あの日、ハイバリーで見た別格。英紙記者が語る、ティエリ・アンリが「プレミアリーグ史上最高」である理由
プレミアリーグ史上最高の選手は誰か──。この問いに、イギリス、サンデー・タイムズの名物記者ジョナサン・ノースクロフトは「ティエリ・アンリ」と答える。スタッツを並べる必要はない。ハイバリーで彼がジェイミー・キャラガーを翻弄し、“尻もちをつかせた”あの午後の光景を一度見れば、それで十分だという。数字では語りきれない“別格”の存在。その理由を、ノースクロフト記者の記憶とともに振り返りたい。
(文=ジョナサン・ノースクロフト[サンデー・タイムズ]、翻訳・構成=田嶋コウスケ、写真=ロイター/アフロ)
キャラガーに尻もちをつかせた、あの日の午後
プレミアリーグにおいて史上最高の選手は誰か──。
クリスティアーノ・ロナウド、モハメド・サラー、ケヴィン・デ・ブライネ、ガレス・ベイル。この4選手だけでも名高い名手だが、もちろん彼らだけではない。ここに挙げていない名手もいて、プレミアリーグには一級品の選手が数多く在籍してきた。名選手の宝庫。そう言っていいだろう。
だがパフォーマンスのみを評価基準にするなら、私の答えは「ティエリ・アンリ」しかいない。
実際、現役時代はリバプールでプレーした元イングランド代表DFのジェイミー・キャラガーは、「プレミアリーグ史上最高の選手」にアンリの名を挙げている。その際、キャラガーは幾多のスタッツを用いて「いかにアンリが偉大であるか」を説明した。だが正直に言えば、全盛期のアンリをマークするキャラガー自身のプレー映像を一つ見せるだけで十分だった。アンリが史上最高の選手であるという説明は容易につく。
筆者には、どうしても忘れられない光景がある。場所はハイバリー・スタジアム。あの日の午後のことは一生忘れない。
キャラガーは華麗なフットボーラーではなかったが、ディフェンダーとしては極めて優れていた。しかしアンリは、彼を手玉に取った。
2003−04シーズンのアンリは絶好調で、キャラガーに格の違いを見せつけた。ドリブルで翻弄し、スピードで置き去りにし、地面に尻もちをつかせた。その光景に、私はただただ圧倒された。キャラガーのプレーが悲惨だったわけではない。実際にキャラガーは、その1年後にUEFAチャンピオンズリーグを制したリバプールの「守備の中心選手」だったのだから。
アンリは2003-04シーズン、公式戦51試合で「39ゴール、15アシスト」という偉大な記録を残した。しかしその数字だけでは、インパクトと影響力の大きさは説明できないだろう。
ボールを持って走り出した瞬間、流れるように前へ進み、あっという間に敵を置き去りにする。そしてGKと1対1になり、繊細なインサイドキックでネットを揺らす。すべてのプレーが優雅で美しい。それでいて破壊力があった。凄まじさは、対峙していたマーカーの心をへし折るほどだった。
フィールドの中で雄弁に語る“謎めいた存在”
引退後に行われたインタビューで、アンリは「私は真のストライカーでも、純粋なアシストメーカーでもなかった。両方を兼ね備えた選手。ゴールもパスも両方ができる選手だった」と自身を評価した。
その通りだと思う。単なるストライカーやラストパサー、ドリブラーではなく、すべてを高次元でこなす圧倒的な存在だった。
ただ今のアンリの姿を見ていると、非常に興味深い。話し出すと止まらない。雄弁で、実直。解説者としてのアンリを見るのは実に楽しい。
というのも彼は選手としての全盛期、ほとんどメディアに口を開かず、われわれメディアと距離を置いていたからだ。何を考えているのか──。こちらからすると、本当に謎めいた存在だった。自分の意見は、あくまでもフィールドの中で語っていたように思う。
「君のキャリアの助けになるといいな、坊や」
こんなエピソードがある。
アンリがアーセナルで全盛期を迎えていた当時、ある若手のフランス人記者がアンリを呼び止めようとした。彼は、フランスのラジオ局「RMC」の実習生として働き始めてわずか「4日目」という新米記者。スポンサーイベントに出演するため、アンリはフランスのパリを訪れていた。
この実習生は、上司から「アンリに番組出演をとりつけてきたら、お前は天才だな」と告げられていたという。もちろんジョーク。当時のアンリはメディア対応をまったくしておらず、上司もそんなことはできるはずがないと思っていた。
だが、この若手記者は違った。スポンサーイベント終了後にステージ裏にまわり、アンリが通りかかった瞬間に彼の腕をつかんだ。一言しかチャンスはない。咄嗟にそう思ったという彼は、「僕はインターンです。私の電話を取ってくれたら、あなたは僕の人生を変えられます」と告げた。
アンリはこう言った。
「本当か? わかった。電話してこい」
アンリは電話を受け取り、ラジオ番組に30分出演することを承諾した。そして電話を切る際にこう言った。
「君のキャリアの助けになるといいな、坊や」
この青年は翌日にRMCと正式に契約。次第にラジオ番組にも出演するようになり、後にレギュラー司会者となった。新米記者の名はカリム・ベンナニ。今や、フランスで有名なスポーツジャーナリストだ。後にアンリは、ベンナニに「君に度胸があったから、引き受けたんだ」と明かしている。
こうした粋な計らいができるのもアンリだった。
英国人以外ではペレに次ぐ存在。生涯功労賞を授与
48歳のアンリは今月、英BBC放送の権威ある「スポーツ・パーソナリティ・オブ・ザ・イヤー」授賞式で、生涯功労賞を授与された。
これまでにこの賞を受けたフットボーラーは、ボビー・チャールトン、ケニー・ダルグリッシュ、デイヴィッド・ベッカム、ボビー・ロブソン、アレックス・ファーガソン、ジョージ・ベスト、そしてペレの7人。英国人以外では、ペレとアンリの2人しかいない。
それほどまでの影響力を、アンリはイングランドフットボール界に与えたわけだ。個人的な見解を言えば、彼こそが、プレミアリーグにおける史上最高のフットボーラーである。
【連載前編】アーセナル無敗優勝から21年。アルテタが学ぶべき、最高傑作「インヴィンシブルズ」の精神
<了>
運命を変えた一本の電話。今夏490億円投じたアーセナル、新加入イングランド代表MF“14年ぶり”復帰劇の真相
アーセナルは今季リーグ優勝できるのか? 「史上最強スカッド」でアルテタ監督が挑む22年ぶり栄光の鍵とは
リバプールが直面する「サラー問題」。その居場所は先発かベンチか? スロット監督が導く“特別な存在”
「アモリム体制、勝率36.2%」再建難航のファーガソン後遺症。名門ユナイテッドは降格候補クラブなのか?
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
技術は教えるものではない。エコロジカル・アプローチが示す「試合で使えるスキル」の育て方
2026.02.09Training -
ユナイテッド、チェルシー、アーセナルを“刺した”一撃。林穂之香が宿す「劣勢で決め切る」メンタリティ
2026.02.09Career -
「W杯のことは考えていない」欧州で戦う日本代表選手が語る“本音”が示す成熟
2026.02.06Opinion -
中国勢撃破に挑む、日本の若き王者2人。松島輝空と張本美和が切り開く卓球新時代
2026.02.06Career -
守護神ブッフォンが明かす、2006年W杯決勝の真実。驚きの“一撃”とPK戦の知られざる舞台裏
2026.02.06Career -
広島で「街が赤と紫に染まる日常」。NTTデータ中国・鈴森社長が語る、スポーツと地域の幸福な関係
2026.02.06Business -
森保ジャパンが描くワールドカップ優勝への設計図。4×100mリレーと女子チームパシュートに重ねる組織の戦略
2026.02.02Opinion -
モレーノ主審はイタリア代表に恩恵を与えた? ブッフォンが回顧する、セリエA初優勝と日韓W杯
2026.01.30Career -
ハーランドが持つ「怪物級の能力」と「謙虚な姿勢」。5歳で世界記録“普通の人”が狙うバロンドールの条件
2026.01.23Career -
ペップ・グアルディオラは、いつマンチェスターを去るのか。終焉を意識し始めた名将の現在地
2026.01.23Career -
世界最高GKが振り返る「ユヴェントス移籍の真実」。バルサ行きも浮上した守護神“ジジ”の決断
2026.01.23Career -
女子ジャンプ界の新エースを支える「心の整え方」。丸山希が描くミラノ・コルティナ五輪「金」への道
2026.01.20Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
ユナイテッド、チェルシー、アーセナルを“刺した”一撃。林穂之香が宿す「劣勢で決め切る」メンタリティ
2026.02.09Career -
中国勢撃破に挑む、日本の若き王者2人。松島輝空と張本美和が切り開く卓球新時代
2026.02.06Career -
守護神ブッフォンが明かす、2006年W杯決勝の真実。驚きの“一撃”とPK戦の知られざる舞台裏
2026.02.06Career -
モレーノ主審はイタリア代表に恩恵を与えた? ブッフォンが回顧する、セリエA初優勝と日韓W杯
2026.01.30Career -
ハーランドが持つ「怪物級の能力」と「謙虚な姿勢」。5歳で世界記録“普通の人”が狙うバロンドールの条件
2026.01.23Career -
ペップ・グアルディオラは、いつマンチェスターを去るのか。終焉を意識し始めた名将の現在地
2026.01.23Career -
世界最高GKが振り返る「ユヴェントス移籍の真実」。バルサ行きも浮上した守護神“ジジ”の決断
2026.01.23Career -
女子ジャンプ界の新エースを支える「心の整え方」。丸山希が描くミラノ・コルティナ五輪「金」への道
2026.01.20Career -
丸山希、ミラノ五輪に向けた現在地。スキージャンプW杯開幕3連勝を支えた“足裏”と助走の変化
2026.01.19Career -
伝説の幕開け。ブッフォンが明かす、17歳でセリエAのゴールを守った“衝撃のデビュー戦”
2026.01.16Career -
史上3人目の世界グランドスラム達成。レスリング元木咲良が見せた“完全制覇”と、その先にある敗北
2026.01.16Career -
狙っていない反り投げが、金メダルを連れてきた。“奇跡の人”元木咲良、七転び八起きのレスリング人生
2026.01.16Career
