雪上の頂点からバンクの挑戦者へ。五輪メダリスト・原大智が直面した「競輪で通じなかったもの」
モーグルでオリンピック銅メダルを獲得し、その後、原大智は競輪というまったく異なる競技の世界に身を投じた。現在は競輪選手としてA級で戦いながら、来季のS級復帰を見据えている。採点競技として雪上の技術や完成度が問われるモーグルと、レースの中で判断と駆け引きが結果を左右する競輪。競技特性も、求められる思考も大きく異なる中で、原は何を武器に戦ってきたのか。ペダリングの難しさ、コンディショニングの違い、メンタルと戦術の重要性、そしてS級、さらにはG1を見据える現在地。モーグルと競輪、二つの競技を極め続ける原大智が、バンクの上で見つめているもの、そしてキャリアの未来図について話を聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=公益財団法人JKA)
通じなかった雪上の感覚、突きつけられた競輪の壁
――競技と向き合う中で、一番楽しい瞬間はどんな時ですか?
原:競輪では開催ごとに賞金が支給されるので、やっぱりそれを見ると気持ちは上がりますね。多ければ多いほど盛り上がります。12月の開催でも優勝できたのですが、勝った後に賞金を見るとうれしいですし、「また頑張ろう」と思えます。
――競輪選手として、短期的に目指している目標は何ですか?
原:現在はA級で戦っていますが、来季からはS級に戻るので、まずはS級に定着できるような成績を取りたいと思っています。その上で結果を残せたら、S級で優勝し、さらにその先としてG1への出場を目指していきたいですね。
――競輪では、スピードを生かして前に出るか、終盤で勝負するかなど、レースの中での判断や駆け引きが結果を左右しますが、モーグルで培ったものが競輪に生きていると感じる部分はありますか?
原:それはまったくないですね。モーグルで鍛えた足腰が生きているのではないかと言われることもありますが、自分の中では通じている感覚はほとんどありません。ただ、世界一を目指して体をつくってきた経験や、そのための知識の部分は、土台として生きているのかなとは思います。
――競輪で一番、慣れるのが難しかった点はどこでしたか?
原:今も向き合っている課題ですが、上のクラスに行くほど、「同じ自転車を使っているのに、なぜこの選手はこのスピードを維持できるんだろう」と差を感じます。結局はペダリングの差で、力をどう伝えるか、タイミングをどう合わせるか。その違いが結果に直結するので、難しさを痛感しています。
――その差を埋めるために、どのように取り組んでいますか?
原:練習あるのみだと思います。ただ、やみくもに量をこなすのではなくて、どうすれば質を高められるかを考えながら、いろいろな練習方法を試しています。

オフシーズンのない競技で整え続ける身体
――モーグルから競輪に転向して、競技への向き合い方で特に変わったのはどんな部分ですか?
原:競輪にはオフシーズンがないので、常に良いパフォーマンスを維持し続ける難しさを感じています。モーグルではオリンピックという大きな目標に向けて、オフも含めて体や技術をつくれましたが、競輪は月に2本開催があって、短期間でしか練習できないことも多くあります。コンディショニングの考え方はまったく違いますね。
――体づくりの面で、共通点や違いはありますか?
原:体幹や筋力、可動域や関節の柔らかさなど、金メダルを取るために積み重ねてきた部分は通じていると思います。逆に、一番わかりやすい違いは体重ですね。周囲からは「痩せた」と言われますが、実際はモーグル時代より5キロくらい増えています。筋肉量も全体的に増えました。
――体重管理は厳しく行っているのですか?
原:食事制限はあまりしていません。競輪は体重が軽ければ強い、という競技ではないですし、細い選手もいれば大きい選手もいます。結局は自転車が強いかどうかなので、自分のベストを探っていろいろ試しながらやっています。ただ、ラーメン二郎が好きで食べ過ぎると体重が増えるので(笑)、さすがに体重が大幅に増えそうな時は調整しています。
――好きなものを食べることは息抜きにもなりますよね。ハードなトレーニングのオフはどのように過ごしていますか?
原:ラーメンも好きですが、ゲームをしていることが多いですね。
高速域での判断と駆け引きが勝敗を分ける世界
――競輪に転向して、心・技・体のバランスは変化しましたか?
原:考え方は変わっていません。競技を問わず、「心」が一番大切だと思っています。才能があっても練習をしない選手はいますし、練習を続けられること自体が才能だと思います。続けるためには、やっぱり心の強さが必要です。
――最高時速70km前後とも言われるレースの中で、緊張感やプレッシャーとどのように向き合っているのでしょうか。
原:スピードに対する恐怖はあまりないです。競輪は他の選手との接触もありますが、そうした駆け引きも含めて楽しめています。その点はモーグルで鍛えられた部分だと思いますし、モーグルのほうがジャンプがある分、怖さは大きかったと思います。
――競輪は個人競技でありながら、集団の中で戦います。その駆け引きで意識していることは?
原:本当に頭を使わないと勝てない競技です。自分は飛び抜けて強いわけではないので、相手が何を考え、どう動くかを分析し、頭を使って予想しながらレースを組み立てています。ただ、予想しても外れることは多いですし、他のレースでも予想外のことは必ず起きます。公営競技ですが、選手自身でさえ予想できないのが競輪の難しさであり、面白さだと思います。
――競輪での長期的なキャリアはどのように描いていますか?
原:50歳くらいまで、五体満足で続けられたらいいなと思っています。60代で現役の方もいますが、そこまでは正直難しいと思います。それでも、できる限り長く競技を続けたいですね。
向き・不向きより「続けられるかどうか」
――競輪を知らない読者に、面白さをどう伝えたいですか?
原:最近はネットで気軽に参加できる分、競輪場に足を運ぶ人が減っていると感じます。でも、スピードや迫力は現地でしか味わえないものがあります。実際に競輪場で他の選手のレースを間近で見ると、雰囲気がまったく違います。ぜひ一度、足を運んでその迫力を体感してほしいですね。
――競技選択に悩む子どもや親御さんへ、メッセージをお願いします。
原:向き・不向きよりも、続けられるかどうかが一番大切だと思います。才能があっても、続ける意思がなければやめてしまう。練習を続けられること自体も、一つの才能だと思います。だからこそ、いろいろなスポーツを経験する中で、「楽しい」と思える競技に出会えたら、それが一番だと思います。それが結果的に自分に向いていれば理想的ですが、「好き」という気持ちがあれば、どんなにつらくても続けられると思うし、親御さんもそこに向けてサポートに集中できると思います。
【連載前編】なぜ原大智は「合ってない」競輪転向を選んだのか? 五輪メダリストが選んだ“二つの競技人生”
<了>
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[PROFILE]
原 大智(はら・だいち)
1997年3月4日生まれ、東京都出身。競輪選手。元フリースタイルスキー・モーグル日本代表。日本大学スポーツ科学部競技スポーツ学科出身。小学6年生の頃に競技としてモーグルを始め、新潟県南魚沼郡のNASPAスキーガーデンを拠点に技術を磨いた。16歳でカナダへ渡り、カナディアン・スポーツ・ビジネス・アカデミーに進学。スキー留学を通じて国際的な競技環境を経験した。帰国後はモーグル日本代表として頭角を現し、2017年冬季アジア大会で銀メダルを獲得。2018年平昌オリンピックでは男子モーグル決勝で82.19点を記録し銅メダルを獲得し、冬季五輪のフリースタイルスキー男子種目で日本人初の表彰台に立った。その後、日本競輪選手養成所を経て2020年5月にプロ競輪選手としてデビュー。モーグルと競輪の二刀流に挑戦し、2022年の北京オリンピックではモーグルで7位入賞を果たした。同大会後にモーグル競技を引退し、競輪に専念。2024年7月には競輪選手の上位30%にあたるS級へ昇格。現在はA級で戦っており、来季はS級復帰を控え、トップカテゴリーでの定着とさらなる飛躍を目指している。
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