新国立競技場ザハ案にも盛り込まれていた「木質化」。専門家が語る“木造スタジアム”のリスクと可能性

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2020.12.24

新国立競技場を含め、スタジアム・アリーナの木質・木造化が現在世界的に注目されはじめている。その背景には近年、社会投資や環境投資が重要視されるようになったことが挙げられる。では「47都道府県から集められた木材」を利用した新国立競技場は「木造」なのだろうか? スタジアム・アリーナの専門家である上林功氏が、ザハ・ハディッドの遺作である木造スタジアムなども取り上げながら、社会全体のガバナンスを考慮した施設の木質・木造化について解説する。

(文=上林功、写真=Getty Images)

施設の木質・木造化は、注目すべき題材

スタジアムやアリーナはその規模の大きさから社会的な投資とみなされる場合があります。最近いろいろなところで見るようになった「持続可能な開発目標 SDGs」。2030年までをめどに17の目標を掲げており、経済活動を進めるうえで環境や社会、もしくはそれらを含めたつながり・ガバナンスへの配慮が重視されるようになりました。

スタジアムやアリーナは、その大きな規模の開発がにぎわいを生むようなポジティブな側面のみならず、環境破壊や社会への悪影響を生みかねないとネガティブな側面も大きく取り上げられてきました。しかし近年、社会投資や環境投資の切り口で注目されはじめています。

今回はそうした「環境(Environment)」、「社会(Social)」、「ガバナンス(Governance)」へのESG投資の対象としてスタジアム・アリーナを捉え、施設の木質・木造化に注目したいと思います。単純に木を使うだけでなく循環を踏まえた社会全体のガバナンスを考慮しないといけない点において、木質・木造化は分かりやすい題材となっています。

新国立競技場は「木造」なのか?

昨年完成した新国立競技場は、報道などでよく「日本らしい木を生かしたスタジアム」や「47都道府県から集められた木材の使用」など木を利用したスタジアムであることが強調されています。このことから新国立競技場を「木造」という人がいますが、技術的な定義でいえばこれは間違いで、厳密には鉄筋コンクリートや鉄骨造で建設したうえで仕上げ材として木が使用されています。

このことを取り上げて木造ではないことを批判する人もいますが、設計者である隈研吾さんは木の繊細さや美しさを生かすうえで、スタジアムやアリーナの構造そのものに木を使うことには批判的な意見を述べています。国内では木材を利用して、集成材と呼ばれる比較的小さめの木を組み合わせ大きな柱や梁を作成する技術が確立されており、大規模な木造施設もつくられています。一方で、集成材は理屈上、いくらでも大きく太くつくることができ、木をまるでコンクリートのように使っていることと大差ないのではとの考えがあります。日本国内ではおおむね鎌倉時代ぐらいまでに、太古の昔から生えていた太い幹をもつ樹木を寺社や仏閣を建てるために切りつくしたともいわれており、現代にかつてのような大規模な木造施設をつくるだけの太い木が少ない実態もあります。

新国立競技場は木造ではなく木質による仕上げ材を活用する考え方でつくられています。これはある意味現実的な木の使い方であり、その美しさや活用の展望を示すうえでスタジアムやアリーナでの導入の可能性を見せてくれています。

2つのザハ案「新国立競技場」と「エコパーク・スタジアム」

ところで、こうした木質化については、新国立競技場ザハ案にも含まれていたことはあまり知られていないかもしれません。白紙撤回される直前の実施設計案では建物正面の壁面を覆うルーバー(日よけ)や公共歩廊として開放される予定であったプロムナードに木質の仕上げが使われる予定となっていました。

もともと当初のデザインコンペではこうした木の利用については特段取り上げられておらず、ザハ案が選出された際の優秀作品11案のなかでも、主構造として木構造を利用していたのは仙田満+環境デザイン研究所案などごく一部となっています。ところが白紙撤回後の出直しコンペでは要求水準書のなかに、「木材利用の促進を図り、製材、CLT(直交集成板)等の集成材、合板等の木材を可能な限り利用する計画とする」との記載を確認することができ、木質・木造化の要請が高まったことがうかがい知れます。これらの背景として、2015年9月に採択された冒頭のSDGsの提言は無関係ではないように思われます。社会的要請の移り変わりのなかで、取り入れられた変化ともいえるでしょう。

そうした変化を示すうえでザハ・ハディッドの遺作であるスタジアムはとても分かりやすいものになっています。イングランド・サッカーの4部相当、フットボールリーグ2に所属するフォレストグリーン・ローヴァーズのホームスタジアムとして計画されている「エコパーク・スタジアム」は主構造に木を使用した木造スタジアムとして計画されています。このスタジアムは、高速道路のジャンクションに計画されるグリーン技術とビジネスをテーマにした「エコパーク」の一部として構想されており、コンセプトを同じくする都市開発と一体となっています。

こちらは新国立競技場とは異なり、最新の木材技術を利用しながら、大きな柱や梁を使用し、一部では批判を受けている新国立競技場のような木質スタジアムではなく、木造スタジアムとして木の使用方法が導入されているともいえます。そのコンセプトを見てみると、必ずしも木の美しさや触感など感覚的な評価ではなく、社会課題への挑戦としての提案であることがわかります。

クラブの会長であるデール・ビンス氏は「木材を使うことの重要性は、自然界の材料であるだけでなく、建築材料として炭素含有量が非常に低いということ」とエコスタジアムの意義を説明しています。単に美観に木を使うのではなく、低酸素社会を実現させる施策の一環とした取り組みは、コンクリートや鉄骨など建築材料をつくる際に排出されるCO2なども考慮にいれたうえでの炭素排出量が勘案されています。木材は組成でいえば炭素の塊ですが、建設を通じて排出される炭素量は総じて少なく、結果として低炭素への取り組みとして成立している考えとなります。

単に見た目のエコ活動ではなく、社会全体のつながりに配慮した取り組みをSDGsでは「ガバナンス」として評価しており、単に木を使えばよいというわけではなく、社会システムとしての循環に配慮し、総じて評価されていることがわかります。

スタジアムを核としたエコサイクル

こうしたエコサイクル構築への取り組みは、国内でも始まっています。広島のマツダスタジアムで取り組まれているカーボンオフセットもその一つです。スタジアムでは大量の電力消費が行われており、それに伴ってCO2排出量が高まります。マツダはマツダスタジアムのナイター使用で排出されるCO2を広島県営林の森林吸収量で補う(オフセットする)取り組みを行っています。スポーツによる環境負荷を補い、社会とスポーツの関係に配慮したガバナンスの一環であることがわかります。

こうしたガバナンスはCO2排出量などの環境問題だけではありません。現在注目されている取り組みとして、森林認証制度というものがあります。持続可能な森林の利用と保護を目的としたもので、適正に管理された森林から産出した木材への認証や、そうした認証を得た木材を使用する建設プロジェクトに対して第三者機関による認証が行われています。

新国立競技場では47都道府県からの木材使用をすべて認証林から調達しており、木材を使用することで適正な管理による森林保護を支援しています。また、都立施設として初めてのプロジェクト認証となる有明テニスの森公園インドアコートの木製トラスアーチでは同様に認証林からの木材が使用されています。今後、スポーツ施設やスタジアム・アリーナでの木の利用は、社会的なインパクトをもって環境問題に取り組むことのできるエコサイクルの中心としても社会価値を見出すことができそうです。

木造スタジアムのリスクと展望

木造のスタジアムを考えるうえでの課題として火災が挙げられます。近年では、表面が燃えたとしても構造に支障がないよう太い木材料を使用する「燃えしろ設計」が使用されていますが、スタジアムの場合、それでもなお危険性があるといわれます。

マンションやオフィスビルの場合、火災発生場所から別のフロアへ火が燃え広がらないように、建物内部であれば防火扉などの区画がつくられ階段やエレベーターを囲み、外部についても火が上階に回り込まないように庇や燃えない外壁材などが使われています。構造的に壁に囲われず、連続した観客席スタンドは燃え広がりを防ぐことができません。

実際に1985年、イギリス・ブラッドフォードの木造スタンドのサッカー場で起きた火災事故では56名の死者が出ています。当初は小さな火元でしたが一気に広がりました。この際に延焼のきっかけとなったとされるのが屋根の軒裏です。木製の古い屋根を伝って水平方向に広がった火は燃え落ちた材料とともに頭上に降りかかっています。

すでに国内では法律でスタジアムの耐火・準耐火が義務づけされているのでこうした災害への懸念は少なくなっていますが、スタジアムそのものが燃え広がりやすいカタチをしていることは施設の木質化を進めるうえでハードルとなっています。

フォレストグリーン・ローヴァーズの「エコパーク・スタジアム」でも安全性が懸念されたことは先に挙げた通りです。ところが別の観点もあります。皆さんは、火災に対してもっとも弱い建築の構造は何だと思いますか。おそらく、燃えるのだから木構造と答える人が多いと思います。もちろん構造が燃えてしまう点は木構造の弱点ではありますが、こと「建物の崩壊」という意味では必ずしも木構造は弱くありません。十分な太さを確保した場合、燃えるのは表面のみとなり、多くの木造火災において延焼の原因となるのは仕上げ材や天井板などの構造とは関係のない部分となっています。

逆にもっとも構造的に弱いのは石造りや鉄骨造と言われています。石造りは燃えることで組成が変わりもろくなってしまうため、鉄は火にさらされることで軟化し曲がってしまいます。いずれも建物そのものが燃え尽きることよりも、途中で建物の自重に耐え切れず崩壊してしまうことに問題があり、厳重に耐火処理が施されることになります。木造は表面が炭化しても柱や梁の芯まで炭化することは稀であり、また現在の「燃えしろ設計」はそうした特徴を生かした耐力設計となっています。

低炭素のメリットを考えると、木造スタジアムのメリットは多いように思います。さらに近年ではLVL(単板積層材)やCLT(直交集成板)と呼ばれる高強度の木材について森林認証をセットにして普及が進められつつあります。低炭素社会を進めるうえで、大量の建材が使用されるスタジアムやアリーナは炭素集積が行われる建物として、環境・社会に資するガバナンスの検討が必要となるでしょう。世界中で進められる木の利用に向けて日本の木構造が生かされることに期待を寄せる次第です。

<了>

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PROFILE
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチをおこなう。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。

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