
遠藤・守田不在の森保ジャパンで際立つ佐野海舟の存在感。「沈黙の1年」を経て示す責任と現在地
遠藤航・守田英正の両ボランチが不在の10月シリーズの日本代表で、佐野海舟が存在感を示した。パラグアイ戦・ブラジル戦でいずれも先発出場。運動量と奪取力、デュエルの強度でチームのバランスを支えた。2024年7月の逮捕・不起訴処分を経て再び代表の舞台に戻った佐野はいま、キャリアの大きな転機を迎えようとしている。代表復帰までの道のりと、その裏にある意識の変化を通して、森保ジャパンのボランチ争いに新たな風をもたらす佐野の現在地を追った。
(文=藤江直人、写真=アフロスポーツ)
遠藤・守田の不在を埋めた“新たなボランチ像”
代わりに入る選手が誰よりもプレッシャーを感じていた。パラグアイ代表と2-2で引き分けた10日の国際親善試合の89分。日本代表のボランチ佐野海舟との交代で、パナソニックスタジアム吹田のピッチに立った藤田譲瑠チマは、試合後に苦笑しながらこんな言葉を残している。
「今日の試合で言えば、海舟くんはものすごく目立っていた。唯一と言っていいほど、対人で負けていなかった選手だと思う。自分がすぐに習得できるかと言えばちょっと無理だけど、同じリーグ(ブンデスリーガ1部)でプレーしている以上は、自分もそういうところを上げていきたい」
イングランド・プレミアリーグでプレーして2シーズン目になる鎌田大地も、藤田と同じ感覚を抱いていた。リザーブとして戦況を見つめ、66分からシャドーとして途中出場。78分以降は一列下がってボランチを務めたパラグアイ戦後に、コンビを組んだ佐野を称賛している。
「特に前半に関しては、間違いなく海舟が一人で全部やってくれていた感じがあった。ものすごく見せてくれた選手、と言ってもいい。海舟の個の部分で何とかもっているシーンも多かったし、彼がヨーロッパで活躍できている理由が、ピッチ上で違いとして出ていたと思う」
1-1で折り返した前半。26分に決まった小川航基の同点弾をアシストしたのは佐野だった。
敵陣の中央で鈴木淳之介、中村敬斗が立て続けに激しいプレッシャーをかける。それでもボールを拾ったパラグアイの選手との間合いを、今度は田中碧と堂安律が左右から一気に詰めていった直後。苦し紛れのパスを見越していたかのように、佐野が敵味方の誰よりも早く反応した。
しかも佐野は相手ボールをインターセプトしただけではなかった。そのままワンタッチパスを前方にいた小川の足元へ通し、反転から迷わずに右足を振り抜く小川のシュートを導いた。ペナルティーエリアの外から放たれた強烈な一撃は相手キーパーの右腕を弾き、ゴールへと吸い込まれた。
高い位置で仕掛ける積極的な守備。そして、ボールを奪ってから素早く攻撃に転じるポジティブトランジション。個の力を生かしたアシストを、佐野は殊勝な言葉で振り返っている。
「常に前の選択肢を見るように、と言われているし、自分としてもそこが課題だと思っていました。とにかく航基くんのシュートがすごかったので、自分にアシストがついたと思っています」
ブンデスで積み上げた強度。数字が裏付ける成長
パラグアイ戦は特別な意味合いをもつ一戦だった。森保ジャパンを長く支えてきたダブルボランチ、遠藤航と守田英正がピッチ上だけでなくベンチにもいない。守田はコンディション不良で6月、9月シリーズに続いて選外となり、招集されていたキャプテンの遠藤もケガで辞退した。
鉄人ぶりを発揮してきた遠藤は2月に32歳になり、ベテランの域へ足を踏み入れつつある。守田も5月に30歳になった。下から突きあげる存在が求められる状況で、昨シーズンから所属するブンデスリーガのマインツで、突出した数字を残してきた佐野は筆頭候補と言える存在だった。
加入後すぐにマインツのボランチに定着した佐野は、昨シーズンのリーグ戦においてチームでただ一人、全34試合で先発出場した。途中交代は2度だけで、プレータイムの合計3044分はフル出場した場合の実に99.48%に到達。驚異のタフネスぶりを発揮してチームの6位躍進に貢献した。
個人スタッツに目を向ければ総走行距離393.7km、スプリント回数764、デュエル勝利数209、インターセプト数65で堂々のリーグ首位の数字をマーク。空中戦の勝利数162でも3位につけるなど、シーズン中に24歳になった佐野は一躍リーグを代表するボランチになった。
サッカー界を揺るがした不祥事。再出発を支えたマインツの決断
一方で鹿島アントラーズ時代の2023年11月にデビューを果たした日本代表での佐野の軌跡は、82分から途中出場した昨年1月24日のインドネシア代表とのアジアカップ・グループリーグ第3戦を最後に、出場キャップ数が「4」のままで止まった状況が長く続いていた。
理由は日本サッカー界を大きく揺るがした、昨夏の不祥事を抜きには語れない。
鹿島からマインツへの移籍が決まったばかりの佐野が30代女性への不同意性交容疑で、20代の知人男性2人とともに警視庁本富士署に逮捕されたのが昨年7月14日。書類送検された佐野は同29日に釈放された際に、所属するマネジメント事務所を通じて次のようなコメントを発表した。
「このたびは私の行動によって、被害者の方に多大なご迷惑をかけてしまったことを心よりおわび申し上げます。自分の行動の結果を真摯に受け止め、何をすべきか、一歩一歩前進し、信頼回復に努めていこうと考えております」
直後の8月1日に渡独して新天地マインツへ合流した。そして、東京地検は同8日に理由を明かさないまま、佐野を含めた3人を不起訴処分としたと発表した。佐野の加入に対して異を唱える記事が掲載される異例の事態を受けて、マインツ側は佐野の不起訴処分を支持しながら反論している。
「佐野海舟への捜査は東京地検によって取り下げられた。当局による法的な判断は決定的なものであり、私たちはこの件に関してクラブ内で集中的に話し合い、同時に佐野との個人的な話し合いも行った。そのなかで私たちのチームに彼を迎え入れる決定に反する情報は何も得ていない」
アジア最終予選で再び与えられたチャンス。森保監督が決断した3つの理由
前述したように、その後の佐野は批判を受けながらも昨シーズンのブンデスリーガで異彩を放ち続けた。ヨーロッパ5大リーグの一つで飛び抜けた存在となっても、日本代表を率いる森保一監督は8大会連続8度目のワールドカップ出場を決めるまで佐野の復帰には動かなかった。
状況が一変したのは今年6月だった。敵地でオーストラリア代表、大阪でインドネシア代表と対戦するワールドカップ・アジア最終予選の最後の2試合で、指揮官は佐野を復帰させた。
日本サッカー協会の山本昌邦ナショナルチームダイレクターは「サッカー界としてあらゆる差別や暴力、ハラスメントを許容しない。そして、引き続き厳正な姿勢で臨んでいく。いっさいの妥協も許さない」と従来の方針を強調したうえで、佐野を復帰させた3つの理由を説明している。
「1つ目は相手の方に対して謝罪して、さらに話し合いの場をもったと確認していること。2つ目は本人が深く反省していること。3つ目は不起訴処分という判断が検察によって下されていて、刑事事件としては罪に問われず終了していること。これらを踏まえて選出しました」
ヨーロッパでプレーする代表選手を現地で頻繁に視察している森保監督は、マインツへ足を運んだ際には佐野と話し合いの場をもった。そのなかで反省に加えて「真摯にサッカーに向き合い、社会に貢献する、という強い気持ちをもっているのが確認できた」としてこう続けている。
「再び彼をチームに迎え入れ、指導者として彼と向き合いながら、社会に貢献する日本代表の一員として一緒に戦ってもいいのではないか、という判断に至った。協会の方々ともいろいろな話をしてきた私自身が、この1シーズンを見て最終的に決めた。日本代表を家族と考えたときに、一度のミスを犯した選手をそのままサッカー界から、社会から葬り去るのか、という点に関して、家族として再びチャレンジする道を与えてもいいのではないか、という考えで判断させていただいた」
寄付、謝罪、社会貢献活動。静かな行動で示す変化
今年2月には能登半島地震に対して100万円の寄付を行っている佐野も日本代表への復帰を受けて、再び所属するマネジメント会社を通して感謝と謝罪を綴るコメントを発表した。
「サポーターやファンの皆様の前で、サッカー選手としてしっかりプレーできるように、今後も努力を継続していきますし、全力で頑張ります。そして、いろいろな人にご迷惑をかけてしまったこと、大変申し訳ございませんでした。サッカー以外の部分についても、今後も自分のできる社会貢献活動などを継続させていただき、日々努力していきたいと思います」
もちろん諸手を挙げて復帰が歓迎されたわけではない。オンライン署名活動サイトで佐野の招集撤回を求める活動が行われれば、同じサイトで招集を支持する活動が始まる状況も生じた。
6月シリーズで2戦とも先発。インドネシア戦ではフル出場を果たし、オランダのNECナイメヘンでプレーし、このシリーズで初招集された3歳下の実弟、佐野航大との初共演も実現させた試合後。メディアから「賛否の声もあるが」と問われた佐野は、自らに言い聞かせるようにこう答えた。
「自分にできることは限られているので、それを全力でやり続けるだけです」
佐野の現在地は、すべてがこの言葉の延長線上にあると言っていい。マインツで2年目を迎えた今シーズン。リーグ戦で開幕から全6試合で先発フル出場している佐野は、チームが初勝利をあげた9月20日のアウグスブルクとの第4節で待望の移籍後初ゴールをマークした。
ドリブルで自らボールを前へ運び、ペナルティーエリアの外から利き足と逆の左足で突き刺した一撃は序章だった。チームに退場者が出た後半には、自陣中央でのボール奪取からそのまま右サイドをドリブルで疾走。勝負を決定づける味方のゴールをアシストしてMOM(マン・オブ・ザ・マッチ)を受賞した。
「できるプレーを常に全力で」ブラジル戦で見せた進化の証
デュエル勝利数71でリーグ3位につけている佐野は、好調ぶりをそのまま日本代表の10月シリーズにもち込んだ。アシストをマークしたパラグアイ戦後。遠藤と守田が不在だった状況で「攻守両面で大きな爪痕を残せたのでは」と問われた佐野は、こんな言葉を残している。
「守備の部分も含めて、まだまだ足りないところがたくさんある。自分としては次が大事だと思っていますし、次へ継続しつつ、より成長した姿を見せていかなきゃいけない。何よりも勝利に貢献したいので、今日のように引き分けてしまうと自分としてはまったく満足できません」
パラグアイ戦から4日後の14日。東京スタジアムでブラジル代表と対峙した国際親善試合で、前半に背負った2点のビハインドを後半の3連続ゴールでひっくり返し、通算14度目の対戦で歴史的な初勝利をあげたなかで、ボランチとしてフル出場した佐野はこう語っている。
「リスク管理の部分をより重要視していたなかで、個人としては球際の部分でちょっと遅れるシーンが多かった。ブラジルの選手に対してはポジショニングやパス出しのタイミング、パスそのもののうまさを何度も感じた。これらの課題を持ち帰って、成長できるように修正していきたい」
ボランチの序列を急上昇させて、遠藤と守田の牙城に迫ったとしても、佐野は目指すゴールを自らの意思でどんどん遠ざけていく。現時点でできるプレーを常に全力で。その視線はホームのメーヴァ・アレーナにレーバークーゼンを迎える18日の第7節へすでに向けられている。
<了>
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