札幌ドームに明るい未来は描けるか? 専門家が提案する、新旧球場が担う“企業・市民共創”新拠点の役割

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2023.01.27

昨年12月に完成したプロ野球・北海道日本ハムファイターズの本拠地「エスコンフィールド北海道」。パートナー企業との共同創造空間を掲げ、1634億円の経済効果を生むともいわれ、今年のプロ野球の注目点の一つとなっている。一方、日本ハムの本拠地としての役割を終えた「札幌ドーム」は新たな存在価値を示すことができるのだろうか? スタジアム・アリーナの専門家で自身もMazda Zoom-Zoomスタジアム広島の設計を手掛けた上林功氏が、両施設の違いと、今後の在り方について言及した。

(文=上林功、写真=Getty Images)

世界の100万人都市で群を抜いて年間降雪量が多い札幌

約3年弱の工期を経て昨年12月にエスコンフィールド北海道が完成し、今年2023年3月から開業が予定されています。特徴的な南面の大きなガラスは天然芝フィールドの育成に必要な日射を取り入れ、屋根をスライド開閉させることで全面開放できる世界的にも類を見ない野球場です。

拠点となる北広島市は札幌市に隣接するベッドタウンながら豊かな自然環境にも恵まれ、スタジアムよりもさらに大きな敷地を使った周辺施設や体験型アクティベーションについても期待が寄せられています。

札幌は人口約197万人で、世界の100万人都市のなかでも群を抜いて年間降雪量が多く、年平均500mm近い積雪量はカナダのモントリオールやロシアのサンクトペテルブルグをしのぎます。厳しい気候条件をさまざまな工夫によって克服するスタジアムはまさに北海道ならではといえます。こうした工夫については、これまでホームスタジアムとして使用されていた札幌ドームについても同様で、いくつもの名勝負の背景に映し出されてきています。

新球場が完成し、プロ野球のホームチームが移動することで札幌ドームの今後の運営・利用について今更ながら議論が巻き起こっています。今回はエスコンフィールド北海道の特徴とともに札幌ドームの今後の活用について触れながら、地域におけるスタジアムの在り方について考えてみたいと思います。

新旧2つの可動機構を持つスタジアムの違いとは

冒頭にも触れましたが、エスコンフィールド北海道の大きな特徴の一つが半屋外とはいえ屋根をかけた球場であるにもかかわらず、天然芝フィールドを採用している点です。

世界の例を見ると、屋内型スタジアムで天然芝を採用する場合、枯れてしまったり荒れてしまうことを前提として「ビッグロール」と呼ばれるロール巻き芝を試合にあわせて移植する方法が多く採用されています。施設内で生育する場合にはシアトルのT-モバイル・パーク(1999年開場)やグローブライフ・フィールド(2020年開場)のように開閉式にすることや、場合によってはスタジアムの壁やスタンドを開くことで日射・通風の確保が必要になります。

一方の札幌ドームは、天然芝サッカー場移動方式「ホバリングシステム」を採用し、サッカー用の天然芝ピッチと野球用の人工芝フィールドを転換できるようになっています。サッカーのみ天然芝ですが、普段はドーム外でサッカーピッチの大きさの天然芝ステージが生育されており、試合時にドーム内にまるごと移動させています。これは、サッカーは競技規則での原則が天然芝となっているためで、世界のサッカースタジアムでも天然芝の確保にアイデアを凝らしています。

移動天然芝ピッチを世界で初めて採用したのは…

ホバリングシステムによる移動式の天然芝ステージは札幌ドームが世界初となる設備ですが、レールシステムによる移動式天然芝ピッチは札幌ドーム以前にも事例があり、現在でもいくつかの多目的スタジアムに採用されています。

大規模スタジアムとして移動天然芝ピッチを世界で初めて採用したのはサッカーのオランダリーグ所属フィテッセのホームであるヘルレドーム(1998年開場)です。移動するピッチのほか開閉式屋根など複数の可動機構が盛り込まれた施設になっています。他にもドイツ初のドーム型スタジアムであるフェルティンス・アレーナ(2001年開場)、アメリカNFLのステートファーム・スタジアム(2006年開場)などがあります。

昨年工期が延期し、2023年夏に完成予定のサッカーのスペイン・ラリーガ所属レアル・マドリードのサンティアゴ・ベルナベウの改修計画では、ピッチを屋外に出すのではなく、紫外線ランプや給水装置を備えた地下の生育施設に移動・格納する仕様になっています。この計画は敷地が制限される都市型スタジアムの新たな方策として注目されています。

これら国内外の事例に共通するのは、スタジアムの多目的利用です。スポーツ利用とあわせてイベントやコンサートなどエンタメ利用を行うことで、日数の少ないスポーツ興行だけでは不足する施設の収入を補っています。

エスコンフィールド北海道の開閉屋根や札幌ドームの移動式ステージはいずれも天然芝の生育を目的としたものですが、前者はより専門的な競技環境を目指したものであり、後者は専門性もさることながら多目的なドーム利用を目指したものとなっています。札幌ドームの移動式ステージはあくまで運用上の裏方の仕掛けであり、空間演出的に表に出てくるものではありませんが、多種多様なニーズに応える他の施設にない特徴といえるでしょう。

マツダスタジアムの選考事例も。共創的に進める「まちづくり」

エスコンフィールド北海道は、北海道ボールパークFヴィレッジと呼ばれる周辺開発がセットになって進められています。共同創造空間を掲げ、スポーツを核とした企業パートナーシップをさまざまな体験アトラクションやアクティベーションとして展開することで、地域全体ににぎわいをつくり出す考えです。

スタジアムをコミュニティの核として都市の周辺開発とともに進める方法はMazda Zoom-Zoomスタジアム広島の周辺開発など国内でも先行事例がありますが、民間主導で共創的に進めるまちづくりはこれまでにない都市開発として注目を浴びています。

一方の札幌ドームについては、その特徴的な形状からドーム単体での運営に注目が集まりがちですが、設計者である東京大学名誉教授の原広司先生は「時間とともに変化し育っていく庭のような建築」と説明しながら敷地全体のランドスケープに重点を置いており、ドームはあくまで一部に過ぎないことがわかります。

キーワードは敷地の全体利用。新球場と札幌ドームの違いとは

札幌ドームの建築面積が約5万5000㎡なのに対し、敷地全体は約30万㎡と広大で、巨大なドーム以上に敷地そのものがとても大きいことがわかります。さすがは北海道のスケール感です。東京ドームシティの敷地全体が半分以下の13.5万㎡であることから見ても、その規模はまさに規格外といえるでしょう。

エスコンフィールド北海道のFヴィレッジが約32万㎡となっており、敷地の大きさだけでいえば札幌ドームは同規模です。ところが敷地の運用の違いは明確で、民間活力を利用した共同創造による開発を進めるFヴィレッジに対し、札幌ドームの敷地全体は管理コストだけがひたすらかかる公園としての利用に留まっており、収益が見込めず管理コストを抑えるとなると将来的な敷地全体の荒廃が懸念されます。

野放図な民間開発を誘致すべきとは考えませんが、地域の意見を取り入れながら、設計時のコンセプトである「時間とともに変化し育っていく庭のような建築」に立ち還る必要があるのではないでしょうか。

近年では、公共空間の維持管理にエリアマネジメント手法を取り入れる事例が出てきました。公共空間を利用する周辺地域の人々が参加し、維持管理に関わることなどを引き換えにしながら、地域利用しやすい一定の環境整備を認める手法です。エリアマネジメントに限りませんが、さまざまな共創的取り組みの観点から、札幌ドームはまずは札幌市民にとって関わりたいと思える施設とならなければ、どこまでいっても市郊外にある巨大なイベントホールを脱しないと考えます。

既成概念にとらわれない新しい札幌ドームの姿とは

札幌ドームの利活用については、札幌市が示した施設改修の構想があります。天井からロールスクリーンを下ろしてコンサート利用時最大5万3000人収容の客席を仕切り、2万人規模のコンサートを空席感なく行えるようにしてエンタメ誘致を強化しようとの考えです。施設を小規模にして使いやすくとの考えはわからないでもないですが、遮音性能のないロールスクリーンで間仕切ってしまうと結局のところコンサート開催時に間仕切られた他の部分の同時利用の用途が限られることもあり、どこまで有効な方策となるかはわかりません。

そもそもイベント利用については北海きたえーる(北海道立総合体育センター)など手頃な規模の競合施設が近隣にあることから考えても、札幌ドームの大空間を小規模化することには疑問が残ります。札幌市域を視野に、エリア全体の施設を考えたうえで最適化を図らなければ共倒れにもなりかねません。そうした意味では、コンサートやイベントなどのエンタメに限らない利用方法も視野に入れるべきかと思います。

例えば、東京ドームにおいて多くの人々を集め、収益率の高いイベントに花と緑の祭典「世界らん展」があります。グラウンドを利用した展示会ですが、来場者単価は高く、施設の売り上げに貢献しています。一方、スポーツやコンサートなどのイベント・エンタメ利用は、華やかで一見高い収益がありそうですが、実際にはスタッフの人件費など運営コストが高く、必ずしも施設の収益に寄与する利用方法とはいいづらいところがあります。

ドーム型の自然科学博物館に!?  札幌ドームが内包する課題と可能性

一風変わった例を挙げれば、1976年のモントリオール五輪で使われた自転車競技場の利用方法があります。モントリオール五輪は巨額の財政赤字を出した大会としても有名ですが、その会場も豪華な施設となっており、コストばかりかかる不良債権施設としてその後の活用方法の検討が行われてきました。

1992年に改修された自転車競技場は、その大空間を利用してカナダ最大の自然科学博物館「モントリオール・バイオドーム」として生まれ変わっています。

生態系を丸ごと包んだドームは動物園、水族園、植物園、昆虫館、プラネタリウムを複合化した施設で、環境教育の拠点としても活用されています。札幌も札幌市円山動物園や北海道大学植物園などがありますが、例えば大規模動植物園として、展示、研究、教育施設として、環境が厳しい札幌市においてドームの大空間を利用する方法は妙案としてあるかもしれません。いずれにせよ、地下鉄東豊線の終着駅というアクセスの悪さもありイベントが無ければ行かない場所とのイメージが定着している課題があるなか、札幌市民にとっての日常に溶け込む存在となることが求められます。

エスコンフィールド北海道の完成は、札幌市近域全体の魅力向上につながることは間違いありません。国内初の共創によるまちづくりは地域の人々が参画できる新たな都市計画のモデルになると考えられます。

一方、2001年開場の札幌ドームは、当時の先進施設としてすでに変化と成長をコンセプトに新球場と近しい考え方を持ち合わせていました。新球場が企業共創によるまちづくりを目指すのであれば、札幌ドームは市民共創によるまちづくり拠点として考える方向性もあると思います。

公共施設としての性格はありつつも、改めて施設運営手法の再検討も含め、舵取りの抜本的な変換がなければ、トップダウンの施設施策は変わりません。施設利用についてもこれまでのイベント利用などの既成概念にとらわれずに、厳冬の札幌市が保有する唯一無二の屋内大空間をどう使うかとの広い視野で議論を市民に広げることが重要だと思います。

<了>

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[PROFILE]
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチを行う。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。

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