「筒香の提言」で生まれた新リーグ “育成を目的”とした新しい学童野球とは?
2019年1月25日、プロ野球選手の筒香嘉智選手が日本外国特派員協会で記者会見を開き、野球界の「育成」に対して率直な提言を語った。その筒香選手の言葉に共感し、来年4月から横浜で育成を主眼に置いた学童野球リーグが立ち上がるという。そこで、筒香選手の提言も踏まえて日本のスポーツ事情について改めて振り返りながら、学童野球リーグ事務局長を務める「みなとみらいクラブ ブルーウインズ」の塚本幸治さんに「育成を目的にした新しい学童野球」について話を聞いた。
(文=木之下潤、写真=Getty Images)
筒香選手が野球界に発した提言の意味するもの
当時、横浜DeNAベイスターズに所属し、今シーズンからメジャーリーグのタンパベイ・レイズに移籍したプロ野球選手・筒香嘉智が2019年1月25日、記者会見を開いた。筒香といえば、日本代表で四番打者を務めるほどのスーパースターだ。その彼が日本外国特派員協会で野球界に対する思いを語った。
一体、その背景には何があったのか?
大きな理由として「野球人口の減少と将来を担う野球少年少女たちが育つ環境が密接につながっていることを訴えたかった」ことが挙げられる。筒香は自らが育った出身クラブ「堺ビッグボーイズ」で野球体験会を開催するなど、子どもの育成にも積極的に関わっている。そんな活動を通じ、自分が実際に見聞きしたことを含めてこれまでの野球界の「育成」に対して本音を話した。
簡単に要約すると、「現在、野球を続けていく環境にはさまざまな問題があり、その弊害となっている要因の一つに子どもの大会のほとんどがトーナメント制で開催され、それにより勝利至上主義が蔓延していること。どうしても選手の成長より勝つことが優先され、ケガや精神的な負担により大好きな野球から離れていく子が多くいるのではないか」ということだった。
もちろん筒香は「勝つ喜び、負ける悔しさは必要なこと」とはっきりと口にし、勝負がもたらす選手の成長そのものを否定しているわけではない。ただ小さい子であるほど選手の成長に発育発達が大きく関係するから、時に勝利より優先すべきことがあることを野球界全体で考えるべきではないかと主張した。
彼の訴えたことは野球界にとどまらず、サッカーやバスケットボール、バレーボール、ハンドボール、体操、卓球などスポーツ界全体で議論すべきテーマである。なぜなら自国の人口減少による競技人口の減少はすべてのスポーツに降りかかっている問題だからだ。たとえ現状は一時的に競技人口が増加していても、その人気ぶりに陰りが出れば、どのスポーツも近い将来ぶつかる壁である。
例えば、サッカーの選手登録数を調べると、2019年度は全体が87万8072人、ジュニア(小学生年代)の人口は26万9314人で、その上のジュニアユース(中学生年代)に残っているのが22万9537人だ。サッカーは全体の登録人口のピークを迎えたのが、2014年の96万4328人であり、ジュニアのピークは2013年の31万8548人である。さらにジュニアの過去40年のデータを振り返ると、1985年に23万1036人と20万人を超えてからは人気等によって多少の増減を繰り返しているが、決して増え続けているわけではない。
むしろピークだった2013年以降は減り続ける一方だ。
人口減少とともにスポーツ全体の競技人口も減少
では、野球界の競技人口はどうなのか?
そう思い、野球界の選手人口のリサーチを試みたが、実態は把握できなかった。その理由は、野球は「どこか1つの組織が統括しているわけではなかった」からだ。これだけ社会的に情報のオープン化がうたわれる中、調べた2つの組織のホームページには検索機能すら備わっていなかった。
野球界はジュニア世代でいうと日本少年野球連盟が管轄する「硬式野球」と全日本軟式野球連盟が管轄する「軟式野球」の2つが存在する。連盟のホームページを閲覧すると、硬式野球は「ボーイズリーグ」と呼ばれ、小中学生を合わせて「719チームが加盟」と書かれてある。また、軟式野球は2019年度のデータをチェックすると学童チームが1万1146チーム、少年チームが7273チームと記されている。「中体連は少年部登録チームに含む」との記載があるため、少年チームには中学生も登録されている。
いずれにしろチーム数は大まかに把握できたが、小中学生の選手登録数まではわからなかった。
ちなみに、日本バスケットボール協会をリサーチしてみると2019年度の全体の選手登録者数は59万7375人で、U-12カテゴリー(小学生年代)は15万3143人。うち、U-12の男女比はほぼ半々で、男子が7万8840人、女子が7万4303人だった。世界で最も競技人口が多いバスケットボールだが、日本での選手登録数のピークは1995年度の102万8450名が最高記録。現在は、その頃から比べると40万人近く減少していることになる。
世界的に競技人口が多いバスケットボールとサッカーという2つの競技の数値に目を向けても、日本スポーツ界全体の競技人口が減っていることは予測できる。日本全体の人口が減る中、各競技の人口も減少の一途をたどるのは目に見えている。なのに、スポーツ界で起こる出来事といえば不祥事ばかり。ここ数年はパワハラや金銭トラブルなど大人の汚い部分ばかりが世の中を騒がせている。
本当に、これで日本のスポーツ界に未来はあるのだろうか?
小中高のあらゆるスポーツに共通するトーナメント制の弊害
日本外国特派員協会で行った記者会見で、筒香は「子どもたちが野球を続ける弊害になっている要因の一つをトーナメント制」だと指摘したが、これはほとんどのスポーツが当てはまるのではないだろうか。1年間の活動スケジュールはほぼトーナメントを中心に回っているといっても過言ではない。しかも、これが小学校から高校まで続くのだ。
小学校では全日本〇〇大会、中学校に上がれば中体連が主催する全国大会、高校では高体連主催の全国大会が夏や冬に開催され、ほとんどの選手がこれらの大会に向けて「良い結果を出すため」に練習に励む。その努力自体は無駄ではないし、何かしら将来につながるだろう。
しかし、現在の小中高におけるスポーツのあり方は一部のエリート選手を除けば、一人ひとりが成長プロセスを大切に自分に向き合える環境ではない。
例えば、どの大会も過密日程で進み、選手のコンディションが考慮されているわけではない。昨今は急激な気温上昇による環境問題が広がる中、去年は東京都少年サッカー連盟が7、8月中の公式戦を中止したが、これは全国的に見ても異例の決断だった。ほかの地域では、例年どおりに活動を行ったところがほとんどだ。夏の中学総体や高校総体に至っては「スケジュールの見直し」が本格的に検討されるような話題はなかなか上がらない。
プレーの機会を作ることが、大人の義務であることは承知している。
ただ、それが一部の選手たちのモノになりつつあるのも否定はできない。まだ大きく伸びる可能性を秘める小中学生の間に、試合の目的が「勝利のため」だけにあるのは指導者の怠慢である。それは「勝利と育成の両立を具体的に目指してこそ指導義務を果たしている」と言えるからだ。
特に小学校の間に一部の選手しか試合に出場できない、また短い時間しか試合に出られないプレー環境には、大きな問題がある。こういうことが結果的に多くのケガや燃え尽き症候群を生んでいるのは世界的にさまざまなスポーツでうたわれていることだが、筒香選手もこのことに触れていた。
これは日本のあらゆるスポーツにいえるのではないだろうか。もちろん個人スポーツでプレーの安心安全に問題を抱える場合は別だが、そうでなければスポーツの醍醐味を最も味わえるのは本番である試合だ。どれだけ多くの選手がたくさんの公式戦を経験し、スポーツの楽しさに触れながら自分の競技人生を見据えていくか。指導者が、関係者全員がここに力を注げなければ、日本スポーツの未来はない。
横浜で育成を目的にした新しい学童野球が始まる
しかし、そんな野球界にも筒香の声に反応した指導者は少なからずいる。
全国的にも野球が盛んな神奈川の横浜では、来年4月から子どもたちの育成を目的とした新しい学童野球リーグ「Players Centered League」が始まることを耳にした。そこで、リーグの事務局長を務める「みなとみらいクラブ ブルーウインズ」の塚本幸治さんによると、一般的に小学生の年代は5~6年生が中心になるカテゴリーと4年生以下のカテゴリーの2つだが、この新規リーグでは4つに分けているそうだ。
・CLASS-A=5-6年生中心
・CLASS-B=4年生以下
・CLASS-C=1-3年生
・CLASS-D=1-2(3)年生
当然、カテゴリーによって塁間や投手から捕手までの距離を調整している。例えば、6年生は16mだが、低学年の子や初心者の子の場合は12mから1m間隔で線を引いておいて自分のレベルに合わせてどこから投げるのかを選ぶようになっていたりする。ほかにも、学年に応じて球数を制限したり、捕手も2人制にしたりと特定の選手に心の負担や体の負荷がかからないケガ・ストレス予防の対策がとられている。
このリーグが大切にしているのは、まず子どもたちが安心安全に試合をすることだ。夏場は午前中の涼しいうちに試合をし、昼間の炎天下の活動は控えるという。そんな安心安全を前提条件に、塚本さんは子どもたち全員に野球の醍醐味である「打つ」「投げる」「走る」「捕る」を体感してもらいたいと語ってくれた。
最後に夏の甲子園で開催される高校野球について話を聞いた。
「甲子園については考えが分かれます。夏の高校野球があることによって勝利至上主義が下のカテゴリーにまで徹底されてしまう弊害があることをわかっている人も当然います。一方で、『あれこそ日本の野球だ』と捉えている人もいます。野球界でいえば、後者の意見のほうが大多数だと思います。私自身は甲子園を否定するのではなく、それはそれ、これはこれと理解し、トーナメント形式以外の形を作っていくほうが今後の野球界にとっては大事なことだと考えています。
私も元高校球児で甲子園を目指していましたから、『大会そのものをなくします』のようなことは違うのかな、と。個人的には大会形式を否定するのではなく、選手の安心安全をきちんと守りながら大会をバージョンアップさせること、そして指導者自身が自分をバージョンアップさせることが重要だと思います。
私自身もバージョンアップのため、日本スポーツ協会の公認軟式野球コーチ3の資格を取得した後、2019 年に育成を主眼に置いたジュニアのチームを新しく立ち上げました。また、思いを共にする指導者仲間と一緒に『育成』を主眼に置いた新リーグ設立に向けて動いています」
例えば、野球界ではプロに入り、小さい頃からの勤続疲労によるケガで思うように投げられないピッチャーが数多く出始めていることから「投球数の制限を設けよう」とする動きもある。これはサッカーにもいえることだが、プロになることも夢や目標であることは否定しないが、もっと大事なのは「プロになってからどう活躍するか」、そして、大部分のプロになれない選手が「社会に出てどう活躍するか」を育成期間中にどう指導していくかではないだろうか。
塚本さんのような指導者たちがもっと増えて行動を起こしたとき、きっと野球界も新しい扉が開かれるはずだ。
<了>
【後編はこちら】「育成が目的」新しい学童野球リーグ発足 “子供達を真ん中”に置いた野球指導のあり方とは?
ダルビッシュ有が考える、日本野球界の問題「時代遅れの人たちを一掃してからじゃないと、絶対に変わらない」
少年野球の「口汚いヤジ」は日本特有。行き過ぎた勝利至上主義が誘発する“攻撃性”
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