あの日、ハイバリーで見た別格。英紙記者が語る、ティエリ・アンリが「プレミアリーグ史上最高」である理由

Career
2025.12.26

プレミアリーグ史上最高の選手は誰か──。この問いに、イギリス、サンデー・タイムズの名物記者ジョナサン・ノースクロフトは「ティエリ・アンリ」と答える。スタッツを並べる必要はない。ハイバリーで彼がジェイミー・キャラガーを翻弄し、“尻もちをつかせた”あの午後の光景を一度見れば、それで十分だという。数字では語りきれない“別格”の存在。その理由を、ノースクロフト記者の記憶とともに振り返りたい。

(文=ジョナサン・ノースクロフト[サンデー・タイムズ]、翻訳・構成=田嶋コウスケ、写真=ロイター/アフロ)

キャラガーに尻もちをつかせた、あの日の午後

プレミアリーグにおいて史上最高の選手は誰か──。

クリスティアーノ・ロナウド、モハメド・サラー、ケヴィン・デ・ブライネ、ガレス・ベイル。この4選手だけでも名高い名手だが、もちろん彼らだけではない。ここに挙げていない名手もいて、プレミアリーグには一級品の選手が数多く在籍してきた。名選手の宝庫。そう言っていいだろう。

だがパフォーマンスのみを評価基準にするなら、私の答えは「ティエリ・アンリ」しかいない。

実際、現役時代はリバプールでプレーした元イングランド代表DFのジェイミー・キャラガーは、「プレミアリーグ史上最高の選手」にアンリの名を挙げている。その際、キャラガーは幾多のスタッツを用いて「いかにアンリが偉大であるか」を説明した。だが正直に言えば、全盛期のアンリをマークするキャラガー自身のプレー映像を一つ見せるだけで十分だった。アンリが史上最高の選手であるという説明は容易につく。

筆者には、どうしても忘れられない光景がある。場所はハイバリー・スタジアム。あの日の午後のことは一生忘れない。

キャラガーは華麗なフットボーラーではなかったが、ディフェンダーとしては極めて優れていた。しかしアンリは、彼を手玉に取った。

2003−04シーズンのアンリは絶好調で、キャラガーに格の違いを見せつけた。ドリブルで翻弄し、スピードで置き去りにし、地面に尻もちをつかせた。その光景に、私はただただ圧倒された。キャラガーのプレーが悲惨だったわけではない。実際にキャラガーは、その1年後にUEFAチャンピオンズリーグを制したリバプールの「守備の中心選手」だったのだから。

アンリは2003-04シーズン、公式戦51試合で「39ゴール、15アシスト」という偉大な記録を残した。しかしその数字だけでは、インパクトと影響力の大きさは説明できないだろう。

ボールを持って走り出した瞬間、流れるように前へ進み、あっという間に敵を置き去りにする。そしてGKと1対1になり、繊細なインサイドキックでネットを揺らす。すべてのプレーが優雅で美しい。それでいて破壊力があった。凄まじさは、対峙していたマーカーの心をへし折るほどだった。

フィールドの中で雄弁に語る“謎めいた存在”

引退後に行われたインタビューで、アンリは「私は真のストライカーでも、純粋なアシストメーカーでもなかった。両方を兼ね備えた選手。ゴールもパスも両方ができる選手だった」と自身を評価した。

その通りだと思う。単なるストライカーやラストパサー、ドリブラーではなく、すべてを高次元でこなす圧倒的な存在だった。

ただ今のアンリの姿を見ていると、非常に興味深い。話し出すと止まらない。雄弁で、実直。解説者としてのアンリを見るのは実に楽しい。

というのも彼は選手としての全盛期、ほとんどメディアに口を開かず、われわれメディアと距離を置いていたからだ。何を考えているのか──。こちらからすると、本当に謎めいた存在だった。自分の意見は、あくまでもフィールドの中で語っていたように思う。

「君のキャリアの助けになるといいな、坊や」

こんなエピソードがある。

アンリがアーセナルで全盛期を迎えていた当時、ある若手のフランス人記者がアンリを呼び止めようとした。彼は、フランスのラジオ局「RMC」の実習生として働き始めてわずか「4日目」という新米記者。スポンサーイベントに出演するため、アンリはフランスのパリを訪れていた。

この実習生は、上司から「アンリに番組出演をとりつけてきたら、お前は天才だな」と告げられていたという。もちろんジョーク。当時のアンリはメディア対応をまったくしておらず、上司もそんなことはできるはずがないと思っていた。

だが、この若手記者は違った。スポンサーイベント終了後にステージ裏にまわり、アンリが通りかかった瞬間に彼の腕をつかんだ。一言しかチャンスはない。咄嗟にそう思ったという彼は、「僕はインターンです。私の電話を取ってくれたら、あなたは僕の人生を変えられます」と告げた。

アンリはこう言った。

「本当か? わかった。電話してこい」

アンリは電話を受け取り、ラジオ番組に30分出演することを承諾した。そして電話を切る際にこう言った。

「君のキャリアの助けになるといいな、坊や」

この青年は翌日にRMCと正式に契約。次第にラジオ番組にも出演するようになり、後にレギュラー司会者となった。新米記者の名はカリム・ベンナニ。今や、フランスで有名なスポーツジャーナリストだ。後にアンリは、ベンナニに「君に度胸があったから、引き受けたんだ」と明かしている。

こうした粋な計らいができるのもアンリだった。

英国人以外ではペレに次ぐ存在。生涯功労賞を授与

48歳のアンリは今月、英BBC放送の権威ある「スポーツ・パーソナリティ・オブ・ザ・イヤー」授賞式で、生涯功労賞を授与された。

これまでにこの賞を受けたフットボーラーは、ボビー・チャールトン、ケニー・ダルグリッシュ、デイヴィッド・ベッカム、ボビー・ロブソン、アレックス・ファーガソン、ジョージ・ベスト、そしてペレの7人。英国人以外では、ペレとアンリの2人しかいない。

それほどまでの影響力を、アンリはイングランドフットボール界に与えたわけだ。個人的な見解を言えば、彼こそが、プレミアリーグにおける史上最高のフットボーラーである。

【連載前編】アーセナル無敗優勝から21年。アルテタが学ぶべき、最高傑作「インヴィンシブルズ」の精神

<了>

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