三原舞依の演技は、滑る喜びに溢れている。逆境を乗り越え、見る者を魅了する飽くなき向上心
その目には、涙が浮かんでいた――。最後のスピンを終え、感情のおもむくままに小さく飛び跳ねた。演技の途中からすでに目は潤んでいた。万雷の拍手を耳にし、ついにこらえ切れなくなった……。
逆境を乗り越える強さ、飽くなき向上心、そして、スケートへの愛。誰もが彼女のとりこになる。
久々の大舞台となったNHK杯で4位。三原舞依の演技には、滑る喜びが満ちあふれていた――。
(文=沢田聡子)
三原に降りかかる過酷な試練。だからこそ“滑る喜び”を誰よりも知っている
三原舞依がシニアに上がると同時に躍進した、2016-17シーズンだったと記憶している。いつもはどちらかというと辛口の記者が、三原に関してはそのスケーティングや人柄を事あるごとに褒めるので「三原、ひいきですよね?」と軽口をたたくと、彼はこう返した。
「三原は、みんな応援してますよ」
確かに、その通りだと思う。冷静さを保とうと努めるメディアも、もちろんファンも、誰もが応援せずにいられないのが三原舞依というスケーターだ。
だが三原は、なぜそんな彼女に降りかかるのかと思うほど過酷な試練を乗り越えてきているスケーターでもある。2015年全日本ジュニア選手権の約1週間前に三原を襲った膝の痛みは、難病指定されている若年性特発性関節炎によるものだった。三原は痛みに耐えながら全日本ジュニア、ジュニアグランプリファイナルを戦った後、入院。2016年1月に退院した後も車いすで生活していたという。
しかし、競技に戻りシニアデビューを果たした2016-17シーズン、三原は単に復帰しただけではなく全日本選手権3位、四大陸選手権優勝と飛躍を遂げている。その原動力となっていたのは、滑ることができる喜びだったように思う。復帰できるか分からない厳しい状況を経ていたからこそ、三原の演技にはスケートへの愛があふれており、日々の鍛錬がうかがわれる高い技術と相まって見る者を魅了した。
復帰した今シーズン、向上心を持って意欲的に戦っている
そして今も私たちは、三原のスケートへの思いを競技会で感じる幸せを味わっている。昨季は体調不良により競技会に出場しなかった三原だが、今季は復帰。練習を再開したタイミングとコロナ禍による自粛期間が重なる難しい状況も乗り越え、近畿選手権(10月2~4日)3位、西日本選手権(10月30~11月1日)2位と順調に勝ち上がり、2年ぶりの全日本選手権出場を決めた。
プログラムの構成を見れば、三原がトップクラスに戻る気概を持って今季に臨んでいることは明らかだ。近畿選手権では3ルッツ―2トウループにしていたコンビネーションジャンプを、その2週間後に出場した地方競技会・全兵庫選手権(10月17~18日)では3ルッツ―3トウループにし、難度を上げている。三原は、コロナ禍により変則的になっているシーズンを、競技者としての向上心を持って意欲的に戦ってきた。
そして迎えたNHK杯、開幕前日となる11月26日の公式練習後、リモート取材に応じた三原は、「NHK杯に出させていただけるとは、本当に思っていなくて」と口にしている。
「名前があった時は『一文字違いの方かな?』って思うぐらい本当にびっくりして……。本当に出させてもらえるだけで感謝の気持ちでいっぱいですが、せっかくチャンスをいただけたので、しっかり元気よく、何も考えることなく『西日本が終わってからここまで練習してきたことを出すだけ』と思って、楽しんで滑りたい」
「前とは違った自分の、大人の女性の魅力」を見せた『It’s Magic』
体力面を重視した三原は、練習時間を増やしてきた。
「体力がまだまだなくて元の状態に戻すのに精いっぱいなのですが、NHK杯に出られるだけの滑りがしっかりできるように『まず体力』と思って練習してきました」
前へと進む高い意識を持つと同時に、三原は自分の現在地を冷静に見極めてもいる。
「毎回の試合で目指す演技を100としたら、近畿大会、オール兵庫、西日本とその目標に近いぐらいの滑りができている方じゃないかなとは思いますが、自分のマックス100が、まだまだ本当に(トップには)レベルが追いつかないと思っているので……。毎回100%以上出し切れるように、しっかり元気よく滑らないといけない」
三原にとり、久しぶりの有観客試合となるNHK杯。「見てくださっている方々のご声援は本当に力になるので、感謝しながら笑顔でしっかり元気よさをアピールできたらいい」と話していた三原は、大きな拍手を受けてショートプログラムに臨む。1948年のアメリカ映画『洋上のロマンス』から『It’s Magic』を使うショートは、三原が2年前にもNHK杯で滑ったプログラムだ。2018年、広島で行われたNHK杯では淡い桃色・紫・白のグラデーションだった衣装の色は、鮮やかさを増した濃いピンクになっていた。2年前よりスケート靴が重そうに見える三原だが、回転不足と判定されたものの着氷した最初の3ルッツ―3トウループを含め、予定通りの要素を大きなミスなく滑り切る。
「プログラムの中で、少しでも(会場の)一番上の方にまで届くような表現ができたらいいなといつも思うので、それが少しはできたんじゃないかな」
ノスタルジックなメロディと清楚なスケーティングがぴったりと合い、三原自身が語っていたように「前とは違った自分の、大人の女性の魅力」がある『It’s Magic』だった。
「お客さまの拍手は応援がすごく温かくて……」
「2年前にもNHK杯に出させていただいて、その時もすごく感じたのですが、やっぱりお客さまの拍手や応援してくださる気持ちがすごく温かくて、この中で滑ることができたのは本当にうれしいなと思いました」
ショート後、リモート取材でそう振り返った三原は、「涙が見えていたが」という問いには次のように答えている。
「最初から最後まで滑り切ることができてほっとした気持ちと、滑り終えた後にお客さまから本当に大きな拍手をいただいて、スタンディングオベーションしてくださっている方々もたくさんいたので……。たくさんのバナーも見え、本当にうれしさが心から出てきて、ふわっと涙が出てきた。本当に感謝の気持ちでいっぱいです」
一方、三原は競技者としての冷静な顔も見せている。3回転―3回転の回転不足は、三原自身、跳んだ時に自覚していたようだ。
「最初の3回転―3回転が自分の中のベストじゃなかったのですごく悔しいですが、そこから切り替えて最後まで滑ることができたのは、練習してきたことをしっかり信じ切れたということかなと思う。明日に向けて、今日は悔しいジャンプになってしまった最初のジャンプを加点が倍ぐらい(の出来栄え)で跳べるように、しっかり自信を持って滑りたい」
ショートのスコアは63.41で 7位発進となった三原は、翌日のフリーを前半グループの最終滑走者として迎えることになった。
フリーの演技の後に見せた、涙の理由
「森の妖精」をイメージしている三原の今季フリーは、世界的に著名なローリー・ニコルが振り付けている。浅田真央に憧れてスケートを始めた三原にとって、浅田に数々の名プログラムを提供したニコルは特別な存在なのではないだろうか。ショート後、「明日のフリーは今日とまた違った雰囲気で、森の妖精さんになり切って最後まで力強く壮大に、ローリーさんに教えていただいたことを全部できるようにしたい」と語っていた三原は、深い緑色の衣装をまとってスタート位置につく。
冒頭の3回転ルッツ―3回転トウループは4分の1の回転不足と判定されたが、体力を消耗する後半に入ってからの3回転ルッツ―2回転トウループ―2回転ループの3連続ジャンプは加点がつく出来栄えで決め、終盤のコレオシークエンスでは伸びるスケーティングでリンクを駆けていく。澄み切った音と透明感のある滑りが溶け合う演技を終えた三原はガッツポーズを見せ、飛び跳ねて喜びを爆発させた。
フリー後の三原の表情には、充実感があふれていた。
「最後のジャンプが終わってスピンしている途中に、本当に大きな拍手の音が聞こえて。ステップに入って真ん中ぐらいのところからすごくうるうるしていて、最後の方は本当に前が見えなかった。観客の皆さまの拍手の音が音楽よりも大きく聞こえて、感謝の気持ちでいっぱいで……『ありがとうございます』という思いで、本当に『うれしい』という言葉に尽きます」
「まだまだ完璧とはいえない演技だと思うんですけど、最初の3回転―3回転も含めて全部大きなミスなく終えることができたことは、よかったんじゃないかな」
「今の状態では一番いい“妖精さん”になれたと思うのですが、まだまだローリーさんにお見せできるプログラムにはなっていない。これから試合を進めていく中で毎回レベルアップしていけるようにして、ローリーさんに『ちょっとはいいんじゃない』と言ってもらえるようになれたらいいかなと思います」
ここで止まるつもりはない。全日本ではさらに見る者を魅了するはずだ
三原は、フリー(131.32)だけの順位では3位、総合4位(合計194.73)という結果でNHK杯を終えた。復帰シーズンのグランプリシリーズとしては上々だが、三原はここで止まるつもりはない。
「今まではショート・フリー両方含めて、順位や競うというレベルまで、まだまだ達していないと思っている。全日本でも、今回の演技以上のものができるように。『今回の経験で5歩ぐらい前に進めたんじゃないかな』と先生とも話をしていて、お客さまの前で滑れたことも一つの経験。今回復帰して4試合目になるんですけど、1・2・3試合目よりも自分としては成長できているんじゃないかなと思うので、それを信じて全日本でも思い切って滑れるように。ショートの最初の3回転―3回転は、今日のフリーの1本目みたいに思い切ってできるよう、特訓していきたいなと思います」
逆境を乗り越える健気さで胸を打つスケーターであると同時に、あくまで上を目指す競技者でもある三原舞依。彼女を支える“滑る喜び”は、全日本選手権でより進化したスケーティングとなって、再び見る者を魅了するはずだ。
<了>
坂本花織は必ず復活する。盟友・三原と笑顔の未来へ繋がる、失意からの意欲的な挑戦
ザギトワが大人になる過程を見せ続けてほしい。短命すぎる女子フィギュアの残酷な現実
なぜ浅田真央はあれほど愛されたのか? 険しい「2つの目標」に貫き続けた気高き信念
本田真凜が、帰ってきた。「逃げたい」悪夢から目醒め、再び輝き始めた「彼女だけの魅力」
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
子育て中に始めてラグビー歴20年。「50代、60代も参加し続けられるように」グラスルーツの“エンジョイラグビー”とは?
2024.04.23Career -
シャビ・アロンソは降格圏クラブに何を植え付けたのか? 脆いチームを無敗優勝に導いた、レバークーゼン躍進の理由
2024.04.19Training -
堂安律、復調支えたシュトライヒ監督との物語と迎える終焉。「機能するかはわからなかったが、試してみようと思った」
2024.04.17Training -
8年ぶりのW杯予選に挑む“全く文脈の違う代表チーム”フットサル日本代表「Fリーグや下部組織の組織力を証明したい」
2024.04.17Opinion -
育成型クラブが求める選手の基準は? 将来性ある子供達を集め、プロに育て上げる大宮アカデミーの育成方法
2024.04.16Training -
ハンドボール、母、仕事。3足のわらじを履く高木エレナが伝えたい“続ける”ために大切なこと
2024.04.16Career -
14歳から本場ヨーロッパを転戦。女性初のフォーミュラカーレーサー、野田Jujuの急成長を支えた家族の絆
2024.04.15Education -
J1でも首位堅守、躍進続ける町田。『ラスボス』が講じた黒田ゼルビアの倒し方とは?
2024.04.12Opinion -
遠藤航がリヴァプールで不可欠な存在になるまで。恩師が導いた2つのターニングポイントと原点
2024.04.11Career -
モータースポーツ界の革命児、野田樹潤の才能を伸ばした子育てとは? 「教えたわけではなく“経験”させた」
2024.04.08Education -
指揮官“怒りのインタビュー”が呼んだ共感。「不条理な5連戦」でWEリーグ・新潟が示した執念と理念
2024.04.04Opinion -
福田師王、高卒即ドイツ挑戦の現在地。「相手に触られないポジションで頭を使って攻略できたら」
2024.04.03Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
子育て中に始めてラグビー歴20年。「50代、60代も参加し続けられるように」グラスルーツの“エンジョイラグビー”とは?
2024.04.23Career -
ハンドボール、母、仕事。3足のわらじを履く高木エレナが伝えたい“続ける”ために大切なこと
2024.04.16Career -
遠藤航がリヴァプールで不可欠な存在になるまで。恩師が導いた2つのターニングポイントと原点
2024.04.11Career -
福田師王、高卒即ドイツ挑戦の現在地。「相手に触られないポジションで頭を使って攻略できたら」
2024.04.03Career -
なぜ欧州サッカーの舞台で日本人主将が求められるのか? 酒井高徳、長谷部誠、遠藤航が体現する新時代のリーダー像
2024.03.12Career -
大学卒業後に女子選手の競技者数が激減。Wリーグ・吉田亜沙美が2度の引退で気づいたこと「今しかできないことを大切に」
2024.03.08Career -
2度の引退を経て再び代表へ。Wリーグ・吉田亜沙美が伝えたい「続けること」の意味「体が壊れるまで現役で競技を」
2024.03.08Career -
リーグ最年長40歳・長谷部誠はいまなお健在。今季初先発で痛感する「自分が出場した試合でチームが勝つこと」の重要性
2024.03.05Career -
歴代GK最多666試合出場。南雄太が振り返るサッカー人生「29歳と30歳の2年間が一番上達できた」
2024.03.05Career -
高校卒業後に女子競技者が激減するのはなぜか? 女子Fリーグ・新井敦子が語る「Keep Playing」に必要な社会の変化
2024.03.04Career -
“屈辱のベンチスタート”から宇佐美貴史が決めた同点弾。ガンバ愛をエネルギーに変えて「もう一度、ポジションを奪いにいく」
2024.03.01Career -
なぜリスク覚悟で「2競技世界一」を目指すのか? ソフトテニス王者・船水雄太、ピックルボールとの“二刀流”挑戦の道程
2024.02.22Career