
カーリング旋風から4年、ロコ・ソラーレ世界一への真摯な歩み。苦難と逆境で手に入れた「武器」
平昌五輪で日本カーリング史上初めての銅メダルを獲得した。列島に多くの笑顔をもたらし、空前のカーリングブームを巻き起こした。あれから4年。ロコ・ソラーレは世界最終予選を勝ち抜き、北京への切符をつかみ取った。これまでの歩みは、決して順風満帆だったわけではない。結果が出ず、葛藤した日々もあった。世界の頂点に立つために――。苦難と逆境の連続にも目を背けず、向き合ってきたからこそ、手に入れた武器がある。
(文=竹田聡一郎)
平昌五輪から4年。ロコ・ソラーレは世界トップチームの仲間入りを果たした
「オリンピックに出て何が変わったかといえば、特に私は変わってない気がします。でも、世界一になってみたいと思うようにはなりました」
ロコ・ソラーレのスキップ、藤澤五月はそう言った。2018年平昌五輪で、日本カーリング史上初のメダル獲得を果たした後だ。
メダル獲得はもちろん、「もぐもぐタイム」や流行語「そだねー」など、競技以外でも注目を集め、ロコ・ソラーレは一躍、スターになった。
「次は北京五輪です。何色のメダルを目指しますか」
「4年後に向けて一言ください」
そんな質問を当時、彼女たちは何十回も受けた。セカンドの鈴木夕湖は振り返る。
「うーん、いろいろ聞かれたけれど、別に隠しているわけでもなく、本当に4年後のことなんて考えてなかったんです。それよりもそのころから定期的に出られるようになったスラムが楽しくて」
スラムとは、グランドスラムの略語だ。ワールドカーリングツアーのランキング上位十数チームだけに招待状が届く、グレードの高い大会を指す。それらは世界一のタイトルといっていい。
「アイスの上のレベルは当たり前なんですけど、運営側の盛り上げ方はエンターテインメントとしても面白いし、観客も目が肥えていて、いいプレーには惜しみない拍手と歓声をくれます」
喜々としてグランドスラムを語るのはリードの吉田夕梨花だ。
「さっちゃん(藤澤)の投げたラストドローをゆうみさん(鈴木)とフルスイープでスコアした時、会場がスタンディングオベーションしてくれたんです。カーリングを続けてきてよかったなと思った瞬間でした」
カーリングはどうしてもスキップのショットに注目が集まりがちだが、それはそこまでショットをつなげてきたフロントエンド(リードとセカンド)の土台、さらにはストーンを精緻に操るスイーパーありき。それをカナダの観客は理解しているからプレーしていても楽しいと吉田夕は話す。
もちろんその分、厳しさがある。選手の技術やチームの戦術のレベルは他の大会と一線を画す。
「そんなに悪くないショットでも、『悪くない』では点にならないし、勝てない」
サードの吉田知那美がそう断言したことがある。
「このあたりでOKだよね、みんなでそう話して、実際にミスなくそこに運んでも、気付けば厳しい展開を強いられている。エリアでなくポイントで(ストーンを)置かなくてはいけない。難しいけれど最高に楽しい。だからこそ勝ってみたい」
2016年の世界選手権で銀メダル、2018年の平昌五輪では銅メダル、2019-20シーズンのグランドスラムでは3度のセミファイナル進出。ランキングでも平昌以後、常にトップ10入りするなど、ロコ・ソラーレは完全に世界トップチームの仲間入りをしている。
この4年は、世界の頂点に立つための準備と逆算の時間だった
しかし、まだ頂点には立てていない。この4年は彼女らが頂点に立つための時間といっても大げさではないだろう。
チームの創始者であり、現在はロコ・ソラーレの代表理事を務めながら自身もカーラーとして活動する本橋麻里が平昌以後に「ロコは世界一の準備ができるチーム」と現在のチームを評したことがある。
「足りないものを試合で探して見つけて、じゃあそれを埋めるために、勝ちから逆算してトレーニングできるのが強さ」
本橋の言葉を借りれば、この4年は世界一への準備と逆算の時間だった。
例えば、データの活用がある。カーリングではデータの蓄積と解析が、ここ数年で飛躍的に進化した。
ショット率やスティール数などは当然として、その上に「ダブルコーナーガードを置かれた時の複数失点率」という、ショットセレクションに直結し得る具体性を持った数字の細分化が進む。これをナショナルコーチのジェームス・ダグラス・リンドを中心に活用してきた。
トレーニング方法も多岐にわたって試した。登山、自転車、ラグビー、ピラティス、時にはフットサルや空手やズンバダンスまで試し、心身にさまざまな刺激を与えた。
一方で決してそれらに依り過ぎることはしなかった。
「大切だけれど、あくまでデータはデータ。あんまりとらわれ過ぎずに柔軟に考えることは維持したい」(藤澤)
「たくさんの人にお世話になって多くのトレーニングをしたけれど、全てが結果に直結するわけじゃない。たくさん試すことで自分たちに必要なものが分かったらそれが収穫。それでいいと思っています」(吉田知)
「勝つか負けるか」よりも「勝つか学ぶか」。結果の出ない時期も
きちんと優先順位をつくり、取捨選択を続けながら彼女たちの準備は実用性を帯びていく。
氷上では常に先手を取れるように、先攻後攻を決めるLSD(ラストストーンドロー)のための試合前練習のルーティーンを決めた。
大きな大会の前はできる限り現場に前乗りし、大会スケジュールにトレーニングや食事、睡眠時間を合わせる。
勝敗に関係なく、ミーティングを遂行し、しっかり振り返る。
それでも結果が出ない、あるいは不運に遭うことも少なくはなかった。
平昌五輪の翌シーズン、2019年の日本選手権では中部電力に完敗し、世界一への挑戦である世界選手権の切符を譲る。
2020年にはリベンジを果たすが、新型コロナウイルスの影響でカナダ・プリンスジョージの会場まで到着しながら、世界選手権が中止に。グランドスラムも不参加、あるいは中止となった。
2021年の日本選手権では北海道銀行フォルティウス(当時)に敗れ、五輪代表候補の座は9月のトライアルまでお預けとなった。
さらにはその9月までの準備期間、最終調整となった国内大会「どうぎんクラシック」では富士急に決勝で競り負けた。
吉田知は「本当にいいライバルに恵まれました。どのチームもしっかり私たちを引き締めてくれた」と感謝する。
「私たちもまだまだ子どもだから、負けたときは本当に泣き叫びたいくらい悔しいです。でも、本当に全ての負けが私たちの力になってくれた。勝負事だから勝敗がどうなるかは分からないけれど、『勝つか負けるか』よりも『勝つか学ぶか』という姿勢でやらせてもらっています」
2度目のオリンピックへ……逆境を力にして手に入れた武器
また、それぞれコロナ禍でのこの2シーズンに関しても以下のように感情を吐露している。吉田知は率直に「怖い」という言葉を使った。
「正直、怖い部分はあります。準備したものが最悪、全部なくなっちゃうかもしれない。それでも、どんなにショックを受けても、今までで一番いい準備はしたいし、しなくてはいけない。どうなるか分からないけれど、『最高に楽しい時間を過ごせたよね』と言い合えるように、準備しています」
今季、好調を続ける鈴木はこのコロナ禍に「今までの人生で一番、基礎練をした」と話す。
「海外遠征に行けなかった分、亮二さん(小野寺コーチ)に石を見てもらってたくさん投げた。それがよかったのかも。いい練習ができました」
吉田夕はコロナ禍のキーワードに「柔軟性」を挙げていた。
「すごく不安定なシーズンであることは間違いないけれど、メンタルな部分でそこでいちいち、一喜一憂していたらキリがない。変更があるものという前提で、逆に言えば何が変わっても同じパフォーマンスができる柔軟性を手に入れるチャンスかもしれない。カーリングというのは変化を捉えるスポーツなので」
藤澤は2020年の世界選手権中止が残念だったと惜しむ。
「本当にいい準備ができていたので、勝敗はともかくいいゲームができる自信はありました。残念だけれど、仕方ないしこの気持ちをまた次の挑戦に生かせればいいと思っています」
チームはオリンピック最終予選の舞台であるオランダから、カナダのホームタウンであるカルガリーへ移動し越年した。本来なら11日にアルバータ州カムローズで開催されるグランドスラムに出場予定だったが、オミクロン株感染拡大などの影響で中止に。
オリンピックに向けた最後の実戦の場を失う形になったが、チームに悲壮感はない。常に逆境を力にしてきた自信なのか。変化に対応する柔軟性を手に入れたからかもしれない。
コロナ禍ですら、糧に。世界一の準備と逆算ができるチーム、ロコ・ソラーレの天下取りがいよいよ始まる。
<了>
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