レイラック滋賀が刻んだ新たな歴史。「拾ってもらった」海口彦太が背負った引退覚悟と“空白1年半”という現実
レイラック滋賀がついにJリーグの舞台へたどり着いた。滋賀県初のJクラブとなって迎えた歴史的なホーム開幕戦。途中出場でそのピッチに立ったキャプテン海口彦太が、勝利の瞬間に真っ先に思い浮かべたのは「感謝」の二文字だった。Jリーガーを目指しながらJFLで戦い続け、無所属も経験した末にたどり着いた滋賀。もし昨季昇格できなければ、現役引退も考えていたという。秋春制移行に伴う“1年半の空白”が現実味を帯びるなか、29歳の選手が背負った覚悟とは? 悲願の昇格と節目の白星の裏側にあった、キャプテンの切実な物語を追った。
(文=藤江直人、写真=スポーツ報知/アフロ)
滋賀初のJクラブがつかんだ歴史的初勝利
5分超のアディショナルタイムをへて、試合終了を告げる主審の笛が鳴り響く。レイラック滋賀のキャプテン、海口彦太(げんた)の脳裏に真っ先に浮かんだのは「感謝」の二文字だった。
「僕のなかでは、レイラック滋賀に拾ってもらった、というイメージがあるので」
ロアッソ熊本をホームの平和堂HATOスタジアムに迎えた、8日のJ2・J3百年構想リーグ地域リーグラウンドWEST-Bグループ第5節。今シーズンからJ3参入を果たし、滋賀県民が待ち焦がれた初のJクラブになった滋賀は、歴史的な節目となるホーム初陣を1-0で制して雄叫びをあげた。
1点をリードした67分からロメロ・フランクに代わって途中出場。主戦場のボランチとして攻守両面で体を張り続け、勝利の瞬間に立ち会った海口が感慨深げに思いを言葉に変えた。
「勝った瞬間の喜びは正直、JFLでもJリーグでも変わらないというか、カテゴリーは関係ないと思うんですけど、今日という日の素晴らしさはそこじゃない、と。滋賀県の町にこうしてJリーグがやってくる。これが日常になっていったら滋賀県もいっそう盛り上がりますし、そこに選手として立ち続けられたら選手冥利に尽きる。サッカー選手を続けてきてよかったとあらためて思いました」
Jを追い続けた4シーズン、消えなかった未練
3年前の2023年3月。海口は現役選手を続けられる状況に感謝の思いを捧げていた。
神奈川県横浜市で生まれ育った海口は、桐蔭学園高校から関西学院大学をへて、2019シーズンから日本フットボールリーグ(JFL)の鈴鹿アンリミテッド(現・アトレチコ鈴鹿)に加入した。
大学卒業後はJクラブ入りを希望しながらかなわなかった。カテゴリー的にJ3の一つ下、J1から数えて4部にあたるJFLでのプレーを決めた当時22歳の海口はこんな思いを抱いていた。
「もともとはJFLで2年プレーして(Jリーグへ)上がれなかったらやめよう、と決意していました。そのなかでやめ切れない、あきらめがつかない、という状況がずっと続いていました」
鈴鹿には4シーズン所属し、JFLからJ3へ参入できないままリーグ戦で75試合に出場した。2022シーズンには横浜FCから期限付き移籍で加入した三浦知良と一緒にプレー。プロフェッショナリズムを貫くカズの真摯な姿勢に感銘を受け、Jリーガーになる目標をさらに強く思い描いた。
しかし、その2022シーズンのオフになって、海口は自らの意思で鈴鹿を退団している。
「契約更新の話はいただいていたんですけど、自分からやめます、と。当時は鈴鹿にいろいろと問題があって、(翌シーズンに)J3ライセンスを取得できないのがわかっていたので。その後はJクラブのいくつか練習に参加させていただいたんですけど、なかなか決まらなかった状況でした」
無所属から昇格へ、滋賀で開いた新たな道
3カ月近くの無所属状態をへて、滋賀への加入が発表されたのは2023年3月5日。前シーズンに鈴鹿のGKコーチを務めていた関係で海口を熟知し、2023シーズンから滋賀の新監督に就任した寺峰輝氏の推薦があったと滋賀の河原一賢オーナーは当時の事情を明かす。
だからこそ滋賀に加入するまでの経緯に、海口は「拾ってもらった」と感謝したわけだ。
そして加入から1週間後の3月12日に、敵地で行われたヴェルスパ大分とのJFL開幕戦で海口はボランチとしていきなり先発フル出場を果たしている。ただ、この年の開幕戦で登録された滋賀の18人のメンバーのうち、今シーズンも所属している選手は海口の他にはわずか4人しかいない。
2023シーズンの滋賀はヴィアティン三重との最終第30節の残り5分で追いつかれ、そのまま引き分けて3位へ後退。2位のままフィニッシュしていれば進めたJ3・JFL入れ替え戦への出場を逃し、翌2024シーズンも終盤戦で追い上げたものの4位で終えた。
そして昨シーズンにチーム最高位の2位へ躍進。J3最下位のアスルクラロ沼津との入れ替え戦を2戦合計4-3で制し、滋賀県サッカー界の悲願でもあったJ3への参入を決めた。
海口が加入した2023シーズンから滋賀は経営体制を刷新していた。クラブスポンサーの「麗ビューティー皮フ科クリニック」が筆頭株主となり、同クリニックの河原代表が新オーナーに就任。クラブ名称もそれまでのMIOびわこ滋賀から、いま現在のレイラック滋賀に改められた。
そしてJリーグ参入への「3カ年計画」が策定された。より本腰をすえてチーム力の強化に取り組んできたなかで、毎シーズンのように新戦力が加入し、入れ替わるように何人もの選手が去っていく。2023シーズン開幕戦の登録メンバーが5人しか残っていないのはその証と言っていい。
「上がれなければ終わり」同世代が共有した覚悟
2005年に創設され、2008年からJFLで戦い続けて18年。選手やスタッフを含めて、その間にチームに携わったすべての人々の思いが紡がれてきた。Jリーグを目指してきた軌跡の一部に自らも名を刻んだ自負があるからこそ、海口はあらためて感謝という言葉を口にした。
「こうして滋賀県の町にJリーグがやってくる試合でピッチに立てて、勝利できたのが本当にうれしいし、ここまでつなげてくれたみなさんにあらためて感謝の気持ちがこみ上げてきました」
もっとも、海口は意外に聞こえる思いも明かしている。もし昨シーズンの入れ替え戦で沼津に敗れ、J3参入を逃していたら。海口は「やめようと思っていました」と現役引退を決めていた。
「いま開催されている半年間の百年構想リーグがあるなかで、もし次のシーズンもJFLに留まれば、合計で1年半もJリーグに参入できなくなるし、その間に僕は30歳になってしまう。そういったところも含めて、節目のシーズンになると自分のなかで考えていました」
今シーズンの滋賀には海口と同じ1996年生まれの29歳で、北陸大学を卒業後の2019シーズンから滋賀一筋でプレーして8年目を迎えた、バンディエラにしてチーム最古参の角田駿がいる。
2人がルーキーだった2019シーズンの開幕戦。鈴鹿は滋賀のホーム、東近江市の布引グリーンスタジアムで0-1と苦杯をなめた。最後までベンチを温め続けた海口は、最終ラインの一角で先発フル出場した角田の勇姿と、入場者数がわずか621人だったスタンドの光景を鮮明に覚えている。
一方で当時の滋賀の所属選手で、今シーズンも引き続きプレーしているのは実は角田だけとなる。角田も大学4年次に負ったケガでJクラブとの交渉が消滅し、戦列復帰した直後に受けたセレクションで合格した滋賀を、海口と同じく「僕を拾ってくれたチーム」と位置づけてきた。
同じ歳でシンパシーも感じているからか。参入できなければ引退、に関して海口はこう語る。
「家族には(事前に)伝えていましたけど、チームメイトではそれこそ角田に対して『今シーズン上がれなかったら(お互いに)引退だな』という話はしていました」
そして熊本戦で3バックの右センターバックで先発フル出場した角田も、もし入れ替え戦で沼津に敗れていたら、という問いに「多分、やめていたと思います」と即答。さらにこう続けた。
「特別シーズンを含めて、次のチャンスまで1年半もの長い期間がある。日本サッカー界の流れといったものも変わるなかで、おそらく僕がサッカーをやめた今後の人生の流れというものもだいぶ左右されてしまうと勝手に懸念していたなかで、見切りをつけるとすればここかな、と」
“空白1年半”の瀬戸際でたどり着いたJの舞台
角田は9月に、海口は12月にそれぞれ30歳になる。FIFAワールドカップ北中米大会後の8月に新たなシーズンが開幕する秋春制への移行に伴い、2026年のJリーグには半年間の空白期間が生じている。それを埋める意味も込めて、ハーフシーズンの百年構想リーグが開催されている。
しかし、Jリーグ参入を目標に掲げるJFLのチームでプレーしながら、特に30歳という節目が近づいている選手たちにとっては、半年間という時間は極めて長く、そして重く感じられる。サッカーを続けたいと思いながらも、自身の人生とも真正面から向き合わざるをえなくなる。
海口や角田のように、背水の陣を敷いて昨シーズンに臨んでいた選手は少なくないだろう。だからこそ手繰り寄せたJリーグの舞台で、29歳にして公式戦のピッチに立ち、初めて参入するチームにとって一度しかないホーム開幕戦で勝てた<2026年3月8日>は記録と記憶に残る。
海口は「あきらめが悪いのが逆によかったのかな」と笑いながら、2年でJリーグ参入を果たせなければ引退、と決めていたプロサッカー人生が8年目を迎えている“いま”をこう語った。
「何が一番幸せなのか、という答えは人それぞれだと思うんですけど、いまでは僕にとってこれがベストな形だったと思っています。もちろんここで満足することなく、選手としてプレーしていく以上は上に、上にという気持ちをもちながらこれからもプレーしていきたい」
降雪地域という状況が考慮されて2月の開催が回避され、3月に入った直後の第5節にようやく巡ってきた百年構想リーグのホーム開幕戦には3428人のファン・サポーターが駆けつけた。
念願のJ3参入へ県内全体の気運が盛り上がっていた昨シーズンの最終節の5452人や、ホームで開催された入れ替え戦第1戦の9006人には及ばない。それでも昨シーズンの平均2356人は上回った状況をポジティブに受け止めながら、今後は自分たち次第という決意を込めて海口が言う。
「角田とは『7年前だったら、本当にありえない光景だよね』と試合前から話していました。いろいろな人たちの思いを噛みしめながらプレーしましたし、みなさんが喜んでくれたのが何よりもうれしい。これからもそういう人たちの思いも汲んで、僕たちは頑張らないといけない」
勝利の瞬間に抱いた感無量の思いはすでに通過点に変わっている。Jクラブの空白県が続いた滋賀でサッカー熱をもっともっと高めて、ファン・サポーターをどんどん引き込んでいくために。黎明期のMIO時代からさまざまな思いが詰められたバトンを託された一人、という“いま”を意気に感じながら、キャプテンを拝命して2シーズン目の海口は全身全霊で走り続けていく。
<了>
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