真の文武両道ってなんだ? 名門・暁星学園卒の元Fリーガーが語る「教育」と「スポーツ」の幸せな関係
Fリーグ開幕から名古屋オーシャンズの初代キャプテンとして驚異の9連覇へ導き、フットサル日本代表キャプテンも任されてきた、北原亘。引退後は家業を手伝いつつ経営者の道を志しながら、スポーツが社会にもたらす効果、教育やキャリア、ビジネスへの相乗効果を生かす活動も熱心に行う。テレビドラマ『半沢直樹』の複数キャストの出身校としても話題になった暁星学園で学び、早稲田大学、サッポロビールに就職とエリート街道を進んできた北原がプロスポーツの世界で学んだこととは?
北原氏が理事として参画する『Di-Sports研究所』の代表理事・スポーツドクターの辻秀一氏が聞き手となり、スポーツと教育の親和性、可能性について語った。
(インタビュー=辻秀一、構成=REAL SPORTS編集部)
進学校から大学、大企業→プロフットサル選手への転身で抱いた「違和感」
辻:さまざまなアスリートが集うDi-Sports研究所の大きなテーマの一つに、アスリートのキャリア、スポーツと人生みたいなものがあります。北原くんは「スポーツ×教育」を追求した活動をしているんですよね。自分がプレーしていたフットサル、スポーツと教育の関係性について考えるようになったのはいつ頃からですか?
北原:プロフットサル選手になった23歳の頃ですかね。それまで、いわゆる進学校に通って勉強ができる仲間たちの中で人生を歩んできた。大学を卒業して、サッポロビールという大企業に内定をいただいて、2006年にプロフットサル選手になって周りを見渡すと、今まで自分が過ごしてきた人たちとはちょっと違う人たちが多くなった。
辻:そうだよね。スポーツの現場の独特な感じはよくわかります。
北原:いいとか悪いとかではなく、とにかく自分がいままで過ごしてきた人たちとは違ったんです。この違いはどこから来るんだろうと考えるようになったとき、「スポーツだけをやってきたからだ」という世間の声があることを知って、「あれ? ちょっと待てよ」と。自分がこれまで真剣に取り組んできたスポーツって、そんなに制限的なものだったっけ? と思うようになったんです。
辻:そこに大きな気づきがあったんだ? 当時の捉え方としては、「スポーツ人も競技だけでなく教育をもっとちゃんとやるべきだ」という視点もあったの?
北原:最初はどちらかというとそっちのほうでしたね。自分の学生時代は、文武両道が常に求められていた環境でした。スポーツも勉強もやるのが当たり前という世界でずっと生きてきたんです。それはいまの自分にも大きな影響を与えてくれているのですが、それでもやっぱり「スポーツ」と「勉強」を全く別のものとして分けて考えていて……。
スポーツ界、スポーツ人材を批判的な目で見る周りの人たちと同じように、スポーツだけに偏っているから引退した後に社会やビジネスで活躍できない人材になってしまうのかな、と考えた時期もありました。
真の「文武両道」とは、「スポーツ教育」ではなく「スポーツ×教育」にあり
辻:「文武両道」については、教育界でも非認知能力が重要視されるようになったり、教育とスポーツの相乗効果もいわれるようになってきていますよね。テレビなんかでも独特の教育で話題の暁星小・中学校、高校で学び、早稲田大学に進学した北原くんにとっては、「文武両道」の字のごとく、「文」が先にあって「武」が後にある、教育がスポーツにも役立つよという概念が強かったかもしれませんが、そこからプロスポーツのど真ん中に選手として入っていって、朝から晩までスポーツ漬けの状況から、文武両道、スポーツと教育に対する考え方に変化はありましたか?
北原:辻先生が整理してくださったとおり、10年間のプロ生活の中でだんだん整理ができていったなと感じています。
当時所属していた名古屋オーシャンズは日本初のプロフットサルチーム。先駆者としての立ち位置で、前例も正解もなかったんです。なので、いろいろなスポーツで“成功者”と呼ばれる方、引退後も輝いている方々に「どうやってそこにたどり着いたのか?」と聞きにいっていたんですね。
お話を伺うと、学校で勉強を真剣にやっていたという人もいれば、そうではないという人もいた。大切なのはそこじゃなくて、「自分が何をやりたいのか」にめちゃくちゃ向き合いながらスポーツをやってきた人、「常に自分にベクトルが向いている人」が、引退後のキャリアでも輝いていることに気がついたんです。
これは辻先生やDi-Spoの仲間たちともよく話すのですが、プロ選手としての結果だけを追い求めた先には何もない。自分自身も、結果を追い求めた先には結果しかなかったという体験があって。
辻:そういう体験をしているアスリートが多いんだよね。結果だけを追い求めた先に何もないと気がついて、どんな方向に考えがいったんですか?
北原:感覚を定義として言語化できるようになったのは引退後なんですが、「スポーツ教育」というとスポーツ“だけ”を通じて教育をすることだと思うんですね。先ほどの教育がスポーツに役立つというのと反対の考え方。自分の中では、「スポーツ×教育」。スポーツだけではなく、さまざまなものと相対化しながら、スポーツを通じて人間形成や“心の質”を担保することに目を向ける。こんなふうに定義するようになったんです。
辻:「スポーツ教育」ではなく、「スポーツ×教育」。いいですね! その場合の「教育」の中身も変わってきているのかな? 北原君の中で。
北原:最初は教育=勉強ととらえていて、すごく認知的な話ばかりしていたと思うんです。ただプロスポーツ選手としての経験を経て、教育は目に見えるアウトプットだけでなく、“心の質”、人間的成長も包括したものだというふうに考えるようになりました。
「変換力」を身につければアスリートはもっと輝ける
辻:これまでも話に出てきているし、教育と密接にかかわっているアスリートの引退後のキャリアについて、最近では「プレイングワーカー」や「デュアルキャリア」という働き方もありますが、「働く×スポーツ」についてはどのように考えていますか?
北原:アスリートが引退後に直面する問題としては、専門知識や技術の部分、テクニカルスキルと、資格や経験だけでは図れないポータブルスキル、仕事へのスタンスの部分に分けられると思うんですけど、テクニカルスキルは正直、勉強するしかない。一方で、ポータブルスキルやスタンスは、アスリート時代からでもいくらでも身につけられるはずなんです。わかりやすくするためにパソコンで例えると「スタンス」「ポータブルスキル」がOSで、「テクニカルスキル」はアプリ。いくら有能なアプリをダウンロードしても、そもそもOSが整っていないとうまく活用できない。特定の業種・職種・時代背景にとらわれない能力であるポータブルスキルはむしろ、スポーツでも磨かれるものですよね。ここの部分に関しては、アスリートが磨いてきた能力を変換する力、「変換力」が弱いなと思います。
辻:「変換力」。また面白そうなキーワードが出てきましたね。それはつまり、どういうこと?
北原:辻先生の話を聞いて「自分たちの競技の事象に置き換えるとどういうこと?」と変換する力のことです。アスリートは自分が考えたことを人に伝えたり、行動化したりしてアウトプットする機会が圧倒的に少ないので、技術の再現力や実行力があるトッププレーヤーでも、変換力はあまり求められないんです。
辻:競技の中、北原くんの場合のならフットサルのピッチの中というアウトプットの“場”がある、本来なら普通の人よりアウトプットするチャンスが多いはずなのに、ピッチの外に出た途端に、「この事象はここにも生かせる」とか「普段の生活でも意識してみよう」と変換ができない。
北原:引退してからの話なんですけど、キックボクシングの元世界チャンピオンのジムに伺ったとき、「ちょっとやってみない?」と誘われてリングに上がったことがあったんです。そのときに「サッカーとかフットサルの選手って直しづらいんだよね」というんです。
理由を聞いたら「絶対軸足を一歩踏むんだよね。イチ、ニ、で蹴るでしょ?」って言われたんですね。たしかにインサイドキックは、軸足を踏み出してイチ、ニのリズムで蹴る。キックボクシングでは、相手にガードされないようにイチ、で蹴る。軸足を踏み込むのに時間は使えないけど、その中でひざ下の振りを速くして、腰の回転をうまく使って、体重を乗せる工夫をしているっていうんです。
これを現役時代に知っていたら、インサイドキックをイチで出せた可能性ありますよね。そう思って海外の選手のキックを見てみたら、イチで蹴っている選手が多かった。0.5秒くらいの差があったなと。
辻:今の話は他競技からの変換だけど、スポーツで身につけたこと、学んだことを仕事や次のキャリアに生かすというのも同じことだよね。やっぱり頭で考えるだけじゃなくて、いろいろな経験や体験を通して体感として気づいていくことがすごく重要だね。
北原:日本や世界のトップ経営者の話を聞いて「これを自分たちのピッチの中に落とし込んでみよう」といっても難しいし、競技の技術の話をいきなり仕事に生かそうとしてもそこには飛躍があります。身近なところから変換できるといいなと思いますね。
「フットサル界の異能」北原亘と須賀雄大を生んだ“暁星イズム”
辻:同じ経験をしていても「変換力」があるかどうかでそれを生かせるかどうかが決まるってことですよね。北原くんがスポーツと教育の関わりとか、「変換力」に気がつけたのは、やはりこれまで歩んできた道が重要なのかなと思うんだけど。
北原:スポーツ界で、同じような考えを持っている、ある意味でのロールモデルだなと思っているのが、Fリーグのフウガドールすみだの監督であり、経営者でもある須賀雄大なんです。実は彼とは小学校からの同級生で、関わりの中で人間としてのあり方みたいなことを教えてもらった人でもあります。
監督としてだけでなく、顧客が誰で、どんな価値提供ができてビジネスが生まれているのかという視点を持って、それをチームのメンバーに考えさせている。「自分たちがなんのためにこのスポーツをやっているのか」という理念の部分もすごく追求しているんですね。僕が指導者にならなかった理由の一つに「こいつには絶対、この領域ではかなわない」と思ったこともあるんです。
辻:須賀さんとは暁星学園で小・中・高と同級生なんですよね。あと、北原くんがやっていたフットサルチーム「森のくまさん」だっけ? これも暁星学園のOBのチームだよね。
北原:そうですね。須賀は中学まではサッカー部に入れずに、中学3年生から入ってきて、高校生の時に監督から「お前は絶対に試合に出られないからマネージャーをやれ」と言われて、高校3年間マネージャーをやっていたような人なんです。プレーはやっぱり下手でしたね(笑)。
フットサルチーム「森のくまさん」(暁星高校OBチーム)も彼と一緒に立ち上げて、その「森のくまさん」と、もう1チーム(都立駒場高校サッカー部のメンバーで結成された「BOTSWANA」)が合併して、フウガドールすみだというチームがつくられたという経緯があるんです。
フットサルは「超高速でPDCAサイクルを回す」認知的なスポーツ
辻:フットサルから学んだこと、フットサルの魅力やみなさんよくご存じのサッカーとの違いについても聞きたい。
北原:サッカーとの共通点は、脳から一番遠い足で行うスポーツなのでミスが起こりやすいスポーツであることですかね。違いでいうと、11人対11人で行われるサッカーでは、コミュニケーション能力や信頼関係の構築力がより強く求められ、試合前、ハーフタイムしか監督が介入できないので、個人の問題解決能力も必要とされます。さらに外で行われるので天候による変動もある。
一方、フットサルはボールがあまり弾まず、体育館で行われるのでサッカーよりはミスが少ない競技にはなるんですね。そして、5人対5人という少ない人数で、さらに交代自由というルールもあるので監督の介入もサッカーよりは多い。そういう意味では、すごく認知的なスポーツなんです。
試合前に相手の分析をして、仮説を立てつつ試合に臨む。相手も研究をしてくるので、なかなかプラン通りにはいかない。そうなった時に、サッカーはそれをピッチの中で、自分たちで解決しなければいけませんが、フットサルは一度ベンチに下がって試合で得た情報を元に仮説を検証し直して、相手の戦い方を踏まえた戦い方をすることができます。
フットサルは、超高速でPDCAサイクルを回す超「認知的な」スポーツだというのが僕の考えです。
辻:北原くんは自分のお子さんにサッカーとフットサル、どちらをやらせたいですか?(笑)
北原:子どもの頃にはいろんなスポーツをやってみたほうがいいと思うので、本人が望めばどちらでもやらせてあげたいという感じですね。そこで本人が何を目指すか。年齢にもよりますけど、フットサルのほうがお金は稼げないので、その覚悟があるかどうかというところは、まず一つ問題として出てきそうだなという気はしますね。
辻:子どもも大人も関係なく、体験的にフットサルをやる場合にも、北原くんが言っているフットサルの良さとしての「高速でPDCAサイクルを回す」という体験をすることは可能なんでしょうか?
北原:実は先ほど話した須賀監督と、それをフィールドワークとかでできるかどうか検証したんですけれど、まだ行き着いていません。ある種、社会で生きていくためにはすごく大切なことですけど、それとわれわれの目指している非認知的な部分をどう組み合わせていくべきなのかというところはまったく解が見えていないのが現状です。
“心の質”を高めるために日本にはスポーツ×教育が必要とされている
辻:Di-Sports(以下、Di-Spo)は、私も含めて北原くんたち理事も全員、基本ベースは超認知的なんですよね。だけど、非認知性の大切さを訴求し、非認知性を体験や体感を通じて子どもたちや社会に広げていこうという活動に賛同してくれました。その「非認知性」の大切さに北原くんが気づくことになった体験はありますか?
北原:名古屋オーシャンズ時代に、とにかく優勝して自分が活躍することで周りを笑顔にできると思っていた時期があったんですね。そこですごく勝利に執着して、優勝して、自身としてもリーグのMVPを取って、「これで周りの人を笑顔にできたかな」と思って周りを見てみたら、決してそうではなくて。むしろ「なんでお前が取るんだよ」みたいなチームメートもいたりして、「自分が求めていたものってなんだったんだっけ?」というのを考えた時があって。そこで初めて気づいたのが、自分が掲げていた目的に対しての目標じゃなくて、目的と目標を並列にしてしまっていたから全然リンクしていなくて。
辻:優勝や成績ではない、目に見えないものの大事さに気づいたきっかけは?
北原:これもまた暁星の話になってしまうのですが、小学校から一緒に過ごしてきた、チームメートの存在ですね。自分は小学校5年生までゴールキーパーをやっていて、身長の問題でフィールドプレーヤーに転向することになったんですけど、全国大会を狙えるチームの中で、突然フィールドプレーヤーになった自分が迷惑をかけてしまうと思い「サッカーやめようかな」とチームメートに相談したら、「お前が下手なのはわかるけど、俺らが絶対に助けてやる」と言ってくれたんです。
彼らの言葉に救われたので、自分もそういう人間になりたいと思って。決して個人能力が高いチームではなかったんですけど、うちの代がここ近年で一番成果を出したということが、関係性の質が高かったという理由につながっていると感じました。
辻:まだ課題も多い中で、Di-Spoにエネルギーを注いでくれる理由は何ですか?
北原:辻先生がおっしゃるように、自分自身、かなり認知的な人間だと認識しているのですが、外国人に比べて日本人は「心の知能指数」ともいわれるEQがすごく低いというデータもありますよね。日本人はいろいろな面で切り替えがうまくない人種だと思っていて、生産性を上げながら私生活を充実させるのが難しい。「スポーツ×教育」でも“心の質”という言葉を使っていますが、この部分の重要性に目を向けないと、仮に生産性が上がっても心が豊かにならない人がどんどんこれから増えていくんだろうなと思っています。
辻:日本はがんばっている国なんだけど、実は世界一生産効率の悪い国だからね。
北原:Di-Spoの仲間たちと、“心の質”を高めることの価値、先生がよく仰る「ごきげん」でいることの重要性が豊かさにつながっていくことを自分自身も追求しながら、次世代を担う子どもたちに伝えていけたらと思っています。
<了>
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PROFILE
北原亘(きたはら・わたる)
1982年生まれ、東京都出身。元フットサル日本代表キャプテン。早稲田大学商学部卒業後、サッポロビール株式会社に入社。2007年日本初のプロフットサルチーム『名古屋オーシャンズ』から声が掛かり、プロフットサル選手に転向。23歳で初代キャプテンを務め、在籍10年間でFリーグ9連覇を含む25個のタイトルを獲得。また10年間在籍した日本代表ではキャプテンも務め、W杯に2度出場。現役引退後は家業を手伝いつつ、講演、研修講師、実況解説など多岐に渡り活動している。
辻秀一(つじ・しゅういち)
1961年生まれ、東京都出身。北海道大学医学部卒後、慶應義塾大学で内科研修を積む。“人生の質(QOL)”のサポートを志し、慶大スポーツ医学研究センターを経て株式会社エミネクロスを設立。応用スポーツ心理学をベースとして講演会や産業医、メンタリトレーニングやスポーツコンサルティング、執筆やメディア出演など多岐に渡り活動している。志は『スポーツは文化だと言える日本づくり』と『JAPANご機嫌プロジェクト』。2019年に「一般社団法人Di-Sports研究所」を設立。37万部突破の『スラムダンク勝利学(集英社インターナショナル)』をはじめ著書多数。
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