ドッジボールが「いじめ」を誘発するのか? 日本代表監督が明かす、競技のあるべき姿
おそらく誰もが人生で一度はドッジボールをやったことがあるだろう。多くの人が小学校の授業で、あるいは休み時間にやったことがあると思う。そして、少なからず苦い思い出を持っている人もいるはずだ。
そんな中で昨今、たびたびネット上では「ドッジボールがいじめを誘発するのではないか」と議論になっている。
果たしてドッジボールという競技そのものが“悪”なのだろうか。日本代表に発足時から関わり、総監督として競技の強化・普及発展に携わる吉田隼也氏の話を聞くと、ドッジボールが親しみやすいスポーツであるが故の課題が見えてきた。
(インタビュー・構成・写真=森大樹)
黎明期から携わり、日本代表を発足させた吉田氏
――吉田さんはドッジボールとどのように出会ったのでしょうか。
吉田:日本で競技としてのドッジボールの普及が本格的に始まったのは少年誌のマンガのイベントとして行われた大会がきっかけでした。その大会が反響を呼び(一般財団法人)日本ドッジボール協会が作られ、ちゃんとしたルールを定めて小学生をメインターゲットとして普及が行われていったという流れがあります。僕はその大会に兄に連れられて行き、競技としてのドッジボールと最初の接点を持ちました。その時に発足した地元のチームは今もあって、後に僕はそこで指導を行い、全国大会で優勝したこともあります。
――小学生への指導を行いつつ、吉田さんは自ら大人部門のチームを立ち上げ、その後発足した日本代表にも選出されています。
吉田:ドッジボールが普及し、全国大会を目指して打ち込む子どもが増えたことはよかったのですが、小学校を卒業してからの先がないという状態が生まれてきました。中学校で他の部活を始めても続かず、やめてしまったという話も耳にします。僕はせっかくドッジボールを好きになってくれた子どもたちをそのままにしていいのか、と疑問を持つようになりました。競技を好きにさせた大人の責任として、現状ではプロとまではいかなくても、わずかでも競技を続けられる環境を作るべきだろうと。
なのでまずは、中学生以上でも出られる大会の開催を都の協会に働きかけることから始めていきました。同時に、それまでかなり内輪な競技だったドッジボールをよりもっと多くの人に見てもらえるスポーツにしなければいけない、ということも考えるようになりました。日本代表はその象徴的な存在として作られたんです。
ガラパゴス化する日本のドッジボール
――ドッジボール日本代表チームは2020WDAワールドカップにも出場が予定されていました。ドッジボールがそこまで世界的に広がっていることは一般的に知られていないと思います。
吉田:新型コロナウイルスの影響で延期になってしまいましたが、今年の夏にエジプトで行われるワールドカップに出場する予定でした。昨年の大陸予選を突破した10カ国が出場することになっていました。残念ながらこのような状況なので日本は延期開催されたとしても参加したいことになっています。
でも実はワールドカップの競技ルールは日本のものとは違うんです。海外のドッジボールはボールを複数個使ったり、外野がなかったりと、かなり異なる競技性を持っています。一方、日本のルールは東アジアの一部地域でしか行われておらず、少数派です。今後の国際的な広がりを考えると今の日本のルールだけでなく、海外のルールのほうでもやっていく必要があると思います。
僕の活動の唯一のこだわりとして、ドッジボール自体に親しみを持ってもらいたいというのがあります。その中で他の国の人とつながって競技を楽しめることも大事だと思っています。なので海外のルールも勉強しました。そして大会に出てみようということで国際ルールにのっとったワールドカップに出場したいと思ったんです。
――日本は国際ルール下のドッジボールでも通用するのでしょうか。
吉田:ボールを捕る、投げる、避けるという動作は基本的なところは同じなので戦えると思います。もちろん体格差や海外ならではのドッジボールの考え方はありますが、それ以上に日本人の競技への打ち込み方は世界随一だと思うので。
――日本代表ができてわかったこと、変わったことはありましたか?
吉田:いろいろなところのドッジボール教室に呼ばれるようになり、それを通してけっこう学校や児童館、地域ごとに様々な大会をやっていたりすることがわかりました。ところが、日本の中でも場所によってローカルルールが存在していて、それに応じた指導をする必要がありました。よくあるのが「次の地域のドッジボール大会で優勝したいから教えてほしい」といった依頼です。でも、いざ指導しに行くと僕らのルールとは違うドッジボールをやっていたりするんです。
もし、その場所で私たちが整備したルールが広まっていれば協会から指導者派遣をすることも可能ですし、大会開催への協力をすることができるようになって、競技全体としての底上げにつながると思います。しかし、すでにその場所で文化的に根付いてしまっているので、「僕らのルールが正しい」と押し付けるわけにもいきません。だからその場所に応じた指導をしつつ、ルールや考え方を載せた僕の本を置いていくようにしています。
その本には学校でドッジボールをやっているだけの子が少しうまくなる方法から、競技の入口に立ってチームを作るくらいまでのことを書いています。やはりその場で僕が説明するだけで伝えられることには限界があります。もしかしたら教室が終わった後に誰かがその本を手に取り、もう一歩踏み込んでドッジボールのことを考えてくれるかもしれない。そして本格的に競技として始めてくれるかもしれない。そのきっかけになればいいと思っています。本があれば僕が教えに行った証にもなりますしね。
ドッジボールが「いじめ」を誘発するのか?
――各地でドッジボールが行われ、もはや知らない人がいない競技になっている一方で、ネット上では「いじめ」を誘発するといった議論がたびたび起きています。その実情をどのように見ていますか?
吉田:われわれもネットでそういう話題が出るたびにいろいろと考えています。でも、事の本質はいじめそのものが問題なのであって、単にドッジボールが“悪”という話ではないと思っています。どうしてもボールを人にぶつけるという特性からそう思われがちなところはあると思いますが。
私は皆さんが学校でやる、いわゆるドッジボールというのは競技として「むき出し」の状態だと思っています。例えばおいしい食材にもトゲがあったり、使いにくかったりすることはありますよね。
ドッジボールでいえば誰かが一人でボールを持ち続けたり、球を奪い合ったり、いじわるな当て方をされた経験を持つ人も多いと思うのですが、それらは全てむき出しの状態。でも本当のドッジボール競技においては、それらはできないルールになっています。
――結局うまい人がずっと中心でやっていて参加できず、嫌な思いをした経験がある人は少なくないと思います。
吉田:ドッジボールは本来、意地悪できないスポーツなんです。「顔に当たったらセーフ」「相手のコートに入れない」といったルールは皆さん知っていると思いますが、そのほかにも「相手チームの人の体に触れてはいけない」「外野は最初にボールに触れた人からリスタートする」「内野同士でパスはできない」「時間稼ぎをしてはいけない」といった決まりがあります。
――正しいルールをみんなが知って、参加できる状態ができたら印象は違うかもしれません。
吉田:ドッジボールの根本には自己責任・自主性・向上心という理念があります。
自分のボールは自分で投げる、責任を持つ。そして積極的に競技に参加する。そういった考え方を根底に持っていればそんなに難しくないスポーツのはずなんです。
しかし、競技として取っ付きやすいが故に、そこが理解されないまま広まってしまい、競技の特性上「いじめ」といったところに結び付けられてしまっています。学校の先生もボールを渡しておけば、ある程度子どもたちだけで進めてくれるので楽ですしね。
僕はドッジボールが大切にしていることをしっかり伝えることが重要で、それができればむしろもっと競技を教育面に活かしていくことが可能だと思います。
実際JICA(国際協力機構)の活動員がエチオピアとキルギスで、ルールを守ってスポーツをやるということ伝えるためにドッジボールを使ってくれたことがありました。だから今のむき出しの状態を少し整理してあげるだけで競技への関わりやすさを維持したまま、教育に生かしていくこともできると思います。
――吉田さんはこれからドッジボールをどのように発展させ、貢献していきたいと考えていますか?
吉田:ドッジボールはとにかく認知度が高い競技なので伝え方によっては一気に発展する要素もあると思います。言い換えれば、このまま何もしなくてもこのまま今の状態で進んでいくとも言えます。
将来的にはドッジボールが五輪競技になるくらいに広まっていってほしいと思いますが、そんなに簡単なことではないでしょう。もっと長期的な視点で競技を普及発展させていく必要があります。そのために私ができることはやりつつ、若い世代につなげていきたいと思っています。
私自身はいろいろな経験を経て、今は少しでもドッジボールのイメージがいいものになっていってほしいという、いい意味で現実的な目線で取り組んでいます。
僕の周りではドッジボールを中心に子どもと親御さんがいい関係を作り、地域のコミュニティ形成にもつながってきているので、そういうものがどんどん増えていったらいいなと思います。仕事や家庭以外の部分で楽しめるツールの選択肢の一つとしてドッジボールが続いていってほしいです。
僕自身はドッジボールの先駆け的存在として若い人たちにさまざまなドッジボールへの関わり方を見せ、競技との接点を持つイメージや方法の選択肢を増やしていきたいと思います。小学生の時に熱心にドッジボールに取り組んだ子どもたちも大人になって、僕よりも全然優秀でさまざまな社会経験を積んでいる人もたくさんいます。なので彼らにも僕がやってきたことに続くだけでなく、自分なりにできることを見つけ、ドッジボールとの接点を作ってもらって自己実現をしたり、競技の発展に貢献してくれたらうれしいですね。
<了>
ツーブロック禁止以上に意味不明。田澤ルール、日本球界を貶める「5つの問題点」
高校野球に巣食う時代遅れの「食トレ」。「とにかく食べろ」間違いだらけの現実と変化
[アスリート収入ランキング2019]メッシがロナウド抑えて初の首位!日本人唯一のランクインは?
なぜバレー柳田将洋は古巣復帰を選んだのか? 日本で「自分が成長するため」の3つの理由
なぜ今の子供は「卓球」を選ぶのか?「地味」から一転「親子人気」勝ち得た4つの理由
PROFOLE
吉田隼也(よしだ・としや)
1981年生まれ、東京都北区出身。小学4年生の時にドッジボールと出会い、日本ドッジボール協会発足のきっかけとなる小学生対象の大会への参加。これを機にチーム活動を開始し、さまざまな大会に出場する。20歳の時に、監督である兄とともに所属していたチームで、競技ドッジボール経験者からのコーチとしては初の日本一を経験。さらに指導・普及活動と並行して、大人世代がプレーをする競技ドッジボール活動を始めるべく、大人の有志チーム「東京選抜」を結成し大会で活躍。2012年から日本代表選手、2013年からは男子監督・総監督も兼務し、第一線でプレーを続けている。
この記事をシェア
KEYWORD
#INTERVIEWRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion -
大型移籍連発のラグビー・リーグワン。懸かる期待と抱える課題、現場が求める改革案とは?
2024.10.22Opinion -
日本卓球女子に見えてきた世界一の座。50年ぶりの中国撃破、張本美和が見せた「落ち着き」と「勝負強さ」
2024.10.15Opinion -
高知ユナイテッドSCは「Jなし県」を悲願の舞台に導けるか? 「サッカー不毛の地」高知県に起きた大きな変化
2024.10.04Opinion -
なぜ日本人は凱旋門賞を愛するのか? 日本調教馬シンエンペラーの挑戦、その可能性とドラマ性
2024.10.04Opinion -
デ・ゼルビが起こした革新と新規軸。ペップが「唯一のもの」と絶賛し、三笘薫を飛躍させた新時代のサッカースタイルを紐解く
2024.10.02Opinion -
男子バレー、パリ五輪・イタリア戦の真相。日本代表コーチ伊藤健士が語る激闘「もしも最後、石川が後衛にいれば」
2024.09.27Opinion -
なぜ躍進を続けてきた日本男子バレーはパリ五輪で苦しんだのか? 日本代表を10年間支えてきた代表コーチの証言
2024.09.27Opinion