長友佑都を動かした「世界一のサイドバックになれない4つの理由」。インテルでつかんだ本物の信頼
「世界一のサイドバックになってきます」。2010年夏、南アフリカワールドカップを終えた長友佑都はそう言い残してヨーロッパへ渡った。だが、当時の彼にはまだ克服すべき課題があった。セリエAで戦う映像を見続けた中西哲生氏は、長友本人に一本のメールを送る。「なんでわかったんですか!?」。そこから始まった対話は、アジアカップ決勝のアシスト、そしてインテルでの生存競争にもつながっていく――。本稿では中西哲生氏の著書『日本サッカーはどこまで強くなるか 日本人の体格を武器に変える身体操作』の抜粋を通して、長友の欧州での進化の本質に迫る。
(文=中西哲生、写真=LaPresse/アフロ)
「なんでわかったんですか!?」長友佑都を動かした一本のメール
「哲生さん、世界中のサッカーを見ているんだから、まだ自分がやっていないプレーがあったら教えてくれませんか」
2005年夏にセルティックに渡った中村俊輔さんとテレビの仕事を通じて会話を重ねるようになったあるとき、こんな相談を受けたのが、僕がパーソナルコーチとしてサッカーの現場に関わるきっかけでした。
次に関わるようになったのが、ヨーロッパに渡ったばかりの長友佑都選手でした。長友選手と俊輔さんのマネージャーが同じだったことが縁の始まりです。
2010年の南アフリカワールドカップ後、当時所属していたFC東京の送別会で、
「世界一のサイドバックになってきます」と力強く宣言して海を渡った長友選手は、5大リーグの中でも特に激しい守備で知られるイタリア・セリエAでヨーロッパのキャリアをスタートさせます。
チェゼーナでの最初のシーズンの途中、俊輔さんとマネージャーが同じだったというご縁もあり、長友選手にも世界一のサイドバックになっていくためのアドバイスをもらえないかというお話をいただいたのです。
当時から彼は圧倒的な運動量と対人守備の強さを誇り、「ヨーロッパ基準」で見ても貴重なサイドバックでした。長友選手が自ら宣言した「世界一のサイドバック」を目指して、ここからさらに成長するための一つの要素は、左足での質の高いクロスの再現性にあると僕は見ていました。サイドを駆け上がった長友選手のクロスは型がハマったときは素晴らしい質だったのですが、イタリアに渡ったばかりの頃は本人も納得のいくようなクロスを10回のうち2回か3回程度しか上げられませんでした。長友選手が自分の技術のポイントや正しいフォームを論理的に理解できれば、再現性を高めることができます。
そう思った僕は、思い切って長友選手本人に直接、すでに知らされていた携帯にメールを送りました。内容は「世界一のサイドバックになれない4つの理由」。先輩とはいえ、ヨーロッパのクラブでのプレー経験もない僕から、いきなりこんなメールが来たら、普通は怒るか無視されるでしょう。しかし、メールを送ってから5分も経たないうちに、イタリアから僕の携帯に電話がかかってきたのです。
「なんでわかったんですか!? これ、直りますか?」
彼の第一声はそれでした。僕は「映像を見ていればわかるよ。正しいトレーニングをすれば必ず直ると思う」と答え、そこから彼との関係が始まりました。そしてこれが僕のパーソナルコーチとしてのキャリアの実質的なスタートでした。2010年の11月頭のことです。
守備改善のキーワード「左足を出せ」
そこから長友選手の出場した試合のフィードバックの映像をメールで送り、長友選手が帰国したときに一緒に動きづくりをするというサイクルが始まりました。
クロスについては、「なぜ、良いボールが上がるのか」という論理を伝えることから始めました。自分が納得のいくクロスを上げられたとき、どんなフォームになっているのか。
逆にうまくいかないときはどうなのか。具体的には、深い芝や滑りやすいヨーロッパのピッチに対応するための「軸足抜きのクロス」のドリルを渡し、それを反復して自分のフォームとして叩き込んでもらいました。
攻撃面ではもう一つ、ドリブル時のボールの持ち方にも大きな課題がありました。当時の長友選手は、先にボールを前に蹴り出して、後からそれに自分が追いつくようなドリブルをしていました。しかし、それではボールが身体から大きく離れてしまいます。基本原則として、ボールを持っている足では蹴らず、逆の足、つまり軸足を使って身体ごと運ぶ動きが必要です。僕は「軸から動く」と表現していますが、この身体操作の原理を理解してもらうことで、ボールと身体が一体になったドリブルに変わっていきました。
ディフェンス面でも「軸から動く」ことを進言しました。長友選手はもともと右利きであるため、守備で飛び込む際に無意識に右足を出してしまい、守備で左足を出せないという課題がありました。左サイドバックなのに左側に右足を出すと、身体が半身になってしまう。「左側には左足を出す」ことができるようになってからは、1対1の守備がかなり改善されました。
長友選手の素晴らしいところは、アドバイスに対する適応能力の高さと、それを自分の身体に染み込ませるまでの圧倒的な努力です。伝えたことが数日後の公式戦でもう生かされている。いいと思ったことはとにかく試してみる。そんな姿勢が最初に形になったのが、2011年1月のアジアカップ決勝でした。延長戦、長友選手が左サイドから上げたクロスを、李忠成選手がダイレクトボレーで叩き込んで日本が優勝を決めた。あの場面で長友選手が上げたのは、まさに「軸足抜きのクロス」でした。本人も「完璧でした」と話していました。
もちろん長友選手の再現性への努力が実を結んだクロスではありましたが、あの瞬間、「こうやって日本のサッカー界に貢献する方法があるんだ」とも思えました。メディアの世界にいる人間が、選手と動きの研究を重ねることで、具体的に試合の結果に影響を与えることができる。解説者としてピッチの外から見てきたこと、映像を見続けて蓄積してきた知見が、実際のプレーに還元される手応えを感じた最初の経験でした。
長友佑都がインテルでつかんだ本物の信頼
その直後、長友選手は世界的ビッグクラブであるインテルへの移籍を果たしました。しかし、そこからが本当の戦いでした。
インテルには、当時世界最高の右サイドバックの一人であるブラジル代表のマイコンがいました。長友選手は必然的に左サイドバックのポジションを争うことになりますが、そこにもセンターバックを本職として対人プレーに強いルーマニア代表のクリスティアン・キヴや、クラブの象徴の一人でもあるベテランのハビエル・サネッティがいる。東洋人の小柄なサイドバックが生き残る難しさは、想像を超えるものがあったはずです。実際、インテル時代には監督が代わるたびに、まず長友選手がスターティングメンバーから外され、ベンチに下げられるという出来事が何度も繰り返されました。
「どうやってその状況をいつもひっくり返しているの?」と聞いたことがあります。「いや、誰よりも早く練習場に行って、最後まで残って練習するだけですね」。さらりと言ってのける彼の取り組みが、歴代の監督を実力で納得させてきたのだと思います。
2014年に就任したロベルト・マンチーニ監督とのエピソードも興味深いものでした。
これは長友選手から直接聞いた話なのですが、試合に出られない日々が続く中、長友選手はピッチに残り、クロスの練習をひたすら反復し続けていました。マンチーニ監督も最初は見ているだけだったそうですが、他の選手のように起用法に不満を口にするでもなく、毎日毎日、黙々とクロスを上げ続けるひたむきさに心を動かされたのでしょう。
ある日、マンチーニ監督自らがペナルティーエリアに入り、長友選手が上げるクロスの合わせ役を買って出たというのです。現役時代「ミスターサンプドリア」としてファンタジスタの名を欲しいままにしたあのマンチーニが練習の相手役とは贅沢な話ですが、「諦めない」「下を向かない」「ひたすら練習し続ける」。そんな極めて実直な姿勢で長友選手は監督の信頼を勝ち取り続けたのです。
その後、ACミランの10番を背負った本田圭佑選手とミラノダービーで対戦し、二人ともがキャプテンマークを巻いてピッチに立った姿は、本当に感慨深いものでした。日本人でもビッグクラブの象徴になれるということを、彼らがまた一つ証明してくれた瞬間でした。
俊輔さんには映像を渡すだけでしたが、長友選手には論理を伝え、フォームを一緒に構築することができました。長友選手へのアプローチで、僕の中でパーソナルコーチが担うべき役割が明確になりました。俊輔さんと長友選手の場合は、いずれもすでにプロとして完成に近づいている選手に対して、足りないピースを補うアプローチでしたが、もしもっと早い段階から、選手の成長そのものを一緒に設計できたらどうなるのか。その答えは、一人の小学生との出会いの中にありました。
【第4回連載】久保建英を世界基準にしたものは何か。小学5年生で備わっていた「考える力」の正体
(本記事は青春出版社刊の書籍『日本サッカーはどこまで強くなるか 日本人の体格を武器に変える身体操作』から一部転載)
<了>
【第1回連載】なぜ久保建英は吹き飛ばされないのか。中西哲生が語る「フィジカルが弱い日本人」という誤解
【第2回連載】日本人だけが足を滑らせたアーセナルの練習。中西哲生がベンゲルとの邂逅で辿り着いた、世界との差の本質
39歳、5度目の夢へ。長友佑都を支えた「3人の存在」と批判を力に変えた信念
久保建英の“ドライブ”を進化させた中西哲生のメソッド。FWからGKまで「全選手がうまくなれる」究極の論理の正体
[PROFILE]
中西哲生(なかにし・てつお)
1969年生まれ、愛知県出身。同志社大学経済学部卒業。現役時代は名古屋グランパス、川崎フロンターレでプレー。2000年に引退。著書には『サッカー世界標準のキックスキル』(マイナビ出版)ほか、多数。TBS「サンデーモーニング」、テレビ朝日「GET SPORTS」でコメンテーターを務める。パーソナルコーチとして多くの現役プロサッカー選手を指導。2023年4月から筑波大学蹴球部テクニカルアドバイザーも務め、大学生の指導にもあたっている。
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