復権のV5・石川佳純が“限界説”を跳ね返した決め手、「ループドライブ」の効能とは

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2021.01.21

無観客で行われた、2021年の卓球、全日本卓球選手権大会。女子シングルス決勝戦では、優勝の最有力候補である伊藤美誠を相手に、随所で圧倒的な勝負強さを発揮した石川佳純が、「復権」と言える5年ぶり5度目の優勝を飾った。試合前には伊藤が有利という声が多く聞かれたこの一戦を、逆転勝ちで制することになったカギは、バックハンドからのループドライブなど、強弱と緩急を使った卓球だった。

(文=本島修司)

強弱と緩急をつけた、スピードだけではないスタイル

この決勝戦。序盤は伊藤美誠選手が有利に試合を進めた。石川佳純選手から見ると年下の伊藤選手は、世界ランキングでは上位。格上の選手だ。特に、レシーブからバック面に貼った表ラバーでのチキータなどで攻撃を仕掛けて、回り込んでフォアハンドで決める姿は圧巻。3-1とリードした時点では、多くの人が伊藤選手の勝利だと感じた。

ところが第5ゲーム目から、少しずつ流れに変化が起きた。石川選手が、中陣あたりの得意なポジションで粘りを増すと、伊藤選手にもミスが出始める。さらに石川選手は、バックハンドから、回転量が多く、滞空時間の長いループドライブを挟む展開を披露。このバックハンドループドライブを、伊藤選手のミドルに落としていく。伊藤選手が、オーバーミスをしてしまう際に、予想以上に回転量が多かったのか、首をひねるような場面も見られ始めた。

第5ゲームをものにし、勢いに乗った第6ゲーム。ここでも6-4というリードを広げたい大事なポイントとなった一本で、バックハンドのループドライブ。それも、やや高さのある“大きめな弧を描く”ループドライブだ。これを伊藤選手がたたきにいき、オーバーミス。この光景は強く印象に残った。

試合は最終ゲームへ。9-9までもつれこんだ激しい攻防となったが、最後は、絶対に攻め抜くというような気迫を感じる速いドライブをストレートに打ち込んだ石川選手が勝利した。最後の一本は、この試合の一連の流れの中で、「スピードは遅いが、回転が強くて取りにくい」ループドライブを、有効な得点源として使い、かつ、見せ球としても印象付けていたからこそ効いた、戦術とコース取りだったといえるかもしれない。

「ループドライブ」とは何か? 移り行く“王道”

ループドライブとは何か。通常、前進回転を強くかけて打つ打ち方をドライブという。それを、弧を描くようにして、やや山なり気味に、あえて遅いスピードで放っていくのがループドライブだ。回転量は強く、ラケットに当てた瞬間、ボールは上へと跳ね上がる。

石川選手は、このループドライブを、力を入れて練習で磨いてきたというバックハンドから繰り出した。それも、試合の中の重要な局面で使っていた。さらに、鍛え上げられたバックハンドは、スピードのあるミート打法も鋭さを増していた。この緩急をつけた卓球で、少しずつ相手のリズムを崩した。

もともと石川選手は、こうした中陣あたりから攻める卓球を得意としていた。その卓球は、「王道の攻撃スタイル」と称される戦型だった。しかし、ここ数年、卓球の世界は大きく変化した。JOCエリートアカデミーを中心に、全国各地に卓球選手を育成する専門的な場所ができ始めると、続々と10代の若手選手が台頭した。

伊藤選手を筆頭に、平野美宇選手、早田ひな選手、木原美悠選手など、10代の選手が日本のトップまで登り詰めてくる。そして彼女たちの多くは、石川選手よりも前陣で卓球台に張り付き、テンポの速いラリーを展開する。バック面に表ラバーを貼ることで変化をつけたりしながらも、ピッチの速い卓球で相手を圧倒する。そして、いつしかこちらが王道の攻撃スタイルとなっていった。

石川選手の安定感のあるスタイル自体を、まるで「時代遅れ」かのように扱う記事など、心無い声もあった。だが、全日本選手権を4度も制覇した際に見せた、勝負強さと抜群の安定感は、今回の全日本選手権の中でも一際輝いていた。

ピッチの速い前陣での卓球の波は、確かに押し寄せている。しかし、こうしたスタイルの違いは、「持ち味」や「個性」の違いでもある。必ずしも、どちらが良いということでも、どちらが悪いということでもない。

今回の優勝で、石川選手は自身が貫くスタイルが決して間違いではなかったことを証明して見せた。5度ある優勝の中でも、特に思い入れの強いものになったのではないだろうか。

ループドライブを駆使した名試合

ループドライブが特徴的な試合は他にもある。2019年、ITTFワールドツアープラチナ・ドイツオープン。男子シングルス2回戦。日本の王者・水谷隼選手と、ドイツの英雄ティモ・ボル選手が対戦した時の光景だ。

どちらも左利きで、フォアハンドから角度の付いたループドライブを重要な局面で使っている選手。この試合でも、お互いに安定感が抜群のループドライブを挟みながら、相手が遅いボールに目が慣れている効能も生かして、直後には速いドライブで点数を取り合う試合を展開している。

中でも、3-2とボルのリードで迎えた、6ゲーム目。カウントが8-4と水谷選手リードの場面でタオルによる間が取られ、その直後に水谷選手はフォア側の台から出たツッツキを、ループドライブで持ち上げて、ラリーに強弱をつけている。

この試合は、3-3のフルセットまでもつれこみ、ボル選手が勝利したが、水谷選手がループドライブによる強弱と緩急をつけた運び方でボル選手を追い詰めていくシーンも印象残る名試合だった。

「王道の安定感」を生かし切った、2021年の石川佳純

ピッチの速い、打点の速さを鍛え上げた高速卓球の流れは、これからますます加速するだろう。だが、もともと「王道の攻撃型」と称されていた石川佳純の卓球スタイルは、勝てなくなったわけでも、古くなったわけでもない。

それぞれのスタイルをどこまで信じ、磨き続けられるかが重要だ。その中で、無数の創意工夫が生まれる。その創意工夫が、今回の頂上決戦の舞台では、バックハンドループドライブで翻弄するという、現代卓球スタイルの中では、忘れかけていた形で表現された。

もしかするとこの試合は、多くの卓球選手の「自分のスタイル作り」にとって、今でも多くの選択肢があるという、大きな可能性を示した一戦なのかもしれない。

石川佳純選手の王道の攻撃スタイルが、卓球の奥深さを、今一度多くの人々に再確認させた。2021年の日本の卓球は、華やかに幕を切った。

<了>

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