リバプール、問われるクラブ改革と代償のバランス。“大量補強”踏み切ったスロット体制の真意

Opinion
2025.11.07

2024年1月に突如発表されたユルゲン・クロップ監督の退任。その内幕には、2カ月にわたる綿密な次なる指揮官候補の調査があった。そして新たにリバプール監督に就任したのがアルネ・スロット。首脳陣の期待に見事に応えたオランダ人監督は、就任1年目でプレミアリーグを制覇。だが、大型補強に踏み切ったこの夏、思惑とは裏腹に“組織改革”の芽吹きはまだ曙光にとどまっている。これから求められるのは、若き新加入選手たちをいかにフィットさせるか――リバプールの新たな挑戦が今、始まる。

(文=ジョナサン・ノースクロフト[サンデー・タイムズ]、翻訳・構成=田嶋コウスケ、写真=ロイター/アフロ)

“密室で選ばれた男”が「ファーストチョイス」に挙がるまで

「ユルゲン・クロップが、リバプールの監督を退任」

そんな衝撃的なニュースが舞い込んだのは、2024年1月下旬のことだった。しかし、この一報が公になる2カ月前──クロップはクラブ首脳陣に「退任」の意向をすでに伝えていた。

クロップの告白を聞いたのは、ごく限られた関係者のみだった。フットボール部門の最高経営責任者であるマイケル・エドワーズ、そして同年6月にスポーティング・ディレクターとして新たに就任する予定だったリチャード・ヒューズ。この2人も、その知らせを聞いた。

2人は感傷に浸る間もなく、すぐに行動に移した。世界最高水準を誇るリバプールの分析チームの協力を得て、後任監督の選定に着手したのである。候補者の細部まで徹底的に調べ上げた結果、ある人物が「ファーストチョイス」として浮上した。実に60ページにも及ぶ調査報告書の中で言及されたのが、現監督のアルネ・スロットだった。

スロットが首脳陣を虜にした“選手を伸ばす力”

ヒューズはすぐさまオランダへ飛び、ズヴォレという小さな街にあるスロットの古い邸宅を極秘で訪ねた。面会の席で、ヒューズはこう尋ねた。

「あなたの最大の強みは何だと思いますか?」

スロットは即答する。

「選手を成長させることにあると思います」

ヒューズは微笑み、手元の調査報告書をテーブルの上に置いて言った。

「私たちもそう思っています」

リバプールが実施した緻密なリサーチは、スロットを新指揮官候補とする多くの理由を示していた。

まず、スロットが率いるチームは選手の稼働率が高く、負傷者が非常に少ないというデータがあった。さらに、人柄についても高い評価を受けていた。タッチラインでは常に冷静で、試合中に重圧にさらされても的確な判断を下せる。コミュニケーション能力にも優れ、フェイエノールトでは英語で指導を行っていた点も好印象だった。

ただ、スロットが何よりも高く評価されたのは「選手を成長させる力」である。

フェイエノールトは選手の売買を活発に行う「トレーディング・クラブ」として知られる。つまりスカッドの入れ替わりが激しいクラブであるにもかかわらず、スロットは新加入選手を素早くチームに適応させ、その能力を引き上げながら組織を躍動させてきた。この「育てる力」こそが、リバプール首脳陣が最も高く評価したポイントだった。そして、これが今夏の移籍市場で「異例の補強オペレーション」に踏み切った理由にもつながるのだ。

4億5000万ポンドの賭け。“再構築”という名の大量補強

今夏、リバプールは大型補強に動いた。総額4億5000万ポンド(約850億円)という巨額の資金を投じて新戦力を獲得した一方で、ルイス・ディアスやトレント・アレクサンダー=アーノルドといった主力を放出した。

クラブ首脳陣の考えはいたって明快だった。「スロットならスカッドの新陳代謝に対応できる」と信じていたのだ。新加入選手をすぐにフィットさせ、“リバプール・レベル”の選手に育て上げる──そう確信していた。

しかし現時点で、こうした期待とは逆の事態が起きている。フロリアン・ヴィルツ、アレクサンデル・イサク、ミロシュ・ケルケズらの新戦力はなかなか持ち味を発揮できていない。彼らの苦戦は、クラブにとっても少しばかり誤算だった。

ヴィルツはプレミアリーグ特有のスピードに苦しんでおり、本来の輝きをまだ見せていない。それでも、移籍金1億1600万ポンド(約220億円)という欧州最高クラスの評価を受けた理由──卓越した発想力とテクニックを垣間見せるシーンもある。

イサクは夏の移籍市場で「ニューカッスル残留か、移籍か」と大きな注目を集め、最終的に1億2000万ポンド(約230億円)の超高額な移籍金でリバプールに加入した。しかしこれまでのところ動きに鋭さがなく、リバプールの高強度なテンポで週2試合をこなす肉体的負担に苦しんでいる。

ケルケズも戦術的・精神的にリバプールのレベルに適応できずに苦しんでいる。ヒューゴ・エキティケは新戦力の中で最も良い印象を残しているが、まだ不可欠なレギュラーに定着してはいない。

セリエA・パルマで頭角を現した新鋭DFジョヴァンニ・レオーニは膝の負傷で今季絶望。負傷による欠場と復帰を繰り返しているジェレミー・フリンポンと、正守護神アリソン・ベッカーの負傷離脱で今季途中から出場機会を得ているジョルジ・ママルダシュヴィリも、ポテンシャルを完全には発揮できていない。

新加入選手たちが、そろって期待を下回るパフォーマンスにとどまっているのが現状である。

クロップ時代の“補強ルール”を超えて? スロットが直面する組織変革

振り返れば、クロップ政権下では選手補強に関して明確なルールが存在した。

それは「一度の移籍市場で、主力級の新戦力を5人以上加えないこと」だった。統計的に、それを超えると適応期間が長引き、チームが機能しづらくなるとされていたからだ。

つまりスロットは、クロップが経験しなかった課題──大量補強後の「チーム再構築」に直面している。こうした状況を踏まえれば、スロットには一定の同情の余地があると言える。

ただ現状を見る限り、スロットは課題を解決できていない。新戦力が輝くには、監督が選手に自信を与え、適切な戦術的枠組みを整える必要があるが、そのどちらも十分ではない。

特に気がかりなのは、選手間の連携不足である。ヴィルツのようなタイプの選手は、味方との連動によって真価を発揮する。周囲との呼吸が合わず孤立している場面もあり、チーム全体のコンビネーション向上が今後の活躍の鍵を握りそうだ。

もっとも、ヴィルツ(22)、ケルケズ(22)、エキティケ(23)、レオーニ(18)はいずれも23歳以下で、長期的視点に立って獲得された選手たちだ。今夏の大型補強は「4〜5年先を見据えたチームの再構築」をテーマに実施されたわけで、この点は前提として押さえておくべきだろう。

前週までリバプールは調子を落としたが、プレミアリーグ第10節のアストン・ビラ戦とUEFAチャンピオンズリーグのレアル・マドリード戦に連勝して持ち直した。だが黒星先行の時期も、トレーニング場での雰囲気は良好だった。

しかし、この良いムードがどこまで続くのかは不透明だ。必要なのは勝利の結果であり、苦戦や敗戦が再び続けばポジティブな空気も変わってくるだろう。

言うまでもなく、リバプールはビッグクラブであり、プレミアリーグ現王者だ。勝利を逃し続ければ、スロットも選手たちも、さらなる重圧と厳しい批判にさらされることになる。

【連載前編】リバプールが直面する「サラー問題」。その居場所は先発かベンチか? スロット監督が導く“特別な存在”

<了>

「アモリム体制、勝率36.2%」再建難航のファーガソン後遺症。名門ユナイテッドは降格候補クラブなのか?

運命を変えた一本の電話。今夏490億円投じたアーセナル、新加入イングランド代表MF“14年ぶり”復帰劇の真相

なぜリバプールは“クロップ後”でも優勝できたのか? スロット体制で手にした「誰も予想しなかった」最上の結末

[インタビュー]リバプール・長野風花が挑む3年目の戦い。「一瞬でファンになった」聖地で感じた“選手としての喜び”

この記事をシェア

KEYWORD

#COLUMN #OPINION

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事