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鳥栖の快進撃に“3つの裏側”。竹原前社長の功罪:赤字20億円、守り続けた聖域、トーレスの残像
サガン鳥栖が躍進を見せている。2019年度決算で前代未聞の20億円超の赤字を計上し、多くの選手を放出した昨季はわずか7勝の13位。今オフもまたさらに選手を手放したこともあり、開幕前にはJ2降格を予想する声も多かった。厳しい戦いになるとみられていた今シーズンだったが、ふたを開けてみれば12節を終了した時点で3位につけている。
なぜ誰も予想し得なかった快進撃が成し遂げられたのか? そして、この快進撃は続くのか? その答えは、「未曽有の経営危機」「守り続けた聖域」「フェルナンド・トーレスの残像」という3つのキーワードに集約される――。
(文=藤江直人)
開幕前に多かった降格予想を覆す快進撃。2カ月弱で昨季の年間勝利数に並ぶ
開幕前の下馬評は決して芳しいものではなかった。オフにおける選手の出入りを踏まえれば、今シーズンのサガン鳥栖は厳しい戦いを避けられないのではないかと、失礼ながら考えていた。
13位で終えた昨シーズンの主力からリオデジャネイロ五輪代表のMF原川力(→セレッソ大阪)、共に東京五輪世代のDF原輝輝(→清水エスパルス)、DF森下龍矢(→名古屋グランパス)らが抜けた。
新たに元韓国代表DFファン・ソッコ(←清水)、MF島川俊郎(←大分トリニータ)、MF仙頭啓矢(←横浜F・マリノス)が加わり、昨秋にマリノスから期限付き移籍で加わっていた守護神・朴一圭も完全移籍に切り替えた。
ただ、他にはMF飯野七聖(←ザスパクサツ群馬)、FW山下敬大(←ジェフユナイテッド千葉)、MF酒井宣福(←大宮アルディージャ)、DF田代雅也(←栃木SC)とJ2からの補強が中心だった。
もっと言えば仙頭も昨シーズン、プロ4年目にして初めて挑んだJ1はわずか3試合の出場にとどまり、9月には古巣の京都サンガF.C.へ期限付き移籍する形で復帰していた。
戦力面でのダウンは必至と見られていた今シーズンは、しかし、ふたを開けてみれば12試合を終えた時点で、暫定ながら川崎フロンターレ、名古屋に次ぐ3位につけている。特筆すべきは7つの白星をもぎ取り、開幕からわずか2カ月弱ですでに昨シーズンの勝利数に並んでいる点となる。
多くのトップ選手を輩出するアカデミー組織はどのようにつくられた?
敵地・味の素スタジアムでFC東京を2-1で撃破。7勝目を挙げた24日のJ1リーグ第11節で、1ゴール1アシストの大活躍を見せたMF樋口雄太が試合後に胸を張った。
「自分たちがこれから新しい、強いサガン鳥栖をつくっていくためには、勝つことが当たり前になっていくことが一番だと思うので。勝ち癖というものをもっとつけていけたらと思っています」
鹿屋体育大学から加入して3年目の今シーズンから、空き番となっていた「10」を背負う24歳の樋口が歩んできたキャリアこそが、鳥栖の強さをひも解く最初のキーワードになる。
佐賀県出身の樋口は小学生年代から鳥栖のアカデミーに所属。U-17日本代表に選出された経験があるものの、U-18からトップチームへの昇格はかなわず、大学を経て古巣でプロになった。
今シーズンの鳥栖には樋口を含めて、アンカーとして代えの利かない存在となった19歳のMF松岡大起、力強いドリブル突破が武器の19歳のMF本田風智ら8人のアカデミー出身選手がいる。
さらに17歳ながら3月にU-24日本代表へ抜てきされたDF中野伸哉をはじめ、サガン鳥栖U-18に所属したままトップチームに帯同する高校生年代の2種登録選手が3人を数えている。
もちろん一朝一夕に生まれた活況ではない。アカデミーそのものは2000年に立ち上げられたが、J2を戦っていたトップチームの知名度は低く、土のグラウンドなどハード面でも大きく劣っていた。
完全設備のアカデミー寮、龍谷高との特待生協約、アヤックスとのパートナーシップ
ターニングポイントは、2012シーズンのJ1昇格を経て2014年末に完成したアカデミー寮の存在とともに訪れる。設備が完備された全寮制で、芝生のグラウンドを備える練習拠点の佐賀市健康運動センターまで徒歩で通える環境が、プロを目指す子どもたちにこの上ない魅力として映った。
新たな環境における1期生、MF石川啓人(現レノファ山口)とFW田川亨介(現FC東京)がトップチームへの昇格を果たした2016年末。感慨深げに「やっとここまできた」と語った当時の竹原稔代表取締役社長は、J2時代から先行投資を惜しまなかったアカデミーをこう位置づけていた。
「私たちは育成型クラブに変わらなければいけない。アカデミーの選手がトップチームにどんどん上がる仕組みを今、一生懸命つくっている。社長に就任した2011年から勢いでここまできましたけど、これからはクラブの売り上げが下がってでも挑戦し続けられるクラブであり続けなければいけない」
鳥栖のアカデミーは2017年以降だけで、U-15が日本クラブユース選手権を2度、高円宮杯全日本U-15選手権を2度制覇。U-18も2017年からプリンスリーグ九州を3連覇し、日本クラブユース選手権で2019年に準優勝、昨年には悲願の初優勝を果たしている。
龍谷高を運営する佐賀龍谷学園との間で交わされた、U-18所属選手を入学金免除で、なおかつ公式戦出場時には出席扱いとする特待生協約。そして、オランダの名門アヤックスと結んだパートナーシップ契約も、育成システムの充実や選手および指導者のレベルアップを後押しした。
2018年にアヤックスの育成年代を現地で視察し、大きな刺激を受けた一団の中に、当時U-18を率いていた金明輝監督がいた。そのシーズンの終盤に急きょトップチームを率い、初めて指揮を執るJ1で降格圏から残留へと好転させた金監督の存在を竹原前社長はこう語っていた。
「これだけの短期間でU-18を強くした軌跡は、みなさんもご存じだと思う。サガン鳥栖で現役を終えてからの彼は、指導者として本当に素晴らしいキャリアを積んでいる」
ユース監督を経由してトップの監督に就いた金明輝
2011シーズンに所属した鳥栖で引退した金監督は、翌年から鳥栖のスクールコーチとして指導者に転じた。2013年にU-15のコーチ、2014年には同監督へ就任。2016年からはU-18の監督を務めた過程でアヤックスイズムに刺激を受け、鳥栖独自のスタイル構築に取り組み始めた。
今シーズンの鳥栖は[3-1-4-2]を基本としながら、試合状況や相手選手の立ち位置を見極めながら[4-4-2]や[4-3-3]、あるいは[5-3-2]などへシステムを目まぐるしくスイッチ。ボールポゼッションとハイプレスを融合させた戦いで、主導権を握る時間帯が飛躍的に増えた。
「複雑にシステムを変えているのは、自分たちのパターンというよりも、一人ひとりが相手を見ながら頭で考えて、状況に応じてポジションを取っている部分に負っていると思います。日々の練習でもそこは意識して統一されている部分ですし、自分たちの強みだとは感じています」
今シーズンから副キャプテンを担う松岡が、頻繁に繰り返されるシステムの可変を選手同士のあうんの呼吸に求めたことがある。ボールを保持する時間が長くなり、敵陣で奪い返す回数が多くなれば相手の攻撃を受ける回数が減り、必然的に失点も減ると朴もFC東京戦後に言葉を弾ませた。
「前線からハードワークを惜しまない部分を、開幕から今までずっとみんなが徹底して頑張ってくれている。それが簡単にシュートを打たせないところや、簡単にクロスを上げさせないところにつながり、今シーズンのリーグ戦でいまだに複数失点してない要因になっていると思います」
言葉通りに12試合を戦っているチームの失点5は、名古屋の3に次いで少ない。被シュート数も80本で名古屋と並び、70本の川崎に次いで少ない(1試合当たり)。J1記録を更新中だった名古屋の連続無失点試合記録を「9」で止めたのも鳥栖。攻守両面で牙が研がれている証しとなる。
チーム人件費を大幅に圧縮する中で、竹原前社長が「聖域」として守り続けた
一方でクラブ経営に目を移せば、2019年度決算で20億円を超える、Jリーグ史上で最多となる当期純損失を計上した。2020年度も赤字だけでなく、約10億円の債務超過に陥る決算が確定している。
予算そのものが緊縮体制を余儀なくされる状況で、2019年度に比べて半分以下の11億6900万円へ圧縮された2020年度のチーム人件費は、今シーズンを戦う上でさらに減額されているはずだ。
依然としてコロナ禍に見舞われる状況で、ホームタウンの人口が全てのJクラブの中で最も少なく、大都市に比べてマーケティングも限られてくる佐賀県鳥栖市でクラブを運営していく上で、アカデミーを「聖域」と位置づけて死守してきた竹原前社長の言葉が思い出される。
「選手層を厚くしていかなければ、J1の舞台で生き残っていくことはできない。なので、アカデミーの子どもたちを育てながら、クラブの売り上げが下がっていく中でコストも落としていく。彼らをJ1の試合に出してもすぐに結果は出ないかもしれない。それでも育てていく。そうしなければ、鳥栖という街でサッカービジネスを続けていくのはすごく難しくなる」
松岡や樋口、本田、中野伸らアカデミー出身者が躍動し、鳥栖と共に指導者として成長してきたJ1最年少の39歳、金監督がU-18時代にヒントを得たスタイルが今、J1の舞台で輝きを放っている。
同時に限られている予算の中で、指揮官が目指す戦い方にマッチする潜在能力を秘めた仙頭、飯野、山下、酒井らを主にJ2からリストアップし、迎え入れたスカウト力もまた見逃せない。
“神の子”フェルナンド・トーレスが在籍していたからこそ…
全てを結びつけている経営危機の元をたどれば、“神の子”と呼ばれた元スペイン代表の大物ストライカー、フェルナンド・トーレスを獲得して、世界を驚かせた2018年の夏に行き着く。
日本円で7億ともいわれたトーレスの高額年俸に加えて、ユニフォームの背中部分のスポンサーを務めてきたスマートフォンゲームの大手、株式会社Cygamesが2018シーズン限りで撤退した。
経営難に陥った責任を取る形で、今年2月に退任した竹原前社長も「ビッグスポンサーと出会い、一度優勝しよう、というフェーズに乗ってチーム人件費をどんどん上げた中でスポンサーが撤退した状況に、チーム人件費が追いつかなかった」と経営戦略を見誤ったと認めていた。
もっとも、シーズンが開幕し、鳥栖の快進撃が注目されるようになってから、再びトーレスの名前が見聞きされるようになった。発信源は新型コロナウイルス感染拡大に伴う入国制限でなかなか来日および合流ができなかった、アフリカ出身の2人の新外国人フォワードだった。
「鳥栖からのオファーを受けたとき、とてもうれしく光栄に思った。それはこのチームにフェルナンド・トーレスが所属していたことを、私自身が知っていたからだ」
マッカビ・テルアビブ(イスラエル)から加入したナイジェリア出身のチコ・オフォエドゥが、トーレスが最後にプレーしたことが移籍の決め手の一つになったと明かせば、ヴラズニア(アルバニア)から加入したケニア出身のイスマエル・ドゥンガも思いをシンクロさせている。
「フェルナンド・トーレスがサガン鳥栖に加入したときに鳥栖というチームを知って、それから試合を見ることもあった。なので、ずっと鳥栖のことは知っていた」
共に28歳の2人は、身長173cm・体重70kgのオフォエドゥがスピードを、身長189cm・体重80kgのドゥンガが高さを武器にする。2週間の自主待機も終え、すでに公式戦でデビューも果たした。
組織力を前面に押し出す今シーズンの鳥栖にとって、この先に強烈な個の力が必要になる局面も必ず訪れる。金監督が繰り出すカードを豊富にする意味でも、2人の加入はチーム力全体を底上げする。もちろん先発としてフィットすれば、チーム内競争が促される点でもプラスに転じる。
誰も予想し得なかったドラマの行く末は…?
現時点で喫した3つの黒星は、全て0-1のスコアだった。そのうちの1つ、退場者を出した後の隙を突かれ、王者・川崎に惜敗した今月7日の試合後に金監督はこんな言葉を残している。
「負けて当たり前、というのが世の中の見解でしょうけど、僕たちは本当に勝ちにきたので悔しい気持ちでいっぱいです。10人になってからも、選手たちは最後まで勇敢に戦ってくれた。川崎相手に10人で前からボールを奪いにいくチームはなかなかないと思いますけど、それを美談にするつもりもない。負けは負けですけど、選手たちが一歩前に進めたゲームでもあるのかなと思っています」
ホームの駅前不動産スタジアムに川崎を迎えるのは、現時点で11月6日の第35節となっている。そのときにお互いにどのような状況で対峙(たいじ)するのか。経営危機の渦中でも死守してきた聖域に神の子の残像まで加わりながら、鳥栖が演じるドラマは予測不能の注釈付きで紡がれていく。
<了>
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