
なぜアメリカ大学女子サッカーに1万人集まるのか? 全米制覇経験・岩井蘭が指摘する日本の問題点
スタジアムに花火が打ち上がり、小型飛行機がアクロバティックに上空を飛ぶ。大勢のファンがスーパープレーに熱狂し、贔屓のチームの勝敗に一喜一憂する――。スポーツ観戦文化が根付いているアメリカでは、大学スポーツでもスタジアムでそのような風景が見られるという。FIFA女子ワールドカップで2連覇中のサッカーアメリカ女子代表の勝負強さや集客力も、そんな日常の試合風景と無縁ではないようだ。フロリダ州立大学でプレーする岩井蘭が、スポーツ大国で感じた文化の違いを語ってくれた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=岩井蘭)
大学女子サッカーでも観客は3000人超え
――アメリカの女子プロサッカーリーグは、昨シーズンの1試合平均観客数が7894人で、前年比42.8%増と、さらに人気が上昇していますね。大学女子サッカーでも観客は多いのですか?
岩井:はい、お客さんは本当にすごくたくさん見にきてくれて、リーグ戦は3000人ぐらいくることもあります。昨シーズンの開幕戦は5000人を超えました。NCAA(National Collegiate Athletic Association=全米大学体育協会)のディビジョン1のチャンピオンを決める全米選手権の準決勝や決勝は、有料でも1万人近い方がきてくれますよ。
――それはすごいですね! 客層はどのような感じですか?
岩井:母校を応援したいという地元の方や卒業生は多いです。あとは、サッカーをやっている小さい子どもたちが足を運んでくれます。アメリカは日本のように、高卒でプロクラブに加入するというケースがほとんどなく、大学サッカーで競争をしてからプロを目指すシステムなので、子どもたちはまず大学1部でプレーすることを目指すんです。
もちろん、サッカーが好きな人たちが純粋にサッカー観戦しにくることもあって、幅広い年齢層の方がいます。その中でプレーするのは楽しいですし、責任感も増します。
――それだけのお客さんが、「また試合を見にいきたい」と思う要因はなんだと思いますか?
岩井:サッカーの内容に関しては、日本でいう“パスをつなぐきれいなサッカー”をするチームは多くはないですが、個々のバトルがたくさん見られますし、トップの大学になると戦術的な駆け引きもあるので試合展開も早くなります。ちなみに、私の大学はどちらかといえば日本とアメリカのサッカーが混ざったハイブリットのようになっています。世界の幅広い国から選手が集まっているからこその私たちの強みではあると思います。
それと、アメリカのスタジアムはどこも大きなスクリーンがありますし、単純に人がたくさんいると盛り上がるので、そのお祭りの雰囲気が楽しいのもあると思います。私はこの間、ワールドベースボールクラシックで、初めて野球を全試合見たんですよ。その時に、「野球を知らなくても見にいきたい」と思えるぐらいみんなが盛り上がっているのが印象的でした。サッカーも同じで、「みんなでこのチーム、この選手を応援しよう!」という雰囲気でスタジアムが盛り上がっていれば、極端な話、サッカーを見なくても十分に楽しめると思うんです。
また、大学女子サッカーでは一度交代した選手がまた入れる特別ルールがあるんです。そういう点でも「お客さんを楽しませること」や「エンターテインメント性」を大事にしていると感じます。
――アメリカ女子代表戦では試合前に花火を打ち上げたりもしますが、大学スポーツでさすがにそこまではやらないですよね?
岩井:大学女子サッカーではそこまで予算をかけないですが、大学のアメリカンフットボールの試合は試合前に花火を打ち上げたり、ジェット機がビューンと空を横切るような演出もありますよ。
――派手な演出でお客さんも盛り上がりそうですね。岩井選手も試合を見にいくことはありますか?
岩井:よくいきますよ。私が通っているフロリダ州立大もいろいろなスポーツがあって、演出にも力を入れているので、会場はスポーツのルールを知らなくても楽しめる雰囲気があるんです。
――サッカーの試合をアメリカのスタジアムで見たときに、終わった瞬間にお客さんが帰るのには驚きました(笑)。
岩井:そうですね。サッカーの試合の雰囲気を楽しみにきている人も多く、一種のお祭りなので、みんな切り替えが早いんです(笑)。
WEリーグに生かせるヒントは?
――アメリカの大学女子サッカーの人気から、WEリーグにも生かせそうなヒントはありますか?
岩井:WEリーグでプレーしている友達もたくさんいるので、帰国した時には試合を見に行って、WEリーグにお客さんに来てもらうためにどうしたらいいか、みんなでよく話をするんです。たとえば、Jリーグの会場では人がたくさんいて、応援の旗があってお祭りのような雰囲気がありますよね。でも、WEリーグは真剣にサッカーそのものを応援している人が多いように感じます。選手としてはもちろん真剣に見てくれるのは嬉しいんですが、初めて見にきた人にとっては、「サッカーを見なければいけない」というプレッシャーを感じることもあるかもしれません。アメリカのように、お祭りにきた感覚でもっと気軽に見にきてくれるお客さんが増えれば、お客さんも増えるんじゃないかと思います。
――なるほど。そのためにはやはりスタジアムの演出や雰囲気づくりが大事ですね。アメリカの女子プロリーグはナイターが多いですが、大学サッカーも同じですか?
岩井:はい。選手は昼間は大学に通っているので、平日は確実にナイターです。土日も午前ということはまずなくて、午後からナイターが多いですね。時間帯によって人がくるかどうかはかなり左右されると思いますし、小さい子どもや大人が日曜のお昼にサッカーを見にいくかというと、ハードルが高いと思います。
――ナイターなら、サッカーをやっている子どもたちは自分たちの試合が終わってから試合を観にいけますね。
岩井:それは大きいと思います。そういう意味でも、たくさん観客を呼んでリーグを盛り上げるために、いつなら人がくるのか、ということを逆算して試合日程を組む必要があると思います。
――幅広い層が楽しめるようなスタジアム作りができれば、WEリーグだけでなく、他のカテゴリーでもお客さんが増えるヒントになりますね。
岩井:そうですね。まずはサッカーに興味ない人がスタジアムに足を運びたくなるぐらいの環境を作って、WEリーグから女子サッカーを盛り上げて、なでしこリーグ(WEリーグの下位リーグ)や大学女子サッカーに還元していくのがいいと思います。
アメリカと日本の「育成の差」
――岩井選手はアメリカでプレーして4年目になりますが、どんなところにアメリカ代表の強さの要因があると感じますか?
岩井:個人的に日本との違いを感じるのは、アメリカの選手は常にゴールから逆算して、勝つために手段を惜しまないことです。
日本のサッカーは、プロセスを大切にしている部分が大きいと思います。私はJFAアカデミー福島で中学・高校と6年間サッカーをさせてもらった中で、「どちらの足のどこにパスを出すか」「どこから崩していくか」といった過程の部分を大切にしながらサッカーを教わりました。ただ、アメリカでは「どんな手段でも1点を取りにいく」目的意識の強さが、ゴールへの迫力につながっていると思います。
――日本は育成年代では強豪国ですが、A代表になると海外のチームに苦戦することがあります。岩井選手は年代別代表でもプレーしましたが、そのことについても、やはりそういう目的意識の違いが影響していると感じますか?
岩井:そうですね。日本とアメリカは育成の文化が違っていて、アメリカは高校生まではフィジカルや個人の技術、「目の前の相手に勝つこと」に焦点を当ててサッカーを教えているので、育成年代では戦術的にまとまるよりも、個々の力をいかに引き出して戦うか、という面があります。
それに対して、日本は若い頃から「チームで戦う」ことを大切にしていますし、私が参加させていただいたU-16やU-17代表やU-20代表のキャンプでも、「チームとしてどこからどうやって崩すか」ということに力を入れていました。
ただ、アメリカの選手は大学の4年間で戦術やサッカーの基礎を学んで、選手として大きく成長するので、U-23やA代表になると、個の強い選手たちがチームとして戦えるようになって、日本は1対1の場面が増えて勝てなくなることがあります。海外のチームがA代表で急速に強くなるのは似たメカニズムがあると思います。
――「個の強さ」や「フィジカルの差」などと単純化されることもありますが、目的意識の持ち方や、育成プロセスに大きな違いがあるということですね。
岩井:はい。海外に比べて「ゴールへの迫力が足りない」と言われるのは、「気持ちが足りない」という根性論ではなく、目的意識の違いかなと思います。
NWSLでのプレーを目指して
――岩井選手は、大学卒業後はどんなキャリアを描いていますか?
岩井:ドラフトでNWSL(National Women’s Soccer League=アメリカ女子サッカープロリーグ)にいってプレーしたいですね。そこで、プロとして活躍して、将来的にはUEFA女子チャンピオンズリーグに出場したいという気持ちがあります。
――それは楽しみです。今季、岩井選手のプレーはどこで見られますか?
岩井:8月から始まるレギュラーシーズンは、ESPN(ESPN社が運営するスポーツ専門チャンネル)で見られます。日本からはVPN(Virtual Private Network=インターネット回線を利用して作られる仮想プライベートネットワーク)を使わないといけないので、少しハードルは高いかもしれませんが……(苦笑)。まだ女子サッカーを見たことがない方がアメリカの大学女子サッカーを見て、「WEリーグも見てみようかな」と思えるきっかけになったら嬉しいですね。
【前編はこちら】「日本人選手は上位20校を目指すべき」女子サッカー大学王者が語る“プライベートジェットで移動”するアメリカNCAAの魅力
<了>
なぜ米女子サッカーの試合は必ずナイターなのか? INAC神戸・安本卓史社長が語るWEリーグの集客難と秋春制
秋春制のメリットを享受できていないWEリーグ。「世界一の女子サッカー」を目指すために必要なこと
WEリーグ・髙田春奈チェアが語る就任から5カ月の変革。重視したのは「プロにこだわる」こと
W杯イヤー、なでしこ奮起も”中継なし”に危機感。SNSで発信続けた川澄奈穂美の思いとは?
[PROFILE]
岩井蘭(いわい・らん)
2002年3月29日生まれ、東京都出身。JFAアカデミー福島9期生。年代別代表で活躍し、高校3年の夏にNCAAディビジョン1の強豪、フロリダ州立大学のキャンプに参加。その場でオファーを受け、NCAAの奨学金制度を利用してサッカー留学を決断。全米No.1を決める全米大学選手権では、2020年に準優勝、2021年に優勝、2022年にはベスト4に貢献。昨年はU-20代表候補入りを果たした。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「ドイツ最高峰の育成クラブ」が評価され続ける3つの理由。フライブルクの時代に即した取り組みの成果
2025.03.28Training -
アジア女子サッカーの覇者を懸けた戦い。浦和レッズレディースの激闘に見る女子ACLの課題と可能性
2025.03.26Opinion -
近代五種・才藤歩夢が挑む新種目。『SASUKE』で話題のオブスタクルの特殊性とは?
2025.03.24Career -
“くノ一”才藤歩夢が辿った異色のキャリア「近代五種をもっと多くの人に知ってもらいたい」
2025.03.21Career -
部活の「地域展開」の行方はどうなる? やりがい抱く教員から見た“未来の部活動”の在り方
2025.03.21Education -
リバプール・長野風花が挑む3年目の戦い。「一瞬でファンになった」聖地で感じた“選手としての喜び”
2025.03.21Career -
なでしこJにニールセン新監督が授けた自信。「ミスをしないのは、チャレンジしていないということ」長野風花が語る変化
2025.03.19Career -
新生なでしこジャパン、アメリカ戦で歴史的勝利の裏側。長野風花が見た“新スタイル”への挑戦
2025.03.17Career -
なぜ東芝ブレイブルーパス東京は、試合を地方で開催するのか? ラグビー王者が興行権を販売する新たな試み
2025.03.12Business -
SVリーグ女子は「プロ」として成功できるのか? 集客・地域活動のプロが見据える多大なる可能性
2025.03.10Business -
「僕のレスリングは絶対誰にも真似できない」金以上に輝く銀メダル獲得の高谷大地、感謝のレスリングは続く
2025.03.07Career -
「こんな自分が決勝まで…なんて俺らしい」銀メダル。高谷大地、本当の自分を見つけることができた最後の1ピース
2025.03.07Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
近代五種・才藤歩夢が挑む新種目。『SASUKE』で話題のオブスタクルの特殊性とは?
2025.03.24Career -
“くノ一”才藤歩夢が辿った異色のキャリア「近代五種をもっと多くの人に知ってもらいたい」
2025.03.21Career -
リバプール・長野風花が挑む3年目の戦い。「一瞬でファンになった」聖地で感じた“選手としての喜び”
2025.03.21Career -
なでしこJにニールセン新監督が授けた自信。「ミスをしないのは、チャレンジしていないということ」長野風花が語る変化
2025.03.19Career -
新生なでしこジャパン、アメリカ戦で歴史的勝利の裏側。長野風花が見た“新スタイル”への挑戦
2025.03.17Career -
「僕のレスリングは絶対誰にも真似できない」金以上に輝く銀メダル獲得の高谷大地、感謝のレスリングは続く
2025.03.07Career -
「こんな自分が決勝まで…なんて俺らしい」銀メダル。高谷大地、本当の自分を見つけることができた最後の1ピース
2025.03.07Career -
ラグビー山中亮平を形づくった“空白の2年間”。意図せず禁止薬物を摂取も、遠回りでも必要な経験
2025.03.07Career -
「ドーピング検査で陽性が…」山中亮平を襲った身に覚えのない禁止薬物反応。日本代表離脱、実家で過ごす日々
2025.02.28Career -
「小さい頃から見てきた」父・中澤佑二の背中に学んだリーダーシップ。娘・ねがいが描くラクロス女子日本代表の未来図
2025.02.28Career -
ラクロス・中澤ねがいの挑戦と成長の原点。「三笘薫、遠藤航、田中碧…」サッカーW杯戦士の父から受け継いだDNA
2025.02.27Career -
アジア王者・ラクロス女子日本代表のダイナモ、中澤ねがいが語る「地上最速の格闘球技」の可能性
2025.02.26Career