
引退決意した山本脩斗、湘南で挑戦し続けた3年間「悔しい気持ちを持ちながら、やるべきことをやり続けた」
昨シーズン限りでの現役引退を表明した山本脩斗。J1通算277試合14得点。鹿島アントラーズ時代の2016年にはJ1&天皇杯優勝、2018年にはAFCチャンピオンズリーグ優勝を経験。2017年には日本代表にも名を連ねた。2021年から3年間プレーした湘南ベルマーレでは新境地のセンターバックに挑戦し、限られた出場時間のなかでもベテランとして存在感を示し続けた。山本自身が振り返る引退の決意、そして湘南での3シーズンとは?
(インタビュー・構成=原田大輔、撮影=佐野美樹、本文プレー写真=西村尚己/アフロスポーツ)
ベルマーレで過ごした3年間の挑戦
ジュビロ磐田、鹿島アントラーズ、そして湘南ベルマーレと、プロサッカー選手として過ごした16年のキャリアを終えた山本脩斗は言う。
「すべてがうまくいったわけではなく、苦しみや悔しさ、楽しみや喜びもあり、さらにはタイトルも獲ることができて、本当に幸せな16年間でした」
選手として飛躍したアントラーズでは、J1リーグ、YBCルヴァンカップ、天皇杯、さらにはAFCチャンピオンズリーグで優勝を経験した。35歳になって加入した湘南ベルマーレでは、3年間を過ごし、経験のある選手として、その背中でチームにプロとしての姿勢を示してきた。
引退を決断するに至った経緯やベルマーレで過ごした3年間の挑戦について語ってもらった。
契約満了と舞い込んだオファー。悩んだ末に出した結論は…
――2023シーズンをもって現役を引退しました。16年に及ぶプロ生活を終えるに至った背景や過程を教えてください。
山本:2023シーズンが終わった直後は、まだ選手を続けようという気持ちでした。自分の身体と、パフォーマンスも含め、あと1年は続けたいと思っていたんです。でも、湘南ベルマーレから契約満了を告げられ、現実を受け入れたときに、自分なりに今後について考える時間がありました。
そのタイミングで、故郷・岩手県で活動するグルージャ盛岡から、選手としてオファーをいただいて。鹿島アントラーズのOBでもある社長の秋田豊さんからも連絡をもらいましたし、地元というのも相まって、まだ選手としてプレーを続けたいという気持ちはゼロではありませんでした。
一方で、ありがたいことに、アントラーズからも、ベルマーレからも、フロントスタッフとして声を掛けてもらい、2週間近く、さらに自分の進退について考えました。
家族もいるので、最後の最後まで悩みに悩みましたし、相談した方もいましたけど、最終的には自分で考え、アントラーズのプログループで強化・スカウト担当という与えられた役割と内容に魅力を感じて決断をしました。
――選手としてもう1年やりたいという気持ちがあったなかで、故郷であるグルージャからオファーが届くというのは、心が揺れ動きそうですね。
山本:地元のクラブじゃなかったら、迷わなかったと思います。正直、3年前にベルマーレに加入するときは、いつ選手生活が終わってもいいという覚悟を持って移籍しました。日々の練習も含めて、これが最後だという感覚で取り組んできたので、決断した今は未練もなく、スッキリしています。

35歳での挑戦「センターバックとして勝負してほしいと」
――ベルマーレで過ごした3年間について聞かせてください。アントラーズからベルマーレに移籍したのは、年齢的に35歳になっていた2021年でした。
山本:アントラーズで過ごした最後の2年間はケガが多く、どこか消化不良でした。2019年になって筋肉系のケガである肉離れを6回くらい繰り返して、試合にもまったく絡めなかった。2020年は、新たな選手がチームに加わってきた状況で、また試合に絡めない日々が続きました。加えてコロナ禍になり、スタジアムでファン・サポーターの声を聞くこともできなかった。そこに悔しさとさみしさがあって、このままでは終われないなと。自分自身もまだまだやれる自信もあった状況で、最初に声を掛けてくれたのがベルマーレでした。
――再起を懸けるには、意欲的な若手選手も多いベルマーレは最適な環境だったのではないでしょうか?
山本:間違いないですね。自分自身のチャレンジですよね。アントラーズでは4バックの左サイドバックでプレーする機会が多かったですが、ベルマーレが3バックを採用していることもわかっていました。ベルマーレからは、その3バックのセンターバックとして勝負してほしいとも言われていたので、35歳という年齢で、新しいポジションにチャレンジをしようという気持ちで、ベルマーレに来たことを、今でも覚えています。
――いわゆるベテランと言われる年齢になってなお、前向きに新しいポジションにトライできた姿勢はどこから沸いてきたのでしょうか?
山本:サイドバックとセンターバックも、4バックと3バックも厳密に言えば大きく異なりますけど、DFとしてのベースは一緒だと考えました。もちろん細かいポジショニングに違いはありますが、そこは今までの経験も生かせるだろうと。あとは、サイドバックはさらに運動量も求められるので、年齢的にも体力的にもセンターバックのほうがいいのかなと、むしろ前向きに捉えていました。他には、センターバックのほうがサイドでプレーするよりも、相手からのプレッシャーが少なく、GKからボールを受けて自ら持ち出していくプレーに面白さも見出していました。ベルマーレの選手たちは、それぞれに個性があったので、そのなかで自分も違いを出せるのではないかと思える環境だったことも大きかった。
――その違いの一つは、経験値も含まれていましたか?
山本:年齢的にはベテランですけど、自分にも自分にしかない個性がある。それ以上にプレーや日ごろの練習の姿勢から感じ取ってもらえるものもあるのではないかと思っていました。
――選手としての姿勢や態度で示したものとは?
山本:自分の取り組みが正解かどうかはわからないけど、何かを感じ取ってもらえたらと。ベルマーレの選手構成を見ると、若手選手と経験のある選手はいるけど、その間の世代が少なかった。だから試合では、いい流れのときはいいけど、悪い流れになるとバタバタしてしまう傾向がありました。自分たちから崩れて、もったいない失点をすることも。
だから、自分としては、ボールを持ったときに落ち着かせる、守備時には声を掛け続ける。普段はそれほど口数が多いタイプではないですけど、試合中は周りにも言うので、そういった部分でしゃべりながら、チームも、ボールも動かしていく意識を持っていました。昨季は阿部(浩之)ちゃんや(小野瀬)康介のところでボールが落ち着き、かなり改善されましたけどね。
成長を感じた若手選手に共通していたものとは?
――一方で、若手選手も多いと語ってくれたように、在籍した3年間ではチームメートが成長する姿も見てきたのではないですか?
山本:マチ(町野修斗/現ホルシュタイン・キール)や(田中)聡は、自分が加入してすぐに、面白い、才能のある選手だなと思いました。
――引退後はアントラーズのプログループ(強化)にて、主にトップチームのスカウトを担当されるそうですが、その仕事につながる視点ですね。
山本:自分も今、話していて、それを実感していました。他にはおーちゃん(大橋祐紀/現サンフレッチェ広島)も一緒に過ごした3年間で大きく伸びた選手の一人でした。悩んでいた時期や何度もケガをして苦しんでいる時期もありましたけど、それでも芯の強さを感じて、個人的にも頑張ってほしいなと思っていた。昨季は開幕当初から好調で、途中、ケガもありましたが、13得点という結果を残したことは、自分のことのようにうれしかった。
――名前を挙げてくれた、町野選手、大橋選手に共通して感じた成長や変化はどこでしたか?
山本:一番は選手としての自信です。自信がつくと、プレーの幅が広がり、視野も広がっているのが、後ろから見ていてもよくわかる。それまでもみんな、いい特徴や武器、能力を持っているけど、余裕がないと、選択することができない。視野が狭いと、選択肢も限られますからね。これは選手だけでなく、すべての職業や事柄に当てはまるんじゃないですか。自分もアントラーズに移籍して、大きく自信をつかんだので、余計にわかります。

個人的に印象に残っている試合は「やっぱり…」
――ベルマーレで個人的に印象に残っている試合を教えてください。
山本:やっぱり、2022年のガンバ大阪戦(J1リーグ第9節)で、自分がゴールを決めて勝利した試合ですね。自分がゴールを取ったというのもありますけど、その年、リーグ戦でずっと勝てずにいて、アウェイでようやくつかんだリーグ戦初勝利でした。キャンプから内容もよくて、自分も周りも「今年は行けるぞ!」って思っていたなかで、なかなか勝てず、やっとの思いでつかんだ1勝でした。
――相手との競り合いに怖れることなく飛び込み、決めたヘディングシュートは、まさに山本脩斗の魂や姿勢を感じました。
山本:自分としては、純粋にボールに飛び込んだだけで、ヘディングしたあとに相手に当たられただけなんですけどね(笑)。チームが勝ててよかったのと、痛かったことも合わせて印象に残っています(笑)
――改めて振り返るベルマーレで過ごした3年間とは?
山本:ジュビロ、アントラーズでしてきた経験を生かしながら、さらに成長するためにチャレンジした3年間でした。この年齢でも日々成長を感じながら過ごすことができましたし、センターバックの中央でのプレーも含めて、最後の最後までいろいろなことに挑戦する機会を与えてもらったと感謝しています。
自分が何かをチームに残せたとは思っていないですけど、試合に出られない悔しさを持ちながらも、不満をこぼすのではなく、自分のなかにある基準を大事に取り組んできました。試合に出るためには、日々の練習で自分をアピールするしかないし、それが何かと言ったら、やっぱり一つ一つの練習の積み重ねでしかない。練習で自分のベースを上げて、練習や練習試合でアピールして、試合に出してもらうしかない。選手の起用を決めるのは監督だし、それはどこに行っても変わらない。監督に認めてもらって、こいつを使おうかな、使いたいなと思わせるしかなかった。
だから、自分は最後の最後まで、悔しい気持ちを持ちながら、やるべきことをやり続けてきた。その姿勢が、少しでもチームメートに伝わっていたらうれしいですね。
【連載中編】「引退した今、話そうと…」山本脩斗が語るジュビロ磐田への感謝。命の危険すらあった病気から学んだ姿勢
【連載後編】鹿島で経験した「タイトルを獲らなければわからない景色」。山本脩斗が振り返る7年間と思い描く未来
<了>
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[PROFILE]
山本脩斗(やまもと・しゅうと)
1985年6月1日生まれ、岩手県出身。サッカー・J1リーグ所属の鹿島アントラーズ強化・スカウト担当。元プロサッカー選手。盛岡商業高校、早稲田大学を経て、2008年にジュビロ磐田へ加入。2013年に鹿島アントラーズに移籍。2015年にナビスコカップ(現ルヴァンカップ)優勝、2016年にはJ1リーグと天皇杯で優勝を果たし、国内3大タイトルを制覇。2018年にはAFCチャンピオンズリーグも制覇。2021年に湘南ベルマーレに移籍。J1リーグ277試合14得点。2017年には日本代表にも選出されている。2023年12月に現役引退を発表。
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