なぜ港区OLが“海外”のマラソン沼にハマったのか?「日本は『速く走る』ことへのこだわりがズバ抜けている」
日本は世界の中でもマラソン人気が高く、最近ではコロナ禍にランニングを日常的に行う人も増え、推計実施人口1,055万人といわれている。タイムを重視する本格派から運動不足解消のためなど、目的はさまざまある中、都内で働くOL・鈴木ゆうりさんは一味違うマラソン生活を送っている。大学在学中から海外でのマラソンをスタートし、卒業後はOLをしながら海外でのマラソンに出場するため世界中を旅しているという。これまで38カ国、48レースに出場してきたという彼女が、なぜ国内ではなく海外のマラソンにハマったのか? そのユニークすぎる背景に迫る。
(インタビュー・構成=阿保幸菜[REAL SPORTS編集部]、写真=本人提供)
マラソン沼にハマるきっかけとなった、友人の一言
――鈴木さんは、都内でOLとして働きながら「海外マラソンコレクター」として世界中のマラソンレースに参加するライフスタイルを送っていますが、マラソンを始めたのはいつ頃だったんですか?
鈴木:2015年に初めてホノルルマラソンに出てから、毎年参加するようになりましたね。
――もともと普段からマラソンは走っていたんですか?
鈴木:いや、全然! 「走ってみよう!」となったのは、レースの前日だったので(笑)。
――前日!? すごいですね。
鈴木:大学3年生のときに友だちとハワイに行って、「ISLAND SLIPPER(アイランドスリッパ)」という、日本では買えないブランドのサンダルを爆買いしようぜ、みたいな感じでアラモアナショッピングセンターに行ったんですけど。やけに日本人が多かったので、ショッピングセンターのインフォメーションの人に聞いたら、「2日後にホノルルマラソンがあるからじゃない?」と教えてくれて。そうしたら友だちが、「ダイエットで最近走ってるらしいじゃん。出れば?」みたいに言ってきたんです。それで、前日までエントリーすることができたので、急きょ出ることにしました。
――女子旅から突如マラソンレースに参加することになったんですね。
鈴木:はい。前日もラニカイビーチへサイクリングに行ったり、まったく「42.195km走る前日の人」ではなかったです(笑)。
――ツッコミどころ満載なのですが(笑)、もともと運動するのは好きだったんですか?
鈴木:いや、全然です。体育は超嫌いでいつもサボっていました。しいて言うなら、小学生のころ朝が苦手だったので、遅刻しそうになって走って行っていたくらい。それもだんだん疲れてきて、本当はだめなんですけど、途中まで自転車で行ってスーパーに置いてそこから歩いて通学していたら、学校にバレてめちゃめちゃ怒られたことがあります(笑)。
でも、ホノルルマラソンに出た当時は、ちょうどダイエットのために走っていたので5kmだけは走れていたんです。でも人生で走った最長距離が5kmでした。大学に入ったころは身長167cm・体重48kgだったのが、ピークのときは68kgくらいになってしまったんですよ。友だちに「顔に肉が付き過ぎて、口の動き鈍くね?」と言われて「はぁ!?」って(笑)。それが走り始めたきっかけでした。
――ダイエットの方法としてさまざまな選択肢がある中で、なぜ「走ること」に決めたんですか?
鈴木:食べることがすごく好きで、当時は回転寿司に行くと30皿くらい食べちゃうようなタイプでした。なので、食事制限は無理だなと。それで、友だちに勧められたジムに行こうとしたら会費が2万円くらいして。運動するのにお金を払うくらいなら、道を走るだけならタダじゃん、みたいな。それで最初は1kmくらいから走り始めました。
最初のころはきつすぎて吐きそうでしたが、だんだん距離を延ばして5kmくらい走れるようになったんです。そこから半年くらいで体重も減っていきました。中高生時代は美術部、大学時代はピアノサークルと文化部に入っていたので運動をまったくしてこなかったというのもあったと思います。
――それはすごいですね。そんな中でいきなり42.195kmを走って以来、今にいたるわけですが、最初に走ったホノルルマラソンが楽しかったからですか?
鈴木:それがもう、めちゃめちゃきつかったです。6時間20分くらいで一応完走しましたが、「二度と出るかこんなもん!」と思いましたね。ホノルルマラソンって制限時間がないので、リタイアするか歩いて戻るしかできなくて……。
――参加を勧めてくれたお友だちも一緒に出たんですか?
鈴木:いや、フラペチーノを飲みながら待っていました。
――1人で完走したんですね!
鈴木:はい。マラソンのあと、ワイキキのステーキ屋さんで食事していたときに、友だちから「女子の平均タイムって5時間15分らしいよ。かなり負けてるじゃん」みたいに言われて。
――ズバッと言いますね(笑)。
鈴木:当時ギャルだったのでパンチの強い友だちが多くて(笑)。そう言われて腹が立って、成田空港から帰る電車の中で、その2カ月後に行われたロサンゼルスマラソンにエントリーしました。
――日本国内でもマラソンはやってるのに、なぜまた海外のマラソンにエントリーを?
鈴木:ホノルルのマラソンのときに、ロサンゼルスマラソンのチラシをもらったのがきっかけです。当時大学で留学生サポーターというのをやっていたんですが、南カリフォルニア大学の友だちが多かったというのもあり、友だちの家に転がり込んで、走って帰ろうかなと(笑)。
150kg超えの人、片足がない人も…アメリカのマラソンで見た衝撃の光景
――ロサンゼルスマラソンでは、マラソンにハマるような出来事があったのですか?
鈴木:ロサンゼルスマラソンは楽しかったんですよ。ホノルルはやっぱり暑くて、ダイヤモンドヘッドの周りを走るのでコースも結構険しくて。一方でロサンゼルスは2016年のバレンタインデーの時期で、チャイナタウンから日本人街、チャイニーズシアターの前を通ってビバリーヒルズ、最後サンタモニカビーチという、(街中の)王道コース。
あと、2~3kmごとにDJがいてセンスのいいリミックスを流していて、応援している人たちの雰囲気も「ウェ~イ!」みたいなハイテンションで。やっぱり長距離を走るのってきついイメージがあったんですよ。でも、「けっこう楽しいじゃん!」みたいな気持ちになっていったんですよね。
――国によって、コースだけでなく雰囲気も違うんですね。
鈴木:基本的に、日本以外はだいたいにぎやかですね。日本の場合は東京マラソンのような大きなレースでも、沿道には人がたくさん立っているんですけど、基本的には知っている人だけを応援する傾向があります。海外では、知らない人からも応援されたり、ゼッケンに書いてある名前を呼んでくれたりするので、一人で走っていても応援してもらえるんです。
――なるほど。ロサンゼルスでマラソンの楽しさに目覚めていったのですね。
鈴木:はい。そしてその後、ロサンゼルスマラソンの会場で紹介されていたシカゴマラソンに応募したら当選したんです。シカゴマラソンは世界でも大きな大会といわれている6大会の一つで。たまたま大会が行われた10月ごろに、ボストンの友だちに会いにいく予定があったので、ちょうどええやんけ、と。シカゴは大きい大会ということもあってロサンゼルスより人が絶えず、ずっと賑やかでした。
――初めてホノルルマラソンに参加してから1年の間に、いつの間にかアメリカで3つのレースに参加されたんですね。
鈴木:はい。アメリカのマラソンのスゴイところは、まず体重150kgを超えていそうな人や、片足がない人とかも一緒に出ているんです。何かにチャレンジをしている人たちの姿を見ると元気をもらえますし、元気をもらった人たちが応援することによって、頑張っている人たちもさらに元気になれる。これってすごくナイスサイクルじゃんって思うんです。
日本は「速く走る」ことへのこだわりがズバ抜けている
――海外のレースと日本ではどんなところに違いを感じますか?
鈴木:マラソンって歩いてはいけないというルールはないんですけど、日本だと「歩くのはよくない」みたいな雰囲気があります。でも、それだとさすがに完走するのが難しい人も多いと思います。周りにいる日本人のランナー友だちは、サブスリー(※フルマラソンで3時間切ること)を狙うことを目的としていたり、わりとタイムを気にしている人が多い印象があります。日本人は目標を設定して、それに対してコツコツ努力するというのが好まれやすいですよね。
サブスリーを目指すために、何百メートルかをドンと速く走って、休憩して、また速く走って……という走り方を練習している人とかもたくさんいるんですけど、そういうのは全然興味がなくて。シューズとかにも興味がないし、走り方のセミナーみたいなものも一切行ったことがなくて。
――そういった価値観の違いも、日本のレースより海外のレースに参加している理由の一つなのでしょうか?
鈴木:そうかもしれません。タイムを重視したり、「速く走る」ということへのこだわりに関しては、やっぱり日本はズバ抜けて特殊だと思います。海外でも、もちろんそういう人はいますけど、それが目的のすべてではないという方が多い印象です。
個人的には、「走る」というのは一般的には誰にでもできて、もっともハードルの低いスポーツだと思っています。しかも世界共通で、どんな人でも参加できるスポーツだと考えると、めちゃくちゃ強いなって。特に海外は日本と比べて参加のハードルがすごく低い。
世界中でさまざまなレースに出ると、国ごとのレースの特色を楽しんだり、いろいろな国の人に応援してもらえるのが醍醐味。いろいろな人と感情を分かち合えたり、さまざまな場所を見ながら走れるのも良いところだなと思っています。
<了>
なぜ新谷仁美はマラソン日本記録に12秒差と迫れたのか。レース直前までケンカ、最悪の雰囲気だった3人の選択
「お金のため」復帰した新谷仁美 一度引退した“駅伝の怪物”の覚悟と進化の理由とは?
PMSやメンタルは“食事”で解決できる? アスリートのコンディショニング支える「分子栄養学」とは
男子の4〜6倍!? 女子アスリートの目に見えない怪我のリスク。前十字靭帯損傷、専門家が語る要因と予防
[アスリート収入ランキング2021]首位はコロナ禍でたった1戦でも200億円超え! 日本人1位は?
PROFILE
鈴木ゆうり(すずき・ゆうり)
海外マラソンコレクター。2018年のハワイ旅行時に出場を決めたホノルルマラソンでマラソンレースデビュー。都内でOLとして働きながら世界中を旅し各国のマラソンレースに参加し続けている。55カ国を旅しながら、38カ国で48レースを完走。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion -
大型移籍連発のラグビー・リーグワン。懸かる期待と抱える課題、現場が求める改革案とは?
2024.10.22Opinion -
日本卓球女子に見えてきた世界一の座。50年ぶりの中国撃破、張本美和が見せた「落ち着き」と「勝負強さ」
2024.10.15Opinion -
高知ユナイテッドSCは「Jなし県」を悲願の舞台に導けるか? 「サッカー不毛の地」高知県に起きた大きな変化
2024.10.04Opinion -
なぜ日本人は凱旋門賞を愛するのか? 日本調教馬シンエンペラーの挑戦、その可能性とドラマ性
2024.10.04Opinion -
デ・ゼルビが起こした革新と新規軸。ペップが「唯一のもの」と絶賛し、三笘薫を飛躍させた新時代のサッカースタイルを紐解く
2024.10.02Opinion -
男子バレー、パリ五輪・イタリア戦の真相。日本代表コーチ伊藤健士が語る激闘「もしも最後、石川が後衛にいれば」
2024.09.27Opinion -
なぜ躍進を続けてきた日本男子バレーはパリ五輪で苦しんだのか? 日本代表を10年間支えてきた代表コーチの証言
2024.09.27Opinion -
欧州サッカー「違いを生み出す選手」の定義とは? 最前線の分析に学ぶ“個の力”と、ボックス守備を破る選手の生み出し方
2024.09.27Opinion