
「あしざるFC」が日本のフットサル界に与えた気づき。絶対王者・名古屋との対戦で示した意地と意義
一際目立つカラフルなユニフォームがグリーンアリーナ神戸を躍動した。2月23日に開催されたJFA 第30回全日本フットサル選手権大会の1回戦。チャンネル登録者数288万人を誇る人気YouTuber「あしざるFC」がジャイアントキリングを起こして1回戦突破を果たした。話題性あふれるメンバーが集う彼らが日本で最も歴史のあるフットサル大会に出場し、2回戦で絶対王者・名古屋オーシャンズと対戦した意義とは?
(文・撮影=河合拓)
あしざるFCのF2チーム撃破はジャイアントキリングではない?
日本で最も歴史のあるフットサルの全国大会である全日本フットサル選手権が、今年も2月22日に開幕した。全国各地の予選を勝ち上がってきた20チームに加え、Fリーグ・ディビジョン1の12チームが加わり、全32チームのトーナメント戦で競われる。プロとアマチュアが垣根なく頂点を目指す、サッカーでいえば天皇杯にあたる大会だ。
この大会に大きな注目を集めるチームが勝ち上がってきた。現在チャンネル登録者数288万人を超える人気YouTuberの「あしざるFC」だ。あしざるFCは全日本フットサル選手権の岩手県大会で優勝を果たすと、続く東北大会でも激闘を制し、東北第1代表として本大会出場を決めた。
1回戦であしざるFCは、Fリーグ・ディビジョン2(F2)で3位となったヴィンセドール白山と対戦した。サッカーの天皇杯でも、アマチュアのチームがJリーグのチームを破ることはあるが、あしざるFCも5-3で白山を破るジャイアントキリングを起こした。
ただし、白山を含めたF2のクラブはF1のクラブと異なり、本大会出場は保証されていない。全国の地域予選を戦って出場権を得なければいけなかったため、デウソン神戸、マルバ水戸FC、広島F・DOのように地域予選で敗れて、本大会に出場できなかったクラブもある。その意味ではセミプロのF2クラブが地域リーグ以下のクラブに敗れることは、Jクラブがアマチュアのクラブに敗れるほど珍しいことではない。
しかも、YouTuberのあしざるFCとして活動をしているFPのぶくん(水田伸明)、FPダンガンくん(佐々木諒)、FPつばさ(小島翼)の3人は、数年前までFリーグでプレーしていた選手であり、その他の選手たちもほとんどがFリーグ経験者だ。なかにはFP田村佳翔のようにフットサル日本代表経験者やGK鈴木陽太、FP大徳政博、FP田中奨らF1経験者もいて、白山の選手たちより上のカテゴリーでプレーしていた者も多い。それだけに、これをジャイアントキリングと表現するのは不公平なのかもしれない。

「100%名古屋が勝つと思う。でも……」絶対王者と戦う意義
それでも白山の選手たちにとって、この敗戦はショックだっただろう。試合後に涙を流す者もいたし、ロッカールームでのミーティングは1時間以上にわたった。週6日2時間のトレーニングをしている白山に対し、あしざるFCを構成しているのは、3人のインフルエンサーに加え、結婚リアリティーショーに出演していた守護神、不動産社長、現役ソサイチ選手、心肺停止を経験した元プロ選手といった話題性あふれるメンバーだ。何より、あしざるFCがフットサルの練習をしているのは週に3回。しかもメンバー全員が集まって強度の高い練習ができるのは週に1回だけ。そんな相手に自分たちの土俵で負けたのだから、日常の活動の意義を考えさせられたはずだ。
一方、白山に勝ったあしざるFCは、2回戦でF1の名古屋オーシャンズと対戦する機会を得た。名古屋は2007年に開幕したFリーグで、18シーズンのうち16シーズンを制してきた日本最高のクラブであり、「絶対王者」と呼ばれている。ほぼ全員がフットサル日本代表経験者であり、外国籍選手もスペイン代表やブラジル代表経験者。Fリーグ優勝を逃した直後でチームの状態はお世辞にも良いとは言えない状況だが、実力差は明らかだった。
白山戦で1得点3アシストした田村は、多くの観客の前で試合ができたことについて「マジで幸せですね。あいつらのすごさをやっぱり感じます」と言い、あしざるFCの3人に対して「彼らは彼らで本当にFリーグのことも、フットサル界のことも、めちゃくちゃ考えてやってきたと思う。いろんな意見があったり、いろんなことを言われたりしますが、僕は最大限に彼らをリスペクトしますし、それを示すために僕ができるのはピッチで結果を出すこと。そうできるように今は頑張っています」と、チームメイトへの感謝とリスペクトを口にした。
そして、その集客力が未来につながることにも期待した。「100%名古屋が勝つと思うし、圧倒的な実力差が実際にあると思うので、難しい試合になると思います。でも僕個人としては、これだけ多くの人が来てくれて、見てくれて、本物の(日本代表FPの)清水和也だったり、(元スペイン代表FPの)アンドレシートだったりを見てもらえた。オレを見にきてくれた子もいると思うんだけど、『え? あいつより全然すごいじゃん』『名古屋ってすげー』『Fリーグってスゲー』って、もし見ている子や視聴者がそう反応してくれて、それでFリーグの観客が増えるんだったら、すごくいいことだと思う。もちろん噛ませ犬にはなりたくないから、死ぬ気でやるし頑張りますよ。けど、Fリーグが盛り上がる一つのきっかけになったらなと思っています」と、2回戦で格上の相手と戦う意義を語った。
翌日に行われた名古屋戦では、力の差を見せつけられて1-6というスコアで大敗した。のぶくんは「あしざるFC」のファンに、名古屋という国内で2つしかない完全プロクラブの強さを見せたことに喜びつつも、「シンプルに悔しい。ここでずっとFリーグのトップに君臨し続けてきた名古屋オーシャンズと戦って、自分たちの今の立ち位置もすごくわかったし、今後はもっともっと競技力のところ、チームとしての強さ、フットサルとしての強さを伸ばしていくことが課題として、よりわかったので。この結果を真摯に受け止めて、今後の活動にも生かしていきたい」と、唇をふるわせながら敗戦を悔しがった。

熱心なファンからは「Fリーグを捨てた人たち」との認識も
「あしざるFCはエンタメ系のYouTuber」という認識が強くなっているが、もともと、あしざるFCの前身の番組である「ドゥーチャンネル」を始めたのぶくんとダンガンくんは、F2の広島で競技フットサルに取り組んでいたアスリートだった。
かつて国立代々木競技場第一体育館が埋まるほど観衆を集めていたFリーグは、どんどん人気が低迷している。しかも広島は注目度の低いF2のクラブ。彼らが初めて立った2019-20シーズンのF2リーグ第1節のトルエーラ柏戦の観客数は410人だった。競技フットサルの認知度を高めるため、彼らは「ドゥーチャンネル」をスタートさせ、2022年4月から「あしざるFC」としてYouTubeやTikTokでの活動をスタートさせていった。
チャンネル登録者数を伸ばしていったあしざるFCだったが、Fリーグは試合の配信に制限も多い。そこでのぶくんはFリーグから離れて東京に移住し、インフルエンサーとして活動をしていく決断を下す。その後、のぶくんら3人は関東1部リーグのファイルフォックス八王子に加入したが、2023-24シーズンに退団。現在はリーグ戦には参戦せず、自分たちで主催する「F GAME」を主戦場としている。
こうした流れがあることから、Fリーグの熱心なファンには「あしざるFCはFリーグを捨てた人たち」「フットサルをエンタメにしている人」という認識がついた。今回、全日本フットサル選手権に出場することになった時も、彼らには「競技フットサルを捨てたくせに」「真剣にフットサルをしている人たちの邪魔をするな」という厳しい声も届いたという。だが、彼らはFリーグを捨てたのではない。Fリーグを含めた競技フットサルを、これまで以上に盛り上げるために、自分たちが名前で人を呼べる人物になるために、悩み抜いた末に決断して行動しているのだ。
ダンガンくんは「僕たちはできるだけエンタメを使って、いろんなお客さんを巻き込んでいく。もちろん(フットサルの)質も高めないといけない。今いるメンバーは本当に質が高いので感謝しています。でも、正直、フットサルの技術や質だけを高めても、お客さんは増えないと思っていて、あしざるFCはフットサルだけじゃなくて、歌を歌ったり、YouTubeで配信をしたりして、フットサルに興味のない人が『この人たちの試合を見に行きたい』、そして、『フットサル面白いな』と思ってもらえるようにという形でやってきました」と説明する。

「フットサルを日本一のスポーツにする」あしざるFCの使命
エンタメを武器に活動していった彼らは、さらに加速度的に知名度を高めていった。そして2024年にはFリーグのオールスターゲームのエキシビションマッチに参戦。さらにルヴァンカップの決勝である名古屋グランパスとアルビレックス新潟戦に向けてJリーグともコラボした。
現在Fリーグの公式YouTubeチャンネルの登録者数は9600人ほど。そんななか、チャンネル登録者数が288万人まで増えたあしざるFCが、どれだけの観客を集められるかは、今大会の一つの注目ポイントだった。つばさは「自分たちが主催するF GAMEもあったので、全日本フットサル選手権の告知があまりできなかったのは反省点」と語ったが、1回戦のFリーグ・ディビジョン2のヴィンセドール白山戦には850人の観衆が集まった。
メジャースポーツと比較すれば、小さな数字だろう。だが、過去3大会、神戸で開催された1回戦の最多観客動員数は2024年が350人、2023年が408人、2022年は183人であり、今年の1回戦は例年の倍以上の観客が訪れているのだ。彼らがFリーグに留まっていたら、おそらくこのような数字にはならなかっただろう。あしざるFCが1回戦を勝ち上れるかが不透明だったこともあってか、2回戦の名古屋戦には1回戦の白山戦ほど多くの観客は集まらなかったが、それでも700人以上が会場に集まっている。そして彼らがYouTubeで配信した試合の様子は、試合3日後の時点で再生回数が7万7000回を越えている。
キャプテンののぶくんは「僕たちはエンタメというふうに見られがちではあるんですけど、やっぱり自分の大好きな『競技フットサル』をより多くの人に届けたいというのが、立ち上げの時からずっと思っていることなんです。フットサルを日本一のスポーツにするというのは、決してエンタメだけじゃなくて、このバチバチのフットサルを見せることも、子どもたちが今日の試合や僕たちのやっているF GAME、ガチでフットサルをしている姿を見て『このピッチに立ちたいな』って思ってもらえるようにすることも、自分たち『あしざるFC』の使命だと思っています」と言う。
そして「今回も、初めてフットサル観戦をした人もたくさんいたと思うんです。名古屋オーシャンズっていう素晴らしいフットサルチームのことも知ってくれたと思います。そういう部分でも今日、この試合ができたことはフットサル界にとって大きな価値があることだと思います。悔しい、めちゃくちゃ悔しいですけど、再戦できる時には、絶対に勝てるようにまたチームを作り直していきたいなと思っています」と、将来のリベンジを誓った。

あしざるFCが日本のフットサル界に与える気づき
もう一つ、あしざるFCが新たに気づかせてくれたことがある。彼らは神戸会場で、自分たちのグッズ販売をしていたのだ。試合後にはグッズを購入してくれたファンと一緒に、写真撮影をするサービスもあった。
これまでFリーグのクラブが全日本フットサル選手権の会場で、グッズを販売しているのを見た記憶がなかったため、そもそもグッズ販売が可能であることも把握できていなかった。あるFクラブの関係者も「そんなことできるんだっけ?」と話していたが、同じJFA主催の天皇杯ではJクラブのグッズが販売されているのだから、全日本フットサル選手権でFクラブのグッズが販売できない理由はないだろう。
大きな段ボール8箱分のグッズを作って持ち込んでいたあしざるFCほど、Fリーグ各クラブのグッズが売れるかは不透明だが、多くのファンが集う、シーズン最後の大会をビジネスチャンスとして生かさない手はないだろう。
競技フットサルに携わる人たちに、さまざまな刺激や気づきを与えることになったあしざるFCの全日本フットサル選手権参戦。将来、彼らはまた全日本フットサル選手権に戻ってくるだろう。その時にあしざるFCは、どれほどの規模になっているか。Fリーグや所属各クラブ、日本のフットサル界はどのように発展しているだろうか。
<了>
8年ぶりのW杯予選に挑む“全く文脈の違う代表チーム”フットサル日本代表「Fリーグや下部組織の組織力を証明したい」
「集客なくして、演出はない」Fリーグ改革を推進するキーマン2人が語る、日本フットサルの現在地
フットサルがサッカーの育成に有効な3つの理由 イタリア代表監督が語る「意外な価値」とは?
「きっかけは浦和レッズサポーターとの会話」那須大亮がYouTubeで紡ぐ“想い”の価値
[インタビュー]ダルビッシュ有が「YouTuber」を始めた理由とは?「野球でもYouTubeでも、成功の原理は応用できる」
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「僕のレスリングは絶対誰にも真似できない」金以上に輝く銀メダル獲得の高谷大地、感謝のレスリングは続く
2025.03.07Career -
「こんな自分が決勝まで…なんて俺らしい」銀メダル。高谷大地、本当の自分を見つけることができた最後の1ピース
2025.03.07Career -
川崎フロンターレの“成功”支えた天野春果と恋塚唯。「企業依存脱却」模索するスポーツ界で背負う新たな役割
2025.03.07Business -
なぜJ1湘南は高卒選手が活躍できるのか? 開幕4戦無敗。「入った時みんなひょろひょろ」だった若手躍動の理由
2025.03.07Opinion -
ラグビー山中亮平を形づくった“空白の2年間”。意図せず禁止薬物を摂取も、遠回りでも必要な経験
2025.03.07Career -
張本智和が世界を獲るための「最大の課題」。中国勢のミート打ちも乗り越える“新たな武器”が攻略のカギ
2025.03.04Opinion -
Jクラブ最注目・筑波大を進化させる中西メソッドとは? 言語化、自動化、再現性…日本サッカーを強くするキーワード
2025.03.03Training -
久保建英の“ドライブ”を進化させた中西哲生のメソッド。FWからGKまで「全選手がうまくなれる」究極の論理の正体
2025.03.03Training -
新生なでしこ「ニルス・ジャパン」が飾った最高の船出。世界王者に挑んだ“強者のサッカー”と4つの勝因
2025.03.03Opinion -
Bリーグは「育成組織」と「ドラフト」を両立できるのか? 年俸1800万の新人誕生。新制度の見通しと矛盾
2025.02.28Business -
「ドーピング検査で陽性が…」山中亮平を襲った身に覚えのない禁止薬物反応。日本代表離脱、実家で過ごす日々
2025.02.28Career -
「小さい頃から見てきた」父・中澤佑二の背中に学んだリーダーシップ。娘・ねがいが描くラクロス女子日本代表の未来図
2025.02.28Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
なぜJ1湘南は高卒選手が活躍できるのか? 開幕4戦無敗。「入った時みんなひょろひょろ」だった若手躍動の理由
2025.03.07Opinion -
張本智和が世界を獲るための「最大の課題」。中国勢のミート打ちも乗り越える“新たな武器”が攻略のカギ
2025.03.04Opinion -
新生なでしこ「ニルス・ジャパン」が飾った最高の船出。世界王者に挑んだ“強者のサッカー”と4つの勝因
2025.03.03Opinion -
ファジアーノ岡山がJ1に刻んだ歴史的な初勝利。かつての「J1空白県」に巻き起ったフィーバーと新たな機運
2025.02.21Opinion -
町田ゼルビアの快進撃は終わったのか? 黒田剛監督が語る「手応え」と開幕戦で封印した“新スタイル”
2025.02.21Opinion -
ユルゲン・クロップが警鐘鳴らす「育成環境の変化」。今の時代の子供達に足りない“理想のサッカー環境”とは
2025.02.20Opinion -
プロに即戦力を続々輩出。「日本が世界一になるために」藤枝順心高校が重視する「奪う力」
2025.02.10Opinion -
張本美和が早期敗退の波乱。卓球大国・中国が放つ新たな難敵「異質ラバー×王道のハイブリッド」日本勢の勝ち筋は?
2025.02.10Opinion -
女子選手のACLケガ予防最前線。アプリで月経周期・コンディション管理も…高校年代の常勝軍団を支えるマネジメント
2025.02.07Opinion -
前人未到の高校女子サッカー3連覇、藤枝順心高校・中村翔監督が明かす“常勝”の真髄
2025.02.06Opinion -
一流選手に求められるパーソナリティとは? ドイツサッカー界の専門家が語る「実行に移せる能力」の高め方
2025.02.03Opinion -
高校サッカー選手権で再確認した“プレミアリーグを戦う意義”。前橋育英、流経大柏、東福岡が見せた強さの源泉
2025.01.20Opinion