
大麻成分「CBD」ブームの波がスポーツ界へ!テニス、自動車レースへの参入が与える影響は?
昨今、アメリカでトレンドの一つになりつつある、CBD(カンナビジオール)。
健康面でも利点が大きいといわれ、飲食物、薬品、美容製品などあらゆる方面で急速に広がりを見せているこのCBDは、大麻草特有の成分の一つとしても知られる。
「大麻」と聞くと違法であると認識されがちだが、実はCBDはここ日本でも違法性はない。とはいえ、安全性が100%確認されているわけではないという報告もあり、アメリカでも混乱状態にあるのが現状だ。
そんな中、CBDはすでにスポーツ界への参入の動きも見せている――。
(文=谷口輝世子、写真=Getty Images)
大麻草成分「CBD」とは?
どのような業界でも、規制が緩和されたときは、ビジネスチャンスである。他のライバルに先行して優位に立とうと、多くの企業や個人がしのぎを削る。
米国では昨年末、産業用大麻の栽培が合法化された。カリフォルニア州、コロラド州など一部の州では、産業用大麻の栽培が認められる以前から、娯楽用大麻も合法化していた。このような背景もあってか、大麻そのものだけでなく、大麻から抽出した成分を使った飲料、食品、化粧品などを製造する会社が次々に出てきている。
注目されているのは、大麻から抽出するCBD(カンナビジオール)という成分だ。CBDには、不安感、炎症や痛みを抑える効果があるとうたわれており、すでにCBDオイルやサプリメント、飲料などに加工して、販売もされている。大麻の向精神作用を持つ成分THC(テトラヒドロカンナビノール)とは違う。CBD関連商品を製造・販売する業者はCBDを抽出するときにも、極力THCが混在しないようにしていると主張する。
実際、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、医療用のCBDで「エピディオレックス」を新薬として認可している。
米国には、日本と同じように健康に関心の高い人がたくさんおり、多種多様なサプリメント、健康食品、飲料が市場に出回っている。「大麻から抽出した」、しかし、「危険ではない」CBDが不安や痛みを和らげてくれるのなら、試してみたいと思う人も少なくない。ニューヨークに拠点を持つコーウェン・グループは、2015年までにCBDに関連した産業は160億ドル(約1709億円)規模に成長する可能性があると予測している。
アスリートはパフォーマンス向上のために、普段から、合法的でアンチ・ドーピング規則に抵触しないものを探し求めている。情報を取りにいき、自身に取り入れるかどうかを考え、試してみて、続けたりやめたりを繰り返す。もしも、安全で効果があると分かってくれば、CBDを取り入れるアスリートも増えてくるのではないか。
またアスリートは、CBDに関心がありながら購入をためらっている人に、購入という行動を後押しする動機にもなり得る。そのため、自社製品の広告・宣伝活動にあたって、どのアスリートが適任で、予算内に収まるか、知恵を絞る。人気や伝統あるスポーツ団体のオフィシャルスポンサーになることも、メーカーや商品への信頼度を高めるのに大いに役立つ。
CBD入りスポーツドリンク『DEFY』の参入
今年5月、娯楽用大麻が合法化されているコロラド州デンバーで『DEFY』というスポーツドリンクが発売された。ドリンクと同名のDEFY社のプレスリリースには、「米国内では初めてCBDを注入したパフォーマンスドリンク」と記載されている。
同社には創業パートナーという肩書で、元NFL選手でプロフットボール殿堂入りもしているテレル・デービス氏が名前を連ねている。テレル・デービス氏は1995年から2001年までデンバー・ブロンコスのランニングバックとして活躍した選手だ。
デービス氏は、オンラインメディアの『ジ・アスレチック』の取材に応じ、創業パートナーになった経緯をこう語っている。
「僕の最初のリアクションは、『これは効果がないのではないか。僕は関わらないよ』だった」
しかし、実際にドリンクを試したところ、慢性的な膝の痛みが軽減され、片頭痛の薬をやめることもできたという。
DEFYはリリース直後にインディカー・シリーズに参戦しているシュミット・ピーターソン・モータースポーツとスポンサー契約を結んだ。スポンサー契約発表は、5月のメモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)に行われる世界3大レースの一つ、インディ500の時期に合わせ、レースにはDEFYの名前をつけたマシンが走った。DEFYとほぼ同時に、CBD入りのマッサージローションのCraft1861もカーリンとスポンサー契約を結ぶ、こちらもインディ500のレースに登場した。
CBD入り商品の最初のスポーツ界のスポンサーが、自動車レース業界になったのは偶然ではない。事前のマーケティング調査で、CBD入りドリンクの購買ターゲット層と、自動車レースのファン層が重なりそうだと分かったこと。レーシングチームのなかには、台所事情が苦しく、スポンサーを探しているところがあったこと。
他のプロスポーツ団体には、CBDの入った商品のスポンサーになることに今も、慎重で、消極的であることが挙げられる。(厳密にいえば、スポーツ界最初のスポンサーは3人制プロバスケットボールリーグであるビッグ3で、医療用マリファナの会社の名前をユニフォームにつけている)
今年のスーパーボウルでは、医療用マリファナ企業がCM枠を狙ったが、NFL側に却下されたのだ。米国最大のスポーツイベントであるスーパーボウルでは、どの企業が中継のスポンサーになるか、どんな趣向を凝らしたCMを作るかも話題になり、大きな広告効果がある。しかし、医療用マリファナを扱う企業は、広告の機会を獲得することができなかった。
7月、DEFYは、男子テニスのジョン・イズナーとスポンサー契約を結んだ。イズナーはCBD関連企業と契約をした最初のアスリートとなった。彼はテニスウェアにDEFYのロゴをつけると同時に、ゲーム中にもDEFYを飲むという。
米メディアの論調はニュートラルで、CBDとアスリートの関係には静観
生身のトップアスリートが使用するということは、ドーピング検査をクリアできることも証明できる。世界アンチ・ドーピング機構(WADA)では、CBDの使用を許可しており、CBDを含む飲料を摂取することは可能だ。しかし、全く問題がないかといえば、そうではない。
CBDは、大麻に含まれる113種類のカンナビノイドの一つであり、WADAでは、CBD以外のカンナビノイドの摂取は認めていない。製造プロセスで、向精神作用のある成分のTHCが混入しないのはもちろんのこと、他のカンナビノイドが含まれないようにしなければいけない。米国アンチ・ドーピング機構は、他の成分が混入しないようにCBDだけを抽出することは「とても難しいことだ」と警告を発している。
イズナーとDEFYのスポンサー契約を伝えた米メディアの論調はニュートラルで、アスリートとCBD入り飲料の関係については静観している様子だ。
CBDを扱う企業は、CBDは安全で役に立つものと主張している。しかし、現時点では米国食品医薬品局(FDA)は、CBD入りのサプリメントや食品の販売を認めていない。ニューヨーク州では昨年12月にCBDを使用したサプリメントの販売を許可し、ビジネスチャンスと見た企業が、CBD入り食品の製造・販売を開始した。
しかし、ニューヨーク市はニューヨーク州の許可ではなく、FDAの規則に準じて、CBD入り商品を差し押さえたのだ。企業に雇われた弁護士の見解もさまざまで、扱いをめぐっては混乱状態にある。コロラド州やメイン州では、州の法律によってCBD入り商品を販売できるように動いている。
FDAがCBD入りサプリメントや飲食物を許可していないのは、大量に長期的に摂取しても健康に問題がないかという研究が十分に行われていないことや、効能などの表示をどのようにするかという問題点がクリアになっていないからだと思われる。これまで大麻は栽培を禁止されていて、研究を行うために大麻を栽培することについてもさまざまな規制があったため、規則を作るためのデータがまだ、出揃っていない。
FDAがCBD入りのサプリメントや飲食物の基準を明らかにし、一定の基準を満たしたものが大手を振って販売できれば、大きなビジネスチャンスになる。DEFYは先行することで賭けに出た。この勝負は、法やFDAの規制に大きく左右される。大手メーカー、スポンサー契約を仲介する代理店、アスリート側も、ライバルに出遅れないように、アイドリング状態で様子見をしているといったところだろうか。
<了>
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