
なぜスーパーボウルは「5G」導入? ネット配信で桁違いの売上もスタジアム観戦に積極投資のワケ
いよいよ日本でもサービスが開始される見通しの「5G」(第5世代移動体通信システム)。すでに運用が始まっているアメリカでは、2月2日のスーパーボウルで巨額を投じ、NFL史上初めて5Gが導入されたことでも話題となった。
日本とは桁違いの1兆5000億円以上もの売上額を誇るNFLをはじめ、近年のアメリカスポーツはネット配信を主な収益源としている。そんななか、なぜスタジアムのインフラ整備に積極的に取り組んでいるのだろうか――?
(文=川内イオ、写真=Getty Images)
1Gが自転車、4Gがスーパーカーなら、5Gは飛行機
2月2日に開催された、NFLのスーパーボウル。サンフランシスコ・49ersとカンザスシティ・チーフスが2019-20シーズンの王者を争ったこの一戦の視聴者数は、テレビだけで9990万人(昨年から1.7%増)、スペイン語での同時放送とインターネットのストリーミング放送を含めると、1億210万人に達した。
今回のスーパーボウルでは、開催地であるフロリダ州マイアミのハードロック・スタジアムとその周辺に、NFL史上初めてモバイルネットワークの第5世代技術である「5G」が導入されたことでも話題になった。
「5G」という言葉、なんとなく耳にしたことがある読者も多いだろう。「G」とは「Generation」の略で、第5世代と訳される。1Gが初期のアナログ携帯電話で、4Gが現在流通している大半のスマホと考えるとわかりやすい。
1Gから4Gと5Gのわかりやすい違いは、通信速度だ。日立システムズネットワークスのホームページによると、1Gが自転車、今のスマホがスーパーカーだとしたら、5Gは飛行機レベルと書かれている。具体的には、5Gは4Gの100倍の通信速度を持つ。
小難しい通信技術の話は別にして、5Gの特徴はこれまでにない「高速・大容量」「低遅延」「多数端末との接続」。これが実装されることで、スポーツ観戦の何が変わるのだろう?
8000万ドルを投じて5Gネットワークを構築
アメリカの「CNN Business」ウェブ版によると、NFLと提携したアメリカの通信大手ベライゾンは、今回のスーパーボウルに向けて、8000万ドルを投じてマイアミの空港、ダウンタウン、ハードロック・スタジアム内と駐車場に5Gネットワークを構築した。
これによって当日、スタジアムに詰めかけた約6万2000人の観客とマイアミの空港、ダウンタウンにいた人たちのうち、5G対応のスマホを持っている人は、5Gネットワークを利用できるようになった(アメリカではスマホキャリアの大手ベライゾン、スプリント、T-Mobile、AT&Tが昨年から5Gネットワークを稼働させており、5G対応のスマホも複数発売されている)。
このなかで、特に5Gの恩恵を受けたのは超満員のスタジアムにいた人たちだ。4G対応のスマホの場合、多数の人が集まる場所ではネットワークが混雑し、ワイヤレス速度が低下する。これによって、例えばSNSにつながりづらい、写真をアップできないという事態が発生するが、「高速・大容量」で「多数端末との接続」を特徴とする5Gの場合、通信速度に悩まされる心配はない。
「なんだ、そんなことか」と思った人もいるだろうが、スタジアムにおける高速通信の実現は、いわば次世代のインフラだ。
7年連続でスーパーボウルの公式Wi-Fiソリューションプロバイダーを務めるエクストリーム・ネットワークスは、今回のスーパーボウルのスタジアム内でスポーツ史上記録的な26.42テラバイトのデータが転送されたと発表している。
前年にスーパーボウルを開催したメルセデス・ベンツ・スタジアムの観客数は約7万人。今回は約8000人少ないにもかかわらず、データ転送量は昨年比9.9%増。このデータを見れば、スタジアムにおける通信速度の高速化と安定化がいかに重要かわかるだろう。ちなみに、スタジアム内で最もWi-Fiから接続されたのは、Instagramだった。
アメリカスポーツがスタジアムの通信インフラを整備する理由
5Gはさらに、これまでにない観戦体験を提供するツールになっている。今回のスーパーボウルでは、ベライゾンがNFLの公式のアプリ「NFL OnePass」に対して、5G対応スマホのユーザーだけが利用できるサービス「マルチカメラアングルストリーミング機能」を提供した。
このサービスは、サイドラインに置かれた5つの異なるカメラアングルからプレーをストリーミング再生できるもので、5分割された画面からビューを自在に切り替え、ズームイン、巻き戻し、スロー再生、インスタントリプレイの再生が可能になる。
さらに、フィールド上の5つのカメラアングルのいずれかからビデオストリームを視聴している時に、ARを使用してリアルタイムの統計情報を見ることもできる。この「マルチカメラアングルストリーミング機能」は、4Gネットワークでは実現不可能だった。
スタジアムでの観戦は、大勢のファンに囲まれて盛り上がりを体感できる一方、自分の席から遠いところで展開されるプレーが見づらいという欠点もある。最上段から見る選手は豆粒のようで、誰がどの選手かもわからないということもあるだろう。
しかし5G時代に入り、「マルチカメラアングルストリーミング機能」のようなサービスが増えてくれば、スタジアムでほかのファンと一緒に盛り上がりながら、スマホを通じて自分が好きなアングルで、自分が見たいプレーを再生することができるようになるのだ。
アメリカのプロスポーツ業界はどこも、試合のネット配信を新たな収益源にしながら、「スタジアムでの体験の向上」にも力を注いでいる。満員のスタジアムが各チームやリーグのブランドになり、大きな価値を生むとわかっているからだ。
今後、5Gを活用したさまざまなファン向けサービスが続々と登場するだろう。その過程で、まったく新しいスタジアム体験が生まれるかもしれない。
<了>
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