
なぜ萩生田文科相「甲子園での夏の大会は無理」発言は受け入れられなかったのか? 高校野球改造論
11月27日の衆議院文部科学委員会での萩生田光一文部科学相の発言が物議を醸している。日本高校野球連盟の有識者会議が、総投球数制限などの答申をまとめたことに関連した質問に、個人的な見解として「アスリートファーストの観点から言えば、もはや甲子園での夏の大会は無理だと思う」と答えたのだ。東京オリンピックのマラソン・競歩移転問題でも過酷な環境で競技をすること自体には反対の声は少ない。ではなぜ、萩生田発言は否定的に捉えられたのか?
(文=小林信也、写真=武山智史)
傾聴に値する萩生田文科相の提言、のはずが・・・・・・
「甲子園での夏の大会は無理」
萩生田光一文部科学相の国会での発言がニュースとして報じられた。その一報をネットニュースで見たとき一瞬、いよいよ本格的な改革議論が始まるか! と期待も抱いた。私も猛暑の時期に全国大会を開き、異様な熱狂を巻き起こす弊害をずっと感じ指摘してきた。舞台が甲子園であり続けることも再考していい時期ではないかと。
しかし、萩生田文科相の発言は、本人が批判を浴びてすぐ言い訳したこともあり、いかにも暴論、安易な発言と位置づけられ、わずか数日で話題からも消えつつある。つまり、萩生田文科相の国会での提言は「なかったもの」になってしまったに等しい。
環境省は、暑さ指数(WGBT)について『熱中症予防情報サイト』で紹介し、『運動に関する指針』として、WGBTが31度以上で「運動は原則中止」、28度から31度は『厳重警戒(激しい運動は中止)』と規定している。
文科省でも、熱中症関係省庁連絡会議幹事会(平成30年10月30日)の資料などを示して、『高温や多湿時において、主催する学校体育大会が予定されている場合には、大会の延期や見直し等、柔軟な対応を行うこと。なお、止むを得ない事情により開催する場合には、生徒の健康管理を徹底することなどの万全の対策を講ずるよう依頼。』[大塚一樹1]などと通達している。
東京新聞の報道で大臣の発言を振り返ろう。
『萩生田光一文部科学相は二十七日の衆院文部科学委員会で、投手の連投や投げ過ぎが問題視されている高校野球について問われ、「アスリートファーストの観点で言えば、甲子園での夏の大会は無理だと思う」と述べた。(中略)本当は秋の国体が、最後の頂点を極める大会ではないか」との持論も述べた。』
「アスリートファーストの観点で言えば、甲子園での夏の大会は無理だと思う」という発言については、傾聴に価する。
萩生田発言が反発、批判された理由
この方針に沿えば、萩生田文科相の発言はまったく正当だ。何しろ、日本の夏の暑さが激しく変わりつつある。運動をしない人たちも熱中症で搬送される例が激増し、中には命を落とす方もいる。高校野球界、そして高校野球ファンも、素直に現状維持への強い意志をいったん脇に置き、「夏の甲子園の見直し」を議論すべき時期に来ている。暑さ対策だけでなく、高校野球のあり方そのものを真剣に再考し、新たな未来に向かう議論を積極的に喚起するのは、高校生活の充実、高校年代を越えても終わらない豊かな野球人生を考えても当然ではないか。
ところが、萩生田文科相の発言は逆に、せっかく始まりかけた『高校野球の見直し』『改革の機運』に水を差すものとなった。
世論がその方向に動いたのは、唐突な完全否定もさることながら、報道の後半部分を見ると窺える。
「本当は秋の国体が、最後の頂点を極める大会ではないか」
この発言は、多くの高校野球ファンを白けさせただろう。
「本当は秋に開催時期を移し、最後の頂点を競う大会を行うべきではないか」ならば、まだ提言として、成立しただろう。だが、「秋の国体が」と言われたら、いかにも高校野球を知らない人の発言だと、怒りを通り越して呆れてしまう、というのが多くの人の実感ではなかったか。
現状、高校野球は国体の種目に入ってはいるが、夏の甲子園大会で上位に入った高校だけが参加できるため、「国体を目指す」機運は高校球界にはほとんどない。しかも、現在は『公開競技』であって正式競技でもない。組織の歴史とも関連して、国体と高校野球はそれほど密接な関係でないことは多くのファンが知っている。
「大臣の問題発言」で改革に水を差してはいけない
要するに、萩生田文科相の衝撃的な発言が、実は十分な検討や情報収集の結果として集約された見解ではなく、あまりにお粗末な発言であったことへの反発が勝ってしまったのだ。重要なテーマだけに、せっかく始まりかけた高校野球改革の機運に水を差した責任は大きい。
球数制限に関する有識者会議にも直接関わり、甲子園の暑さ対策を熱心に進める高野連の理事の一人に感想を聞くと、こう話してくれた。
「きちんとした情報も把握せずに、ただ無理と言われても。怒りを通り越して呆れるというか、まともに対応する気にもなれません」
私は猛暑の中での甲子園開催が全国の小学生野球、中学野球に与える影響も案じている。事故が懸念されるだけでなく、「暑い中でやりたくないから、野球は好きだけどやめる」という少年少女が増えている現実もある。甲子園の隆盛の一方で、みすみす野球人口が減るような選択を続けるのは自分たちの首を締める行為。だが、この夏、甲子園に行き、つぶさに猛暑対策の現場を見せてもらって、一方的に「夏は無理」と決め付けるのも違うと感じている。
「夏、甲子園で高校野球を安全に開催する」、そのために高野連の関係者たちが各方面に協力を求め、『球児たちの夢』を維持し続ける情熱と努力には感銘を受けた。萩生田文科相も、せめてこうした実態を把握し、関係者への配慮もした上で提言をされたなら、もっと建設的な議論が加速できたのではないか。残念でならない。この問題は仕切り直しをした上で、ぜひきちんと議論し、新たな方向を見出してほしいと願っている。
<了>
第10回 泣き崩れる球児を美化する愚。センバツ中止で顕在化した高校野球「最大の間違い」
第9回 金属バットが球児の成長を止める。低反発バット導入ではなく今こそ木製バットに回帰を!
第8回 「指導者・イチロー」に期待する、いびつな日本野球界の構造をぶち壊す根本的改革
第6回 なぜ、日本では佐々木朗希登板回避をめぐる議論が起きるのか?
第5回 いつまで高校球児に美談を求めるのか? 甲子園“秋”開催を推奨するこれだけの理由
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