「あしざるFC」が日本のフットサル界に与えた気づき。絶対王者・名古屋との対戦で示した意地と意義

Opinion
2025.03.03

一際目立つカラフルなユニフォームがグリーンアリーナ神戸を躍動した。2月23日に開催されたJFA 第30回全日本フットサル選手権大会の1回戦。チャンネル登録者数288万人を誇る人気YouTuber「あしざるFC」がジャイアントキリングを起こして1回戦突破を果たした。話題性あふれるメンバーが集う彼らが日本で最も歴史のあるフットサル大会に出場し、2回戦で絶対王者・名古屋オーシャンズと対戦した意義とは?

(文・撮影=河合拓)

あしざるFCのF2チーム撃破はジャイアントキリングではない?

日本で最も歴史のあるフットサルの全国大会である全日本フットサル選手権が、今年も2月22日に開幕した。全国各地の予選を勝ち上がってきた20チームに加え、Fリーグ・ディビジョン1の12チームが加わり、全32チームのトーナメント戦で競われる。プロとアマチュアが垣根なく頂点を目指す、サッカーでいえば天皇杯にあたる大会だ。

この大会に大きな注目を集めるチームが勝ち上がってきた。現在チャンネル登録者数288万人を超える人気YouTuberの「あしざるFC」だ。あしざるFCは全日本フットサル選手権の岩手県大会で優勝を果たすと、続く東北大会でも激闘を制し、東北第1代表として本大会出場を決めた。

1回戦であしざるFCは、Fリーグ・ディビジョン2(F2)で3位となったヴィンセドール白山と対戦した。サッカーの天皇杯でも、アマチュアのチームがJリーグのチームを破ることはあるが、あしざるFCも5-3で白山を破るジャイアントキリングを起こした。

ただし、白山を含めたF2のクラブはF1のクラブと異なり、本大会出場は保証されていない。全国の地域予選を戦って出場権を得なければいけなかったため、デウソン神戸、マルバ水戸FC、広島F・DOのように地域予選で敗れて、本大会に出場できなかったクラブもある。その意味ではセミプロのF2クラブが地域リーグ以下のクラブに敗れることは、Jクラブがアマチュアのクラブに敗れるほど珍しいことではない。

しかも、YouTuberのあしざるFCとして活動をしているFPのぶくん(水田伸明)、FPダンガンくん(佐々木諒)、FPつばさ(小島翼)の3人は、数年前までFリーグでプレーしていた選手であり、その他の選手たちもほとんどがFリーグ経験者だ。なかにはFP田村佳翔のようにフットサル日本代表経験者やGK鈴木陽太、FP大徳政博、FP田中奨らF1経験者もいて、白山の選手たちより上のカテゴリーでプレーしていた者も多い。それだけに、これをジャイアントキリングと表現するのは不公平なのかもしれない。

「100%名古屋が勝つと思う。でも……」絶対王者と戦う意義

それでも白山の選手たちにとって、この敗戦はショックだっただろう。試合後に涙を流す者もいたし、ロッカールームでのミーティングは1時間以上にわたった。週6日2時間のトレーニングをしている白山に対し、あしざるFCを構成しているのは、3人のインフルエンサーに加え、結婚リアリティーショーに出演していた守護神、不動産社長、現役ソサイチ選手、心肺停止を経験した元プロ選手といった話題性あふれるメンバーだ。何より、あしざるFCがフットサルの練習をしているのは週に3回。しかもメンバー全員が集まって強度の高い練習ができるのは週に1回だけ。そんな相手に自分たちの土俵で負けたのだから、日常の活動の意義を考えさせられたはずだ。

一方、白山に勝ったあしざるFCは、2回戦でF1の名古屋オーシャンズと対戦する機会を得た。名古屋は2007年に開幕したFリーグで、18シーズンのうち16シーズンを制してきた日本最高のクラブであり、「絶対王者」と呼ばれている。ほぼ全員がフットサル日本代表経験者であり、外国籍選手もスペイン代表やブラジル代表経験者。Fリーグ優勝を逃した直後でチームの状態はお世辞にも良いとは言えない状況だが、実力差は明らかだった。

白山戦で1得点3アシストした田村は、多くの観客の前で試合ができたことについて「マジで幸せですね。あいつらのすごさをやっぱり感じます」と言い、あしざるFCの3人に対して「彼らは彼らで本当にFリーグのことも、フットサル界のことも、めちゃくちゃ考えてやってきたと思う。いろんな意見があったり、いろんなことを言われたりしますが、僕は最大限に彼らをリスペクトしますし、それを示すために僕ができるのはピッチで結果を出すこと。そうできるように今は頑張っています」と、チームメイトへの感謝とリスペクトを口にした。

そして、その集客力が未来につながることにも期待した。「100%名古屋が勝つと思うし、圧倒的な実力差が実際にあると思うので、難しい試合になると思います。でも僕個人としては、これだけ多くの人が来てくれて、見てくれて、本物の(日本代表FPの)清水和也だったり、(元スペイン代表FPの)アンドレシートだったりを見てもらえた。オレを見にきてくれた子もいると思うんだけど、『え? あいつより全然すごいじゃん』『名古屋ってすげー』『Fリーグってスゲー』って、もし見ている子や視聴者がそう反応してくれて、それでFリーグの観客が増えるんだったら、すごくいいことだと思う。もちろん噛ませ犬にはなりたくないから、死ぬ気でやるし頑張りますよ。けど、Fリーグが盛り上がる一つのきっかけになったらなと思っています」と、2回戦で格上の相手と戦う意義を語った。

翌日に行われた名古屋戦では、力の差を見せつけられて1-6というスコアで大敗した。のぶくんは「あしざるFC」のファンに、名古屋という国内で2つしかない完全プロクラブの強さを見せたことに喜びつつも、「シンプルに悔しい。ここでずっとFリーグのトップに君臨し続けてきた名古屋オーシャンズと戦って、自分たちの今の立ち位置もすごくわかったし、今後はもっともっと競技力のところ、チームとしての強さ、フットサルとしての強さを伸ばしていくことが課題として、よりわかったので。この結果を真摯に受け止めて、今後の活動にも生かしていきたい」と、唇をふるわせながら敗戦を悔しがった。

熱心なファンからは「Fリーグを捨てた人たち」との認識も

「あしざるFCはエンタメ系のYouTuber」という認識が強くなっているが、もともと、あしざるFCの前身の番組である「ドゥーチャンネル」を始めたのぶくんとダンガンくんは、F2の広島で競技フットサルに取り組んでいたアスリートだった。

かつて国立代々木競技場第一体育館が埋まるほど観衆を集めていたFリーグは、どんどん人気が低迷している。しかも広島は注目度の低いF2のクラブ。彼らが初めて立った2019-20シーズンのF2リーグ第1節のトルエーラ柏戦の観客数は410人だった。競技フットサルの認知度を高めるため、彼らは「ドゥーチャンネル」をスタートさせ、2022年4月から「あしざるFC」としてYouTubeやTikTokでの活動をスタートさせていった。

チャンネル登録者数を伸ばしていったあしざるFCだったが、Fリーグは試合の配信に制限も多い。そこでのぶくんはFリーグから離れて東京に移住し、インフルエンサーとして活動をしていく決断を下す。その後、のぶくんら3人は関東1部リーグのファイルフォックス八王子に加入したが、2023-24シーズンに退団。現在はリーグ戦には参戦せず、自分たちで主催する「F GAME」を主戦場としている。

こうした流れがあることから、Fリーグの熱心なファンには「あしざるFCはFリーグを捨てた人たち」「フットサルをエンタメにしている人」という認識がついた。今回、全日本フットサル選手権に出場することになった時も、彼らには「競技フットサルを捨てたくせに」「真剣にフットサルをしている人たちの邪魔をするな」という厳しい声も届いたという。だが、彼らはFリーグを捨てたのではない。Fリーグを含めた競技フットサルを、これまで以上に盛り上げるために、自分たちが名前で人を呼べる人物になるために、悩み抜いた末に決断して行動しているのだ。

ダンガンくんは「僕たちはできるだけエンタメを使って、いろんなお客さんを巻き込んでいく。もちろん(フットサルの)質も高めないといけない。今いるメンバーは本当に質が高いので感謝しています。でも、正直、フットサルの技術や質だけを高めても、お客さんは増えないと思っていて、あしざるFCはフットサルだけじゃなくて、歌を歌ったり、YouTubeで配信をしたりして、フットサルに興味のない人が『この人たちの試合を見に行きたい』、そして、『フットサル面白いな』と思ってもらえるようにという形でやってきました」と説明する。

「フットサルを日本一のスポーツにする」あしざるFCの使命

エンタメを武器に活動していった彼らは、さらに加速度的に知名度を高めていった。そして2024年にはFリーグのオールスターゲームのエキシビションマッチに参戦。さらにルヴァンカップの決勝である名古屋グランパスとアルビレックス新潟戦に向けてJリーグともコラボした。

現在Fリーグの公式YouTubeチャンネルの登録者数は9600人ほど。そんななか、チャンネル登録者数が288万人まで増えたあしざるFCが、どれだけの観客を集められるかは、今大会の一つの注目ポイントだった。つばさは「自分たちが主催するF GAMEもあったので、全日本フットサル選手権の告知があまりできなかったのは反省点」と語ったが、1回戦のFリーグ・ディビジョン2のヴィンセドール白山戦には850人の観衆が集まった。

メジャースポーツと比較すれば、小さな数字だろう。だが、過去3大会、神戸で開催された1回戦の最多観客動員数は2024年が350人、2023年が408人、2022年は183人であり、今年の1回戦は例年の倍以上の観客が訪れているのだ。彼らがFリーグに留まっていたら、おそらくこのような数字にはならなかっただろう。あしざるFCが1回戦を勝ち上れるかが不透明だったこともあってか、2回戦の名古屋戦には1回戦の白山戦ほど多くの観客は集まらなかったが、それでも700人以上が会場に集まっている。そして彼らがYouTubeで配信した試合の様子は、試合3日後の時点で再生回数が7万7000回を越えている。

キャプテンののぶくんは「僕たちはエンタメというふうに見られがちではあるんですけど、やっぱり自分の大好きな『競技フットサル』をより多くの人に届けたいというのが、立ち上げの時からずっと思っていることなんです。フットサルを日本一のスポーツにするというのは、決してエンタメだけじゃなくて、このバチバチのフットサルを見せることも、子どもたちが今日の試合や僕たちのやっているF GAME、ガチでフットサルをしている姿を見て『このピッチに立ちたいな』って思ってもらえるようにすることも、自分たち『あしざるFC』の使命だと思っています」と言う。

そして「今回も、初めてフットサル観戦をした人もたくさんいたと思うんです。名古屋オーシャンズっていう素晴らしいフットサルチームのことも知ってくれたと思います。そういう部分でも今日、この試合ができたことはフットサル界にとって大きな価値があることだと思います。悔しい、めちゃくちゃ悔しいですけど、再戦できる時には、絶対に勝てるようにまたチームを作り直していきたいなと思っています」と、将来のリベンジを誓った。

あしざるFCが日本のフットサル界に与える気づき

もう一つ、あしざるFCが新たに気づかせてくれたことがある。彼らは神戸会場で、自分たちのグッズ販売をしていたのだ。試合後にはグッズを購入してくれたファンと一緒に、写真撮影をするサービスもあった。

これまでFリーグのクラブが全日本フットサル選手権の会場で、グッズを販売しているのを見た記憶がなかったため、そもそもグッズ販売が可能であることも把握できていなかった。あるFクラブの関係者も「そんなことできるんだっけ?」と話していたが、同じJFA主催の天皇杯ではJクラブのグッズが販売されているのだから、全日本フットサル選手権でFクラブのグッズが販売できない理由はないだろう。

大きな段ボール8箱分のグッズを作って持ち込んでいたあしざるFCほど、Fリーグ各クラブのグッズが売れるかは不透明だが、多くのファンが集う、シーズン最後の大会をビジネスチャンスとして生かさない手はないだろう。

競技フットサルに携わる人たちに、さまざまな刺激や気づきを与えることになったあしざるFCの全日本フットサル選手権参戦。将来、彼らはまた全日本フットサル選手権に戻ってくるだろう。その時にあしざるFCは、どれほどの規模になっているか。Fリーグや所属各クラブ、日本のフットサル界はどのように発展しているだろうか。

<了>

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