なでしこジャパン支える“食の戦術”。西芳照シェフが整える短期決戦の食卓「小さい選手も男子並み。だから走れる」
オーストラリアで開催中のAFC女子アジアカップで、なでしこジャパンはここまで4戦全勝。盤石の内容でFIFA女子ワールドカップ出場を決めた。中2日で続く連戦を支えているのは、戦術や選手起用だけではない。短期決戦では、日々の食事が“回復”と“メンタルの切り替え”を左右する。2022年大会からなでしこジャパンに帯同する西芳照シェフは、限られた予算と現地食材の中で、選手が必要なものを無理なく食べられるよう、日々の食卓を支えてきた。人気メニューの裏にある工夫と、食卓が担うもう一つの役割を追った。
(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=©JFA/PR)
「ない中で作る」制約を生かす、なでしこの食卓
なでしこジャパンがAFC女子アジアカップで快進撃を続けている。4試合で24得点無失点と圧倒し、13人がゴールを決めて準決勝進出。10大会連続10回目のFIFA女子ワールドカップ出場を決めた。
中2日で試合が続く短期決戦では、回復を促し、必要な栄養をとり、気持ちを切り替える上でも、日々の食事が果たす役割が大きい。
その食卓を支えているのが、西芳照シェフだ。Jヴィレッジ総料理長を務め、2004年から日本代表を専属シェフとして支えてきた西氏は、なでしこジャパンには2022年のAFC女子アジアカップで初帯同した。以降、2023年女子ワールドカップ、パリ五輪、そして今大会でもチームに帯同している。
男子代表では試合前のメニューとして銀鱈の西京焼きやハンバーグ、鰻丼などが定番になっている。一方、女子は予算が限られ、日本から多くの食材を持ち込めない。現地で食材を確保しなければならないが、オーストラリア開催の今大会は2022年のインド大会より恵まれた環境にある。
「インドでは食材が十分に揃わず、お米も自分たちで買っていましたが、今回はホテルで用意してくれています。味噌や醤油も、日本のものを使えています。オーストラリアにはこれまでも何度か来ているので準備も慣れていますが、女子は予算が限られているので、日本から持ってきているのはふりかけや海苔など軽いものが中心です。メニューは冷蔵庫にある食材を見ながら決めていますし、選手が一番食べる午前練習後の食事には特に力を入れています」
試合前日、当日、翌日と、その時に必要な栄養や消化への影響を考え、献立や食べやすい形を考えていく。

ライブクッキングと“食べやすさ”の工夫
短期決戦では、「何を食べるか」だけでなく、「どうすれば食べやすいか」もポイントになる。そのために西シェフが長年の経験の中でたどり着いた工夫の一つが、ライブクッキングだ。目の前で調理し、できたてを温かいうちに食べてもらうことに加え、香りや音で食欲を引き出す狙いもある。
パースで行われたグループステージでは、インド戦の前後でカレーうどんやカレーパスタ、チャイニーズ・タイペイ戦の前後に麻婆豆腐など、対戦国にまつわるメニューも取り入れ、ライブクッキングで温かい料理をその場で提供。しかし、ノックアウトステージを戦うシドニーのホテルでは、消防法の関係でそれができない。そこで、西シェフは選手からもらった「たまご焼き」や「生姜焼き」といったリクエストも踏まえながら、選手が無理なく食べられるものへ発想を切り替えた。
「豚肉などはステーキで出しても熱々ではなく、あまり食べてもらえないので、皆さんが食べてくれるものを作るようにしています。基本的なメニューは男子代表と大きく変えていませんが、食欲が落ちないように栄養補給ができて、疲労が取れるようなメニューを考えています」
南半球のオーストラリアは残暑が厳しいため、食欲を落とさないようにうどんやパスタなどの麺類を積極的に取り入れ、カレーのルーやパクチーなど、トッピングも用意した。
「試合後はフォーも出しましたし、そばも出そうと思っています。トッピングを自分で加えられるようにして、辛いのを用意したり、ご飯にかけられるようにしたり。どうしても食欲が湧かない時もありますから」
試合前の補食にも工夫がある。報道陣にも差し入れられたおにぎりは、5〜6口ほどで食べられるほどよいサイズで、米の炊きあがりもしっとりしていた。
「試合前は梅、鮭、昆布のおにぎりと、うどんを用意しています。選手たちはうどんを150グラムくらい食べますよ。あとはおにぎりを1〜2個食べてもらえたら。残らないように、1個ずつを食べやすい大きさにしています」
食事量の話になると、西シェフはうれしそうにこう続けた。「体の小さい選手も、男子選手と同じぐらいよく食べますよ。だから走れるんだと思います」
成宮唯は、人気メニューの一つとしてパスタ、とりわけペペロンチーノの名前を挙げていた。ひときわ運動量が求められるサイドバックの清水梨紗も、白いご飯や麺類は欠かせない。
「自分は白いご飯があれば助かります。野菜はみんなしっかり摂っていますが、エネルギー不足にならないように、麺類やパスタなどでも炭水化物をしっかりととれるよう、西さんがいろいろと工夫してくれて感謝しています」

海外組が求める「日本の味」
今のなでしこジャパンの食卓を語るうえで外せないのが、海外組の多さだ。普段は欧州やアメリカなど、異なる環境で生活する選手が集まるからこそ、日本食への反応は大きい。
「選手は何を食べるべきか分かっているので、鶏胸肉を必ず食べる選手もいますし、お箸が進むようなものを出しています。海外で生活している選手が多いので、日本食を積極的に出していこうと考えています。牛乳で練った胡麻(ごま)豆腐のような一品は好評でした」
パースでは魚がサーモンと白身魚の2種類しかなかったが、塩焼き、西京焼き、照り焼きと味付けを変えて提供。シドニーではサバが入り、味噌煮も作ったという。
選手に好きなメニューを聞くと、浜野まいかが真っ先に挙げたのは「味噌汁」だった。毎回少しずつ具材が変わる点にも、西シェフの細やかな工夫が表れている。一番人気だったのは「鮭の西京焼き」だ。田中美南、古賀塔子、谷川萌々子らがその味付けを絶賛していた。最年少の古賀も、その話題になると笑顔を見せた。
「鮭がいろいろな焼き方で食べられるのですが、一番好きなのは西京焼きです。自分で作らずに、あんなおいしいご飯が毎日食べられるなら、ずっとここにいたいぐらいです(笑)」
普段は自炊でコンディションを整えるGK山下杏也加にとっても、代表の食卓は特別なものになっている。
「西さんがいるだけで、食事が全然違います。代表では普段よりちゃんと食べられていて、自然と食べてしまうので体重も増えました。帰ってきておいしいご飯があるのは、本当にうれしいですね」

食卓が支える、切り替えの時間
食事は回復の時間であり、ほっとできる時間でもある。食後もそのまま話し込んだり、カードゲームを楽しんだりする選手は多く、その都度いろいろな顔ぶれで輪が広がっていく。オフの時間を思い切り楽しめることも、ピッチに立った時の切り替えにつながっている。浜野は言う。
「何を食べるかもそうですが、誰と食べるかも大事だと思います。食後は2時間くらいみんなで話したり、カードゲームをしたりしています。毎回メンバーもバラバラで、すごく楽しい時間です」
18日には、準決勝で韓国と対戦する。西シェフは、ノックアウトステージ以降は練習後や試合後に冷たい甘酒を出すようになった。次の韓国戦に向けては、キムチチゲを出すことも考えている。
今大会はオーストラリアや韓国にも専属シェフが帯同し、昨年のパリ五輪でも欧州各国に同様の体制が見られたという。女子サッカーを支える環境は整いつつあるが、日本ではなお男子代表との差が残る。
まだ強い西陽が差し込む川沿いのカフェで取材に応じていた西シェフが、ふっと表情を緩めたのは、今のなでしこジャパンの強さに話が及んだ時だった。
「なでしこジャパンが強くなっているのは良かったです。今回も1試合だけ見られました。いいニュースを日本の皆さんに届けられればいいなと思っています。俺がやるわけじゃないんですけどね(笑)」
食卓を囲む穏やかな時間から、次の真剣勝負へ。韓国戦へ向けた準備は、もう食卓から始まっている。
<了>
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