
なぜSVリーグ新人王・水町泰杜は「ビーチ」を選択したのか? “二刀流”で切り拓くバレーボールの新標準
2024年、バレーボール界で一際異彩を放つ存在が誕生した。23歳の水町泰杜は、ウルフドックス名古屋でSVリーグの最優秀新人賞に輝きながら、オフにはトヨタ自動車のビーチバレーボール部で砂のコートにも立つ、まさに“二刀流”アスリートだ。全国屈指の強豪・鎮西高校から早稲田大学、そしてプロへと進んだ水町は、なぜいま、あえてビーチへの挑戦を決断したのか。今年7月開催のワールドユニバーシティゲームズでは日本代表としてバレーとビーチの両種目に出場し、前代未聞の“砂とフロアを行き来する日程”も経験。彼がこの挑戦に懸ける思いや、バレーボール界全体に与える可能性とは──。水町泰杜の今と未来を追った。
(文=吉田亜衣、トップ写真=小崎仁久、本文写真=西村尚己/アフロスポーツ)
2024年から“二刀流”を体現している23歳
近年、バレーボール界にも“二刀流”という言葉があふれてきた。一つはフロア競技であるバレーボール(以下・バレー)、もう一つは砂の上で行うビーチバレーボール(以下・ビーチ)である。
2024年からフロアと砂を行き来し“二刀流”を体現しているのは、23歳の水町泰杜。身長181cm、最高到達点339cmという豊富なジャンプ、力強いヒット力、抜群のスピードを備えた三拍子そろったプレーヤーだ。
鎮西高校でエースとして日本一に輝き、一躍注目を浴びた。早稲田大へ進学するとその存在感はさらに増し、最終学年では主将を務めるなど水町は常に輪の中にいた。
代表クラスにも引けを取らないほどの人気と実力を持つ水町は2023年12月、ウルフドックス名古屋(SVリーグ)への入団を発表。同時に夏季はトヨタ自動車ビーチバレーボール部に所属し、ビーチに挑戦することを表明した。
なぜ水町泰杜はビーチを選択したのか?
スーパーエリートである水町は、なぜビーチを選択したのだろうか。
「最初に興味を持ったのは、2016年に起きた熊本地震がきっかけでした。体育館が使えず、グラウンドに簡易コートを建てて2対2で練習することもありました。実際体験してみて『すごく面白いな』と肌で感じて、ずっとやってみたいと思っていました」
念願が叶ったうえでの決意表明だった。なかでも魅力を感じたのは、ビーチの“駆け引き”だ。
「バレーと違ってコート上に選手が2人。ブロッカーとスパイカー、スパイカーとレシーバーという1対1の駆け引きする場面がバレーよりも多く、見ていてもやっていても楽しいと思いました。なのに、なんでこんなに人気がないのか……。競技自体がそんなに知られていないことについて、気になっていました。もっと観客が入ってもいいし、ワイワイしながら見られる楽しいスポーツだと思います。自分はまだまだオリンピックを目指す次元にはないので、今はビーチの楽しさを広める方向でがんばりたいし、見ている人に何か印象や影響を与えられるようなプレーヤーになりたい」
そう語っていた水町は、海外合宿、武者修行を経て、大会ごとにペアを組み変えて国内大会に出場。二刀流デビューシーズン初っ端から非凡な能力を見せつけた。通例はバレー能力がある選手でもビーチにくると風や砂等の自然という敵に打ち負かされ、フロアと同じようにプレーするのは難しいとされている。
しかし、水町はまるでフロアにいる時と同じように、踏み切りからスイングまで瞬く間のスピードでこなし、快音を空に響かせながら強烈なスパイクを放っていった。パートナーのほとんどは経験のある外国人選手だったが、1年目の新人がジャパンツアー初参戦で準優勝するのは異例中の異例。各地で旋風を巻き起こし、鮮烈なデビューを飾った。
そんな1年目のシーズンを終えて水町はビーチ最終戦でこう振り返った。
「いろいろな選手と組んだことで、それぞれのプレースタイルや性格、気持ちを尊重しながらコミュニケーションをとるようにしていました。その中で自分がゆずれるもの、ゆずれないものがあることを学ぶことができました。あとは自分の技術力が上がっていけば、もっといいプレーができる。正直、もっとやりたい。10月からはバレーに戻るけど、早くまたビーチをやりたいですね」

そこまでしてなぜ“二刀流”を追い求めるのか?
手応えを残したまま、フロアへ戻っていった水町は、ウルフドックス名古屋で主力として躍動。2024/25 SVリーグレギュラーシーズンのアタック決定率は49.4%、外国人選手が上位を占める中、日本人では髙橋藍(サントリーサンバーズ)、宮浦健人(ジェイテクトSTINGS愛知)、西田有志(大阪ブルテオン)に続いて4番目だった(アタック決定率総合13位)。この活躍が評価され、水町は最優秀新人賞を獲得した。
「ビーチを経験したからこその、バレーの楽しさ、魅力を再認識できたSVリーグシーズンでした。5月からは頭の中をビーチに切り替え、昨年は楽しさがテーマでしたけど、今年はもう少し踏み込んでいきたい」
そうして迎えたセカンドシーズン。6月中旬に発表された「FISUワールドユニバーシティゲームズ(2025/ライン・ルール)」(以下ユニバ)で、水町はバレーとビーチの両競技において選手登録を行った。
オフ期にバレーとビーチをそれぞれ取り組む二刀流選手はいるが、同大会でフロアと砂でプレーするのはまさに前代未聞である。
水町はバレーが行われるドイツ・ベルリンでプール戦を経て、ビーチが行われるデュイスブルグへ中1日で移動。翌日からビーチに参戦した。体力的にも厳しいと思われるが、なぜそこまでして二刀流を追求するのか。
「もちろん体力的にはきついですよ(笑)。でも今は、僕にしかできないことだと思っています、体力的にもキャラ的にも。誰もやったことがないことなので、僕が実験台になって先導していくことが大事だと思っています」
「結果をネガティブにはとらえずに…」
気概をもって挑んだユニバは、主将としてバレー代表チームをけん引し、プール戦1位抜けに貢献した。ビーチでは、今年関東大学春季リーグ戦ベストスコアラー賞を獲得した明治大学4年の黒澤孝太とのペアで出場。ハイセットや速いテンポのコンビプレー、さらにツー攻撃などを交えた強打中心の“攻撃型”チームを目指し挑んだが、プール戦3戦3敗、17-24位順位決定戦に進み19位に終わった。
試合序盤は調整不足の部分は否めず、結果的に世界の高さに競り負け突破口を開けなかった。けれども試合を重ねるにつれ、水町と黒澤のアグレッシブな戦術が機能。最終戦では初勝利をもぎとった。
「試合を経験するごとに、『こうしよう、ああしよう』と話しながら改善できて自分たちの良さが出てきました。こういうかたちで点を取っていけばいいんだ、とわかってきた。この結果をネガティブにはとらえずに、ユニバでの経験を通じてどんどん強くなっていかないと……」
悔し涙を見せる黒澤の隣で、エールを送るかのように将来像とチームの収穫を語った水町。その傍らで男子代表の青木晋平コーチは今回の水町の挑戦をこう見ている。
「日本では水町が初めてですが、世界ではすでにもう一つ下の世代から二刀流は潮流となっています。今回は準備の移行期間が短くなってしまったことで、試合の中で戦術における判断力が欠けていた部分が見られました。日本ではまだ新しい取り組み。選手も我々スタッフ自身もまだ手探り状態ですが、課題を踏まえて選手たちをしっかりサポートしていきたい」
「日本でも世界でも大きな変化に」“二刀流”挑戦の意義
今回露呈した準備の部分について、両競技を行き来するうえで水町が懸念していたのはケガの防止策だった。最初から激しく動くのではなく、まずはウエイトトレーニングに重きを置き、徐々に動きを強めて身体を慣らしていくと言う。そうしてレシーブ、トス、スパイクなどのあらゆる動作、ボールを追う動体視力を含め、感覚を取り戻していく。
「ビーチでは風や砂の状態もその都度違うので、もちろん難しいけれど、どうやって切り替えれば両方に対応していけるのか。模索しながら感じるその難しさをポジティブにとらえています。今回のような挑戦の仕方もあって、これから挑戦する選手がバンバン出てきてもいい。日本でも世界でも大きな変化になればいいと思いました」
水町は、自分が虜(とりこ)になったビーチの未来を自らの手で変えようとしていた。
現在、バレーボール競技者登録数はバレーが約45万3000人に対し、ビーチは約3200人(ともに選手・スタッフ含む2024年時点。JVA公式サイトより)。その差は圧倒的である。水町は言う。
「僕はただ自分がやりたいから、両方やっているだけなんですけどね(笑)。バレーとビーチ、同じ競技なのだから、ともに盛り上がっていってほしい」
謙遜しながら発したその言葉には、“二刀流”に挑戦している意義がそっと込められているような気がした。
<了>
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