
なぜラグビー日本代表は若手抜擢にこだわるのか? 大学生にチャンス拡大、競争の中で磨き上げられる若き原石
今年6月、9年ぶりに復帰したエディー・ジョーンズ ヘッドコーチ体制となっての初試合に、20歳の現役大学生・矢崎由高が先発に抜擢されたことが話題になった。しばらく現役大学生の登用のなかったラグビー日本代表にとって7年ぶりの快挙だという。復職以降、積極的な若手の起用がよく取り沙汰されるジョーンズ新体制だが、その真意はどこにあり、どのような効果が生まれているのだろうか。
(文=向風見也、写真=アフロ)
ジョセフ体制とジョーンズ体制の大きな“違い”
ラグビー日本代表は、今年になって学生選手とのつながりを深めている。
約9年ぶりに復職してエディー・ジョーンズ ヘッドコーチは、昨年12月の就任会見で宣言していた。
「日本ラグビーの基本は大学ラグビーだと思います。若者の育成に力を入れ、彼らのポテンシャルを最大化する努力をしたい。片手間ではできません。システムを作り上げ、高校、大学、プロと育つ仕組みを作りたいです」
昨秋まで約8年間続いたジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ体制下にあって、2018年以降に呼ばれた大学生選手はゼロだった。ジョセフは、高卒後にプロになる人の多いニュージーランドでキャリアの大半を費やしてきた。アマチュア選手を国際舞台にジャンプアップさせるのには、やや慎重になっていた。
かたやジョーンズは、日本の東海大学でプロコーチのキャリアをスタートさせている。複数国の代表を率いて結果を残す傍ら、旧トップリーグのサントリーでも職歴を有する。実力者が大学に進みがちだというこの国の歴史的背景を受け入れていた。
最初に日本代表を率いたのは2012年。以後4年間の第1次政権下でも、当時の学生を代表関連活動に招いていた。そのうち姫野和樹、坂手淳史、引退した福岡堅樹さんは、2019年の日本大会時に主軸として活躍した。
もともと日本ラグビーフットボール協会側も、ジョセフ退任後の新指揮官を選ぶ際には「高校、大学を広く見てくれる人」を求めると明かしていた。公募のプロセスを経て選任された指揮官が各地のキャンパスへ視野を広げるのは、自然な流れでもあった。
選手層の拡大に苦戦。若手のチャンスを増やすのが最善手
そもそも現日本代表は、長らく選手層の拡大に苦慮している。
2015年のワールドカップ・イングランド大会まではジョーンズの若手登用、2019年の日本大会までは国際リーグのスーパーラグビーへのクラブ派遣で実力者が経験値を積む流れを作っていたものの、スーパーラグビー事業は2020年までに撤退。実力者がステージアップを図る機会を減らしていた。
同年以降のパンデミックにも足を引っ張られた。
他の強豪国と比べ、厳しい出入国制限が敷かれていた。それもあってか2020年には、一つもテストマッチ(代表戦)がおこなえなかった。その年は、当時の代表候補が個別で走り込みをするにとどまった。ジョセフ体制を継続させて臨んだ2021年は、常連組を主としたチームの再構築に時間を割かざるを得なかった。
2022年には有力選手によるチームを二つ同時に運用するなど工夫を凝らしたが、2023年のフランス大会ではスコッドの平均年齢を「28.7」としていた(追加招集を含む)。
さらに第2次ジョーンズ政権2期目の2024年に至っては、そのフランス大会まで日本代表を引っ張ったメンバーの多くがケガの治療やオーバーホールのため活動を辞退。大幅な若返りは避けられなかった。
ジョーンズはこのように語る。
「2027年のワールドカップ(オーストラリア大会)でトップ4を目指す。それにはチームの再構築が必要です。2023年のメンバーは年齢を重ねている。若手を育てなくてはいけない」
中長期的な視野に基づいても、かつ目下の事情を鑑みても、若手のチャンスを増やすのを最善手としているわけだ。その延長線上で、複数の大学生に白羽の矢が立った。
大学生8人が代表や準代表の活動に参加して汗を流した
6月からのサマーキャンペーンでは、正スコッド、練習生の立場で計8人が代表や準代表の活動に参加した。8月下旬から参戦して準優勝に終わるパシフィック・ネーションズカップへも、計4人が事前の宮崎合宿で汗を流した。
さらに今春から、ジャパンタレントスコッド(JTS)というプログラムを立ち上げている。代表首脳陣が将来性のある大学生を定期的に集め、身体作りや代表の目指すプレースタイルについて啓蒙する。いわば予備校のような装置だ。
6月には、日本代表が合宿をしていた宮崎で第2回目のJTSを実施。ちょうど代表の主将に任命されていたリーチ マイケル、引退したばかりの田中史朗といったレジェンドたちが対面でスピーチした。
リーチはパワーポイントを用意して自主的に計画して動く勧めを解き、田中は対話主体でコミュニケーションの重要性を訴えた。
一時、「アマチュア」と区分されてきた大学生がプロ選手の多いナショナルチームに混ざる効果は、多岐にわたる。まず、当該の選手がグラウンド内外で知見を広げられる。
「矢崎由高は今後、30~40キャップ重ねる可能性がある」
早稲田大学2年の矢崎由高は、6月22日から非代表戦を含む6試合に続けて先発。9月に大学の方針でナショナルチームを離れるまでの間、「ボールキャリー(突破)のところ、オフ・ザ・ボール(ボールを持たない間)のコミュニケーションが少しずつよくなってきたかなと。一方でフィジカル(の劣勢)、スキルのミスが露呈。少しずつ直していきたいです」と、自らの強みが通じること、世界で戦うために伸ばすべきところを整理できた。
ジョーンズの見立てはこうだ。
「矢崎は今後、2027年までに30~40キャップ重ねる可能性がある。そう思うと、未来が怖いくらいの存在です」
7月までのサマーキャンペーンに参加した早大主将の佐藤健次も、出番こそ限られたものの刺激を受けた。先輩戦士の一挙手一投足に触れ、自らの行動を変えられた。
「プレーではボールを持っていないところの動きの質が上がりました。それ以外では食事、睡眠、身体のケアのすべてで意識が高くなりました」
ホテルでは、今年初代表にしてリーダー格の原田衛と同部屋となった。自身と同じフッカーの位置でレギュラー候補となっている原田には、驚かされた。
「衛さん、20時40分くらいにはもう寝ていました」
競争の中で磨き上げられていく若き原石
選出組のロールモデル化もメリットの一つだろう。永友洋司ナショナルチームディレクターは言う。
「エディーは、ここ(代表)に呼んだ選手を育てると同時に、彼らが各大学に帰って(周りを)引っ張ってほしいとも話しています」
JTSでリーチや田中の話を聞いた京都産業大学2年、石橋チューカは「自分の強み、弱みを知り、どんなトレーニングをしたらよりトップになれるのかを常に考えながら努力すること(の大事さ)を学びました」と話す。2月の代表候補合宿にも加わりパワーで課題を感じたことで、段階的にサイズアップを図ってもいる。
京産大は複数選手を代表やJTSに輩出している。廣瀬佳司監督は認める。
「練習へ取り組む姿勢、トップ選手が何をやっているかを学んで帰ってきてくれて、チームにいい影響を与えてくれています」
教わる側はもちろん、教える側にも刺激があるようだ。学生の混ざる日本代表の動きを見つめるスタッフの一人は、この主旨で呟いた。
「大学生が入ることで、リーグワン(国内最高峰)の選手も『しっかりプレーしなきゃいけない』と気を引き締めているような」
新鮮なスコッドを組むジョーンズは、質問をされたタイミングによっては「日本代表でプレーできる可能性のある選手は常に探している」といった主旨でも語る。今後は現在辞退しているワールドカップ経験者の復帰、これから代表資格を得る海外出身者の抜擢も見られるかもしれない。
つまりいまの若者は、期待されながらもやがて競争心を煽られてゆきそうなのだ。
次なるフェーズではどんな物語が生まれるだろうか。
<了>
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