三原舞依の演技は、滑る喜びに溢れている。逆境を乗り越え、見る者を魅了する飽くなき向上心

Career
2020.12.06

その目には、涙が浮かんでいた――。最後のスピンを終え、感情のおもむくままに小さく飛び跳ねた。演技の途中からすでに目は潤んでいた。万雷の拍手を耳にし、ついにこらえ切れなくなった……。
逆境を乗り越える強さ、飽くなき向上心、そして、スケートへの愛。誰もが彼女のとりこになる。
久々の大舞台となったNHK杯で4位。三原舞依の演技には、滑る喜びが満ちあふれていた――。

(文=沢田聡子)

三原に降りかかる過酷な試練。だからこそ“滑る喜び”を誰よりも知っている

三原舞依がシニアに上がると同時に躍進した、2016-17シーズンだったと記憶している。いつもはどちらかというと辛口の記者が、三原に関してはそのスケーティングや人柄を事あるごとに褒めるので「三原、ひいきですよね?」と軽口をたたくと、彼はこう返した。

「三原は、みんな応援してますよ」

確かに、その通りだと思う。冷静さを保とうと努めるメディアも、もちろんファンも、誰もが応援せずにいられないのが三原舞依というスケーターだ。

だが三原は、なぜそんな彼女に降りかかるのかと思うほど過酷な試練を乗り越えてきているスケーターでもある。2015年全日本ジュニア選手権の約1週間前に三原を襲った膝の痛みは、難病指定されている若年性特発性関節炎によるものだった。三原は痛みに耐えながら全日本ジュニア、ジュニアグランプリファイナルを戦った後、入院。2016年1月に退院した後も車いすで生活していたという。

しかし、競技に戻りシニアデビューを果たした2016-17シーズン、三原は単に復帰しただけではなく全日本選手権3位、四大陸選手権優勝と飛躍を遂げている。その原動力となっていたのは、滑ることができる喜びだったように思う。復帰できるか分からない厳しい状況を経ていたからこそ、三原の演技にはスケートへの愛があふれており、日々の鍛錬がうかがわれる高い技術と相まって見る者を魅了した。

復帰した今シーズン、向上心を持って意欲的に戦っている

そして今も私たちは、三原のスケートへの思いを競技会で感じる幸せを味わっている。昨季は体調不良により競技会に出場しなかった三原だが、今季は復帰。練習を再開したタイミングとコロナ禍による自粛期間が重なる難しい状況も乗り越え、近畿選手権(10月2~4日)3位、西日本選手権(10月30~11月1日)2位と順調に勝ち上がり、2年ぶりの全日本選手権出場を決めた。

プログラムの構成を見れば、三原がトップクラスに戻る気概を持って今季に臨んでいることは明らかだ。近畿選手権では3ルッツ―2トウループにしていたコンビネーションジャンプを、その2週間後に出場した地方競技会・全兵庫選手権(10月17~18日)では3ルッツ―3トウループにし、難度を上げている。三原は、コロナ禍により変則的になっているシーズンを、競技者としての向上心を持って意欲的に戦ってきた。

そして迎えたNHK杯、開幕前日となる11月26日の公式練習後、リモート取材に応じた三原は、「NHK杯に出させていただけるとは、本当に思っていなくて」と口にしている。

「名前があった時は『一文字違いの方かな?』って思うぐらい本当にびっくりして……。本当に出させてもらえるだけで感謝の気持ちでいっぱいですが、せっかくチャンスをいただけたので、しっかり元気よく、何も考えることなく『西日本が終わってからここまで練習してきたことを出すだけ』と思って、楽しんで滑りたい」

「前とは違った自分の、大人の女性の魅力」を見せた『It’s Magic』

体力面を重視した三原は、練習時間を増やしてきた。

「体力がまだまだなくて元の状態に戻すのに精いっぱいなのですが、NHK杯に出られるだけの滑りがしっかりできるように『まず体力』と思って練習してきました」

前へと進む高い意識を持つと同時に、三原は自分の現在地を冷静に見極めてもいる。

「毎回の試合で目指す演技を100としたら、近畿大会、オール兵庫、西日本とその目標に近いぐらいの滑りができている方じゃないかなとは思いますが、自分のマックス100が、まだまだ本当に(トップには)レベルが追いつかないと思っているので……。毎回100%以上出し切れるように、しっかり元気よく滑らないといけない」

三原にとり、久しぶりの有観客試合となるNHK杯。「見てくださっている方々のご声援は本当に力になるので、感謝しながら笑顔でしっかり元気よさをアピールできたらいい」と話していた三原は、大きな拍手を受けてショートプログラムに臨む。1948年のアメリカ映画『洋上のロマンス』から『It’s Magic』を使うショートは、三原が2年前にもNHK杯で滑ったプログラムだ。2018年、広島で行われたNHK杯では淡い桃色・紫・白のグラデーションだった衣装の色は、鮮やかさを増した濃いピンクになっていた。2年前よりスケート靴が重そうに見える三原だが、回転不足と判定されたものの着氷した最初の3ルッツ―3トウループを含め、予定通りの要素を大きなミスなく滑り切る。

「プログラムの中で、少しでも(会場の)一番上の方にまで届くような表現ができたらいいなといつも思うので、それが少しはできたんじゃないかな」

ノスタルジックなメロディと清楚なスケーティングがぴったりと合い、三原自身が語っていたように「前とは違った自分の、大人の女性の魅力」がある『It’s Magic』だった。

「お客さまの拍手は応援がすごく温かくて……」

「2年前にもNHK杯に出させていただいて、その時もすごく感じたのですが、やっぱりお客さまの拍手や応援してくださる気持ちがすごく温かくて、この中で滑ることができたのは本当にうれしいなと思いました」

ショート後、リモート取材でそう振り返った三原は、「涙が見えていたが」という問いには次のように答えている。

「最初から最後まで滑り切ることができてほっとした気持ちと、滑り終えた後にお客さまから本当に大きな拍手をいただいて、スタンディングオベーションしてくださっている方々もたくさんいたので……。たくさんのバナーも見え、本当にうれしさが心から出てきて、ふわっと涙が出てきた。本当に感謝の気持ちでいっぱいです」

一方、三原は競技者としての冷静な顔も見せている。3回転―3回転の回転不足は、三原自身、跳んだ時に自覚していたようだ。

「最初の3回転―3回転が自分の中のベストじゃなかったのですごく悔しいですが、そこから切り替えて最後まで滑ることができたのは、練習してきたことをしっかり信じ切れたということかなと思う。明日に向けて、今日は悔しいジャンプになってしまった最初のジャンプを加点が倍ぐらい(の出来栄え)で跳べるように、しっかり自信を持って滑りたい」

ショートのスコアは63.41で 7位発進となった三原は、翌日のフリーを前半グループの最終滑走者として迎えることになった。

フリーの演技の後に見せた、涙の理由

「森の妖精」をイメージしている三原の今季フリーは、世界的に著名なローリー・ニコルが振り付けている。浅田真央に憧れてスケートを始めた三原にとって、浅田に数々の名プログラムを提供したニコルは特別な存在なのではないだろうか。ショート後、「明日のフリーは今日とまた違った雰囲気で、森の妖精さんになり切って最後まで力強く壮大に、ローリーさんに教えていただいたことを全部できるようにしたい」と語っていた三原は、深い緑色の衣装をまとってスタート位置につく。

冒頭の3回転ルッツ―3回転トウループは4分の1の回転不足と判定されたが、体力を消耗する後半に入ってからの3回転ルッツ―2回転トウループ―2回転ループの3連続ジャンプは加点がつく出来栄えで決め、終盤のコレオシークエンスでは伸びるスケーティングでリンクを駆けていく。澄み切った音と透明感のある滑りが溶け合う演技を終えた三原はガッツポーズを見せ、飛び跳ねて喜びを爆発させた。

フリー後の三原の表情には、充実感があふれていた。
「最後のジャンプが終わってスピンしている途中に、本当に大きな拍手の音が聞こえて。ステップに入って真ん中ぐらいのところからすごくうるうるしていて、最後の方は本当に前が見えなかった。観客の皆さまの拍手の音が音楽よりも大きく聞こえて、感謝の気持ちでいっぱいで……『ありがとうございます』という思いで、本当に『うれしい』という言葉に尽きます」
「まだまだ完璧とはいえない演技だと思うんですけど、最初の3回転―3回転も含めて全部大きなミスなく終えることができたことは、よかったんじゃないかな」
「今の状態では一番いい“妖精さん”になれたと思うのですが、まだまだローリーさんにお見せできるプログラムにはなっていない。これから試合を進めていく中で毎回レベルアップしていけるようにして、ローリーさんに『ちょっとはいいんじゃない』と言ってもらえるようになれたらいいかなと思います」

ここで止まるつもりはない。全日本ではさらに見る者を魅了するはずだ

三原は、フリー(131.32)だけの順位では3位、総合4位(合計194.73)という結果でNHK杯を終えた。復帰シーズンのグランプリシリーズとしては上々だが、三原はここで止まるつもりはない。

「今まではショート・フリー両方含めて、順位や競うというレベルまで、まだまだ達していないと思っている。全日本でも、今回の演技以上のものができるように。『今回の経験で5歩ぐらい前に進めたんじゃないかな』と先生とも話をしていて、お客さまの前で滑れたことも一つの経験。今回復帰して4試合目になるんですけど、1・2・3試合目よりも自分としては成長できているんじゃないかなと思うので、それを信じて全日本でも思い切って滑れるように。ショートの最初の3回転―3回転は、今日のフリーの1本目みたいに思い切ってできるよう、特訓していきたいなと思います」

逆境を乗り越える健気さで胸を打つスケーターであると同時に、あくまで上を目指す競技者でもある三原舞依。彼女を支える“滑る喜び”は、全日本選手権でより進化したスケーティングとなって、再び見る者を魅了するはずだ。

<了>

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