向きを見た上で処分することは悪手ではあるが、その一方で、プロスポーツ組織は、世論やファンの反応に敏感だからこそ、リーグ独自に内規を作って選手を罰しているといえる。

選手の不祥事や犯罪に対し、アメリカのスポーツ組織はプロアクティブで、問題に先回りして規則を作っている。初めに規則を作ることで、性的暴行、DV、ハラスメントなどを決して許さないのだというリーグの理念を社会にアピールし、問題発生に備える「逆算思考」といえるだろう。ただし、これらの規則が、社会からの圧力や世論に押されて作られているのは先に述べた通りだ。これと比較すると、日本のスポーツ組織はリアクティブであり、起こった問題に対して反応する傾向がある。良くも悪くも世間の反応や、問題を起こした当事者の反省ぶりを見たりした上で処分を決めており、あいまいさもある。

タイガー・ウッズの不倫が発覚した時は…何を尊重し、何を優先するのか

では、冒頭で取り上げたアスリートやコーチらの不倫はどうなのか。不倫問題でごたごたを起こした選手も、プロスポーツのイメージを傷付け、チームやファンに迷惑をかけるのだから、DVと同様にリーグで規則を設けて罰を科す方がすっきりするのではないかという意見もあるかもしれない。しかし、アメリカの社会は、プロアスリートの不倫を罰する規則を求めていないように見受ける。配偶者以外の人と性的関係を持っていても、それが両者の同意の上であり、ハラスメント、暴行、虐待が発生していない場合は、プライベートな問題。プロリーグや主催者側も、不倫を罰する規則を設けていないので、リーグや球団として特にアクションを起こしたり、説明したりしないだろう。アメリカのプロスポーツ選手の中には、「家庭の事情」でチームを一定期間離脱する人もいる。もしかしたら、「家庭の事情」の中には、不倫問題の処理や離婚の手続きが含まれているかもしれないが、本人が明らかにする意思のない場合は球団もそれを尊重し、チームを取材しているメディアもそれを尊重する。

超スーパースターのタイガー・ウッズは自動車事故を発端に不倫が発覚。2009年12月には、期限を設けずにツアー出場を自粛すると発表した。このウッズの発言を受けて、当時のPGAのティム・フィンチェム コミッショナーが定例会見で、不倫はPGAの懲罰規則には当てはまらないとし、「彼のプライバシーを尊重している」とした。ウッズのように当事者が不倫を認めたならば、コミッショナーや機構側は、個人的問題を解決できるようにしいてほしいとコメントするくらいである。暴力やハラスメントが絡んでいない同意の上の不倫の場合、アメリカのプロアスリートに求められるのは、リーグや球団への謝罪ではなく、不倫によって傷ついた配偶者や家族、もしくは不倫の相手と向き合い、家族やカップルの問題を解決することなのだ。

<了>

ダルビッシュ有は、なぜTwitterで議論するのか「賛否両論あるということは、自分らしく生きられてる証拠」

小林祐希が誹謗中傷と戦う理由。「経験したことないのに、本当に理解できるのか?と」

「誹謗中傷がダメだと言うのは恥ずかしいこと」。青木真也が同調圧力に屈しない理由

「勝利至上主義よりむしろ、その奥に潜んでいる根源的問題を見極める」。町田樹と考える、日本フィギュアの未来と衰退危機

なぜ日本球界は喫煙者が多いのか? 新型コロナ、健康増進法、「それでも禁煙できない」根深い理由

この記事をシェア

KEYWORD

#COLUMN #OPINION

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事