
三浦龍司、19歳で2度の日本記録も“未完の大器”。箱根と両立目指し…3000m障害で世界と戦う2つの武器
東京五輪に出場するオリンピアンであり、昨年は大学駅伝でも大きな注目を集めた、底知れぬ可能性を秘めた19歳・三浦龍司。今年に入って3000m障害で2度の日本記録更新を果たすなど、今、最注目の大学生ランナーだ。日本記録保持者でありながらなお“未完の大器”とも称される、その衆望を一身に担う魅力の理由とは?
(文=守本和宏)
三浦龍司が陸上界で期待される2つの理由
箱根駅伝が批判される要因の一つに、「世界につながらないから」というものがある。つまり、駅伝はオリンピック種目に採用されておらず、オリンピックにつながらなければ将来性がないというわけだ。
大学生ランナーからすれば、オリンピック競技の中距離でいうと5000m、10000mあたりを狙いやすい。だが、そこはトラックとロードの違いもある。マラソンを目指すには、距離が違い過ぎて、駅伝との両立は困難だ。その中で、歴代の箱根ランナーが世界を狙ってきた競技が3000m障害である。
障害物を飛び越えていく足腰は、トラック外レースの強さにつながるため、箱根に出る選手も取り入れやすい。つまり、大学生ランナーが駅伝に取り組みながら、将来的な価値を示しやすい、希少な種目といえるだろう。
ちなみに「3000m障害」は近年、「3000mSC」と呼ばれることが多くなった。「SC」は「スティープルチェイス(Steeplechase)」の略。ただし東京五輪公式では「3000m障害」と表記されていることから、本稿でも同様に表記する。
その3000m障害でひときわ、注目を集める選手がいる。
島根県出身の順天堂大学2年生。三浦龍司だ。
5月9日の東京五輪テストイベント「READY STEADY TOKYO」で8分17秒46を記録。18年ぶりに日本記録を更新し、一気にメディアの注目を集めた。さらにそれから1カ月半後、6月26日の日本陸上競技選手権大会で8分15秒99で優勝、自らの日本記録を再度更新した。特に水濠(すいごう)で転びながら、その後スピードを上げて先頭を抜き返す、その勝負強さが話題となった選手だ。
三浦龍司が、陸上界で期待される理由を挙げるなら、「19歳ながら2度の日本記録更新」「ハードリング(ハードルを跳び越す)技術の高さとラストスプリントの速さ」となるだろう。
転んでも日本記録、に至るまで
島根県の地元クラブで陸上を始めた三浦。小学校時代から週3日ほど通ったクラブは、「陸上を楽しむ」視点で、80mハードル含む複数競技に取り組んだ。小中学校時代からハードル練習を積んだのは、彼のその後の成長を助けることになる。
京都・洛南高に進学し、ハードリング技術の高さを見込まれて取り組み始めたのが3000m障害。脚力に加え、戦略性も必要な種目に魅力を見いだしてからは記録ラッシュを見せる。2019年に高校3年生で日本選手権に出場。8分39秒37をマークし、高校記録、U18日本記録を塗り替えた。
そして三浦は、世界クラスのトップアスリートへの階段を一足飛びに駆け上がっていく。
3000m障害で大学生ながらリオデジャネイロ五輪に出場した塩尻和也。彼を自分に重ね、「自分も同じようになっていきたい」と進学先に選んだのは順天堂大学。
すると入学からわずか3カ月後、2020年7月のレースで8分19秒37をマーク。自己ベストを一気に20秒も縮め、日本学生記録を41年ぶり、U20日本記録を37年ぶりに更新してみせたのである。
さらに今年に入り、東京五輪テストイベント「READY STEADY TOKYO」では海外選手と競り合いながら、日本記録更新で優勝。日本選手権では、転倒しながらも自身の記録を更新と、立て続けに2度の日本記録更新を成功させた。大学2年生、19歳ながら出し続ける日本記録。実は3000m障害では、大学入学以来日本人相手に負けていない。いまだに底の見えない可能性が、彼自身を楽しみな存在にしている。
ハードリング技術の高さと世界に通じるラストスプリント
もう一つ、三浦の大きな魅力は、ハードリング技術の高さとラストスプリントの速さにある。
3000m障害は、1周ごとに設置された4つのハードルと、1台の水濠を跳び越えて走る。合計35回、障害物をクリアして3000mを走り切る。見ていると、選手たちは簡単そうに跳んでいくが、試しに80mに一回、90㎝の障害物を跳んで着地して、3000m走ってみてもらいたい。個人差はあるが、普通なら終盤は満足に跳べず、着地時に“つんのめる”こともあるだろう。
さらに、110mハードルなどが前に倒れるのに対して、3000m障害の障害物は倒れない。たまに終盤で障害のクリアの仕方をミスして、トップの選手が順位を大きく落とすこともある。3000m障害だと1000mと2000mと足に疲労がたまり、終盤で踏切が合わずに転倒するといったこともレース展開上は多い。よって、いかに障害物をうまくクリアするか(ハードリング)が重要になる。
三浦のハードリングのうまさは、手前でちょっと加速し、障害物を跳び越えていく点だ。水濠に関してもハードルを飛び越し気味に、後ろ足で押し出すように力を加え、遠くに跳んで、よりダメージが少ない姿勢で跳んでいく。確かな脚力がなければ、できない技術だ。
そして、何よりオンリーワンの選手として扱われているのが、ラストスプリントの速さだ。
特筆したいのは、徐々に終盤にいくにしたがって助走を加え、最後はスピードを上げて障害物を飛び越える形でフィニッシュに持っていくラストスパート。東京五輪テストイベント「READY STEADY TOKYO」では、最初の1000mは2分46秒だったが、最後の1000mを2分40秒で走破。このラストスパートが世界と戦うために必要な要素といわれており、その資質は十分。そして何より、見ていて爽快、かつワクワクする。
もちろん戦略次第で、変えてくる可能性はあるが、「ラスト1000mで切り替え、ハードリングの跳び方のチェンジとか、ギアの切り替えも、ラスト2周からの切り替えが自分のなかではすごく良かった」と本人も語っているため、その最後の追い込みに期待して見てほしい。
それでも、決勝にいくのは簡単ではないだろう(陸上は予選での成績上位者が決勝へ進む)。オリンピックは各国選手にとってのショーケース。記録も普段より上がる。ただ、最後の終盤で切り替えができるのは、世界トップ選手の条件。ポテンシャルとしては、8分10秒を切る力もあるといわれる未完の大器は、東京五輪の決勝に向けスピードに磨きをかけて、自身の価値を証明しにかかる。
<了>
新谷仁美が“傲慢”と葛藤の狭間でもがき苦しみ続けた6カ月の真実。諦めずに逃げなかった理由は…
なぜ日本人は100m後半で抜かれるのか? 身体の専門家が語る「間違いだらけの走り方」
水谷隼・伊藤美誠ペア「悲願の金メダル」を呼んだ“世界最高の1分間”。水谷の“本当のすごさ”とは?
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
平野美宇か、伊藤美誠か。卓球パリ五輪代表争い最終ラウンド。平野が逃げ切る決め手、伊藤の逆転への条件は?
2023.12.06Opinion -
大物外国人、ラグビーリーグワンに続々参戦 様々な意見飛び交う「サバティカル」の功罪
2023.12.05Opinion -
「今の若い選手達は焦っている」岡崎慎司が語る、試合に出られない時に大切な『自分を極める』感覚
2023.12.04Opinion -
「僕らが育てられている」阿部一二三・詩兄妹の強さを支えた家族の絆と心のアプローチ
2023.12.04Education -
ヴィッセル初優勝を支えた謙虚なヒーロー・山川哲史が貫いたクラブ愛。盟友・三笘のドリブルパートナーからJ1屈指の守備者へ
2023.12.01Opinion -
1300人の社員を抱える企業が注目するパデルの可能性。日本代表・冨中隆史が実践するデュアルキャリアのススメ
2023.12.01Business -
変わりつつある『大学』の位置付け。日本サッカーの大きな問題は「19歳から21歳の選手の育成」
2023.12.01Education -
東大出身・パデル日本代表の冨中隆史が語る文武両道とデュアルキャリア。「やり切った自信が生きてくる」
2023.11.30Business -
阿部兄妹はなぜ最強になったのか?「柔道を知らなかった」両親が考え抜いた頂点へのサポート
2023.11.29Education -
アスリートのポテンシャルは“10代の食習慣”で決まる! 「栄養素はチームじゃないと働かない」
2023.11.29Training -
トップアスリート“食事”の共通点とは? 浦和レッズを支えるスポーツ栄養士に聞く「結果を出す」体作りのアプローチ
2023.11.28Opinion -
なぜ東京の会社がBリーグ・仙台89ERSのオーナーに? 「しゃしゃり出るつもりはない」M&A投資の理由とは
2023.11.28Business
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
浦和レッズを「食」から支える栄養士・石川三知の仕事とは? 練習後の残食量が激減、クラブ全体の意識も変化
2023.11.27Career -
引退発表の柏木陽介が語った“浦和の太陽”の覚悟「最後の2年間はメンタルがしんどかった」
2023.11.27Career -
佐々木麟太郎の決断が日本球界にもたらす新たな風。高卒即アメリカ行きのメリットとデメリット
2023.10.30Career -
なでしこジャパンは新時代へ。司令塔・長谷川唯が語る現在地「ワールドカップを戦って、さらにいいチームになった」
2023.10.24Career -
なでしこジャパンの小柄なアタッカーがマンチェスター・シティで司令塔になるまで。長谷川唯が培った“考える力”
2023.10.23Career -
ラグビーW杯前回王者“史上初の黒人主将”シヤ・コリシが語った「ラグビーが終わったあとの人生」
2023.10.13Career -
森保ジャパンの新レギュラー、右サイドバック菅原由勢がシーズン51試合を戦い抜いて深化させた「考える力」
2023.10.02Career -
フロンターレで受けた“洗礼”。瀬古樹が苦悩の末に手にした「止める蹴る」と「先を読む力」
2023.09.29Career -
バロンドール候補に選出! なでしこジャパンのスピードスター、宮澤ひなたの原点とは?「ちょっと角度を変えるだけでもう一つの選択肢が見える」
2023.09.22Career -
ラグビー南アフリカ初の黒人主将シヤ・コリシが振り返る、忘れ難いスプリングボクスのデビュー戦
2023.09.22Career -
ワールドカップ得点王・宮澤ひなたが語る、マンチェスター・ユナイテッドを選んだ理由。怒涛の2カ月を振り返る
2023.09.21Career -
瀬古樹が併せ持つ、謙虚さと実直さ 明治大学で手にした自信。衝撃を受けた選手とは?
2023.09.19Career