
藤田慶和、挫折を知るラグビー人生で真摯な眼差し。エディーの叱責、リオ直前の落選…ついに掴み取った夢の舞台
リオデジャネイロ五輪から正式採用された7人制ラグビーで、男子日本代表はニュージーランド代表を破る大金星を挙げ、最終的に4位入賞と躍進してみせた。だがその舞台に、男は立つことができなかった。15人制日本代表では史上最年少でデビューを果たし、順風満帆なキャリアを歩むと思われていた“ワンダーボーイ”は、その実、多くの悔しさを味わってきた。つかみ取った、夢の舞台。藤田慶和はきっと東京五輪で輝きを見せてくれるはずだ――。
(文=向風見也、写真=Getty Images)
史上最年少で15人制代表デビューも…順風満帆ではなかった“ワンダーボーイ”
ラグビー選手の藤田慶和は、とりわけ子どものファンに人気があった。
身長184cm、体重90kgの恵まれた体躯(たいく)。球を持てば大きなストライドでスペースを駆ける。迫る防御を長い腕でいなす。笑うときに目を細め、口角の上げ様も印象的。観戦し始めて間もない愛好家を、大いに引きつける。
いくつかの辛苦を味わってきた今は、より、大人の同業者に請われるよう進化しているような。
7人制の日本代表として東京五輪に出る2021年夏、以前ワンダーボーイと呼ばれた27歳は言った。
「代表のジャージーを着るときは最年少とか、若手という立場(のときが多かった)。チームを引っ張るというより、(周りに)ついていくだけ、ボールをもらったら走るだけ、みたいな感じだったのですけど、今はチームのことを考えないといけない。チームを勝たせるためにどういうプロセスを踏めばいいかを考え、行動しなきゃいけない。そういう部分で、責任というものが生まれているんじゃないかなと思います」
東福岡高で頭角を現し、2012年には史上最年少記録となる18歳での15人制日本代表デビューを果たした。その記念すべきゲームで6トライを挙げるや(UAE代表に106―3で快勝)、長らく次世代の星とうたわれた。
2015年“史上最大の番狂わせ”はスタンド観戦。エディー・ジョーンズHCの叱責
順風満帆とは、いかなかった。
初参加で3勝した2015年のワールドカップ・イングランド大会では、アメリカ代表との最終戦で先発してトライ。ただし、大会序盤は出番がなかった。
歴史的な勝利を挙げた南アフリカ代表との初戦はスタンドで観戦。当時の本人が複雑な立ち位置にあったことは、会場のブライトンコミュニティースタジアムへ訪れた家族のもとへも伝わっていた。
後日談によると、大会直前期の現地クラブとの練習後に指揮官だったエディー・ジョーンズと個人面談。それまでに指導者として2度のワールドカップで決勝へ進んだ世界的名将は、藤田のプレーについて叱責(しっせき)した。
折しも日本代表がトップダウンを善しとしない雰囲気を醸成しつつあったこともあってか、藤田は自らの正当性も訴える。
返ってきた言葉が、衝撃的だった。
「おまえは、俺のコーチングを受ける資格はない!」
最後のアメリカ代表戦で何とか爪痕を残し、ボスとも円満に別れて迎えた2016年、舞台を7人制へ移す。
リオ五輪では代表入りならず。悔しさを知るからこそ…
15人制と7人制では、試合時間や請われる特性が違う。後者を初めて正式種目とした同年のリオデジャネイロ五輪に出るべく、藤田は同じくワールドカップ・イングランド大会組の福岡堅樹と共に一意専心を志した。
結局、登録はかなわなかった。日程の都合上、選手の家族も招かれた壮行会に出席しながら現地でのバックアップメンバー入りを命じられる。トレーニングで身体を張って正規メンバーを鼓舞する一方、ニュージーランド代表撃破などで4位入賞のチームとは一定の距離を取った。規定上、選手村に入れなかった。
あれから4年、いや5年。2019年から徐々に15人制から7人制にウェートを傾けてきた藤田は、オンラインでの壮行会を経て正式に東京五輪のメンバーとなった。
主将の松井千士は、あの時に藤田と共にバックアップメンバーとなった26歳。片やその折の大会でプレーした28歳の合谷和弘は一時、落選し、最終的には13人目の選手として試合ごとの登録を目指す立場となった。藤田の言葉には、自身と他者の立ち位置への想像力がにじむ。
「責任とか、代表のジャージーの重みといった部分が、リオの時とは違うとは思います。グラウンド内だけではなくて、グラウンド外でたくさんの選手とコミュニケーションを取って、選手の癖(を知ったり)、人間観察をしながら私生活を送るようにしています」
この状況下でオリンピックをやる意義に真摯に向き合う
晴れ舞台に立つ大義については、別な意味合いでも考えさせられている。
昨今、新型コロナウイルス感染症の拡大とそれへの政治判断に伴い、大会そのものが批判材料と化している。こんにちのオリンピックにおける構造上のひずみも、開幕が近づくにつれ顕在化する。
藤田の盟友である松井も、メンバー発表の会見でその潮流を意識して発言する。
結局、自分たちにできることはラグビーなのだ、とも。
藤田は「千士の言う通りで……」。競技活動と無関係に問題視される今度の大会に、どう向き合うか。真摯(しんし)に言葉を選ぶ。
「(開催を)望む人も、望まない人もいる状況で、毎日ニュースになって、議論になるようなオリンピック。難しい中での開催になりますけど、その中でも、スポーツがいろいろな人に与えられる力には素晴らしいものがある。僕たちはラグビーを通し、ラグビーのよさというものを伝えて、いいオリンピックにできたらと思います」
言語化しづらい領域の言語化に至ったいつかのワンダーボーイは、試合では司令塔を任されそうだ。無観客となった東京スタジアムから、走った、抜いたにとどまらぬ「ラグビーのよさ」を画面越しに伝える。
<了>
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