一流選手に求められるパーソナリティとは? ドイツサッカー界の専門家が語る「実行に移せる能力」の高め方
欧州において重要視される「パーソナリティ」とは、日本でいう「人間性」とは少し意味合いが異なるのだという。では欧州サッカー界で成功するためにも不可欠だといわれるこのパーソナリティとはいったいどういうものなのか? ドイツサッカー界に身を置く専門家が語る、人として成長し、サッカー選手として成功するために必要な素質とは?
(文=中野吉之伴、写真=ロイター/アフロ)
欧州において重要視される「パーソナリティ」とは?
欧州では「大人になる」「社会に出て一人前になる」ための一つとして、「パーソナリティ」を育むことが大切だといわれている。
欧州におけるこの考え方は、日本では「人間性」と訳されることが多いのではないだろうか? では、私たち日本人が考えている「人間性」と欧州での「パーソナリティ」は本当に一緒なのだろうか? もし違いがあるとしたら、そこからどんな気づきを得られるのだろうか?
日本人の指導者グループをアテンドして、ドイツグラスルーツ指導者研修を開催したことがあった。ドイツ国内の日常を見てもらい、どこに違いがあり、どんなメリットとデメリットがあるかを肌で感じ、現地の人とディスカッションをする。ドイツの名門クラブ1.FCケルンの元育成統括部長クラウス・パプストにもレクチャーと質疑応答の時間を作ってもらえた。
そのなかでとても興味深いやり取りがあった。「パーソナリティを育むことが大切だ」とパプストが話したところ、参加者から「パーソナリティというものをどのように解釈し、どのように育むことができるのか?」という質問がぶつけられた。
みなさんだったらどのように考えるだろう?
「手を下げるか、ピッチから出なさい」と言う。なぜなら…
この質問に対してパプストは、「ちょうどケルン体育大学で行われた講義でも『パーソナリティとは何だ?』というテーマになったことがあるんだ」と切り出し、こんなふうに話してくれた。
「そこでまとめられた一つの解釈がこうだ。『パーソナリティとは、自分でやろうという意志あることを実行に移せる能力』のこと。選手がやるべきことを誰かにゆだねるわけではなく、周囲の誰かが指示を出して実行させるわけでもない。その人自身がどうあるべきか、何をすべきかを明確にして、それを自分自身で実行しようとするかどうかが大事なんだ」
この答えを聞いて、日本人グループは驚いていた。私たちは人間性やパーソナリティの話になると、「時間を守る」「整理整頓をする」「あいさつをきちんとする」というような“行為”に答えを求めようとする傾向がある。もちろんそうした行為を通して人としてのあり方を最適化し、社会に出ても恥ずかしくない大人としてやっていける下地を作り上げる狙いがあるのは重々承知だ。
そのうえで、自分はどうありたいのか、そのためにどんな自分であるべきなのか。この部分がフワフワしているとそれぞれの行為が本当の意味で習慣化されないことがある。日本の育成年代の強豪チームであいさつや整理整頓を口うるさく言われ、“自主的に”そうした行為を大事に取り組んでいたはずの子どもたちが、そのチームの所属を離れた瞬間、あいさつをしなくなる、周囲の迷惑を省みずに物を置くというケースがなくならないのはなぜなのか。さらに厳しく言われていたところほどそうした傾向が出やすい。
思いだけでもダメ。行為だけでもダメ。だから「意思表示に対するアプローチが大事なんだ」とパプストは主張する。 「例えばだけど、サッカーの試合でも練習でも、ちょっとうまくいかないことがあると両手を挙げて不満を表す子がいる。でもそうすることで何が変わるだろう? 意思表示と放棄は違うんだ。私はそうした子たちに、『手を下げるか、ピッチから出なさい』と言うんだ。なぜなら、それは自分でなすべきことを実行する意欲がないことの表れでしかないからだ」
自分が流れを作れるような人間になるために
元ドイツ代表DFで指導者として活躍しているルーカス・シンキビッツはこのように話していた。「人というのは集団になると一人の時には決してやらないことでもやってしまうことがある」と。
「一人一人はとても親切で社会性もある子たちなのに、集団になると気持ちが強くなってしまう。ある子どもたちの試合で相手チームがかなり挑発してきたことがあった。グラウンド周りにある広告バナーをバンバン叩いてあれこれ叫んでいる。僕は思わずその中の一人の子どもに話しかけたんだ。『それをやってお金でももらえるのかい? いったいそれは何のためにやっているんだ? 雰囲気を出すため? 本当にその雰囲気が君の求めているものなのか?』って。黙って考え込んでいたよ。一人だったら絶対にしない行為だろう。ダメなことだということもわかっているはずだ。でもグループになったらなんで行き過ぎた行動をしてしまうんだ? 一人だろうが、グループだろうが、ダメなことはダメ。そしてそれを指摘してあげる大人が必要なんだ。気をつけないとそうなってしまうことを子どもたちは自分自身で知らなければならないし、互いに注意し合えないといけない」
誰かがやっていた。あの子もやっている。それをスケープゴートに「だから自分がやっても大丈夫」という思いは誰にだって生まれるものだ。でも、そのままでいいわけがない。流されることだけではなく、自分が流れを作れるような人間になるために、何ができるかを考えていきたいではないか。
そう考えると「目標を定めて新しいチャレンジをする」というのも、まさにパーソナリティを育むプロセスで極めて重要なポイントになる。
鎌田大地、岡崎慎司、遠藤航の共通点
なすべきことが何かを考えて、それを実践するためにどうしたらいいかを考えて、具体的に行動へ移す。そうした機会を育成期から大事にしたいものだ。
欧州で活躍する日本人選手には総じて、「自己肯定」をベースにした「自己分析」があり、同時に「自己批判」を怖がらないという傾向がある。そこで生じた課題への取り組みをどのように行うかを「自己決定」して、勇敢にチャレンジを繰り返すから、次のステージへとたどり着いていく。これは偶然ではないはずだ。
日本代表MF鎌田大地がフランクフルト時代にこんなことを言っていた。出場機会が激減し、ようやく巡ってきたチャンスで好プレーを披露した試合後のコメントだ。
「『なぜ出れない?』という疑問はすごくあった。ただサッカー選手なので、文句だとか愚痴だけじゃなくて、出た時にピッチで表現できないとダメ。一つ難しい山を越えられた」
元日本代表FW岡崎慎司は「試合に出られない時こそ自分に矢印を向けて、自分の成長と向き合うことが大事」と話していたし、日本代表キャプテンの遠藤航にしても、ブンデスリーガ2部(当時)シュツットガルト移籍当初に監督の構想になかなか入れなかった時期があった。それでも「僕はあきらめなかった。毎回のトレーニングで自分のベストを出し続けていったら、いつかチャンスを得ることができると言い聞かせていましたね。そうしてポジティブな気持ちを持ち続けていました」と後に振り返っていた。
「どんな人間、選手でありたいのか?」という理想像を常に持ち、なすべきことをなすためにやれる限りのことをしていたのだ。そのなかには、チームメイトやスタッフへの礼儀正しい振る舞いやフレンドリーな態度、時間厳守、片づけや整理整頓、用具への気配りという“行為”も含まれている。これこそが一流に求められる“パーソナリティ”ではないだろうか。
トニ・クロースの立ち振る舞い
欧州プロサッカーの試合では自分やチームのことだけではなく、外的要因として試合に勝とうとしたたかに立ち回る相手選手や、観客からの圧力、納得できない審判の判定、メディアによる度を越した報道だってあったりする。
そんななかでも周りに流されず、自身のプレーを最大限に発揮できる選手として、パプストは昨季限りで引退した元ドイツ代表トニ・クロースの名前を挙げた。ドイツ・ミュンヘンで行われたUEFAチャンピオンズリーグの試合で、自国の古巣バイエルンを相手にレアル・マドリードの中心選手として凱旋したときのエピソードだ。
「クロースの落ち着きぶりは本当にレベルが違う。コーナーキックでボールをセットしに行くときに、スタジアム中がブーイングをしていても、まったく気にしていない。何もブレていない。普段通りにボールをセットして、最高のボールを味方に届ける。終始、自分のリズムを崩さずプレーして、最高レベルのスルーパスで得点をおぜん立てしたんだ」
レアルでプレーする世界トップクラスの選手たちでさえ「クロースは心拍数がずっと変わらない」と驚愕するほど、その実践力は素晴らしいものがあった。みんながみんなクロースの域まで到達できるわけではないが、そんなクロースの立ち振る舞いからも見習えるものはあるはずだ。
パーソナリティとの向き合い方。ちょっと立ち止まって考えてみるのはいかがだろうか?
<了>
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