ツーブロック禁止以上に意味不明。田澤ルール、日本球界を貶める「5つの問題点」

Opinion
2020.07.17

海を渡って12年、田澤純一が独立リーグの埼玉武蔵ヒートベアーズに入団した。メジャーリーグで世界一も経験したほどの実績と経験を持つ男がNPB12球団に入団することを許されなかったのは、通称“田澤ルール”の存在によるものだ。
このルールが、どれだけ日本球界が恥ずべきものか。5つの観点から問題点を挙げながら、あるべき姿を提案したい。

(文=花田雪、写真=Getty Images)

世界一の実績・経験を持ちながら、プロ野球12球団に入れない理不尽なルール

日本にも世界にも、不可解なルールや法律はいくつも存在する。
先日、SNSを中心に「都立高校のツーブロック禁止」の校則が話題となった。

東京都議会議員の池川友一氏が今年3月の予算特別委員会でこの校則について「なぜ、ツーブロックはだめなんでしょうか?」と質問したところ、都の教育長からは驚きの答弁が返ってきた。

「外見等が原因で事件や事故に遭うケースなどがございますため、生徒を守る趣旨から定めているものでございます」

池川議員の言葉を借りるまでもなく「意味不明」である。

そして今、日本の野球界でも、同じように「意味不明なルール」が大きな話題となっている。

田澤ルール――。

7月13日、今年3月にシンシナティ・レッズを契約解除された田澤純一が、ルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズに入団することが発表された。

田澤自身にとっては実に12年ぶりの日本球界復帰となるが、その所属先はNPB12球団ではなく独立リーグ。2018年を最後にメジャーの舞台から遠ざかっているとはいえ、その実績、実力を考えればNPBで争奪戦が起こっても不思議ではないはずなのに、だ。

その障害となったのが、この田澤ルールだ。

ルールの内容から導入の背景まで、すべてが意味不明

2008年、当時新日本石油ENEOSに所属していた田澤は、「1位指名確実」と呼ばれるドラフトの目玉だった。しかし同年9月11日、NPBを経由せずに渡米、メジャーリーグに挑戦する意思を表明して12球団にドラフト指名を見送るよう求める文書を送付。結果的に同年ドラフトで田澤は指名されず、12月4日にボストン・レッドソックスと契約し、翌年メジャーデビューを果たしている。

ドラフト1位指名が確実視されている選手が指名を拒否し、メジャーに入団したのはこれが初めてのケースだった。

これに慌てふためいたのがNPBだ。田澤のような前例が作られたため、球界ではその後も有力なアマチュア選手が直接メジャーに挑戦する潮流が生まれるのではないかという懸念が生まれた。そこで設けられたのが、「日本のプロ野球のドラフト指名を拒否して海外のプロ球団と契約した選手は、海外の球団を退団した後も大卒、社会人は2年間、高卒選手は3年間、NPB球団と契約できない」とするルールだ。

このルールは、そのきっかけとなった本人の名前から、一般的に「田澤ルール」として現在まで定着。皮肉にも田澤自身がそのルールのあおりを受け、NPBに入団できないという悲劇を生んでしまった。

ここまで田澤ルールについて概要を説明してきたが、やはり「ツーブロック禁止」以上に「意味不明」と言わざるを得ない。

ルールそのものはもちろん、その導入の背景など、何から何まで納得できないことばかりだ。

すでに多くのメディアが田澤のBCリーグ入りを受けてこのルールに疑問を呈しているが、ここであらためて、田澤ルールの何がおかしいのか、一つずつ検証してみたい。

問題点①:導入の動機があまりにも幼稚すぎる

そもそもこの「田澤ルール」が設けられたのは田澤本人がメジャー挑戦を表明した後だ。つまり、NPBは想定外の事態を受け、後出しでルールを設置したことになる。

要は「おまえ、ウチに来ないのか。じゃあ何年後か分からないけど、もしウチに来たいと言い出してもすぐには入れてやらないからな」というあまりにも子どもじみたものにすぎない。

しかも、その後出しのルールが現時点で田澤本人の進路を狭めるようなことになっており、これはあまりにも理不尽だと言わざるを得ない。

問題点②:対象選手の明確な基準があいまいなまま放置されている

実はこの田澤ルール、筆者が確認したところNPBが定める新人選手選択会議規約にも、日本プロフェッショナル野球協約にも特に記載がない。明確な規定は10年以上たった今でも定められておらず、今の今まで12球団の「申し合わせ事項」にすぎないのだ。

例えば「ドラフト指名を拒否した選手」とは、具体的にどういう選手を指すのか。田澤自身はドラフト会議前に指名回避を求める意向を示しており、実際に行われたドラフトでも指名を受けていない。指名を受けた上でそれを拒否してメジャー移籍した選手が該当するというのであればまだ筋は通るが、そもそも指名されていない選手に対して、何をもって「指名を拒否」と証明できるのだろうか。田澤自身、「1位指名確実」と言われてはいたが、それはあくまでも前評判にすぎない。もちろん、田澤の場合はメジャー挑戦を表明していなければ間違いなく指名されていただろうが、毎年ドラフトでは「指名確実」と言われながらそれに漏れる選手も一定数存在する。

明確な線引きをせずに「指名を拒否した選手」とカテゴライズしてしまうことには、大きな危険性を感じてしまう。

問題点③:NPBにとってはむしろ不利益なルールになっている

田澤ルールが導入されたのは「有望なアマチュア選手がNPBを経ずに海外に流出してしまう」=「NPBの人材不足」=「NPB人気の低下、不利益につながる」と考えられたことが最大の理由だ。しかし、現状はどうだろう。メジャーで世界一にもなり、アマチュアから直接海を渡ってメジャーリーガーにまで上り詰めた実績と経験のある選手を、NPBは自ら締め出してしまった。

例えば今季はコロナ禍の影響で過密日程が大きな話題となっている。各球団、リリーフ陣の整備は例年以上に大きな課題だ。

この悪しきルールがなければ田澤を欲しかった球団はいくつもあっただろう。

加えて今回の経緯が報道され、田澤ルールという悪法が再びフィーチャーされてしまった。

人材を確保し、人気低迷を止めるために設けられたはずのルールが、皮肉にも優秀な選手を獲得できず、NPBにネガティブな印象を与える矛盾を生んでしまっている。

問題点④:そもそもこのルールに効力があったのかが疑問

田澤ルールが設けられてから12年間、確かにドラフト1位候補選手が直接海を渡った事例は生まれていない(※2018年の吉川峻平のように、アマ選手がメジャー入団を目指して渡米するケースはゼロではない)。結果だけ見れば、「人材流出阻止」の効力は一定数あったように思える。しかし、本当にそうだろうが。例えば菊池雄星と大谷翔平は田澤同様、アマチュアから直接メジャー入りを目指した選手だ。二人とも結果としてNPB入りを選択したが、その理由が田澤ルールだったかというとそうとは言い切れない。菊地はドラフト前にNPB、メジャー両球団と面談を行い、苦渋の決断ではあっただろうが最終的にNPB入りを選んだ。大谷の場合はさらに踏み込んだところまでメジャー挑戦を表明していたが、ドラフトで北海道日本ハムファイターズが強行指名。NPBでプレーするメリット、さらには二刀流を提案するなどの交渉の末、翻意に成功している。

もちろんNPB入りの理由の一つにはなったかもしれないが、両者とも、明確に田澤ルールがあったからメジャーに行かなかったかと言われると、決してそうではないように思える。

問題点⑤:選手の利益を著しく侵害する

これについては、日本プロ野球選手会のホームページに書かれている内容を以下に抜粋したい。

「もちろん選手会も優秀な選手がNPBに入ってきてくれることを望んでいますが、NPBが導入したこの復帰制限ルールは、プロ野球選手が、日本のプロ野球球団と契約し、年俸を得るという経済活動を著しく制限することから、独占禁止法上明らかに違法であり、選手会は、NPBに対して、このルールの撤廃を求めています」(原文ママ)

選手会はこの田澤ルールをはっきりと「違法」と断言している。まさにその通りだろう。これについてしっかりとした回答をしないままルール撤廃や改善を行わなかったことは、やはり問題視せざるを得ない。

むしろ歓迎すべき。その技術や経験は日本球界にとって大きな財産となる

ここまで矢継ぎ早に田澤ルールの問題点を指摘したが、やはりどこを切り取っても「意味不明」なルールなのは間違いない。

今、世論は政治すら動かす大きな力を持っている。その危険性はもちろんあるが、こと田澤ルールに関していえば世論でもなんでも駆使して、一刻も早く撤廃すべきだろう。

田澤ルールの撤廃については一部で「ドラフト指名を拒否して海外に行き、1~2年で戻ってきて意中の球団に入団する裏ワザが使えるのではないか」といった声も見られたが、そもそも彼ら日本国籍を持つ選手はNPB入りの際にはドラフトで指名される必要がある。

過去にはNPBを経ずにメジャーで実績を残したマック鈴木(鈴木誠)、多田野数人、中村マイケル(オーストラリアとの二重国籍)がドラフトを経由してNPB入りを果たしている。

個人的にはこのルールにも改善の余地があると思うが、「数年で出戻りして意中の球団入り」といったことは避けることができる。

ただし、問題は今年の田澤のようにシーズン途中での入団を選手が希望した場合だ。今季は新型コロナウイルス感染拡大の影響でマイナーリーグのシーズンが中止になったという「事情」はあるが、例えばシーズン中の入団はFAと同様に自由競争で、その上でシーズン終了後にドラフトにかかるといった「特例」があってもいい。

もしくは高卒選手は3年間、大卒選手は2年間(ともに社会人を経由した場合の年数と同等)など、期間を設けてその間は入団を制限する形から始めてもいいかもしれない。

正直、田澤のようにメジャーでFA権を取得した選手が、どんな形であれNPB入団になんらかの制約を受けるのは違和感がある。

アマチュアトップの実力を持ちながら、NPBを経験せずにメジャーリーガーに上り詰めたその経験者を、NPBはむしろ歓迎すべきだろう。そこで培った技術や経験は、間違いなく日本野球界にとって大きな財産となる。

「意味不明」な田澤ルールの廃止は当然だが、NPBは田澤のような選手を排除するのではなく、歓迎するくらいの懐の深さを見せてほしい。

「メジャーよりも魅力のあるリーグになること」があるべき姿だ

最後に、日本選手会ホームページに記載されている「田澤ルール」に関する一文を紹介したい。

「そもそもアマチュア選手が、NPBではなく、メジャーリーグなどの海外リーグに挑戦するのは、選手本人が、NPBではなく、メジャーリーグに興味を持ったからであって、NPBが選手本人にとって1番興味のあるリーグではなかったということでもあります。

選手会は、日本プロ野球構造改革案でもご提案しているとおり、NPBが、アジア最高リーグとして、メジャーリーグと対等、あるいはそれ以上のブランド力とビジネス規模を有するリーグになることを目指すべきであり、日本のアマチュア選手にとって、メジャーよりも魅力のあるリーグになることが、最も重要であると考えています。

選手会は、復帰制限ルールのような制約をつける形ではなく、将来のアマチュア選手にとって、魅力あるリーグとしてNPBを選んでもらえるようなリーグを目指したいと考えます」(原文ママ)

選手会が表明しているこの言葉が、すべてではないだろうか。
選手を排除するのではなく、自らがメジャーよりも魅力的なリーグになれば、問題は一気に解決する。

もちろん、それは容易ではないし、現時点でかなり難しい目標なのも事実だ。
ただ、「目指す」ことはできる。

田澤ルールの存在は間違いなく、日本プロ野球界の魅力をおとしめるものだ。

一刻も早く、それに気付いてほしい。

<了>

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