なぜ“ぶっつけ本番”の超攻撃的3バックは驚くほど機能したのか? ドイツ撃破が奇跡ではなく必然の理由
カタールの地で戦う日本代表が、歴史に名を残した。4度の優勝を誇る強豪ドイツを相手に番狂わせを演じてみせ、世界を驚愕(きょうがく)させた。後半からフォーメーションを[3-4-2-1]に変え、攻撃的な選手を次々と投入。見事なまでに采配は当たり、逆転勝利を手繰り寄せた。なぜこれまでほとんど試されたことのない布陣は、驚くほど機能したのか? 指揮官と選手たちの言葉から、歴史的快挙の要因を探る――。
(文=藤江直人、トップ写真=Getty Images、文中写真=藤江直人)
「超攻撃的な布陣は今まで隠してきたのか?」の問いに、森保監督の答えは…
FIFAワールドカップ本番での戦いへ向けた切り札として温存していたのか。それとも、ドイツ戦前日まで4日間にわたって実施された非公開練習の中で新しくトライした形だったのか。
世界中を驚かせた世紀の番狂わせから一夜明けたカタール時間の24日午後。ドーハ市内にある同国の強豪クラブ、アル・サッドのトレーニング施設で行われた日本代表の練習開始前に、急きょセッティングされた森保一監督の囲み取材で核心を突く質問が飛んだ。
前半のシステム[4-2-3-1]から[3-4-2-1]へと変わった後半。57分、71分、75分と交代のカードが切られるたびにアタッカーが投入された中で、日本のウイングバックは最終的に左に三笘薫(ブライトン/イングランド)が、右には伊東純也(ランス/フランス)が配置された。
共にドリブル突破を武器の一つとして搭載。三笘は緩急を駆使しながら相手を翻弄し、伊東はトップスピードに到達するまでの圧倒的な加速度で相手を置き去りにする。森保ジャパンで屈指の攻撃力を誇るドリブラーが、左右のウイングバックで同時起用されるのは初めてだった。
特に三笘が得意とする左サイドからのカットインは、75分にMF堂安律(フライブルク/ドイツ)が決めた同点ゴールの起点になった。故に「今まで隠してきたのでしょうか」とメディアから問われた森保監督は、言下に「そういうことはありません」と否定し、さらにこう続けた。
「これまでの活動の中で(伊東)純也のウイングバックはありますし、(三笘)薫についてはサンジロワーズ(ベルギー)でやっていましたし、今シーズンのブライトンでも――」
ここでハプニングが起こった。まもなく始まる練習へ向けてまかれていたスプリンクラーの水が予想以上に伸びて、ピッチ脇で囲み取材の輪を形成していた森保監督やメディアを直撃したのだ。
「なかなかアクシデントがありますね。ピッチ上もピッチ外もだいぶ“あつく”なっているので、ちょっとクールダウンしろ、ということなのかな」
確かにカタールのピッチ上は暑いが、ピッチ外もアルゼンチン代表を撃破したサウジアラビア代表、そして日本とジャイアントキリングが続いた余波で熱くなっている。その中でも日本にとって最大の関心事である、就任後で初めて見せた超攻撃的な選手起用の謎が明かされた。
「練習では4バックが中心で、3バックの準備はしていない。ただ…」
「これまで積み上げてきた戦術や選手個々の役割において、代表チームでやってきたことと彼らが所属チームでやってきたことを、うまく組み合わせながら試合で生かしていく、ということはこれまでもやってきたこと。選手たちはよく理解して、彼らの良さを出してくれたと思う」
隠していたわけでも何でもなく、要は“ぶっつけ本番”だったと明かした指揮官は、さらに4日間の非公開練習において3バックを熟成させるメニューを取り入れなかったと続けている。
「練習では4バックを中心にやっているので、3バックの準備はしていません。ただ、国際親善試合の中で9月とカナダ戦(11月)で3バックは入れていますし、昨日の(ドイツ戦へ向けた)ミーティングでも『そういうこともしないといけない』と示唆していたので」
カタール入り後で初めて、かつワールドカップ開幕前では唯一のオフに充てた18日。別メニュー調整を続けいたMF遠藤航(シュトゥットガルト/ドイツ)、MF守田英正(スポルティング/ポルトガル)、そして三笘をチェックするために森保監督はトレーニング拠点を訪れた。
その上で囲み取材に応じた指揮官は約50分間に及んだ質疑応答を終え、メディアの輪が解けかけた直後に「それと、すみません」とおもむろに呼びかけた。
「明日から非公開とさせてもらうことをお願いします。ご容赦いただければありがたいです」
告げられたのは練習の実施方法の変更だった。当初のスケジュールではドイツ戦の前々日、前日の2日間が非公開練習とされていた。他の公式戦や国際親善試合でもしかり。4日連続の非公開練習は、森保ジャパンが初陣を迎えた2018年9月以降で初めてとなる異例の事態だった。
「ドイツ戦の4日前と3日前にも戦術的なところを入れたい。もちろん皆さんにもお見せしたいところはありますけど、初戦へ向けてより集中して準備をしたい。もし足りなければ僕がこうしてお話をさせてもらって、その中でできる限りの情報を皆さんに持ってもらいたいと思っています。そのようなコミュニケーションでご了承いただければ。よろしくお願いします」
森保監督の要望を、メディア側も受け入れた。
実戦で試したのは、4試合でたったの平均5分。なぜ熟成できたのか?
迎えたドイツ戦。後半開始ともにMF久保建英(レアル・ソシエダ/スペイン)に代えてDF冨安健洋(アーセナル/イングランド)を投入し、4バックから3バックへ移行した。3バックの完成度を高めるための非公開練習だったのかと誰もが考えた。
3バックに関しては、直近の国際親善試合で取り入れたと森保監督は説明している。調べてみると確かに試合中に3バックに移行している。ただ、すべて短い時間ばかりだった。
6月10日のガーナ代表戦で85分から移行したのを皮切りに、9月23日のアメリカ代表戦の86分、同27日のエクアドル代表戦で83分と続き、17日にUAE(アラブ首長国連邦)の首都ドバイへ舞台を移して行われたカナダ代表戦でも85分から3バックに移っている。
最長で7分であり、4試合を平均すると5分あまりとなる。果たしてこれだけの時間で、3バックをワールドカップ仕様のオプションのレベルにまで煮詰められるのか。
ハーフタイムの選手交代に続いて、森保監督は57分に左ウイングバックの長友佑都(FC東京)と三笘を、1トップの前田大然(セルティック/スコットランド)と浅野拓磨(ボーフム/ドイツ)をまず交代させた。
71分にはボランチの田中碧(デュッセルドルフ/ドイツ)に代わって堂安が投入された。堂安は伊東と共にダブルシャドーを形成し、それまでシャドーでプレーしていた鎌田大地(フランクフルト/ドイツ)が1列下がり、遠藤航(シュツットガルト)とダブルボランチを組んだ。
さらに75分には、直前のプレーで左太もも裏を負傷した右ウイングバックの酒井宏樹(浦和レッズ)に代わって南野拓実(モナコ/フランス)が投入され、全ての交代枠を使い切った。右ウイングバックに伊東が回り、堂安と南野がダブルシャドーを組んだ直後に堂安が同点ゴールをたたき込んだ。
ドイツ戦で[3-4-2-1]システムでプレーした選手たちは何をどう感じていたのか。
同点ゴールの堂安律、“チームの心臓”鎌田大地、57分で交代の長友佑都は、何を感じていたか
A代表では実に3年10カ月ぶりとなるゴールを決め、試合の流れを完全に手繰り寄せた堂安が言う。
「僕と(南野)拓実くんはゴール前で仕事をするタイプであり、つなぎのところで仕事ができるタイプではない。そこで(鎌田)大地くんが6番のポジションでプレーしてくれたし、両サイドの幅は(三笘)薫くんと(伊東)純也くんが取ってれた。さらに僕と拓実君が(シャドーに)入ったことで、ボックス内で仕事ができる選手も増えた。得点以外にもあと2、3回、ボックス内に入っていったシーンがあったし、戦術の変化を介してチームにいい変化がもたらされたと思っています」
前線からのプレスがまったくはまらず、結果としてドイツを必要以上にリスペクト。チーム全体として腰が引けた状態になってしまった前半を、鎌田は「前半のまま試合が終わっていたら、間違いなく僕の中でワーストの試合になっていた」と振り返りながらこう続けた。
「前半はフォーメーション的にもまったくうまくいっていなかった。僕自身、どこにポジションを取ったとしても、なかなかボールに触ることができなかった。何かを変えければダメだと思っていたところで、森保さんがしっかりと決断してくれたのが一番だと思う。一生後悔するような前半の内容をシステム変更と、さらに自分たちが勇気を持ってプレーしたことで変えられた。日本代表には普段はヨーロッパのいいリーグでプレーしている選手たちが多いので、ああいう形で対等にわたり合えれば、どんなチームに対してもいい試合ができると証明できたと思う」
後半開始とともに、左サイドバックから左ウイングバックへスイッチ。三笘との交代でベンチへ下がった長友は、システム変更を「違和感も驚きもなかった」と笑顔で振り返る。
「ミーティングでもかなり話し合っていたんですよね。こういう状況は想定し得るから後半からでもシステムを変えるとか、あるいは選手もこう変えていくと。例えばザックさん(アルベルト・ザッケローニ元日本代表監督)のときもスタメンをある程度固定して、かなり強いチームに仕上がっていたのに、ワールドカップ本番で結果を出せなかった。僕の経験ではうまくいかなくなったときに立て直す方法を、いくつか用意していた方がいいと思うんですよね。戦術的な部分や選手起用に幅といったものがないと、相手に対策を練られてうまくいかない場合にどうにもならなくなってしまうので」
ぶっつけ本番でも対応できる能力を有する選手と、“決断”を下した指揮官
外部からはうかがい知れない非公開のピッチでは3バックの熟成も、超攻撃的な選手たちを配した戦術的な練習も、ほとんどといっていいほどしていない。それでもミーティングを介して選手たちに気付きを与え、代表と所属チームとでポジションが異なる場合もプラスに転じさせる。
スプリンクラーによるハプニングで言いかけた状態で終わってしまった冒頭の質疑応答。サンジロワーズへ期限付き移籍した昨シーズンも、ブライトンへ復帰した今シーズンも、三笘は左ウイングバックでプレーした経験があると森保監督は言いかけた。
フランクフルトではボランチを務める鎌田も、カナダ戦の後半途中から代表では初めてボランチで起用してドイツ戦へつなげた。冨安に関しても代表の主戦場はセンターバックだが、アーセナルでは右サイドバックに加えて左サイドバックでもプレーしている。
ヨーロッパの各所属クラブで代表選手たちが日々積んでいる濃密な経験を、代表へも還元させることで新たな力を生じさせる。アドリブを含めて選手たちの個々の能力が高いからこそ、ぶっつけ本番のシステムや選手の並びが奏功したと森保監督はドイツ戦翌日の囲み取材で語っている。
「選手たちは対応力と修正力を持って戦ってくれた。戦術を伝えたとしても、ピッチ上でプレーする選手たちが状況に合わせてお互いにやるべきことをつなぎ合わせていかないと、いくら練習しても試合では表現されない。ドイツ戦の流れは予想していたというか、プランしていた一つではあるが、選手たちがピッチ上でいい判断を下し、コミュニケーションを取り合いながら戦ってくれたことが何よりも大きい。さらに攻撃では勇気を持ってアグレッシブに加わっていくプレーを、守備ではもう一歩粘り強く食らいついていくプレーをしっかりと実践してくれた」
ぶっつけ本番でも対応できる能力が、カタール・ワールドカップに臨む日本の選手たちにはすでに搭載されていた。あとはいつ、どんな形でゴーサインが、つまりは森保監督の決断が下されるか。
1点のビハインドのまま前半を終えれば、何かが起こると希望を託して選手たちは必死に耐え忍んだ。中途半端に形を変えるのはむしろ危険と判断し、しっかりと指示を伝えられるハーフタイムまで待った指揮官。お互いの波長が以心伝心で合致した先に、歴史に残る逆転劇が待っていた。
<了>
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