WEリーグ5年目、チェア交代で何が変わった? 理事・山本英明が語る“大変革”の舞台裏
WEリーグは発足から5年目を迎えた。観客数の増加、ビッグマッチでのスタジアムの熱狂、年間カレンダーの見直しなど、表層的には「成長」の兆しが見え始めている。その一方で、リーグ運営の内側では、何が変わり、何が課題として残っているのか。2024年9月からWEリーグ理事を務める山本英明氏は、アルビレックス新潟レディースの代表としての現場感覚と、リーグ運営側の視点の両方を持つ数少ない存在だ。野々村芳和チェアをトップとする新体制への移行によって明確になった意思決定の変化、育成・普及や秋春制が突きつける現実、そして海外流出と向き合うリーグの価値づくり。5年目の「今」を、山本氏の言葉から立体的に読み解く。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=WEリーグ)
新体制で明確になった「優先順位」とスピード感
――2024年9月からWEリーグ理事として運営の中枢に関わられています。チェア交代後、最も変化を感じる点はどこでしょうか。
山本:一番の変化は、“我々はフットボールリーグである”という軸をしっかり据えた上で、リーグやクラブ・チームの価値向上のため、課題に優先順位をつけて、段階的に解決していこうという姿勢が明確になったことです。野々村芳和チェアをトップとする現体制では、強化・育成、マーケティング・プロモーション、パートナーシップ、広報、競技運営といった分野ごとにテーマを整理し、「今、何から手を付けるべきか」「どれだけ投資していくか」が共有されています。課題を洗い出しながら改善していくスピード感もありますし、建設的に事業やリーグの価値を拡大させていくビジョンが見えます。
もう一つの変化は、WEリーグが日本プロサッカー選手会(JPFA)と定期的に開催する「WE DIALOG」という対話の場がより深堀りできていることです。全12クラブの選手会長とJPFAのメンバーが集まり、選手会からリーグに対して、カレンダー調整や契約・権利関連などの不安や「環境をどう良くしてほしいか」といった要望・相談を伝え、リーグ側がそれを受け止める。女子サッカー全体の価値向上や環境改善に向けて選手・選手会とリーグの間で、しっかりキャッチボールができていることも、新体制になって変わったところだと思います。
――リーグ事務総長の黒田卓志さんをはじめ、Jリーグ運営の知見を持つ方々が加わったことの影響は、どのように感じていますか。
山本:体制面の後押しは大きいと思います。何より、野々村チェア(Jリーグチェアマン)と宮本恒靖副理事長(JFA会長)という日本サッカー界の2トップが、WEリーグの改革と成長に向けて力を入れてくれていることが大きい。そのうえで、変化がより見えやすいポイントは三つあります。一つ目はフットボール面で、プレイヤーズファーストの視点を重視するようになりました。二つ目は、マーケティングやプロモーションといった事業面。三つ目は、世界の女子サッカーの中での日本の立ち位置をしっかり見つめているところです。世界の女子トップクラブの集客や環境との比較、調査結果なども共有しながら、「なでしこジャパンが再び世界一になるよう、リーグとしても成長しよう」という意思が明確です。
――理事会やリーグの意思決定の場で、「変わった」と実感する具体例を教えてください。日程設計や集客の考え方、SNSでの露出強化など、見える変化も増えています。
山本:一番の違いは、クラブやチームの環境が良くなるためにリーグが「何を優先して、どこまで投資するのか」を自分たちの言葉で示し、クラブと一緒に考える姿勢になったことです。以前は、各クラブから「もっとこうしてほしい」という声があっても、リーグが決めた方針に黙って従うしかない、という空気が正直ありました。今はリーグ事務局も含めて、トップから現場までJリーグやJFAのマネジメントに携わってきた方々の知見と経験が生きています。その知見と経験に基づいて「こうしたほうがいいのでは」という提案がリーグ側からも出てきますし、各分野ごとに分科会を設けて議論し、必要な施策を一緒につくっていく流れになっています。そういった意味では、カレンダーの策定、集客増へのフォローアップ、試合映像と連携したSNS発信など、目に見えて深化していると感じます。
加えて象徴的なのが、次シーズンに向けて導入するWEリーグIDの整備です。リーグ発足当初から必要性は議論されていましたが、当時は予算不足が理由で前に進めませんでした。ただ、新体制になってからは、マーケティングデータベースがファンを増やすためのプロモーションに不可欠という共通認識がリーグ内で明確になりました。その結果、集客や収益、認知拡大につながるのであれば、リーグが投資してでもクラブを後押しする、というスタンスが見えるようになりました。
今ではリーグとクラブがどのようにWEリーグを盛り上げ、選手を取り巻く環境を高め、女子サッカーを文化として根付かせていくのか。その成長をリーグがどう後押しするのか、という本質的な議論ができています。そういう意味でも、新体制での取り組みの成果が表れるこれからが非常に楽しみだし、伸びしろしかないと感じています。
育成・普及は大きな課題
――現場感覚として、リーグに対して「積極的に取り組んでほしい」と感じるテーマや、まだ時間がかかりそうだと感じる課題はありますか。
山本:やはり一番意識してほしいのは、普及と育成です。特に女子中学生の年代では、多くの選手がサッカーを続けられない環境に直面しています。都市部であればクラブチームも多く、電車やバスを乗り継いで通えるケースもありますが、地方ではそもそも受け皿が少ない。加えて、家族の送迎がなければ参加できない、人口が少なくてチームが成立しないといった現実もあります。
この問題については、私自身も具体的なプロジェクトを考えて発信したいと思っていますが、リーグとしてもJFAと連携しながら、女子競技人口の拡大や、中学生以降でサッカーをやめなくて済む環境づくりに取り組んでいく必要があると感じています。
――そのために、まず着手すべきことや、現在の障壁はどこにあると考えていますか。
山本:育成や普及は、「JFAの管轄」というすみ分けになりがちで、現状ではWEリーグの中に育成・普及を専門に担う組織がまだありません。リーグとしての優先順位は、まずファンを増やし、リーグ全体で収益を上げ、その収益を再投資したりクラブに配分していくことに置かれているので、その点は理解しています。WEリーグの中でもアカデミーの育成強化や普及の重要性は共有されていますし、方向性としては必ず進んでいくと考えています。
強化と持続性をどう両立させるか?
――リーグの分配金や年会費、クラブの負担構造について、現場感覚として課題は感じていますか。
山本:大きな不満があるというわけではありません。もちろん、総額21億円を超える配分金があるJリーグと比べれば、大きな差があります。ただ、それ以上に、新体制になったリーグがクラブと一緒になって女子サッカーを盛り上げ、力強いものにしていこうという姿勢が、各クラブにきちんと伝わっていることが大きいと思っています。「配分金が少ない」という見方ではなく、「ここまでリーグがサポートしてくれているのだから、クラブもそれぞれ努力しよう」という空気感がある。今は、リーグとクラブが同じ方向を向いて全体で積み上げていく段階だと感じています。
――競技力向上という観点では、WEリーグ全体として試合数は増やすべきだと考えますか。
山本:強化の面だけを考えれば、試合数は多いほうがいいです。現在はリーグ戦22試合にカップ戦予選6試合、皇后杯を含めて年間30〜35試合ですが、理想を言えば40試合ぐらいはあったほうがいい。ただ、経営やマーケティングの視点で見ると、40試合規模にすると各クラブで5試合前後は平日開催が必要になります。今のクラブの収益力や、リーグ全体の平均入場者数が約2000人という現状を考えると、入場料収入だけでは施設使用料などのコストを賄えない可能性も出てきます。WEリーグはまず集客を伸ばすことが最優先で、そのためにはまず土日の開催をしっかり成立させることが重要になります。
――WEリーグではカレンダーを見直し、開幕時期を早めて中断期間を短縮することで、シーズンを通した活動期間を伸ばしています。こうした調整についてはどう評価していますか。
山本:リーグとしても試合数に対する課題意識は持っていますし、将来的には段階的に増やしていく考えはあります。ただ、一気に増やすのではなく、国際大会や代表活動期間も考慮し、強化担当者や運営担当者による分科会を通じて、どのような形が現実的かを慎重に議論しています。
海外挑戦が加速。WEリーグの価値をどう高めるか
――有力な選手が海外に挑戦する流れが加速しています。高卒や大卒で国内リーグを経ずに海外へ渡る選手も増えていますが、WEリーグの価値を高めていくために、何が必要だと考えていますか?
山本:中高生や将来のある若い選手たちが、WEリーグに対して魅力を感じられること、そしてプロ選手としてキャリアをスタートすることへの不安を減らしていくことが重要だと思います。そのためには、サッカー選手として充実したキャリアを描ける環境を整えることと、クラブやリーグの魅力を継続的に発信していくことが欠かせません。正直なところ、高卒や大卒で海外に行ったり、国内で1、2年プレーして海外に挑戦したりする流れ自体は、しばらく止められないと思っています。
――移籍金などを通じてクラブに還元される仕組みについては、条件面やルールが壁になっている部分はありますか?
山本:ありますね。国際移籍に関しては、男子では適用されていながら、女子では十分に整備されていない「トレーニングコンペンセーション(育成補償金)」の制度が挙げられます。今後競技の発展に合わせて、FIFA主導で国際移籍のルールを整備していくことは必要だと思いますが、この海外流出問題は国内マーケットの競技人口が増え、市場が広がれば、ある程度はカバーできる可能性があります。普及で女子サッカーの裾野を広げ、育成から強化まで循環する構造をつくることができれば、海外に行く選手が増えても、その数以上に有望な選手が育ち、全体としては底上げにつながるはずです。
――新潟の川澄奈穂美選手のように、海外で経験を積んだ選手が、どこかのタイミングで国内に戻ってくる流れができると理想的ですね。
山本:そうですね。三菱重工浦和レッズレディースの安藤梢選手やセレッソ大阪ヤンマーレディースの宝田沙織選手も一つのロールモデルだと思います。そうした例は、これから少しずつ増えていくのではないでしょうか。
【連載前編】なぜ新潟は「女子部門の分社化」でWEリーグ参入に踏み切ったのか? レディースとプロリーグに感じた可能性
【連載中編】新潟レディースが広げた“女子サッカーの裾野”。年100回の地域活動、川澄奈穂美が呼び込んだ「応援の機運」
<了>
WEリーグは新体制でどう変わった? 「超困難な課題に立ち向かう」Jリーグを知り尽くすキーマンが語る改革の現在地
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[PROFILE]
山本英明(やまもと・ひであき)
1973年5月17日ブラジル生まれ、神奈川県出身。株式会社新潟レディースフットボールクラブ代表取締役社長、公益社団法人日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)理事。横浜市立大学商学部卒業後、ニチメン株式会社(現・双日)に入社。三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)国際事業本部を経て、2004年に株式会社アルビレックス新潟へ入社。営業部長、取締役を歴任し、クラブの事業・営業部門を統括した。2019年、女子部門の分社化に伴い株式会社アルビレックス新潟レディースを創設し、代表取締役社長に就任。L・リーグ、なでしこリーグ、WEリーグと女子サッカーの変遷を現場で経験してきた。2023年には事業創造大学院大学でMBAを取得。2024年9月からはWEリーグ理事としてリーグ運営にも携わり、日本女子サッカーの発展と持続可能なリーグ構造の構築に取り組んでいる。
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