スポーツは「目で観る」→「耳で聴く」時代? Apple、Spotifyが挑む新メディア戦略

Technology
2020.02.13

スポーツとファンをつなぐメディアといえば、中継を行うテレビやOTTなどの映像配信、雑誌や新聞、Webなどの活字媒体など、主に「目で観る」メディアがある。目を使わずに「耳」で楽しむものとして、ラジオをたしなむ人も多いだろう。

実は今、音声メディアがスポーツ界に新風を巻き起こしている。世界中にユーザーを持つ音楽配信サービスのSpotifyやApple Musicがスポーツ界に本格的に進出を始めているのだ。「耳で聴く」スポーツの楽しみ方、その新しいメディア戦略とは――?

(文=川内イオ、写真=Getty Images)

総ユーザー数2億7100万人のSpotifyがスポーツ事業に注力

スポーツを「音声で聴く」といえば、ラジオというイメージが強い。しかし最近は、いくつかのメディアがスポーツ業界と手を組んで、新しい「聴く楽しみ」を提案している。

その筆頭は、スウェーデン発の音楽ストリーミングサービス「Spotify(スポティファイ)」だ。総ユーザー数2億7100万人、有料ユーザー数1億2400万人に達し、4億7400万ユーロ(約573億円)の収益をあげている同社は、スポーツに関係する配信に力を入れている。

昨年8月には、スポーツメーカーのプーマとコラボレーション。新作スパイクコレクション「アンセムパック」の発売に合わせて、プーマのアンバサダーを務めるアントワーヌ・グリーズマン、ルイス・スアレス(以上、FCバルセロナ)、セルヒオ・アグエロ(マンチェスター・シティ)、マリオ・バロテッリ(ブレシア)など13選手のプレイリストがスポティファイに公開された。

プレイリストには、それぞれの曲を選んだ理由や「最高のパフォーマンスを発揮できるフロー状態に入るために音楽がどう役立っているのか」「どんなものがプレーヤーにインスピレーションを与えるのか」「試合前にテンションを高める音楽トラックについて」などについて語る選手のコメントも含まれている。

1億DLのメディア買収でポッドキャスト番組制作に注力

このキャンペーンの翌月、同社はFacebookでスポーツメディアのパートナーシップ部門を率いたエイミー・ハドソン氏を雇い入れた。そして今年2月にはスポーツ番組を中心に30を超えるポッドキャスト番組を持つメディア「The Ringer」を買収した。

買収金額は明らかになっていないが、「The Ringer」は1億ダウンロードを記録している人気のポッドキャストメディアで、アメリカの一部メディアは1億ドル前後と予想している。スポティファイの最高コンテンツ責任者、ドーン・オストロフ氏は、この買収について「(同社の)グローバルスポーツ戦略を推進する」という認識を示している。

買収のポイントになっているのは、「The Ringer」の創業者、ビル・シモンズ氏だ。同氏はスポーツコラムニスト、ポッドキャスターで、2015年までスポーツ専門チャンネルのESPNに在籍しており、その時から数々の人気シリーズを生み出してきた。

同氏は「The Ringer」で自分の名前を冠したポッドキャストも配信しており、アメリカの経済誌『フォーブス』は、その番組だけで昨年、700万ドルを稼いだと推定している。

スポティファイは、「The Ringer」の買収によって、優れたコンテンツメーカーである同氏と手を組むことになる。今後、ビル・シモンズ氏、Facebook出身のエイミー・ハドソン氏と共に、オリジナルコンテンツの制作に注力していくことになるだろう。

アメリカの経済メディア『ブルームバーグ』は今年1月、スポティファイがスポーツに関するオリジナルのポッドキャスト番組を開発していると報じている。記事によると、そのうちの一つは、その日一日のスポーツニュースを伝える10分ほどの番組になるようだ。ほかにも、人気チームに焦点を当てた番組などを準備していると報じられている。

「現代のスポーツドキュメンタリーの金字塔」

契約世帯数8600万件(2018年末時点)を誇る老舗のスポーツ専門チャンネルESPNが展開するポッドキャストも人気だ。同社は35以上のオリジナルポッドキャスト番組に加えて、テレビとラジオ番組のポッドバージョンを提供しており、2019年10月から3カ月連続でダウンロード数が4000万件に達した(総ダウンロード数は不明)。

ESPNが2009年から配信している人気シリーズ「30 For 30」はニュース形式ではなく、スポーツ界の事件や話題を深堀りするドキュメンタリー。アメリカのメディア『ニューヨーク・タイムズ』のオンライン版の記事「スポーツファンのためのポッドキャスト7番組」(昨年10月配信)のなかで「現代のスポーツドキュメンタリーの金字塔」と記されている。

2018年には「30 For 30」で、ホットヨガの第一人者にしてカリスマ的人物として知られるビクラム・チョードリーに関する5部構成のシリーズを放送して、大きな話題を呼んだ。ESPNは、今年2月にも週に1回更新されるF1のオリジナルポッドキャスト番組をスタートさせており、今後もオリジナル番組に力を入れていくと予想される。

サブスクリプション(定額課金)ベースの新興メディア『The Athletic』は、なんと152のポッドキャスト番組を有している。こちらは主にサッカー、バスケットボール、野球、ホッケーの各プロクラブに焦点を絞って放送しているほか、プロアスリートが引退した後の精神的および肉体的葛藤をテーマにしたオリジナル番組「The Next Chapter With Prim Siripipat」なども配信している。

事業は好調で、これまでに1億4000万ドルの資金を調達しており、今年から来年にかけて、さらに50の新番組を立ち上げるとしている。実現すれば、合計番組が200を超えるスポーツポッドキャストメディアになる。

NBAと提携するアップルミュージックの狙い

6000万人以上の有料ユーザーを抱えるApple Music(アップルミュージック)は今年1月、NBAとのパートナーシップ契約を発表した。この契約によって、アップルはNBAに対して特別にキュレーションされたアップルミュージックのプレイリスト「Base:Line」を提供し、NBAはウェブサイト、ソーシャルメディアチャンネルなどで配信されるNBAのハイライトで「Base:Line」に収録されている楽曲を使用する。

40曲収録されている「Base:Line」のリストは、独立系音楽レーベルUnitedMastersがプロデュースする新進気鋭のアーティストをフィーチャーしており、毎週更新される。

アップルは、今回のNBAとのパートナーシップによって、NBAのファンのなかから新しい有料会員の獲得を目指す狙いがある。NBA側にとっても、アーティストのコアなファンがNBAのハイライトを見ることで、若年層のファンの開拓につながるメリットがある。

ここに挙げただけでも、スポーツに関する話題を「聴く」市場が大きく拡大していることがわかるだろう。各メディアがしのぎを削るなかで、どんなユニークな番組が登場するのか、目、ではなく、耳が離せない。

<了>

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