「もうバレーはできない」荒木絵里香、危機乗り越え、母としての葛藤抱えながら至った境地
今夏での引退を考えていた女子バレーボール日本代表キャプテン・荒木絵里香。今年4度目のオリンピックに挑み、その後は小学1年生になった娘のそばで家族と一緒に過ごすというプランは、東京五輪の延期で崩れ去った。愛する娘から「もうバレーボールやめて」と言われ、それでも歩み始めた2021年東京五輪への道。バレーを続けられる喜び、そして「最高峰の舞台に立ちたい」との強い思いを抱き続ける背景には、大きな困難を乗り越えた経験があった。
(インタビュー・構成=米虫紀子、写真提供=トヨタ車体クインシーズ)
「今年の夏でやめようと思っていましたから……」
──6月に入り、練習は今どんな状況ですか?
荒木:5月16日にトヨタ車体クインシーズの練習が始動したので、チームのほうに合流して練習しています。それまでは自宅でトレーニングしていました。
──ボール練習は久しぶりの再開ですよね?
荒木:そうですね。1カ月半ぶりぐらいでした。ジャンプはまだあまりできないですけど、段階を踏んでいけば、感覚的には全然大丈夫かなと。今まで何回もそういうのは経験してきているから、そんなに困ることはないのかなと思います。
──自宅では主に自体重でのトレーニングだったのでしょうか?
荒木:いえ、夫(ラグビー元日本代表の四宮洋平さん)が(オーナーを務めている)ジムからウエイトトレーニングの道具を持ってきてくれて、家でがっつりトレーニングができる環境を整えてくれました。しかも一緒にやってくれたので、意外と家でもちゃんとできましたね。
──それは特権ですね。
荒木:はい。アスリート夫婦の特権です(笑)。
──今はご家族とは離れて?
荒木:そうです。今は単身で来ています。チームは愛知なんですけど、この春から千葉の私の実家の近くに自分たちの拠点を移して、そこから、小学1年生になった娘が学校に通い始めたばかりなので。
本当はもう、今年の夏で(現役を)やめようと思っていましたから。娘の小学校の生活は、一緒に過ごしてサポートしたい、そばで見たいと思っていたので、いいタイミングかなと。そう考えて全部話を進めて、引っ越しもしました。
──それが、新型コロナウイルスの影響で東京五輪が1年延期になって……。
荒木:またトヨタ車体にお世話になることになりました。だから今は愛知に何もなくて、身一つで来ている状態です(苦笑)。

「自分が決めたことは、やり遂げたい」
──3月に掲載されたインタビューでも、東京五輪とご家族への思いについてうかがっていただけに、東京五輪延期は大きなショックだったのではないかと気になっていました。
荒木:もう、最初はショックでした。打ちのめされた感がありました。あと1年……いろんなことが頭をよぎりましたね。自分勝手かもしれないけど、やっぱり家族のこと、娘のことが一番最初に浮かびました。それに、もう1年このフルパワーで頑張り抜くっていうことも、ものすごくエネルギーのいることだし。もう、パニック状態でした。
でも、ちょっと考えたら……どうしようもないことじゃないですか。自分の力でどうにかできることではない。中止じゃなくて延期という、ゼロではない可能性を残してくれたこともよかったなと思いますし。いくらでも悲観的にはなれるけど、いつまでもそうなっていても仕方ないから。できるだけ、どうしようもないことにエネルギーを注がずに、どうにかできること、自分がやれることにフォーカスしてエネルギーを使っていこう、という気持ちに徐々になっていった感じですね。
──オリンピックを諦めるという思いがよぎることはありませんでしたか?
荒木:うーん、まったくない、とは言えないですね(苦笑)。一瞬よぎったかもしれない。母に「もう、いいんじゃない?」みたいな感じで言われた時に、うーん……って考えましたね。でも、東京(五輪)までやるという覚悟は本当にあったし、今年からキャプテンという役割になった中で、「それはできない」とすぐに思いました。やっぱり後悔したくない。自分が決めたことは、やり遂げたいという気持ちがすごくあって。なんか、自分勝手かもしれないですけど。
でも本当に日々、葛藤しています(苦笑)。いろんな思いがあって……。今回の自粛期間は、娘と家で過ごす時間がすごく長くて、(娘の)和香が本当に私を求めてくれているというのを改めて感じました。自分にとっても、こんなにずっと娘と一緒にいることはなかったから。この時間が大事だなって、本当に改めて感じたんですよね。
「娘は『もうバレーボールやめて』って……」
──それだけに、チームが始動してまた離れなければいけないというのはつらいですね。
荒木:そうなんです。拠点が一緒なら、毎日家に帰れて、代表活動の期間だけ離れるという生活だったんですけど、今はもう拠点も(千葉に)変えてしまって、単身で愛知に来ているので。娘が小学生になったので、コロコロと数カ月単位では(拠点を)変えられないですから。
──前回のインタビューでは、荒木選手が代表合宿に戻ろうとすると、娘さんが玄関に罠をしかけて阻止しようとするというお話をされていましたね。
荒木:はい。今回は、オリンピックが1年延びたということと、またちょっと離れることになるという現実は、ちゃんとわかりやすく説明をして、「それでも、ちゃんと休みのたびに帰ってくるからね」と話したんですけど、娘は「もうバレーボールやめて」ってずっと言ってきます(苦笑)。バレーボールに行くから、自分のそばにいないというのをわかっているから。「そばにいてほしい」、「それでもやる意味あんの?」みたいな感じで、何回か言われました。
──そういう時はどう答えるんですか?
荒木:「東京五輪が終わるまでは、頑張る」って。そこまでは絶対に頑張るというふうに言ってきたし、「大好きなことをお仕事としてやってきてるから」って。子どもによく「将来の夢はなに?」とかって聞くじゃないですか。「ママは子どもの頃から将来の夢がバレーボール選手だったんだよ。その夢がかなって今やってるんだよ」ということも言ったりします。でも和香からしたら、そんなことよりそばにいてくれって感じなんですけど(苦笑)。
──和香ちゃんの将来の夢は?
荒木:今は「チアリーダー」ってずっと言っています(笑)。習い事で少しやっていて。昨シーズン、トヨタ車体のホームゲームの時に、セット間のイベントで踊ってくれたんですよ。すごくいい思い出になりましたね。
娘にはいろいろなことを言われるんですけど、私は自分で決めたし、やるって決めたら中途半端じゃなく本当にやらないといけないと思っているから。本当に葛藤はあるんですけど、なんとかやり抜きたいと思っています。

「もうバレーはできない、突然死する可能性もある」
──今、アスリートも含め、多くの人がこれまでに経験したことのない難しい状況に置かれていて、荒木選手もさまざまな葛藤を抱えながらの日々だと思うのですが、これまでの選手生活では、どんなピンチや挫折を経験して、どう乗り越えてこられたのかを聞かせていただけますか。
荒木:何だろう……。思い浮かんだのは2つあって、1つは2004年のアテネの時のことですね。
──アテネ五輪の年に、日本代表候補に選ばれましたが、最終的にメンバーに残ることはできませんでした。あの時期は同級生の大山加奈さん、栗原恵さんが大活躍されていただけに、悔しかったでしょうね。
荒木:すごく悔しかったですね。でも、そこがエネルギーになって、ここまで長くできている原動力のようなものになっている。だから今は、本当にあそこでオリンピックに行けなくてよかったなって、思えるようになっています。
自分の技術のなさというか、プレーヤーとして足りないものだらけだというのは自分でよくわかっていたから、うまくなりたい、強くなりたい、という思いしかなかったですね。やっぱり同級生とか、(高校の後輩の木村)沙織とかが活躍しているのを見ていると、自分も一緒に、同じ場所に立ちたいという思いはすごくありました。(2008年)北京五輪までは本当にその思いだけで走ってたって感じですね。そこに立ちたい、立ちたいってずっと思っていたのは覚えています。
もう1つは、産後に現役復帰してから病気になって、手術したことがきつかったです。この2つですね。挫折かどうかはわからないですけど、ターニングポイントではあったと思います。
──手術をされたんですか?
荒木:そうなんです。不整脈で、カテーテルの手術をしました。それがたぶん出産の時以外では、一番長い離脱だったと思います。
──出産後、2014-15 Vリーグで現役復帰されて、その後ですか?
荒木:そうです。(当時の日本代表監督)眞鍋(政義)さんにずっと代表に呼んでもらっていて、2015年から行こうと思って準備していたんですが、(代表シーズン前に行う)メディカルチェックで異常が見つかりました。
それで、もうバレーはできない、突然死する可能性もある、みたいな話になって。いろいろと検査をしたり、手術をして、4カ月間ぐらい離脱しました。その時期はすごくいろんなことを考えましたし、バレーをやり続けることに対しても、当たり前じゃないというか、やめなきゃいけない状況というのはいつ来るかわからないんだなというのを痛感しました。
「本当に頑張る」時のために準備をしておく期間
──そんなことがあったんですか。それでもやめることは考えなかったんですね。
荒木:最初は異常だけが見つかって、先生にも「もうバレーはいいでしょう」みたいな感じで言われて。「あーこうやって終わるのかー」と思いました。なんか、「これが理由で、もうバレーボールで追い込まれなくて済むんだ」というふうに思った自分もいたし(笑)。
なんだかその時期はいろんな思考や葛藤がありましたね。でもいろいろな検査をするうちに、ちゃんと病気が明らかになり、こうすれば治る、というのがわかってきました。当時は(上尾中央医科グループに属する)埼玉上尾メディックスにいたので、上尾の病院が全精力で治療してくださいました。現代の医療はすごいですね(笑)。それで治ったし、(バレーが)できるし、できるならやりたいと思って。そこからは、体のことをちゃんと考えるようになったというか、心と体の健康があってこそだなと、考え方が変わりました。
──確かそのあとの2015-16シーズンのVリーグにも開幕から出場されて、ブロック賞を獲得されていましたよね?
荒木:そうですね。8月に手術が終わって、シーズンにはギリギリ間に合いました。夏場は何にもできなかったんですけど。ずっと家にいましたね。それも、何があるかわからないから1人でいちゃいけなくて、常に誰かと一緒にいなきゃいけないという状況でした。だからその年は代表には行けなくて、次の年の、オリンピックイヤーからの合流になってしまったんですけどね。
──そうした経験値というのは、今のような難しい状況で生かされそうですね。
荒木:いい方向に生かしていかないといけないですよね。緊張感というか、そういうものはちゃんと持っておかないといけないし、でも自粛期間中からいつもピリピリしてスイッチを入れていても、本当の、いざスイッチを入れなきゃいけないという時に入らなくなったら意味がない。そういう加減というか、コントロールをうまくしていかないと。今は、本当に頑張る、その時のための準備をしておかないとな、というふうに思っています。
<了>
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PROFILE
荒木絵里香(あらき・えりか)
1984年8月3日生まれ、岡山県出身。トヨタ車体クインシーズ所属。ポジションはミドルブロッカー。2003年に東レアローズに入団。2008年にイタリアのベルガモへ1シーズンの期限付き移籍を経験。2013年10月、出産予定を機に東レを退社。2014年1月に女児を出産後、同6月、埼玉上尾メディックスにて現役復帰。2016年よりトヨタ車体でプレーし、2019-20Vリーグでは通算ブロック決定本数の日本記録を更新した。日本代表としても長年活躍し、オリンピック3大会(2008、2012、2016)に出場。2012年のロンドン五輪では主将を務め、28年ぶりとなる銅メダル獲得に貢献。
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