
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平がまた一つ金字塔を打ち立てた。大谷は21日(日本時間22日)、BBWAA(全米野球記者協会)が選出するナショナル・リーグのMVP(最優秀選手)を満票で受賞。一度も守備につかず、DHで出場した選手として史上初めてMVPを受賞した背景にあるものとは?
(文=花田雪、写真=USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)
DHで出場した選手として史上初めてMVPを受賞した価値
現地時間11月21日(日本時間22日)、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平がナショナル・リーグMVPを満票で受賞した。
プロスポーツ史上最高額となる10年総額7億ドルでロサンゼルス・ドジャースへ移籍して1年目となった今季は、打率.310、54本塁打、130打点、59盗塁で本塁打、打点の二冠王を獲得。さらにMLB史上初となる「50-50(50本塁打、50盗塁)」を達成。今オフもリーグ最高の打者に送られるハンク・アーロン賞(2年連続)、両リーグ最高の指名打者(DH)に送られるエドガー・マルティネス賞(4年連続)、指名打者部門のシルバースラッガー賞(2年連続3度目)、オールMLBの1stチーム選出(4年連続)と受賞ラッシュ。その“締め”を自身3度目となるMVP、さらには自らの記録をさらに更新する3度目の満票選出で演出して見せた。ちなみに、両リーグでのMVP受賞は史上2人目、リーグをまたいでの2年連続受賞は史上初だ。
残したスタッツを見ればMVP、さらには“満票選出”も当たり前のように思われるかもしれないが、実は発表直前までは一抹の不安もあった。というのも今季、大谷は投手としてはリハビリシーズンに充てたため、プレイヤーとしての出場が指名打者=DHに限られていたからだ。 DHは守備につくことがないため、守備でのチームへの貢献度がゼロになる。これを、投票権を持つ30人の記者がどう評価するか――。例えば「史上最高のDH」と称されるエドガー・マルティネスや、その名が冠された「エドガー・マルティネス賞」を8度受賞した経験を持つデービッド・オルティスといった偉大な打者も、シーズンMVPを受賞したことがない。今季の大谷はシーズン通してDHで出場した選手として史上初めてMVPを受賞したことになる。
なぜ昨季二冠のオルソンはMVPを獲得できなかったのか?
アメリカでは特に近年、野手を評価する際に打撃だけではなく走塁、守備での貢献度も加味される傾向が強い。また、打撃面についても、いわゆる「打率」「本塁打」「打点」のような日本でも馴染みのある指標以外の数値が大きく評価される。
わかりやすい例が、昨年のナ・リーグMVP投票結果にも表れている。昨季のMVPはアトランタ・ブレーブスのロナルド・アクーニャ・ジュニアが受賞したが、彼の主要打撃成績は以下の通りだ。
159試合
打率 .337(リーグ2位)
本塁打 41(リーグ3位)
打点 106(リーグ4位)
盗塁 73(リーグ1位)
アクーニャはMLB史上初の「40-70」を達成する偉業を成し遂げたが、実は打撃成績だけで言えば彼に匹敵する数字を残したチームメイトがいた。それが、マット・オルソンだ。オルソンの昨季打撃成績は以下になる。
162試合
打率 .283
本塁打 54(リーグ1位)
打点 139(リーグ1位)
盗塁 1
タイトルの数だけを見れば、アクーニャは盗塁の一冠、オルソンは今季の大谷同様、本塁打、打点の二冠に輝いている。しかし、MVPの投票結果はアクーニャが1位票を満票で獲得。オルソンは2位どころかドジャースのムーキー・ベッツ、フレディ・フリーマンに次ぐ4位に終わっている。
これがもし日本なら、「打撃二冠王」のオルソンにもう少し票が入っていたのではないか。ただ、特に近年のメジャーではいわゆるタイトル獲得などのわかりやすい「結果」だけでなく、走攻守すべてにおいてプレーの「クオリティ」が重要視される傾向が強くなってきている。オルソンは確かに優れた打撃指標を残したが、ポジションが一塁手であり守備指標も決して高くなかった。一方のアクーニャはメジャー屈指の外野手として守備での貢献度も高く、さらには73盗塁に代表されるようにメジャーでも屈指のスピードを誇った。打撃面で見ても、打者の総合力を示すと言われるOPSでオルソンが.993、アクーニャは1.012とアクーニャに軍配が上がる。
わかりやすい「結果」だけでなく、それに付随する「クオリティ」も評価され、さらには打撃以外の守備、走塁面も重要な評価基準になる。これが過去、メジャーリーグで一度もDHの選手がMVPを受賞できなかった最大の理由と言えそうだ。
ハードヒット率、バレル率でもメジャー2位、リーグ1位を記録
翻って、今季の大谷はどうだったか。まずは2024年に残した「わかりやすい」スタッツを見てみよう。
打率 .310(リーグ2位)
本塁打 54本(リーグ1位)
打点 130(リーグ1位)
得点 134(メジャー1位)
盗塁 59(リーグ2位)
出塁率 .390(リーグ1位)
長打率 .646(リーグ1位)
OPS(出塁率+長打率) 1.036(リーグ1位
長打数 99本(メジャー1位)
塁打 411(メジャー1位)
ISO .336(リーグ1位)※
本塁打率 11.78(リーグ1位)
※ISO=長打率-打率で表す指標で、打者の純粋な長打力を示す
まず、この時点で本塁打、打点の主要打撃部門二冠のみならず、10個の指標でリーグトップの「結果」を残している。ここでポイントになってくるのは、本来DHの選手が苦手とされる「走」についてもリーグ2位の59盗塁をマークしている点だ。通常、DHというポジションは守備・走塁が不得手で打撃に特化した選手が任されるのが一般的だ。しかし、大谷は違う。守備や走塁が苦手どころか、本来であれば投手としてもメジャー屈指の実力を持つ唯一無二のプレイヤーだ。今季は投手として「投げられない」状況で打者に専念するというイレギュラーが起こったため、MLBの歴史を紐解いても稀有な「走れるDH選手」が誕生したことになる。
さらに、プレーそのものの「クオリティ」はどうだろうか。近年のMLBでは打者の「打球速度」がかなり重要視されている。ルール変更で極端な守備シフトが禁止されるようになったとはいえ、それでも各打者の打球方向などがデータ化され、各球団がそれに対応したシフトを組んでくる。そうなったとき、「野手の間を抜ける」ために最も必要なのが打球速度だ。また、打球速度は飛距離とも比例するため、本塁打数との相関関係も高くなる。
以下は2024年のメジャー全体の平均打球速度ランキングになる。
1位 アーロン・ジャッジ(ヤンキース) 96.2マイル(約154.8キロ)
2位 大谷翔平(ドジャース) 95.8マイル(約154.2キロ)
3位 オニール・クルーズ(パイレーツ) 95.5マイル(約153.7キロ)
大谷の平均打球速度はメジャー全体で2位。ナ・リーグではトップになる。また、メジャーでは打球速度が95マイル(約152.9キロ)を超えると「得点価値が一気に高くなる」と考えられ、これを「ハードヒット」と呼ぶが、今季大谷が放ったハードヒットの数はメジャートップの288本。また、全打球のうち、ハードヒットの数が占める数値を「ハードヒット率」と呼ぶが、これも60.1%でメジャー全体2位、リーグではトップを記録している。
加えて近年のMLBでは長打/本塁打になる確率が高い打球速度と打球角度の組み合わせを「バレルゾーン」と呼び、各打者はいかにそのバレルゾーン内に収まる打球を放つかを意識しているのだが、打席数におけるバレル率(1打席に対し、どのくらいの確率でバレルゾーン内の打球を放てるか)でも大谷は14.1%、全打球に占めるバレル率21.5%と、ともにメジャー2位、リーグ1位を記録している。ちなみに、大谷の上を行くメジャートップのバレル率を誇ったのは、アメリカン・リーグMVPを満票で受賞したジャッジだ。
「100%」のシーズンではなかった2024年
これらの結果を見ても分かるように、2024年の大谷は「結果」だけでなく打者としての「クオリティ」でもメジャー屈指、リーグトップの数値を残している。
MVP投票において「一度も守備につかなかった」ことがマイナスになるのは間違いないが、それを差し引いてもおつりがくるくらい、リーグ内では他の選手を圧倒するプレーを見せたと言える。
この結果を見れば、たとえ今季が「DH専念」のシーズンだったとはいえ、2度目の満票MVP受賞は当然の結果だったと言えるかもしれない。加えて言えば、今季の大谷翔平は「100%」のシーズンではなかった。
打者としてより凄みを増した2024年を経て、投手に復帰予定の来季、一体どんなプレーを見せてくれるのか――。もはや、想像すらできない領域に足を踏み入れている大谷の2025年が、早くも楽しみになってくる。
<了>
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