「それでも、やるなや…」ソフトバンク千賀滉大の怒り 「子供の虐待」に取り組む信念
その男は静かに、だが確かに、怒りをあらわにした。
近年、痛ましい子ども虐待のニュースが後を絶たない。そのたびにやりきれない思いが込み上げる。何か事情があるのかもしれない、それでも――。
福岡ソフトバンクホークスの千賀滉大は、2019シーズンから、子ども虐待をなくすための活動「オレンジリボン運動」への支援を行っている。日本球界を代表する右腕は、なぜ子どもを守るための活動を始めたのか? そこには、野球選手として、一人の人間として、伝えたい想いがある。
(インタビュー・構成=花田雪、撮影=繁昌良司)
昨季は249万円。三振を奪うごとに1万円を寄付する活動
2019年は26試合に先発登板し、13勝8敗、防御率2.79を記録。227奪三振で自身初となる最多奪三振のタイトルを獲得した福岡ソフトバンクホークス、千賀滉大。
ホークスのエースとして抜群の成績を残した千賀だが、プロ9年目の昨季は野球以外に新たな取り組みも行った。
それが、児童虐待の防止に取り組む「オレンジリボン運動」への支援だ。
レギュラーシーズン、そしてポストシーズンで三振を1つ奪うごとに1万円を「認定NPO法人児童虐待防止全国ネットワーク」へ寄付。使用するグラブにも同活動のシンボルマークを刺しゅうし、1年間を戦い抜いた。
その結果、レギュラーシーズンでは前述の227、ポストシーズンでは22の三振を積み上げ、計249奪三振。249万円を同団体に寄付した。
年が明けた1月、福岡・筑後で自主トレを行う千賀本人に、チャリティー活動を行う意味と、そこから何を伝えたいのかを聞いた。
「僕自身、以前からチャリティー活動を通じて何かやれることはないかとずっと考えてきました。プロ野球選手としてキャリアも積んできましたし、ありがたいことにお金も頂けるようになった。とはいえ、日本にもいろいろな団体がある。そんなときにプロ野球選手の社会貢献活動を応援するBLFさんを紹介していただき、そこを介してオレンジリボン運動への支援を行うことにしたんです」
BLF(ベースボール・レジェンド・ファウンデーション)とは「野球で、人を救おう。」を合言葉にプロ野球選手、球団の慈善活動をサポートするNPO法人。千賀以外にも則本昂大(東北楽天ゴールデンイーグルス)、吉田正尚(オリックス・バファローズ)、角中勝也(千葉ロッテマリーンズ)といったプロ野球選手がBLFを通じてチャリティーや寄付活動を行っている。
千賀本人が語るように、一言で「チャリティー」といっても全国には支援を必要とするさまざまな団体、活動がある。その中で選んだのが「児童虐待防止」を目指すオレンジリボン運動だった。
2児の父親として… 自分にとって身近な問題に関わりたい
「僕自身、今は2人の子どもを持つ親でもあります。支援するのであればやはり、自分自身にとっても身近な問題を扱いたいと思いましたし、ちょうど東京で起きた子どもの虐待のニュースを見たタイミングでもありました。それ以外にも最近は虐待のニュースが多いですよね。ああいう報道を見ると、やはり悲しくなるし、そういう子どもが少しでも出ないように……そんな思いが、支援の一番の決め手になりました」
グラウンドを離れれば、2児の父親でもある。今はまだ幼い子どもたちとは、シーズン中であっても「できるだけ一緒にいる」という。
「遠征中はどうしても家を空けてしまうので、福岡にいるときはなるべく一緒にいようと意識していますね。もちろん、極力右腕は使わないとか、そういうことも考えますが、じゃあ絶対に使わないかと言えばそんなことはない。そんなことで怪我をしてしまうような鍛え方はしていないですし(笑)。ひとりで出かけることもほとんどありません。もう少し大きくなったら叱らなければいけないことも増えると思うんですけど、今はまだのびのびと。おかげで、元気に、やんちゃに育っています(笑)」
「子育て」をリアルタイムで経験しているからこそ、世の中にあふれる「児童虐待」のニュースに心を痛めている。
「各家庭の問題なので、正直難しいとは思います。でもやはり、自分が親になってその気持ちが分かるようになったからこそ、『なんでだろう』という思いは持ちます。もちろんそれは、僕自身が両親に愛情を注いでもらって育ったからという部分もある。親から虐待を受けた経験がある子どもの方が、実際に親になったときに手を上げてしまうケースが多いという話も聞きますし……。自分の中で『当たり前』だった環境が、他の人にとってはそうではないというのも、理解しているつもりです。でも……」
児童虐待について語る千賀は、一呼吸置いてからこうつぶやいた。
「それでも、『やるなや』とは思いますね」
それまで言葉を選びながら話をしてくれた千賀だったが、この一言には明らかに悲しみと、「怒り」がにじんでいた。
自分のことばかりが優先される風潮に、少しでも何か伝われば…
子どもへの虐待問題に限らず、現代社会はどこか「自己優先主義」の風潮が強くなりつつある。親であっても、子どもより自分を優先してしまう。そんな流れを、千賀自身も敏感に感じている。
「自分が一番、という人は増えてきているのかなとは思います。僕らの世代はよく『ゆとり世代』と呼ばれることが多いですが、そういう世代が今、小さな子どもの親になっている。自分で考えてやれと言われてきた世代だからこそ、ちゃんとしている人がいる一方で、そうでない人がいる。そういう傾向は強いのかなと思いますね。自分の頭の中でしっかりと考えて、自分自身と対話できない人が増えてきた。だから先のことを考えられなくて浅はかな行動に出てしまう。そういうことは、やっぱりあるのかな……」
もちろん、「ゆとり世代」をひとくくりにして否定したいわけではない。ただ、親になった以上はそこに間違いなく責任が生じる。プロ野球選手、アスリートがチャリティー活動をすることで、何かを感じ取ってほしい。そんな思いがある。
「僕自身、まだ親になって日が浅いですし、大げさなことも偉そうなことも言えません。でも、こういう活動をすることで、少しでも『こんな活動があるんだ』と知ってもらえればと思います。他人に対して『変われ』なんて言えないです。でも、知ってもらうだけでも意識してくれる人が現れたり、誰かに影響を与えられる可能性がある。それがある以上、この活動はこれからも続けていきたいと思っています」
2019年は249もの三振を積み上げた千賀滉大。当然、活動を継続する2020年も高みを目指すことになる。
「とはいえ、1年目からちょっと『出来過ぎだな』という気はしているんですけどね(笑)。自分でハードルを上げてしまった。ただ、シーズン200奪三振は常に意識していますし、ポストシーズンも含めたら当然それより上の数字を目指さなければいけない。この数字はモチベーションというよりは自分自身で『やらなければいけない』こと。三振を奪うことは野球選手として僕の強みでもありますし、それをこういう活動につなげられているので、今季も一つでも多く奪えるように、オフ、キャンプとしっかりと過ごしていきたいと思います」
<了>
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PROLILE
千賀滉大(せんが・こうだい)
1993年1月30日生まれ、愛知県蒲郡市出身。2010年ドラフト育成4位で福岡ソフトバンクホークスに入団。2016年から1軍先発投手として定着し、2017年から日本シリーズ3連覇に貢献。落差の大きなフォークを武器に、日本球界を代表する投手へと成長を果たした。最高勝率(17年)、最多奪三振(19年)、ゴールデングラブ賞(19年)などの個人タイトル受賞。2017年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ベストナインに選出。2019シーズンよりオレンジリボン活動支援を始め、1奪三振につき1万円を寄付している。2020年東京五輪での活躍が期待されている。
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