「格闘技はサウナに近い」。青木真也が“怖くても戦い続ける”理由と、独特の引退哲学
1年3カ月ぶりに、ONE Championship本戦に帰ってくる。1月22日、シンガポールで開催されるONE:UNBREAKABLE大会でジェームズ・ナカシマとのライト級ワンマッチを控えた今、青木真也は何を思うのか。「試合は常に怖い」と口にしながら戦い続ける男は、コロナ禍で疲弊した世の中へ、試合を通じて伝えたいメッセージがある――。
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、写真提供=ONE Championship)
“普通”だったことができなくなってしまったからこそ…
――対戦相手のジェームズ・ナカシマ選手との対戦は、青木選手自身が「厳しいマッチアップ」と表現していました。今回の試合で掲げているテーマを教えてください。
青木:今回の僕のテーマは、「幸せな時間が来る」です。これは自分で作ったコピーでもあるんですけど、今コロナ禍の世の中において、それまで“普通”だったことができなくなってきている。そんな中で、自分の好きなことを表現する場所があって、それをみんなに見てもらえるということが、すごく幸せなことだったんだということに気付いて。今ここで発信するべきメッセージは、“苦境に立たされても頑張っていく”、“怖さに打ち勝って頑張っていく”みたいなものではないと僕は思うんです。そういうメッセージを与えられても、世の中の多くの人は“もう頑張れません”って感じると思っているので。そのくらい疲弊してきている。なので、“普通”のことができたり自分が好きだと思えることができるというのは、そこに向かって張りのある生活をするのは、すなわち幸せな時間だなということを表現したいと思っています。コロナ禍になってプロレスも格闘技も無観客試合が続いていたんですが、すごく難しかった。お客さんの反応が見られないし、自分がどうなっているかが読めないから、試合をつくれないんですよ。マイクもつかめないし。
最近の格闘技界は消費スピードが速くて、試合をやって、結果が出て、また次の試合。とにかく数を多くつくる、大量生産・大量消費のような世界になって。それがいいと言う人が多ければそれでいいんだろうけど、僕はなんか耐えられなかったんですよね。なので、もっとゆっくりしたものを、もっと味わいのあるものをつくりたい。なので、今は“頑張れ”みたいなメッセージじゃないんじゃないかなと思っているんですよね。
――そこが「幸せな時間」というテーマにつながるんですね。今回の試合のポイントはどんなところにあると見ていますか?
青木:“無骨”に、ただそこにあるものを見せたいなと。最近の日本の格闘技は、ちょっとポップなものというか、例えばしゃべるのが上手だったり――僕もしゃべるのがうまいといわれるけど――見せ方の部分に頼っている印象です。YouTube的なマッチアップが多くなってきていて、それって数字とかPVといったものにみんなが追われている要因の一つのじゃないですか。
――年末の格闘技を見ていても「色物」のような対戦が組まれることはありますね。昨年末にはYouTuberのシバター選手がリングに上がったのはその象徴だったと思います。
青木:それってたぶんウェブメディアも同じじゃないですか。PVを追い求めると、例えば男性よりも女性が立っていた方がいいとか、そういう話になっていっちゃう。でも僕はそれは違うなと思っていて、世の中の人たちはそういう流れにちょっと疲れているところもあると思うので、割と無骨なものとか、飾り気のないものをつくることが今、重要だなと思っているんですよね。ただ無骨に、ただそこにあるものをパッて見せる、素材だけを見せることが一定層には届くと思っているので、そこの安心感はあります。
――この『REAL SPORTS』というメディアでは、ただPVを求めるだけの記事を大量生産することはせず、じっくり深く掘り下げる記事だけを掲載しています。数字だけを求めて消費していく先にいったい何があるのかと考え、数字ではない新しい価値観を生み出していくことを大事にしていきたいなと。
青木:やっぱりYouTubeじゃなくて、映画をつくりたい。刺さるものをつくっていくというのが、これからのテーマだなって思いながらやっています。
戦い続ける理由は「解放されるっていう快楽が気持ちいいから」
――今回の試合へ臨む感覚もこれまでとは違うんですか?
青木:これまでより淡々とやる感じが強くなったかもしれません。前からそうではあったんですけど、目の前にあることを淡々とやっていくことが一番強くなったかなと思います。
――試合に向けてはいつもどんな気持ちなんですか?
青木:みんなよく、“やりたい”、“楽しみだ”って言うじゃないですか。僕はあまりそれ信じていなくて。“この人、虚勢を張ってる”とか、“かっこつけてるんだな”って思っちゃうんですよね。やっぱり試合は常に怖いものだし、やりたくないなって思う。でも、やると快楽なんですよ。解放されるっていう快楽が気持ちいいんでしょうね。サウナに近いんじゃないですか。
――サウナに近いですか(笑)。
青木:はい。僕はずっとサウナに近いと思っていて。サウナだったり、あとはパチンコ。僕、パチンコはやらないんですけど、パチンコもずっと出ないというストレスを与えられ続けて、ようやく出た時にそのストレスから解放される。それってたぶん強い快楽だと思うので。サウナがはやっているのも、みんな快楽が欲しいからじゃないかなと思っているんですよね。
――サウナは暑いのを我慢して、ということですか?
青木:それで水風呂で解放される、ということかなと。今の世の中でみんなが人の物差しで生きるのってしんどくなっていると思うんです。経済は右肩下がりで、裕福な社会ではなくなって、“個々の幸せを見つけなきゃね”と。結局自分が好きなことで、自分の物差しを見つける、という流れが来ていると思うので、そういう意味で格闘技はいいのかもしれないですよね。
――試合をした後には、喜びがあるということなんですね。
青木:気持ちが入ったらどうでもよくなるじゃないですか。試合をやっている時って、金のことも他のこともどうでもいいわって思えるのが気持ちいいんじゃないですかね。
格闘技の試合は、青木真也という物語の一部を切り取ったものにすぎない
――青木選手は格闘家としていつまでやりたいと考えたりすることはありますか?
青木:僕、引退という概念がないんですよ。引退ってものを考えると不思議な話で、オリンピック選手ってオリンピックを軸にやめるじゃないですか。野球選手やサッカー選手って契約をされるかされないかっていうのが割と重要じゃないですか。
――契約されなければやめざるを得ませんからね。
青木:それって僕はどうしても他人が決めたことでやめさせられている気がしてしまうんです。オリンピック選手も、オリンピックに出てオリンピックにやらされてんじゃんと思ってしまうというか。それは自分としてはちょっと違うなと思っていて。僕にとって格闘技の試合というのは、たまたま日常を切り取ったものでしかなくて。その日常を切り取ったものがもしかしたら違うものになる、試合をしなくなる時は来るのかもしれないけど、自分を使った物語、見る人が感情移入できるものをつくることはずっとやっていきたいと思っているので、僕の中で引退という概念はないですね。
――試合自体も、青木真也という物語の一部ということなんですね。
青木:はい。“次で負けたら引退”みたいなことを格闘技の選手はよく言うんですけど、それで引退した人はあまり見たことがなくて(笑)。結局プロレスや格闘技の引退と復帰はセットですから。だから、いつ引退というのは考えていないです。
――青木選手の場合は、“青木真也の物語を生きている”だけなので、それこそ“死んだ時が終わる時”と感じます。
青木:そうです、そうです。でも最近思うんですけど、格闘技って“格闘技”なんですよね。でもみんな“格闘競技”をやっているというか、ONE的にいうと“格闘家”じゃなくて“アスリート”なんだなって。それだと“引退”というのはあるのかなと思いますね。でも僕はアスリートじゃなくて格闘家だと思っているから、そうは思わないと感じることはよくあります。
――それぞれの団体、今夏の場合はONEと青木さんの考え方は全然マッチしていないということなんですね。
青木:全然マッチしていないですよ。
――でも逆にそれでいいんじゃないですか?
青木:と僕は思っているし、なんて言うんだろう、なんだろうな……。もし僕が自分の思うことを言っていて、それで“お前はダメだ”と言われるなら、そんな意見も許されないんだったら“じゃあ失礼します”ってなると思います。そういうタイプだし。なので、自分がつくりたいものに対しては真摯に、真剣に向き合いたい。そうですね、そこは大きい気がします。スポーツ界全体で、つくるものへの制約がすごく強い。僕はそれを一番危惧しています。
日本時間1月22日(金)21時30分、ABEMAでライブ配信されるONE:UNBREAKABLEで1年3カ月ぶりのONE本戦となる青木真也は、いったいどんな物語を見せてくれるだろうか。「幸せな時間」に注目して見てみたい。
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<了>
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PROFILE
青木真也(あおき・しんや)
1983年5月9日生まれ、静岡県出身。小学生時代に柔道を始め、全日本ジュニア強化選手に選抜される。早稲田大学在学中に総合格闘技に転身。修斗、PRIDE、DREAM等のリングで活躍し、修斗世界ミドル級王座、DREAMライト級王座を獲得した。2012年からアジア最大の格闘技団体ONE Championshipに参戦、2度の世界ライト級王座を戴冠している。2014年からは総合格闘技と並行してプロレスにも参戦。日本格闘技界屈指の寝業師で、関節・締め技により数々の強敵からタップを奪ってきた。2019年に株式会社青木ファミリーを設立し、代表取締役社長に就任。格闘家の枠を超えた活動を行っている。
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