久保建英を世界基準にしたものは何か。小学5年生で備わっていた「考える力」の正体

Training
2026.06.10

なぜ久保建英は世界で活躍できる選手になったのか。その原点を知る一人が、中西哲生氏だ。初めて会ったのは久保が小学5年生のとき。当時から高い技術を備えていたが、中西氏が「レベルが違う」と感じたのは、サッカーを理解する力と、自ら考えて成長しようとする知性だった。スペインからの帰国中に重ねたマンツーマントレーニング、フットサル場での試行錯誤、そして現在も続く映像を通じたコミュニケーション。その歩みには、世界基準の選手へと成長するためのヒントが詰まっている。本稿では中西哲生氏の著書『日本サッカーはどこまで強くなるか 日本人の体格を武器に変える身体操作』の抜粋を通して、久保建英の少年時代から現在までを振り返りながら、その成長の軌跡をたどる。

(文=中西哲生、写真=なかしまだいすけ/アフロ)

→【連載前編はこちら】

「これはレベルが違う」小学5年生の久保建英

長友佑都選手とのパートナーシップが軌道に乗り始めた頃、一つの出会いが訪れます。久保建英選手のお父さんから「長友選手を指導していらっしゃるのですよね。うちの建英も一回見てもらってもいいですか」というお話をいただいたのです。

場所は横浜の幼稚園の横にあったフットサル場。久保建英選手は当時、小学校5年生でした。初対面の印象は鮮明に覚えています。「本当に技術の高い選手だな」と、率直にそう思いました。

過去にも「天才」と呼ばれる子どもはたくさん見てきましたが、その才能がどこまで通用するかは誰にもわかりません。中には単に身体の成長が早い選手もいますし、技術の習得が早いだけという場合もあります。小学生や中学生の年代だと、同年代との比較で優れていることが目立ちがちで、その要素がそのまま伸び続けることは稀です。

しかし、僕が小学5年生の久保選手に感じたのは技術的な高さだけでなく、脳の部分、サッカー的な頭の良さでした。FCバルセロナのカンテラ(下部組織)に所属していた彼には、世界基準の戦術理解や技術の土台がすでにありました。その上で、指摘されたことに対する即応性、しかもただ言われたことをそのままやるのではなく、なぜ指摘されたのか、何をどうすればいいのかを自分で考えようとする姿勢がすでにあったのです。

「これはレベルが違う」

すぐにそう思いましたが、それでもこの段階で世界での活躍が約束された選手は世の中に一人もいません。僕が関わることでその確率を少しでも高められたら。そんな気持ちで、久保選手に関わることを決めたのです。

最初の練習の後、久保選手本人が「これからもトレーニングを続けたい」と言ってくれたこともあって、僕と久保選手の挑戦が始まりました。印象的だったのは久保家の方々の姿勢です。両親が来られるときは練習をすべて録画していましたし、帰りの車の中では本人にどう感じたかということや疑問点などを繰り返し質問していました。

バルセロナにいた時期は、帰国するたびに集中的に取り組み、一緒に取り組んだものを持ってスペインに戻るというサイクルでした。「こういう動きを加えたら、こっちにも行けるんじゃないか。右に行って右足でも質の高いボールが蹴れたら、もっと選択肢が広がるだろう」というふうに、帰国している短い期間も課題に対して効果的な動き方、そのトレーニングを試していきました。

最も密に練習したのは、中学1年の終わりに日本に帰ってきてからの2年間です。中学2年、中学3年の時期は、学校が終わったら僕のところに来て、近くのフットサル場で週に1回、必ず2時間の練習をしていました。

フットサル場で始まった“世界基準”の実験

フットサルでの練習は完全なマンツーマンでした。この時期、バルセロナが

18歳未満の選手の国際移籍に関するルールに違反したこともあり、帰国を余儀なくされていた久保選手は、FC東京の下部組織に所属しながら個人的に僕とのトレーニングを続けていました。

まず取り組んだのはテニスボールを使ったキャッチボールでした。サッカーなのにテニスボール? と思う人もいるかもしれませんが、僕のトレーニングは、はたから見ると「なぜこれがサッカーの練習?」と驚くようなものがたくさんあります。キャッチボールで身につけてもらいたかったのは、上半身の使い方でした。サッカーは下半身でやるスポーツと思われがちですが、上半身をうまく使えない選手は、ボールを扱う下半身もうまく使うことができません。

途中で一度目線を切ってから再び視線を戻してボールをキャッチする練習も取り入れました。これは単なる反射神経の訓練ではありません。目で見た映像を脳の中に保持し、視線を外した後もその映像を再生しながら身体を動かし続ける力を養うためのものです。サッカーの試合中、ボールをずっと見ていられる場面はほとんどありません。ボールを受ける前に周囲を見る、ボールを止めた瞬間に次のパスコースを探す。優れた選手ほど、目で得た情報を脳内で保ちながら、視線はもう次の情報を取りに行っている。インプットが途切れてもアウトプットを止めない。テニスボールのキャッチボールは、その回路を身体に刻むための練習でした。

当時の水準でも身体は決して大きいとは言えない久保選手ですから、自分の体重を最大限に生かすトレーニングにも取り組みました。ボールに足の裏を乗せた状態で、僕が身体をぶつける。久保選手はそのエネルギーを逃がしながら、ボールから足を離さない。日本人は相手にぶつかられると踏ん張ってしまいがちですが、踏ん張れば体重が軽い選手のほうが飛ばされます。力で対抗するのではなく、接触のエネルギーを逃がすことでバランスを保つ。その感覚を、この時期から身体に染み込ませていきました。

このフットサル場からは、後に僕のメソッドの核となる「キャンセル」という概念も生まれています。左利きの久保選手が力まずに蹴るにはどうしたらいいか。試行錯誤を重ねる中で見つかったものでした。「刻一刻と変化する状況の中で一度意思決定を下したプレーに固執するのではなく、それをいったんキャンセルして他のプレーを選ぶ」という発見に至った原点が、この小さなフットサル場にあったのです。

今も続く「試合後すぐ」の映像分析

久保選手が再びスペインに拠点を移してからは、直接会って練習する機会は減りました。しかし、関わりは今も続いています。

現在も僕が担っているのは、試合が終わったら、本人がボールを持ったシーンや守備のシーン、気になるシーンを動画で切り出して送ることです。試合終了後、なるべく早く送っています。本人がピッチの中で実際に感じた感覚と、客観的な映像は全く違います。選手は試合中に全体を俯瞰(ふかん)して見ることはできませんし、自分の身体がどう動いていたかを客観的に把握するのも難しい。だからこそ、主観的な感覚と客観的な映像を合わせることが重要なのです。

久保選手に関して言えば、僕の重要な役割の一つに、「内側の感覚」と「外側の映像」をつなぐ翻訳作業があると思っています。

※次回連載は6月11日(木)に公開予定

【第1回連載】なぜ久保建英は吹き飛ばされないのか。中西哲生が語る「フィジカルが弱い日本人」という誤解

【第2回連載】日本人だけが足を滑らせたアーセナルの練習。中西哲生がベンゲルとの邂逅で辿り着いた、世界との差の本質

【第3回連載】長友佑都を動かした「世界一のサイドバックになれない4つの理由」。インテルでつかんだ本物の信頼

(本記事は青春出版社刊の書籍『日本サッカーはどこまで強くなるか 日本人の体格を武器に変える身体操作』から一部転載)

<了>

久保建英の“ドライブ”を進化させた中西哲生のメソッド。FWからGKまで「全選手がうまくなれる」究極の論理の正体

吉田麻也の再招集に込められた狙い。新旧キャプテンが明かす、日本代表にもたらした重要な役割

[PROFILE]
中西哲生(なかにし・てつお)
1969年生まれ、愛知県出身。同志社大学経済学部卒業。現役時代は名古屋グランパス、川崎フロンターレでプレー。2000年に引退。著書には『サッカー世界標準のキックスキル』(マイナビ出版)ほか、多数。TBS「サンデーモーニング」、テレビ朝日「GET SPORTS」でコメンテーターを務める。パーソナルコーチとして多くの現役プロサッカー選手を指導。2023年4月から筑波大学蹴球部テクニカルアドバイザーも務め、大学生の指導にもあたっている。

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