
最高時速103キロ“海上のF1”。ウインドサーフィン・金上颯大の鎌倉で始まった日々「その“音”を聞くためにやっている」
プロウインドサーファー・金上颯大は、神奈川県鎌倉市で生まれ育ち、幼少期から海と風に親しんできた。最高時速72キロを超える滑走、浮遊感を生む「プレーニング」、競技と純粋な楽しみの両立――ウインドサーフィンの魅力に心酔し、幼い頃の出会いをきっかけにプロを志し、逆境や挫折も乗り越えながら風と向き合い続けている。競技の魅力とともに、己を磨き続ける現在地と原動力に迫った。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=金上颯大)
世界記録は103km。海と風がくれる“自由”
――金上さんにとって、ウインドサーフィンの魅力はどんなところですか?
金上:自然を感じながら、海の上を自分の力で前進できるというのは、なかなか得られない体験だと思います。船やジェットスキーよりも手軽ですし、五感をフルに使って楽しめるスポーツです。スリルもあって、見ているだけでも楽しいと思います。自分で船やクルーザーを所持して楽しむ方法もありますが、そのためには船舶免許が必要ですし、借りたり購入したりするにはそれなりの経済力も求められます。その点、ウインドサーフィンは免許が不要で、レンタルも船に比べてかなりリーズナブルです。たとえば、僕が所属しているスクールでは、体験が1日約6000円で参加できます。とにかく、手軽で自由に海を走れるところが、一番の魅力だと思います。
――海の上では、どれくらいのスピードが出るんですか?
金上: 僕の最高記録は時速72キロで、日本では3、4番目くらいの記録です。ちなみに、日本の最高記録は77キロ。今、日本でも70キロを超える記録が続々と出てきています。
ただ、世界にはスピードを出すための人工ゲレンデがあって、風が吹き抜ける砂漠に用水路を作り、スピードを出すためだけの海を作っているんです。そこで毎年、スピードを競う世界大会が行われていて、記録は時速103キロに達しています。
――それは速いですね! 実際のスピードと、海の上での体感速度は違うんですか?
金上: 海上での体感速度は陸の3倍と言われています。ただ、僕自身の感覚としては年々変わってきています。以前は50キロを超えたくらいでとても速く感じたんですけど、今は50キロだと物足りなくて、むしろ危ないくらいです。基本的にベストな状態でスピードが出ていると、体感的にはそこまで速く感じません。最高速が出ている時って、音も静かで道具も安定していて、周りの景色がスローモーションに見える感覚なんです。野球選手が「ボールが止まって見える」と言うのに近いですね。
――向かい風だと、前に進むのが大変そうですが……。
金上: ウインドサーフィンでは、風に対して進める方向が決まっています。いちばんスピードが出るのは、風に対して45度の角度で走る時。つまり、背中に風を受けながら走る形です。風上に向かって走ると耳元で風の轟音が聞こえますが、風下に向かってスピードが出ている時は、意外と静かなんですよ。
ウインドサーフィンの醍醐味「プレーニング」
――どんな状態が、一番心地よい状態なのですか?金上: ウインドサーフィンには「プレーニング」と呼ばれる滑走状態があって、僕の場合は風速5メートルを超えるくらいからその状態に入ります。水面を叩きながら引き波を出して走っている状態がプレーニングです。一般の方は、このプレーニングを楽しむ方が多いですね。サーフィンは波を使って滑走しますが、ウインドサーフィンは風を使って滑ります。風速5~7メートルくらいの安定した風が、プレーニングには理想的です。

――サーフィンのように、パドリング(水上を進むための水かき動作)はいらないんですね。ただ、5~7メートルと聞くと、かなりの強風ですね。その中で安定させるには技術がいりますね。
金上:そうですね。たとえば、砂浜を散歩していて髪が乱れるくらいの風です。プレーニングは安定しにくくて、風が少しでも弱まるとすぐに止まってしまうので難しいんです。早い人で、競技を始めて半年くらいでできるようになります。
――ボードが浮いているように見える時がありますが、どんな状態なんですか?
金上: 従来のウインドサーフィンは、サーフィンと同じように水の上を滑りますが、コロナ禍以降「フォイル」と呼ばれる水中翼を使った「ウインドフォイル」が流行しました。このフォイルが水中抵抗を受けることでボードが浮き上がる仕組みです。フォイルは風が不安定でもスピードが落ちにくく、3~5メートルくらいの風で安定したプレーニングができます。

鎌倉から始まった日々。出会いがくれたプロへの道
――そもそも、ウインドサーフィンを始めたきっかけは何だったんですか?
金上:両親がウインドサーファーだったんです。今、所属しているウインドサーフィンスクールで両親が出会い、同じ場所で僕も5歳の時に始めました。
――当時はどのぐらいの頻度でやっていたのですか?
金上: 鎌倉出身なので、毎週日曜日に地元の鎌倉のジュニアウインドサーフィンクラブというスクールで練習をしていました。週末は近くの海で、ほぼ強制的にウインドサーフィンをさせられていました(笑)。
――金上さんのように、趣味の域を超えて選手を目指す子どもも多いのですか?
金上:小学生の間は、基本的にみんな遊び感覚ですね。選手になることを意識し出すのは、中学2〜3年生くらいからです。
――金上選手がプロを目指したのは、どんなきっかけがあったのですか?
金上:ウインドサーフィンを始めたばかりの頃、日本チャンピオンの浅野則夫選手に会ったんです。その方が打ち上げの酒に酔った勢いで、「ずっと日本一を守るのは疲れたから、そろそろ代わってくれよ」と言ってきたんですよ。当時、僕は5歳くらいで冗談が通じなかったので、それを真に受けて、「じゃあ俺がなる」と思ってプロを目指し、レースに出るようになりました。
あと、僕の幼なじみに、ウェーブパフォーマンスという種目で世界を相手に戦っている杉匠真選手がいます。彼は同い年なんですが、僕が初めて出場した小1の大会で優勝した大会の優勝者でした。それ以来、毎年夏の終わりに開催される全日本ジュニア選手権ではずっとライバルとして意識していたんです。パフォーマンス系の種目はプロ登録が早いのですが、彼はその中でも最速の15歳くらいでプロになってもてはやされていて。「俺だってプロになれる」と思うようになりました。
僕は同年代では体格が大きいほうで、所属しているウインドサーフィンスクールにはスラロームのプロが何人かいたんです。その中で一番速くて身近な存在だった、両親の友人でもある生駒大輔選手に弟子入りして競技を教わるようになって、「この人と将来、プロ戦の決勝で戦いたい」と思うようになりました。そこからプロになることを本気で意識し、練習に励み、レースにも出るようになったのが高校1年生の頃です。

勝利がくれる歓び「そのためにやっている」
――ウインドサーフィンをやっていて楽しい瞬間や、“ゾーン”に入るのはどんな時ですか?
金上:どの種目でも、一番になった時ですね。レースで勝つために練習している部分が大きいので。ウインドサーフィンのレースでは、トップでフィニッシュした時だけ大きなホグホーンの音が鳴るんです。その音がすごく気持ちよくて、そのために競技をやっているようなものです。僕の中では、「ウインドサーフィン」と「競技のための練習」は別物として考えています。
――“エンジョイ”と競技は別ということですか?
金上: そうです。練習で課題をしっかり解決できた時は、「今日は楽しむ日」と決めて、競技ではなくウインドサーフィンを純粋に楽しむこともあります。練習では、やりたくないことやつらいトレーニングもありますから。
――普段はプロという肩書を持って競技に取り組みながら、息抜きもウインドサーフィンなんですね。
金上:そうなんですよ。あまり多趣味なタイプではないので、ウインドサーフィンと練習はしっかり分けつつ、趣味もウインドサーフィンなんです。
――つらい練習というのは、筋力トレーニングなどのことですか?
金上: いえ、筋トレはむしろ趣味なので全然苦じゃないです(笑)。練習では、あえて大きな波が立つ、道具をコントロールするのが大変なエリアを選んで乗るようにしています。そうしないと、厳しいコンディションで勝てないからです。逆に、ウインドサーフィンを楽しみたい時は、その日の風に合ったセイルやボードのサイズを選べば気持ちよく走れます。鎌倉の海は広いので、波が立たないフラットな水面で快適に走れるポイントがたくさんありますから。
――風や道具が合わないコンディションは、肉体的にもつらいのですね。
金上:めちゃくちゃしんどいです。たとえば、自分より格上の選手に挑んでボコボコに負けて、「なぜ自分は負けたのか」を考えて、質問して、教えてもらって直す。そういう時間をしっかり取るのが「練習」だと思っています。

風に抗う練習の日々。コロナ禍の挫折と覚醒の瞬間
――練習と結果が伴うようになったターニングポイントはありますか?
金上:高校3年生のコロナ禍です。つらいことに向き合うのは、昔は一番苦手でした。実際、高校2年生くらいまでは「楽しむためのウインドサーフィン」しかやっていなかったので、苦手な風に変わった瞬間に勝てなくなってしまうことがありました。
その状況を変えるきっかけが、コロナ禍でした。指定校推薦で大学が決まっていたので、ウインドサーフィンに取り組む時間はたくさんあった反面、大会がなくなってしまって。普通に楽しんでやっているだけでは物足りなさを感じて、「結果を出すための練習」に振り切ったんです。勝つためには、格上の選手に挑んで負けて、そこから学んでいく必要がありました。でも、それを避けてきたことを自覚し、とにかく厳しい練習を積み重ねました。
――どうやって乗り越えられたのですか?
金上: もともとプライドが高い人間だったので、最初は耐えられなかったです。一度潰れて、競技を離れようとしたこともありました。でも「どうせならやり切って、それでもダメならやめよう」と思って。高校3年生の後半にそのマインドになってからは、プライドを捨てて、負けては直し、挑戦することを繰り返しているうちに、勝てるようになりました。
――競技者としてのスイッチが入った瞬間があったのですね。
金上:コロナ禍で自分を客観視できるようになり、「楽しむウインドサーフィン」と「成績を出すための練習」を頭の中で切り分けて理解できるようになった時期が、転機でした。その半年後、2021年2月に高校3年生でプロ資格を取得し、プロ登録しました。

<了>
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[PROFILE]
金上颯大(かながみ・そうた)
2002年8月14日生まれ、神奈川県出身。プロウインドサーファー。セブンシーズ所属。両親の影響で5歳の頃に鎌倉でウインドサーフィンを始め、高校3年生でプロ資格を取得。2024年度JWAフォイルフォーミュラ・プロツアーで年間ランキング1位を獲得。国内大会で好成績を収めながら、ワールドカップでの好順位獲得を目指している。今年、明治学院大学を卒業。アスリート社員とプロウインドサーファーのデュアルキャリアを模索し、競技普及やジュニア・ユース世代の育成にも力を注いでいくことを目標に活動している。インスタグラムのアカウントは@sotakanagami。
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