なぜ日本人は凱旋門賞を愛するのか? 日本調教馬シンエンペラーの挑戦、その可能性とドラマ性

Opinion
2024.10.04

2024年10月6日、フランス・ロンシャン競馬場で行われる凱旋門賞。今年も日本馬の参戦が決定し、日本国内でも盛り上がりを見せている。出走するのはシンエンペラー。兄に凱旋門賞の勝ち馬ソットサスを持つ高額の良血馬だ。今年の日本馬の勝算と、多くの日本人が熱狂する凱旋門賞の正体とは。なぜ日本人は、これほどまでに凱旋門賞が好きなのか。少し不思議なほどの熱狂ぶりでもあるが、そこには、幾度となくチャレンジを重ねる中で生まれた名場面の数々という、一言では語り尽くせない、深い歴史と思い入れがある。

(文=本島修司、写真=PA Images/アフロ ※世界の強豪を相手に追い上げを見せたシンエンペラー[写真向かって左端])

第1のポイントは、芝への「適性」

シンエンペラーは、2022年8月14日、アルカナ社主催のドーヴィルセール1歳馬セールの2日目に210万ユーロ(日本円にして約2億8762万円)で落札されている。この3億円近い馬を落札したのは日本人調教師である矢作芳人。購入当時、馬主は発表されなかったが、のちにサイバーエージェントの藤田晋氏が所有することが発表された。

シンエンペラーの父はシユーニという馬だ。産駒は主に欧州を中心に走っている。全兄(父も母も同じ馬であることを指す言葉)ソットサスも代表的な産駒と言えるだろう。

そのことからシンエンペラーは、来日後のデビュー当初は「日本の芝に適性があるのか」と疑問視するファンもいた。欧州で活躍する血統は「重い」と称される。日本の芝は「高速馬場」で、イギリス、フランスを中心とした欧州の馬場は、脚にからみつくような「重たい芝」だ。そのため、日本で苦戦する欧州血統の馬を、競馬ファンはたくさん見てきた。

日本では北海道開催の函館競馬場と札幌競馬場で『洋芝』を使用しており、このコースだけが得意で好走し、東京の大レースなどではサッパリというタイプの欧州血統馬もいる。そのくらい競馬というスポーツにおける「芝への適性」は大事なファクターなのだ。

しかし、シンエンペラーにとってそれは杞憂に終わる。

2023年11月4日、デビュー戦を東京コースでは先行するスタイルで圧勝。続く京都2歳ステークスでは控えて馬群で揉まれることになるが、馬と馬の間を割って出てくる迫力ある姿で快勝した。3戦目でG1へ挑戦となったホープフルステークスでは先行してインコースを通り自ら勝ちにいく競馬を披露。牝馬のレガレイラに大外から強襲され2着に惜敗となり、初めての敗戦を喫したが、G1を正攻法で勝ち負けする戦いぶりから地力と素質を感じさせた。

それと同時に、東京、京都、中山と、異なる3つの競馬場をこなし、日本の高速馬場も問題なく走れることを証明したことになる。「これは強い」と競馬ファンを唸らせる2歳シーズンのパフォーマンスだった。

生まれ故郷である「欧州の芝」が「合わないはずはない」

明けて3歳になったシンエンペラーは、クラシック戦線を堂々と歩む。復帰戦は3月の弥生賞で2着。牡馬クラシック第1冠、皐月賞では5着。そして牡馬クラシック第2冠、日本ダービーでは粘り強く末脚を伸ばして3着。レースを重ねるごとにどんどんレベルが上がる中でも健闘を続け、3歳牡馬の最高峰といえる日本ダービーで「皐月賞より着順を上げた」その姿からは、成長力があることも感じさせた。

そもそもシユーニ産駒には、先に日本の芝で適応して走っていた馬もいる。ヴィズサクセスという馬などが短距離の1200mを中心に5勝を挙げている。シユーニは、血統的に遡れば「ヌレイエフ系」となる。このヌレイエフというのは、ブラックホーク、レガシーハンター、海外から遠征してきて安田記念を制したハートレイクなど90年代後半の日本競馬を彩った産駒がたくさんいた。種牡馬シユーニの産駒の活躍は、オールドファンにとってもうれしい現象でもある。

シンエンペラーが日本の高速の芝に対応できたことは大きい。それでも、生まれ故郷である「欧州の芝」が「合わないはずはない」という良い意味での可能性は、依然として残されている。

欧州の芝でさらなる強さを見せる可能性は、欧州競馬参戦での強調材料になるだろう。果たしてシンエンペラーは、大一番の凱旋門賞で、どこまで好勝負できるか。

「適性」を上回るファクター、それは…

凱旋門賞は「ヨーロッパの芝に適性のある馬が行くべき」。そう唱える声も多い一方で、日本調教馬の凱旋門賞挑戦の歴史は「そもそも日本国内で抜けて強い馬しか上位まで進出できない」という現実とも直面してきた。

凱旋門賞で、3着以内にくることができた馬を見ていこう。

1999年、エルコンドルパサー(僅差の2着)
2006年、ディープインパクト(3着・のち呼吸器系の薬の使用のため失格)
2010年、ナカヤマフェスタ(僅差の2着)
2012年、2013年、オルフェーヴル(2年連続で2着)

これまで彼ら以外には3着以内に入ることができていない。

エルコンドルパサーは3歳の時にジャパンカップを勝ち、現地フランス入り後にはサンクルー大賞典を勝って挑んだ伝説的な名馬だった。ディープインパクトは国民の期待を背負った3冠馬であり、凱旋門賞挑戦時ですでにG1を5勝していた。オルフェーヴルは強靭な強さを誇った3冠馬であり、この馬も最初の挑戦となる2012年はフランス入りの段階でG1を4勝、現地でも前哨戦のフォア賞を制して本番に挑んだ。

2010年、宝塚記念を勝って抜群の勢いをぶつけたナカヤマフェスタ。これが特殊な戦歴を持ち、凱旋門賞挑戦への“ゲームチェンジャー”になるかと思われた。G1は1勝だけの身。エルコンドルパサーやディープインパクトよりも、はるかに実績が下といえる存在だった。しかし父がステイゴールド。重い馬場でも切れ味が鈍らない血統であり、この馬の2着激走は「凱旋門賞は『実力』よりも『適性』が大事かもしれない」と思わせた瞬間だった。ただ、当時のナカヤマフェスタにはあまりにも圧倒的な「狂気のような勢い」があった。

そしてその後の歴史を見ても、やはり凱旋門賞は「適性」だけでは乗り切ることが困難なレースといえる。長距離G1を何度も勝った“孤高のステイヤー”フィエールマン(2019年、12着)も、ヨーロッパ血統そのものであるハービンジャー産駒のブラストワンピース(2019年、11着)も馬群に沈んでいる。

そう、好勝負を演じてきたのは日本国内で圧倒的な存在ばかり。この現実こそが、日本馬にとって厚すぎる壁、凱旋門賞における現実といえる。

カギとなるのは「3歳馬であること」?

凱旋門賞は「3歳馬が強い」と言われてきた。斤量が軽いからだ。確かにイギリスダービー馬やフランスダービー馬が強いレースだ。

だが、それも「年齢」というファクターによるものだけとも言い切れない。近年の成績を見ても、3歳馬も古馬も強い。というよりも、「3歳馬」や「古馬」というくくりで見るよりは「欧州を代表する本当に強い馬が、強い競馬をしてくる」といった印象だ。

例えば昨年の勝ち馬で、歴代の3歳馬の中でも飛び抜けた強さを感じさせていたエースインパクトのような馬もいるだろう。逆にソットサスのように、3歳時は3着に健闘、経験値を重ねてさらに強くなって4歳で凱旋門賞制覇という馬もいる。

海外勢は「年齢」では計れない。では、「日本の3歳馬」をどう見るか。

日本馬は「馬肥える秋」と称される4歳の秋に完成される傾向が今でも残っている。しかし、その中でも「特に強い3歳馬」はしっかりと見せ場を作ってきた。

凱旋門賞に挑戦した日本の3歳馬の中では、2013年キズナが見せ場十分の素晴らしい走りを見せて4着に好走。さすがはディープインパクト産駒を代表する名馬という姿を見せた。現在種牡馬として大活躍中のこの馬もまた、日本では「格が違う」というほどに強かった馬だ。

しかし、他の3歳馬は苦戦が続いた。雨による馬場の悪化など不運もあったがハープスター、マカヒキ、ドウデュースなどそうそうたるメンバーが厚い壁に跳ね返されてきた。

つまり“決定打”となるのは「年齢」よりも「現時点での実力そのもの」が大事ということが見えてくる。

日本馬は完成期を迎えた4歳馬での挑戦のほうが好結果を出しやすいが、3歳馬でも抜けた実力があれば好走可能。そこに「血統からくる適性」が加わり、さらに「近走の勢い」が加われば、5着あたり、3着あたり、そして勝ち負けするラインまで、ドンドン押し上げることができるという印象だ。やはり一番大事なのは、要となる『実力』だ。

ブラッドスポーツが織りなす歴史とドラマ性

シンエンペラーは、日本国内のG1未勝利馬だ。

これまでの凱旋門賞好走馬たちと比べると、やや実績不足感は否めない。それでも現時点で世代のトップ3に入るといえる存在。そして成長の真っ盛りの時期でもある。さらに適性の面では「欧州の芝に抜群に合うかもしれない」という可能性も秘める。日本のファンの期待は日増しに高まっている。

現地入り後のシンエンペラーは9月4日にレパーズタウン競馬場(アイルランド)で行われたアイリッシュチャンピオンステークスに出走。出走馬は8頭と少なかったが、欧州の一大勢力クールモアグループの馬が4頭エントリーし、タイトな馬群で厳しいレースになった。それでも直線で進路ができてからはしぶとく伸びて3着。この姿を見た直後にブックメーカーは凱旋門賞でのシンエンペラーのオッズを3番人気に引き上げた。この走りにより日本のスポーツファン、そして海外のファンの認知度も上がってきている。

それにしても、なぜ日本人はこれほどまでに凱旋門賞が好きなのだろう。

アウェイとしか表現しようがない重い芝。そこにもし雨でも降ればレース後には「歩くのがやっと」(2019年、ブラストワンピースに騎乗した川田将雅騎手のコメント)というほどに、同じ競技であっても「異なる種目」に近いレースだ。

それでも、この戦いには先人たちのチャレンジが生んできた名場面の数々があり、そこにチャレンジャー精神が込められていたからだろう。日本人が凱旋門賞に魅了される理由は、これに尽きるのではないか。

挑戦は1969年、野平祐二とスピ―ドシンボリから始まった。そして1999年、欧州の絶対王者モンジューを相手に逃げを打ち、直線で交わされてからもなお差し返そうとして頭差まで迫ったエルコンドルパサーは現地メディアから「王者が2頭いた」と称されるほどの光景を見せてくれた。

あの光景を見た瞬間から、そう、あの日から日本人は凱旋門賞が好きになった。毎年見たくなった。そして勝ちたくなった。

2024年、今年もJRAは凱旋門賞の馬券を国内で発売することを決定している。母国凱旋にして、異国の地からの挑戦となるシンエンエペラー。

日本が誇る最強調教師、矢作調教師。ここ数年で彗星のごとく現れた新進気鋭の馬主、藤田晋氏。鞍上は若武者、坂井瑠星騎手が務める。

10月6日。チーム一丸で挑むシンエンペラーの走りには国内外から多くの視線が集まるだろう。今年もまた、凱旋門賞から目が離せそうにない。

<了>

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