森保ジャパンの新レギュラー、右サイドバック菅原由勢がシーズン51試合を戦い抜いて深化させた「考える力」
今年3月に船出した森保ジャパンで、右サイドバックに定着した菅原由勢。人懐こく物怖じしない性格でムードメーカーも担う23歳は、オランダの名門AZで成長を遂げ、2022-23シーズンはクラブとA代表を合わせて51試合に出場。冬の移籍市場でリバプール、ベンフィカなどビッグクラブからの関心を集める菅原の原点と飛躍の軌跡、オランダに渡って5年目で描くステップアップに迫った。
(文=藤江直人、写真=なかしまだいすけ/アフロ)
長友佑都が担ったムードメーカーの後継者に。「ピッチ内外でチームのプラスになれたら」
歓声をあげながら三笘薫の背後から抱きつき、ピョンピョンと跳びはねてポーカーフェイスのウインガーを苦笑させる。冨安健洋を見つけるや「スーパートム。やっぱり世界のトムだよ」と褒めちぎる。
日本サッカー協会の公式YouTubeチャンネル「JFATV」で、随時公開されている日本代表チーム密着ドキュメンタリー映像の『Team Cam』のなかで、思わず微笑んでしまう場面があった。
ひときわ高いテンションで喜びを体現していたのは菅原由勢。敵地ヴォルフスブルクのフォルクスワーゲン・アレナに乗り込んだ9月9日の国際親善試合で、昨年のFIFAワールドカップ・カタール大会で敗れたリベンジを期してきたドイツ代表を、4-1の圧勝で返り討ちにした直後のひとコマだ。
もう何年も日本代表でプレーしているかのような馴染み方。しかし、菅原がコンスタントに招集されるようになったのは、今年3月に船出した第2次森保ジャパンからだ。ギャップをまったく感じさせない理由は、初対面の相手にも物怖じせず、それでいて明るく、ひょうきんな菅原の性格にある。
カタール大会を最後に招集されなくなった、長友佑都が担った日本代表のムードメーカーの後継者とも言える存在感を、菅原は意識して発揮している部分もある。エルサルバドル、ペルー両代表に連勝した6月シリーズ。菅原は「こう見えて馬鹿じゃないので」と苦笑しながらこう語っている。
「自分のキャラクターもありますけど、ピッチ上やピッチ外のところで、自分がどのようなキャラクターなのか、というのをみんながわかろうとしてくれているのもありますよね。ピッチ内とピッチ外で、常にこのチームのプラスになれたら、というのはずっと考えているので」 第2次森保ジャパンの初陣だった3月のウルグアイ代表戦からドイツ戦まで、菅原は5試合連続で右サイドバックの先発を射止めた。ターンオーバーで臨んだトルコ代表戦こそベンチで過ごしたが、酒井宏樹の後継者として森保一監督のファーストチョイスになったといっていい。
成長の原点になった悔しさ「あのミスから成長できたと言えるように」
ピッチの内外で不可欠な存在に成長させた最大の要因は、自身のキャラクターに言及したコメントのなかの「考える」にある。そして、原点のひとつとしてあげられるのが、インド東部の巨大都市コルカタのソルトレイク・スタジアムで、2017年10月に仲間たちと共有した悔しさとなる。
同年にインドで開催されたFIFA U-17ワールドカップ。グループEをフランス代表に次ぐ2位で突破した日本代表は、決勝トーナメント1回戦でイングランド代表と激突。両チームともに無得点のまま突入したPK戦で、全員が成功させたイングランドに3-5で敗れ去った。
最終的にイングランドは初優勝を果たした。準決勝でブラジル代表に、決勝ではスペイン代表に快勝。圧倒的な実力差で頂点に立った同世代の最強軍団に最後まで食らいつき、大会中で最も苦戦させた結果はしかし、菅原を含めた若き代表選手たちを満足させるものではなかった。
この大会で「7番」を背負い、攻撃陣の中核を担ったFC東京U-18の久保建英は、帰国直後にFC東京とプロ契約。16歳にしてプロ選手になった理由は、ワールドカップ前と同じ日常を過ごしているようならば、とてもじゃないがイングランドに追いつけないと痛感したからだ。
「この仲間たちと5年後、10年後に日本代表を背負って、一人でも多く一緒のピッチで戦いたい」
帰国後に久保が残した言葉は、菅原を含めた、他の22人の代表メンバーの合言葉になった。
迎えた2018シーズン。名古屋グランパスU-18の所属だった当時17歳の菅原は、2種登録選手としてJ1の舞台でプレー。高校3年生に進級した直後の4月にはプロ契約を結んで久保の背中を追っている。
翌19シーズン。考えるテーマが一気に、さまざまな方面へ広がった。
まず5月下旬からポーランドで開催されたFIFA U-20ワールドカップ。インドの地でU-17ワールドカップを戦ったメンバーからは、菅原を含めた6人がU-20代表へステップアップしていた。一方で出場資格のあった久保は一足飛びにA代表へ招集され、さらにデビューも果たしている。
話をU-20ワールドカップに戻せば、グループBを2位で突破した日本は決勝トーナメント1回戦で、この大会で準優勝した韓国代表に0-1で敗れた。後半39分に喫した決勝点は、右サイドバックとして全試合にフル出場していた菅原のパスミスが招いたものだった。
菅原は「あれから何カ月間も考えました」と、自らのミスに思いを巡らせている。 「国を背負う戦いで敗退させてしまった自分に、すごく責任を感じました。代表選手として自分のプレーはどうだったのか、と何度も考えました。それでも、その後も年代別の代表に継続して招集されるたびに、失敗を自分の今後へつなげていかなければいけないと、徐々にですけど前向きな気持ちになれました。あのミスがあったからこそ、自分はいまここにいる。そう思えるぐらいの気持ちというか、誰しもがミスをしたくないはずだし、いつまでもミスがフォーカスされる状況もよくないと思いますけど、それでもあのミスから成長できたと言えるようになりたい、と」
オランダの名門・AZを経てA代表へ。2人の大先輩から学んだもの
ポーランドから帰国してほどなくして、菅原は戦いの場をヨーロッパへ移した。名古屋からオランダ・エールディビジのAZへの期限付き移籍が発表されたのは19年6月18日。久保がFC東京からレアル・マドリードへ電撃移籍し、世界中を驚かせてからわずか4日後だった。
AZのセカンドチームを含めて公式戦で31試合に出場し、3ゴールをあげた1年目の実績をもって、契約に含まれていた買い取りオプションをAZ側に行使させた。2シーズン目から完全移籍へ移行した菅原は、新たに25年6月末までの5年契約を結んだ。
オランダを代表する名門との戦いを経験しながら、考える力がさらに深化したと菅原は言う。
「アヤックスやPSVといった強敵と対戦するたびに、たったひとつのミスが大ピンチになると何度も気づかされました。正直、ボールを持っているときこそ怖さがある。すごく大きな選手が前線に張るとか、あるいはめちゃくちゃ速い選手がサイドでずっと待っていて、そこへボールが入って簡単にやられてしまう。ボールを持っているときの危機管理こそが世界との差というか、試合を決定づける要素として一番大切だと思えたのも、オランダへ移籍してよかったと言える部分ですね」
20年10月にはA代表に初めて招集され、カメルーン代表戦の後半途中からデビューも果たした。ピッチの内外で初めて同じ時間を共有した、名古屋および名古屋のアカデミーの大先輩となる当時のキャプテン、吉田麻也の一挙手一投足を菅原は特に注視した。
「僕にとって、すべてにおいてお手本でした。ポジションは違いますけど、それでも次のプレーの選択や状況判断のレベルがずば抜けて高かったし、ピッチ外での立ち居振る舞いを含めて、サッカー選手としてだけでなく人としても一流だと肌で感じました。人としてどうあるべきかを麻也さんは体現していたし、麻也さんを見ているだけで自然と勉強になりました」
21年7月にはコロナ禍で1年延期された東京五輪が開催された。出場資格を有する00年6月生まれの菅原の前に立ちはだかったのが、年齢制限のないオーバーエイジの一人として森保監督に招集され、右サイドバックのポジションを争う形になった10歳年上の酒井だった。
最終的に酒井に押し出される形で、菅原は東京五輪に臨む22人のなかに入れなかった。それでも同年の6月シリーズから活動をともにした過程で、菅原は自分自身の現在地を確認できた。 「攻撃面の特長という部分で、酒井選手と似ていると僕は思っていました。サイドバックながらペナルティーボックス内へ入っていって、相手ゴール前で仕事をするところは僕の強みでもあるし、そこは負けてはいけないところでした。一方で守備面はまだまだ酒井選手に及ばないと思いましたけど、オランダでいろいろな選手と戦ってきたなかで、そこは成長を感じているところでもありました」
1シーズンで51試合に出場。深化した「考える力」
外から応援した東京五輪代表には久保だけでなく、ともにインドの地で悔しさと誓いを共有した谷晃生が守護神を拝命し、鈴木彩艶がゴールキーパーのリザーブに名を連ねていた。
そして、東京五輪が終われば、A代表だけに集中する状況が訪れる。菅原はカタール大会出場を決めた後の昨年6月シリーズで代表復帰を果たした。しかし、怪我で無念の離脱を余儀なくされ、代表メンバー発表前で最後の活動となった同9月シリーズには招集されなかった。
カタール行きをかけた戦いは、スタートラインにも立てなかった。しかし、AZでの戦いはワールドカップをはさんで続く。4位に入ったエールディビジ、ベスト4へ進んだヨーロッパカンファレンスリーグを含めて、菅原は22-23シーズン、実に47試合でピッチに立った。
自らの市場価値を一気に高めたシーズンで、4ゴール11アシストをマーク。第2次森保ジャパンでの戦いを含めれば、今年6月末までの1シーズンで51試合に出場した軌跡に菅原は胸を張る。
「試合に出れば出るほど成長できる、と僕は考えています。実際、昨シーズンはそれだけ出場したからこそ成長できた。成長できるかどうかの可能性は、自分次第だと僕は思っているので」
単純計算で週1試合のペースでプレーしてきたなかで、菅原は考える作業も怠らなかった。
「カンファレンスリーグを含めて強い相手と戦うことでいろいろなサッカーを知れるし、いろいろな考え方を吸収できる。そういった試合を無駄にしないように、特に大事な試合ではいろいろなものを収穫したいと思いながらプレーしているなかで、考える深みというものが増してきました」
こう語っていた菅原は、考え方の“深み”についてもこう説明してくれた。 「いろいろなサッカーを知ることですね。90分間を通してボールを持つ時間、持たない時間、カウンターが多い時間、あるいはイージーミスが続く時間などがあるし、それぞれの状況でどのようなサッカー、どのようなマインドでチームとしてプレーしていけばいいのか。さまざまな試合を経験していないと、そういうものもわからない。すべての経験が自分の糧になるし、もちろん代表チームにも当てはまる。目の前のひとつひとつを絶対に無駄にしないように、という意識で臨んでいます」
目標試合数は「60」。森保ジャパンで確固たる居場所を築くために
熟慮を重ねるなかで、右サイドバックのファーストチョイスになった第2次森保ジャパンで、自らの居場所をより鮮明に築いていくためのイメージもできあがりつつある。
「代表だと前線の選手たちが本当にスペシャルなので、彼らをどのように生かしながら僕の強みを混ぜ合わせていけばいいのか、ということしか考えていないですね。攻撃的な部分を強みとして考えている以上は、やはり数字がほしい。そう思えるのは、まだまだ力が足りない証拠だと思っています。もっと、もっと深みのある考え方ができたら、と思っています」
三笘薫や伊東純也に象徴される、突出した個の力で局面を打開できる前線の選手たちのなかには、もちろんスペインリーグを席巻中の久保も含まれる。6年前にインドでの戦いを経験した中村敬斗も第2次森保ジャパンの船出から継続的に招集され、出場3試合で3ゴールをあげている。
A代表での共演こそないものの、谷と鈴木も今夏からヨーロッパへ新天地を求めた。同じくインドでともに戦った小林友希と鈴木冬一も、谷や鈴木よりひと足早くヨーロッパへ旅立っている。
「それぞれのキャリアのなかで、全員が全力を尽くしている。誰がどこにいようが、みんなが上を目指している状況に変わりはない。みんなと刺激し合いながら、これからも戦っていきたい」
インドでの誓いを思い出しながら前を見すえた菅原は、今シーズンの目標試合数として「60」を掲げている。再びカンファレンスリーグに臨むAZに加えて、11月からは次回ワールドカップ出場をかけたアジア2次予選が始まるA代表でもフル稼働を続ければ、決して絵空事ではない数字だ。
ドイツ戦では伊東の先制ゴールをアシストし、欲しがっていた数字も初めて手にした。身長179cm体重69kgの体に攻撃的なセンスと鉄人の魂を同居させ、貪欲な向上心を常にたぎらせ、人懐こく物怖じもしない性格でどこにでも溶け込める23歳に対しては、ビッグクラブのリバプール、ポルトガルの名門ベンフィカが冬の移籍市場でリストアップしたとヨーロッパで報じられている。
<了>
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